赤色の恐怖も去ったということでユーリを訪ねたら。

なぜか魔王の私室の前に大賢者様とやらが立っていて。
開口一番、『そろそろ来ると思ってたよ』。
何事かと思った。


魅惑の魔王陛下〜ヴォルフラム編〜



「何か言いたそうだね、フォンビーレフェルト卿」

扉の前に立ち塞がり、村田は眼鏡の奥から彼の成り行き婚約者 (ユーリ談)を見やった。

「猊下、そこをお退き頂きたい」

弓なりの眉を限界ギリギリまで上げ、目付きもかなりきつかっ たが。
一応身分が上である村田に敬意を払い、グウェンダルに酷似し た声音を発しながらも、ヴォルフの口調はあくまで丁寧だ。
それでも彼の不機嫌さは一目瞭然だし、村田に対し、尋常では ない程腹立たしさを感じていることも上に同じである。
それはそうだろうなぁ、と内心で繰り返し頷く。
ヴォルフラムはユーリがなんと言おうと、コンラッドの次にユ ーリと行動を共にしている人物だからだ。

「『渋谷はアチラの病気にかかっていることがわかったんだ。 命に別状はないし、渋谷自体も元気なんだけど、あいにく伝染病でね。 僕はすでに経験済だからなんの問題もないけど、ここの人たちは違うだろう? 『俺一人を治るまで隔離すれば、他の人に感染することもないから』 と言ったのは渋谷本人なんだ。 彼の言い分はもっともだし、この場合最も尊重されるべき意見だと僕は判断した』 と、何回も言っているだろう? 確かフォンビーレフェルト卿は、耳は不自由ではなかったと記憶しているけど」

違ったかな?、と。
さりげなく付け足し、村田は黒い笑みを浮かべた。
一瞬言葉に詰まったヴォルフラムは、しかし、すぐに立ち直る 。
彼のユーリへの愛は並ではないらしい。

「納得できない!!」

「何が?」

「二時間程前にアイツと話したが、その時はなんの異常もなか った!!」

当然だ。
その時はまだ、渋谷有利の性別は女ではなく男だったのだから 。

「まだ潜伏期間内だったんだろう。気にすることじゃないよ」

村田は何食わぬ顔で眼鏡を外し、ヴォルフラムの目の前でレン ズを拭き始めた。
まるでお前との会話はどうだっていいんだよ、とでもいうよう に。
しかし、はっきり言ってそれはヴォルフラムも同じだ。

「永久の別れじゃないんだからさ、男だったらここで潔く退い てくれないかなぁ…………」

「そうはいかない!アイツが伏せっているならなおのこと!! ギーゼラ程ではないが僕だって治癒の魔術くらい使えるんだ!! 感染症なんて関係ない!! 僕がすぐに治せば問題はないだろう!?僕を入れろ!!」

なりふり構わなくなってきたヴォルフラム。
さて、どうしたものか。
確かに、村田が適当に言ったユーリの立て篭もりの理由では、 ヴォルフラムにこう反論されてしまうとかなり弱い。
だからと言って、親友の許可なく『はい、どうぞお入り下さい』では。
心の準備ができていない時に、彼と対面してしまうのだから、 それはあまりにも酷だ。
村田としては、ユーリには惚れ惚れとする要素はありこそすれ、笑われる、 もしくは幻滅される要素などどこにもないと思っている。
街道を好き勝手に徘徊する、やたらと化粧が濃い『ギャル』と いう地球の生物と、今のユーリとでは始めから比較にならない。
何を思い悩むのだろうと首を傾げてしまうが、 ユーリは性別が逆転してしまった ということだけで、あまり豊かではない頭が一杯一杯なのだそうだ。
『女性化しても、ユーリがユーリであることに変わりはない』 という単純なことに、今のユーリは気付かない。
もしもこのままヴォルフラムを入れてしまえば、 我を失ったユーリとヴォルフラムによる修羅場が待ち受けているはずだ。
そう、見目良い成り行き婚約者(一部本気)同士の修羅場。
…………面白いかもしれない!
ユーリが時代劇を好きなら、村田は昼メロが好きだった。
長すぎる沈黙に、とうとうヴォルフラムが痺れを切らす。

「入らせてもらう!!」

「あぁ、ちょっと待ってよフォンビーレフェルト卿!渋谷に聞 いてみないと!」

すれ違いそうになる肩をとっさに掴んだ。

「僕が勝手に君を通す訳にはいかないんだよ! 渋谷がキレてスーパー魔王モードになったらどうするんだ!」

こんなところであのえげつない魔術を披露されたらたまらない 。
それに、自分から言いだしたユーリとの約束がまだ有効だ。
ヴォルフラムを通すなら、なんらかのハプニングを演出しないと、 ユーリを納得させることができない。
納得してくれるかどうかは疑問だが。
村田が次の行動を決めかねていると、なんの前触れもなく、 天の岩戸が開いた。

「村田ぁ、そこにいるのか?」

僅かに覗いた、捨て犬のようなその顔。
ユーリと村田とヴォルフラムの目が、今、確かに合った。
恐怖のトライアングル。


バンッ!!!

ガタガタッ!!!

バタンッ!!!

疾風のごとく閉められた扉を、ヴォルフラムは無表情で再び開いた。
瞬きする間に室内へと消えていく、金色の残像。
偶然としてはあまりにも出来すぎたタイミングに村田は一瞬固まってしまったが、 すぐにヴォルフラムの後を追いかける。
予想通りなら、村田が好む昼メロ調の修羅場が、あと数秒の内に始まるのだ。
たいした時間差もなく修羅場の舞台に到着すると。
村田よりも一足早く到着していたヴォルフラムが、 ダークブラウンの重厚な扉を連打していた。

「おい、ユーリッ!! ここを開けろッ!!ユーリッ!!!」

『誰が開けるかッ!!!』


目の前で繰り広げられる、大音量の舌戦。
どうやらユーリは、寝室に立て篭もってしまったらしい。
きっと、鍵をかけた扉の向こうで、扉を背にして蹲っているに違いない。
村田は心の中でしっかりと謝った。
ゴメンよ、渋谷。
基本的に僕は君の見方だけど、僕は面白い事が大好きなんだ。
村田はおもむろに金色の鍵を取り出し、ヴォルフラムにそれを見せて黙らせた。

「…………渋谷、事故とはいえ、フォンビーレフェルト卿は 君の姿を見てしまった。一瞬でも、それはもうバッチリ見え ていたらしいよ。諦めるしかないと思う」

『――――ッ!』

「大丈夫、君の姿を見て笑う奴なんか誰もいないよ」

『う、嘘だッ!!』

明らかな動揺。
手応え有りだ。
小さな穴に、音を立てないように鍵を差し込む。

「本当だよ、たとえ彼が笑おうとしても僕が笑わせない」

『で、でも、絶対馬鹿にするに決まってる!!』

「どうして?渋谷は彼がそんな小さな人間だと思ってるのかい ?」

『そうじゃ、ないけど…………』

「ならいいじゃないか。鍵は開かせてもらうよ」

『は?』

カチッ
あっさりと開けられた、ソレ。
同時に、ヴォルフラムがドアを開け放つと、黒い塊が足下に倒 れ込んできた。
全身黒の、誰かさんに酷似した美少女。
見間違いでもなんでもなく、女の、渋谷有利。
母親譲りのエメラルドグリーンの目を見開いたまま 硬直している元プリを認識したとたん、
ユーリは瞬間的に顔を真っ赤にした。
顔面温度急上昇。
激しい羞恥からか、すぐさま浮かぶ涙。
往生際悪くまたしても逃走を図ろうとしたユーリの腕を掴んだのは、 無意識の行動なのかそうでないのかはっきりしないヴォルフラム。
ようやく口を突いて出たのは、感情がこもっていない、抑揚の ない声。

「…………これがアチラの感染症なのか」

抵抗していたユーリも、今の言葉に動きを止める。

「か、感染症?」

「本来の性別と正反対になることが、その感染症の症状なのか?」

そんな感染症、あってたまるか。
ユーリはこの時初めて、傍観を決め込んでいる村田に、冷静な頭で物を言った。

「…………おい、村田。ヴォルフにどういう説明したんだよ? 」

「いや、だから適当に嘘を並べてみたんだ。 本当のことを言われたら困っただろう?」

「それは、そう、なんだけど…………」

それきり、ヴォルフラムと同じようにユーリも黙ってしまった。
どうしたことだろう。
村田が密かに楽しみにしていた修羅場が、 いつまでたってもやってこないではないか。
普段の言い争いだって、こっちが頼まなくても 耳を塞ぎたくなる程喧しいというのに。
肝心な時に、その威力を発揮しないだなんて…………。
村田の頭の中に、まさかの答が浮かび上がる。
まさか、この二人の間には。

「感染症ではないのなら、なぜお前はそんな格好をしているんだ?」

「好きでこんな格好してる訳じゃないぞ!? 事情が事情なだけに公言できないって言うか、 なんと言うか…………むしろ話したくないって言うか…………」

「なんだと!?」

ヴォルフは憤慨した。

「まさかお前、僕という婚約者がありながら他の者を誘惑しようと フォンカーベルニコフ卿に薬を作ってもらい、 その姿になったのではあるまいな!? だからお前は尻軽だと言うんだ!!聞いてるのかユーリ!!!」

「はいはい、聞いてますとも――――ってかお前、想像力豊かすぎ!!」

その通り。
誘惑云々はともかくとして、成り行きとしてはほぼ正解だ。

「どうなんだ、ユーリ!!!」

「わかったよ。言えばいいんだろ、言えば!! 実はそのぅ、かくかくしかじかで…………」

ユーリが今の姿になった経過を渋々話すと、 ヴォルフラムは呆れかえって何も言えないというような顔をした。

「馬鹿か、お前は。だからへなちょこだと言うんだ」

「へなちょこ言うな!!」

「い〜や、へなちょこで充分だ!!どこの世界にあの赤のアニシナの 作品をなんの疑いもなく口にする馬鹿がいる!?」

「悪かったなぁ!!ここにいるよ、ここに!!」

「ストーップ」

村田は、限界ギリギリまで近づいていたユーリと ヴォルフラムの間に割り込み、一時的に引き離した。

「君たち二人が仲良しこよしなのはわかったから、 いい加減痴話喧嘩は止めてくれない?」

そうなのだ。
これは修羅場などではなく、ただの痴話喧嘩。
この二人に昼メロ調の修羅場を求めること自体、間違っていた 。
大賢者もたいしたことないね、と。
自嘲気味に笑い、村田は小さく溜息をついた。

「ファンビーレフェルト卿。言っておくけど、 このことは一応極秘扱いなんだ。 君にその気があるなら、今日から三日間、 渋谷を他人の目から隠し通すために協力してほしい。 僕たちは謂わば、共犯者だ」

共犯者!
そんなどこまでも甘美な響きは、ヴォルフラムの魂をおおいに揺さぶった。
しかもユーリ関係。
これで断る馬鹿は、眞魔国にはいない。
ヴォルフラムはユーリへと視線を戻し、僅かに頬を紅潮させた 。

「し、仕方ない、協力してやる」




ユーリが女になってから二時間弱。
こうして、魔王の私室立て篭もり人口が一人分増加したのであ る。



†††††後書き†††††

まず初めに言わせてください。疲れました!!
なんで疲れたかって? そんなの知るか!!とにかく疲れたんだ、オイラは!!
…………とまぁ、荒れてますが仕方ないかもしれません。 だって今の時刻、午前一時三分ですもん。 昼間も動き回って休みもせずこんなことしてれば、疲れるのは当然です。はい。

とりあえずシリーズ二個目!『ヴォルフラム編』でした。
皆様の反応がこ、怖いんですけど…………とりあえず。
ヴォルフ×ユーリ←ムラケンって感じで。
最近のヴォルフが本当に男前で 大好きです☆(うちのヴォルフは偽者なんで)
彼にはどんどん成長していって欲しいですね。あぁ、早く続きが出ないかなぁ…………。


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