『ユーリに会いたいのに会えないの』


第27代魔王、渋谷有利の義理の娘の涙ながらの訴えに。
ようやく彼が重い腰を上げた。
陛下トト大本命中の大本命、ウェラー卿コンラート出陣。



魅惑の魔王陛下〜コンラート編・前編〜



「面会謝絶…………?」

重厚な扉に無造作に掛けられた『面会謝絶』の札。
予想だにしなかった状況に、コンラッドは首を傾げた。
脳内の引き出しに収納しておいた昨日の記憶を引っ張り出してみる。
確か昨日の朝は、日課にしていたジョギングを何事もなく終え、 ユーリの(とてつもなく美味しい)誘いを受け、一緒に入浴したはずだ。
その朝はいつになくヴォルフラムの寝起きが良く、 怒りに任せて風呂場に乱入してきて大騒ぎになったのだから、よく覚えている。
その後、いつもの面々で朝食を摂り、皆それぞれ自分の仕事に取り掛かった。
ギュンターとヴォルフラム(プーは仕事をしない。ただユーリの側にいたいだけ)、 なぜか自分の不在中にちゃっかりユーリの隣りを定位置としていた双黒の大賢者様とやらと、 我らがユーリと共に執務室に詰めていたのだ。
そして、しばらくして所用でギュンターとコンラッドが席を外した。
ここから先は城勤めの女官の証言であるが、ちょうどその時、 タイミングが良いのか悪いのか、 とにかくなんの前触れもなくフォンカーベルニコフ卿がやって来て、 逞しい足取りで鼻息荒く執務室に入っていったらしい。
ヴォルフラムがそそくさと執務室を出て行った後、 執務室からけたたましい叫び声が聞こえ、 それからぱったりとユーリの姿は見れなくなったのだという。
身の回りの世話をするはずの女官さえも部屋に入れず、 食事も仕事も村田を通してしか受け付けないという徹底振り。
そのくせ、フォンカーベルニコフ卿やヴォルフラムという 限られた人間は好き勝手に出入りしている。
ユーリの身に何が起こったのか知る術はなく、 事情を説明してもらおうと村田を捕まえると、 村田曰く、『渋谷は向こうの感染症にかかっていたんだ。 こっちの人間にどんな悪影響を及ぼすかわからないから、 しばらく隔離することにした。 なぁに、心配は無用だよ。命に別状はないから』なのだそうだ。
回想してみただけでも腑に落ちない点が多すぎて、 コンラッドは眉を寄せた。
村田のことを信用していない訳ではない。
ユーリを思う彼の気持ちは本物だし、 嘘を言っている様子でもなかった。
少なくとも、『命に別状はない』の辺りは、たぶん、おそらく。
そうでなければ、村田があんなに冷静に―――――正確には、 この状況を楽しんでさえいるような素振りは見せないはずである。
正直、自分だけ(ギュンターは汁まみれになって再起不能なのでノーカウント) 蚊帳の外の追いやられているようで気に喰わないが、 コンラッドが私情を挟まず考察するに、 ユーリの命に危険が及ばない範囲内で人に知られて、 もしくは人に見られてはまずい事態が起こったのだろう。


「ねぇ、コンラッド。グレタ、ユーリに会えないの? グレタに会えない程、ユーリは調子悪いの?」


こぼれ落ちそうな大きな瞳が、頼りなげに揺れてコンラッドを捕らえる。
コンラッドは苦笑して、グレタの頭の上に手を置いた。

「調子が悪いというよりは都合が悪いんだろうけど、 う〜ん…………ここまで徹底してると少し大変かもしれないな」

「じゃあやっぱり駄目なの?」

小さなその顔が悲しそうに歪められるのは、痛々しくさえある。
グレタの帰省期間は残りわずかとなっており、 ユーリがこのまま立て篭もり続ければ、 この親子はすれ違ったまま別れることになるだろう。
情に厚いユーリのことだからそのままで済ますとは思えないが、 もし万が一のことを考えると、何か策を練らずにはいられない。
それに何より、平然を装っていたが自分自身もそろそろ限界だった。
絶対的に、ユーリが足りない。
さて、どうしたものか。
コンラッドはしばらく考え込み、そして更に数秒後、 これぞ好青年の鏡と拍手したくなるような笑みを浮かべた。

「いや、なんとかなると思うよ」

コンラッドの言葉に、グレタは喜色満面の笑みを浮かべた。

「そのためにはグレタの協力が必要不可欠なんだ。 手伝ってくれるよね?」

「もちろん!グレタにできることならなんでもやるよ!!」

「それは良かった」

そう言って、コンラッドはどこからともなく拡声器を取り出した。
ドラ○もんもビックリだ。





∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞





時は少し前に遡り、場所は渦中の魔王陛下の居室。
実に悲しいことに自分の身体に全人類男性共通の夢の谷間があることにも慣れ、 自分が女になってしまったという事実を落ち着いて受け止められるようになっても、 やはりこれだけは譲れないというものがユーリにはあった。

「マ、マジで勘弁して下さい…………」

赤い悪魔に壁際まで追い詰められ、外見真っ黒の子羊は『それだけは』 とうわ言のように繰り返しながら、恐怖と嫌悪で表情を強張らせていた。
櫛を通しただけの癖のない真っ直ぐ髪は、 ユーリが身動きするだけで肩からこぼれ落ちる。
今の姿が女だろうがなんだろうが、本来は男であるユーリ。
ソレをつけるには、あまりにも抵抗が強すぎた。
アニシナの後方で傍観を決め込んでいる親友と成り行き婚約者に訴えても、 それはすぐに黙殺されてしまう。

「さぁ、陛下。いい加減大人しくこの乳吊り帯をつけて頂きましょうか」
怪しく目を光らせながら、じりじりと歩み寄ってくるアニシナ。
退路を絶たれたユーリは、激しく首を左右に振って拒否することしかできない。
今回ばかりはユーリに味方はいなかった。

「渋谷、僕もフォンカーベルニコフ卿に賛成だな。 君の今の状態は所謂『ノーブラ』 …………元が男であろうとなんだろうと、今は女性な訳だ。 さすがにそのままなのはちょっとね…………」

ユーリは心の内を逆手にとったかのような発言をする村田にキツイ眼差しを送るが、 彼は軽く肩を竦めただけで一蹴してしまった。

「そんな目で見ても駄目だよ。フォンビーレフェルト卿だって同意見なんだから」

チラリとヴォルフラムに視線を移すと、 ヴォルフラムは片手で鼻と口を押さえて斜め上へと目を泳がせていた。
「はしたないぞ、ユーリ」

はしたないも何も、ここには事情を知っている限られた 人間しかいないのだからいいではないか。
大体ユーリだって動くたびに行動を妨げるソレが、 鬱陶しくてならないのだ。
それが嫌で、多少息苦しくなろうとも男らしくさらしでも 巻こうとしたユーリを止めたのは、他でもない。
『形が悪くなる』などという意味不明な理由をつけながら 乳吊り帯をつけるように強要している当人達で。
さらしは駄目で乳吊り帯はいいというのは、一体なんなのだろう。
ユーリとしては、さらしが駄目なら仕方ないから 放っておけばいいとさえ考えているのに、 どれだけ粘っても許してはもらえない。
男としてのプライドは女になってしまった時点で ズタズタにされたも同然だが、 女物の下着をつけろという強要は、痛めつけられた プライドを更に土足で踏みつけるようなものである。

「お、れ、は、お、と、こ、だっ! 女物の服までは許容できても、それだけは絶対に譲れないっ!!」

「もぅ、強情だなぁ〜渋谷は。いいかい?渋谷はわかっていないようだけど、 女性が異性の前で下着をつけないでいること自体、かなり危ないことなんだよ。 それも程度の差はあれ、少なからず好意を寄せられている男の前でなら尚更だ。 鈍い君でも、ここまで言えばわかるだろう?」

「全っ然わかんない!!!」

冗談を言っているとは思えない様子に、村田は額を押さえた。
これは何か、誘っているのか。
『俺を美味しく頂いて☆』と諸手を広げて大歓迎しているのか。
あくまで親友だと思っていた村田自身もクラッときたのだら、 ヴォルフラムにとっては堪らないだろう。
その証拠に、ヴォルフラムはテーブルに突っ伏して撃沈している。
ここにギュンター辺りがいたら、奇声と体内から分泌された汁により、周囲が大迷惑だ。

「いっそのこと一度痛い目に合いさえすれば、 渋谷もわかってくれるんだろうけどね…………」

それはさすがにマズイだろう、いろいろと。

「とにかく俺はそんなものつけない!!つけるなら村田、 お前がつければいいんだっ!!!」

「一体何のために」

再び錯乱しかけているユーリには、 村田の冷静な突っ込みは聞こえてはいない。
そうでなければ、もろ男性体である自分に そんなものを押し付けたりはしないだろう。
ただただ、自分の逃げ道を必死になって模索しているのだ。
村田は、ここまで必死になってユーリの説得を試みようとしている自分が、 少しだけ馬鹿馬鹿しくなった。
よくよく考えると、ユーリの下着ごときでここまで騒ぎ立てるのも妙な話。
確かに、前で述べたとおり危険ではしたないことかもしれないが、 この部屋にいる限り実質的な被害はありえない(はずだ、たぶん)。
ここは一つ、最も手っ取り早い方法で、 ユーリの良心に訴えて目的を遂行する方が得策と言える。

「ところでフォンビーレフェルト卿、 君達の娘…………グレタ、だっけ? 渋谷がここに閉じこもって二日目になるけど、 君も渋谷も傍にいない状態でどうしているんだい?」


ユーリの目の色が、確かに変わる。
『得たり』と、村田はユーリに見えない角度で忍び笑った。
 
「グレタのことは心配いらない。 身の回りの世話は全て女官がしているし、 ここを出た時には必ず顔を出しているからな。ただ…………」

ヴォルフラムにしては珍しく語尾を濁らせ、 密かに聞き耳を立てているユーリがどう出るか を観察しながら次の言葉を紡いだ。

「ユーリに会いたがっている…………しかし、それが今の状況とどういう関係が?」

「だそうだよ。グレタはじきに眞魔国を発つんだろう? 今の内に会っておかないとね―――――あぁ、 でもあと一日もあれば元に戻る予定だから、何も急ぐ必要はないか。 もう少しだけグレタに我慢してもらえばいいだけだ。ねぇ、渋谷?」

「―――――ッ!」

今の台詞は、寸分の狂いなくユーリの心臓に命中した。
無論、ワザとである。
ユーリの顔色は先程よりも尚悪く、 だらだらと滝のように脂汗をかいていた。

「娘のことで思い悩んでグダクダ言うならまだしも、 たかが女性用の下着一つでグダクダ言う程、君は小さな男だった訳だ」

「べ、別にそんなことは…………」

「そうかい?今までの君の主張からは、 愛する娘に会えないことに対する苦悩の言葉は 聞けなかったものですから?僕はつい、 渋谷の中での優先順位を垣間見た気がしてならなかったんだ」

「ははは……そんなことあるかよ…………」

そして、渋谷有利は落ちた。

「も、もちろん、グレタに比べたらソンナモノ比べる価値もないって」

「それでこそ渋谷だ」

村田は最高の笑みを浮かべ、ユーリの肩を軽く叩いてユーリの決断を讃えた。
見事に言い包められてしまったユーリは、それが悔しくてならない。

「…………村田、お前今更だけど性格悪すぎっ」

「賢者と聖者は別物だからね、そりゃあお綺麗なだけじゃないさ。 でも僕より性格が悪い人間なんて、ここにだっているじゃないか」

「え゛〜いるかぁ?」

濁音付きで反芻され、村田はすぐさま脳裏をよぎった人物を上げる。

「ほら、君の名付け親。ウェラー卿だってかなりのものだよ? 僕としてはかなり近しいものを感じるね」

「はぁ?コンラッドは違うって」

何を言い出すんだとばかりに笑い出したユーリに、 その場にいた全員が何を言い出すんだとばかりに瞠目した。
あんなに四六時中行動を共にしていて、 それに気付かないユーリはある意味凄い。
いや、本人にだけは絶対に気付かせないコンラッドが凄いのか。

「…………まぁ、いずれわかることだろうから 、僕からは何も言わないけど。 フォンビーレヘェルト卿、君も渋谷の婚約者なら、 せいぜい気をつけることだね。 ウェラー卿は、隙を見せればすかさずかっ攫うタイプだろうから」

『あぁいうのが一番タチが悪いのは、どうやら万国共通だね』 と皮肉気に笑いながら村田が言うと、 ヴォルフラムは何匹もの苦虫を同時に噛み潰したような顔をした。
美少年に噛み潰された苦虫にとっては、たまったものではない。

「今更言われなくとも、重々承知の上だっ」

「お前等、一体なんのこと話してんの?」

「水面下の攻防の話。さぁ、そんなことはいいからフォンカーベル ニコフ卿に手伝ってもらって着けてきなよ」

「…………思い出させんなよ、せっかく忘れてたってのにぃ」

観念したユーリが立ち上がりかけたその時。

『ユーリ、そこにいるよね?グレタだよ』

突如、ユーリとヴォルフラム二人の愛娘の声が室内に響き渡った。





続く





†††††後書き†††††



さぁて、何ヶ月ぶりの更新かな〜っと。
自分で指折り数えてみて、ちょっと青ざめました。 いかに自分がサボり屋なのか、今回で充分自覚しました。
まるマがアニメ化するということで、 サイトの方に置いてあった小説を唐突に思い出したんです。
『このままじゃ駄目だぁ!』と思い直した訳ですよ、はい。 リクも頂きましたし、アニメが放送開始になるまでにはもう少し内容を濃くしときたいなと、 どうなるかわからない夢を…………いや、オイラのやる気の問題なのですが。
とにかくこのサボり癖をどうにかしなければと思う今日この頃です。

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