シンプルなデザインの抹茶色のパーカーに、膝下丈の闇色のズボン。
普段のナルトなら選びそうにない配色だが、たいした特徴も飾り気もない服装が、今のナル
トには違和感などまるで感じさせないほどよく似合っていた。
しかし、適当とも思えるその服装にも、実はそれなりの気配りが隠されている。
ナルトは以前に比べて痩せた体型を誤魔化すために、わざと大きめの物を選んでいるのだ。
ネジを連れて歩いていたナルトは視線の先に望む姿を見つけ、青い双方を細めた。
休憩をとる時間帯を狙ったおかげで、顔を合わせなくなって久しい下忍達は皆、秋にしては
暖かな陽射しが降り注ぐ拓けた場所で昼食をとっていた。
今年の中忍試験で唯一中忍へと昇格したシカマルも、珍しく下忍の任務に顔を出している。
周囲を探ってみても紅やアスマの気配がないことから、シカマルが臨時の監督者ということ
なのだろう。


「…………本当に行くのか」


しっかりとした足取りのナルトに、これまた珍しく、非番であったネジが控えめに問う。
ナルトに同行してはいるものの、やはりと言うべきかナルトの外出を快く思っていないらし
い。
ナルトにしてみれば今更だ。


「そんなに反対なら連いて来なくていーのに」

「何を馬鹿なことを。今のお前から目を離して堪るか」

「うーわぁー小姑の本領発揮ってか?虐げられる俺ってなんて可哀想なんだろ」

「むしろ、虐げられているのは俺の方だと思うがな」


苦々しい言葉に、ナルトは小さく噴き出した。
同僚の前ではいつも上げている癖のない前髪は、首まで下げた額当てのせいで額に掛かり、
笑った拍子にサラリという音を立てて流れる。
太陽の光を弾いて、尚も鮮やかさを増した。
その色彩の鮮やかさに不覚にも目を奪われてしまったネジは、たったそれだけのことにナル
トの顔色の悪さから目を反らさせる効果があると気付き、複雑な心境になってしまう。
騙す―――――と言うと聞こえが悪いかもしれないが、そういった人の目を欺くことに関し
て、ナルトは天才的な才能を見せるのだ。
それこそ、自分にとって本当に都合の悪いことは、気付かせてももらえないのだろう。
無意識なのか、計算してのことなのか。
とにかくそれを難無くこなしたナルトは、すでにネジを見てはいなかった。
背筋を伸ばし、顔を上げ、けして無様な姿を晒すことのないように心掛けて。
いまだに自分達の存在に気付かない同僚の輪の中にいる、幼馴染の一人に声を掛ける。


「ヒナタ!」


名を呼ばれた少女が、ナルトの声に反応して肩越しに振り返った。
それと同時に他の下忍達もナルトに気付くが、それよりも早く驚きの声を発したヒナタが立
ち上がる。


「ナ、ナルト君、なんでここに……………」

「ん、ちょっとね。気分が良いから外出もいいかなって」


駆け寄って来たヒナタに『毎日見てたんだから、嘘じゃないってわかるだろ?』と柔らかく
微笑むと。
ヒナタはぎこちないながらも頷き返したが、『でも』と、ちらりと背後に意識を向けた。


「…………皆、いるよ?」

「もちろん。わかってて来たつもり―――――って、なんか恐いのが突進してきたぞ」

「ナルト!!」


大音量の怒声に、ナルトは耳を塞ぎたくなった。
しかし、そうする前にイノに腕を取られ、それも叶わなくなってしまう。
無理矢理目を合わせられたナルトは、思ったよりも至近距離にあるイノの顔を見て、茶化す
ような言葉しか出なかった口を噤んだ。
異常に興奮しているのを、それでもできるだけ表に出すまいと。
歯を食い縛って、強すぎる感情を抑制することに全神経を注いでいるような顔を前にして。
それでもまだフザケるほど、最低な人間ではないつもりだった。


「イノ…………」

「お父さんから聞いたわ。その後、ヒナタからも」

「…………そっか。シカマルも?」


イノから出遅れていたが、やはりナルトの側にやって来たシカマルに確認を取ると。


「まぁな」


不機嫌そうに、気まずそうに、ナルトに求められた答を返す。
なら変に歪められた情報ではないな、と。
それぞれが得た情報を本人自ら遠回しに肯定し、ナルトは取られたままの腕からイノの手を
外した。


「ま、そんなことになってたんデス。話そうと思えば話せたけど、わざと黙ってた。ごめん
な?でもそれは、何も二人に限ったことじゃないんだ」

「俺達にも黙っていたくらいだからな」


非難混じりの声に、ナルトは『ネジってばまだ根に持ってんのか』と顔を顰めた。
しかし、ナルトの耳にどう聞こえようと、あれからすでに一週間も経っているのだから、そ
の知らせがあった時よりも当然怒りは緩和されている訳で。
この程度で妥協しているのだから、『これぐらいの復讐は許されてしかるべき』というのが、
ネジの持論らしい。


「ネジ兄さん、そんな言い方は…………」

「いーよ、ヒナタ。確かに俺が悪いし」


あっさりと自分の否を認め、ナルトはイノとシカマルに再び視線を戻した。
唇に人差し指を当て、淡く笑う。


「ちょっと厄介な事情があるから、噂が広がるとマズイんだよね。黙っててくれる?」

「そんなの言われるまでもないけど…………アンタ、本当にそうなの?冗談とかそんなんじ
ゃなくて?」

「残念ながらね」


ナルトが肩を竦め、その一言を言い終えると同時に。
同班の少女の高い声が、五人の会話に割り込んできた。


「ナルト!?ナルトなのね!?」


その声に促されるように、叫んだ少女を改めて見る。
記憶通りの、その顔。
少し伸びた桜色の髪は、肩につくかつかないかの長さになっていた。
明るい緑色の目がナルトを映す様が、目に見えるようだ。
顔を合わせなくなってまだ数週間しか経っていないというのに、もうずっと疎遠になってい
た旧知の人物に会うような気分。
だが、そう感じてしまうのも仕方がないことだろう。
争い事とはまったく無縁のところで生きているサクラは、今のナルトにとっては別世界の人
間なのだ。
ナルトはスイッチを切り替え、自分から一歩前に踏み出した。


「サークラちゃ〜ん!久し振りだってばよ!!」


ブンブンと大きく手を振って、大好き(という設定)な少女の下へと一目散。
話をするのに違和感がないだけの距離を保ち、サクラの前で立ち止まる。


「アンタ今まで何やってたのよ!!なんで任務に出てこなかったの!?」


ナルトはニシシと笑い、頭の後ろで手を両手を組んだ。
それは、ドベ時のナルトの使用頻度が最も多い仕草である。
この後に及んでまだ今までと変わらない対応をするということは、すなわち、『このまま何も
起こらなければ、最後の最後まで、彼等に自分の内に秘めているモノを曝け出すつもりはな
い』という、はっきりとした意思表示だ。


「もう、笑い事じゃないでしょ!?私達がどれだけ心配したか!!」


私『達』。
本当に、『達』と言えるくらいの人数が心配してくれていた?
そんなことを言うとイノ辺りにドツかれるんだろうけど、と。
ナルトは尚も笑いながら、憤慨するサクラに答える。


「ごめんってば。俺ってば綱手のばーちゃんからお願いされた極秘任務に就いてて、それで
コッチの任務に出れなかったの。連絡いってなかったってば?」

「そんなの、きてたら最初からこんな風に騒いだりする訳ないじゃない!!」

「おかしいってばね…………もしかしてばーちゃん、面倒だからってサボったのかも」

「五代目に限ってそんなことはないと思うけど…………まぁ、いいわ。それにしても『極秘
任務』って、そんな重要なモノに、よりによってなんでアンタが抜擢されるのよ?いくらア
ンタが五代目に目を掛けられてるからって、アンタは下忍で、しかもそれとこれとは別問題
のはずだわ」


確信に迫っているような、そうでないような。
口にした通りのサクラの思考を、鼻で笑ったサスケが吹き飛ばす。


「どうせ玩具にでもされてたんだろう。呑気なこった」


そう言ったサスケの、嫌味ったらしい顔ときたら。
実に憎たらしい顔をしているが、なぜか腹も立たない。
真実を知る数人はサスケの暴言にさっと顔色を変えたが、他の人間が言うよりも早く、貶さ
れたはずのナルトが『介入は許さない』とでも言うように大声を発した。
その目は、過剰とも思える反応に比べて一線を越えることのない、冷ややかなものだったけ
れど。


「重要な任務が貰えないからって僻むなってばよ!そーゆーのを負け惜しみって言うんだっ
てば!!」

「負け惜しみ?お前より俺の方が下だって言いたいのか?」

「そう聞こえたんならきっとそうだってばよ!!」


その安っぽい挑発に。
瞬間的に頭に血が上ったサスケが、取り繕うこともせず、威勢良くナルトに噛み付いた。


「足を引っ張ることしか能のないドベのくせに、何をぬかす!!」

「それはコッチの台詞!!お前こそ、もうちょっと精神的に未熟な部分をどうにかしたらど
うなんだってば!?特定の人物のことになると見境なくして周りの人間に迷惑しか掛けない、
んでもって尻拭いすんのはいつも俺だってこと―――――このうずまきナルト、忘れたとは
言わせないってばよ!!」

「ちょ、ちょっと、二人共止めてよ!」


口論を制止するサクラの声を、完全無視。


「お前に俺の何がわかる!!」

「あぁ、わからないね!!『俺は世界一可哀想な人間です』って顔して不幸に浸るのが好き
な恥知らずのビビリ君の考えてることなんか、俺は全っ然わからないってば!!」


わかりたくもない。


「こ、の―――――言わせておけば…………っ!」


まさに一触即発。
すぐにでも殴り合いに発展しそうな雰囲気に、周囲の人間が唖然としていたのはほんの数秒。
これ以上はマズイことになると判断した面々は、双方を慌てて止めにかかった。
特に、ナルトを止めに入った人間の思いは一貫している。
まさか本気じゃないだろうな、と。


「おーい、ナルト。メンドクセーが止めとけって」

「そ、そうだよ、ナルト君。止めておいた方が…………」

「ヒナタ、それは目の前の馬鹿に言ってやってほしいってば」

「目の前の馬鹿って―――――お願い、ネジ兄さんも何か言って」

「…………無理だ」


必然的に『ナルトを止めることができるのはナルト本人しかいない』という結論が出たその
頃。
同時進行で、サスケ側でも似たような遣り取りが。


「サスケ!お前の立場上、騒ぎを起こすのは絶対マズイって!!」


キバの言葉に、シノも同意するように頷く。
サングラスの奥の目は相変わらず見えないが、冗談では済まなくなるこの事態は回避しなけ
ればならないと、それこそ切迫した色をしているはずだ。
しかし。
それがわからないはずはないというのに『マズイ』事態になるサスケは聞く耳を持たず、徹
底無視を決め込み、キバに答えることもしなかった。
サスケの意識は、ナルトにしか向けられてはいないのだ。
だが、肝心のナルトの意識がサスケ『だけ』に向けられているとは限らない。
その証拠に。


「!」


やり手の忍でも易々と察知することができない異変を、サスケと対峙しながらも敏感に感じ
取ったナルトは硝子玉のような目を大きく見開き、瞬間的にサスケから意識を切り離した。
何もない虚空を厳しい面差しで見詰め。
ポツリ、と。
独り言にも似た言葉を洩らす。


「…………囲まれた?」


その呟きが他の人間の耳に届いた訳ではない。
だが、ナルトの裏任務に無理矢理付き合わされるという経験を持つネジは、その呟きが聞こ
えずとも、ナルトが豹変した理由に自ら気付いた。
しかし、ナルトのように気配だけで全てを把握するレベルではないから、手っ取り早く白眼
を解放する。
ヒナタも含め、気配に敏い八班の面子もまた、遅ればせながらその異常に気付く。
両手両足の指を合わせたよりも遥かに多い数の何者かに、まるで蟻の子一匹逃がすまいとで
も言うように包囲されている、その異常さに。


「なんだってんだ、コレ…………っ」

「馬鹿、下手に動くな」

「ドベ…………?」


キバに釘を刺したナルトの声は、サスケと口論していた時のものとはまったくの別モノだっ
た。
不思議な安定感と重圧感。
そして共鳴する金属のような、凛とした響きを持つ声だ。
訝しげに自分の呼称を口にするサスケに目もくれず、ナルトは小さく舌打ちした。
その最もたる要因は、泣きたくなるほどの状況の悪さだ。
個々の実力はマバラのようだが、それでも実践慣れしたような中忍・特別上忍の気配が多い。
暗部の小隊長であるナルトならば問題もないように思えるが、体調が芳しくないナルトが、
この場にいるメンバーを庇いながらどこまで動けるだろうか。
―――――いや、必ずしも一人という訳ではなかった。


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