「ネジ」


ナルトに呼ばれたネジが、無言でナルトを見る。


「戦わなくていい。無理もしなくていいけど…………動けるか?」

「問題ない。だが、相手は里の忍だ。この場合どうする」

「目的次第だな」


名家の子供狙いなら躊躇せずに始末してしまえばいいが、物事はそんなに単純にできてはい
ない。
そう考えるよりも、今の時期と綱手の話を照らし合わせれば、突然の来訪者の正体は一目瞭
然だ。
相手は里の忍。
そして狙いは、間違いなく『九尾の器』であるナルト。


「まぁ、そうは言っても手を出してきた時点でそれなりの報いを受けて頂きマスが?」


酷薄な笑みに付け足された小さな小さな笑い声は、あくまで無邪気。
それでいてぞっとするような薄ら寒さを含んでいるものだから、免疫があるネジも、思わず
ゴクリと咽を鳴らしてしまった。


「おい、ドベ。なんの話をしてるんだっ」


苛立ち混じりの声の持ち主に向けるのは、冷ややかな光を宿す青。


「皆気付いてるってのに、何を呑気なことを。それでエリート気取りなんて、お前の中の『エ
リート像』ってのは随分とお粗末だな」


その侮辱に対してサスケが激しい反応を示そうとした、その時。
茂みが揺さぶられる音と共に、いっせいに空気が動いた。
そして次の瞬間、木の葉の忍装束を纏った男達が各々の武器を手にして飛び出してきた。
『俺から離れろ!!』と短く警告したナルトは、内心で苦笑する。
かなり前に、これと似たような経験をしたことを思い出したのだ。
あの時の相手は我愛羅達の叔父である神楽の配下だったが、場所柄と状況と下忍が勢揃いし
ているという点が共通している。
ナルトは己が身の不運を嘆きながら、どこからか取り出した鋼糸を無感動に放った。
肉眼でその過程を確認することはできなかったが、土の上に落ちたモノを見れば、その成果
は明らかだ。


「ぎゃあぁぁぁ!!!」


絶叫した男の両腕が、あっけなく落ちる。
両肩に作られた切断面からは噴水のように鮮血が噴き出し、その光景は本人だけでなく周囲
の恐怖を煽るのに充分な威力を持っていた。
『俺の腕が』と喚き散らす男の咽笛に、容赦なく苦無を突き立てると。
ナルトを襲った記念すべき第一の犠牲者は、咽に何かが詰まったような声を発し、それ以上
何も言わずにそのまま果てる。
驚いたのは、ナルトをただの下忍としか見ていなかった襲撃者達だ。
一連の動きは、とてもじゃないが出来損ないとして有名な下忍のものだとは思えなかったが、
だからといって突きつけられた現実は、たった一度のその動きだけで納得できるものではい。
『うずまきナルトが忍としてかなりの実力を持っている』ということは、けしてあってはい
けないことだから。
ゆっくりと音も立てずに立ち上がったナルトは、問う。


「一つだけ聞こう」


『周りの下忍がどうなろうと知ったことじゃない』とばかりに押し掛けて来た、この集団の。


「目的は、間違いなく俺なんだな?」


本当はそんなこと、確認するまでもない。
強すぎる憎悪でギラついた目が、全てを物語っている。
ナルトは『なるほどね、やっぱり栄の崇拝者か』と呟き、どこか宗教めいたその空気に、不
快も露わに顔を顰めた。
なんだって自分の人生は平凡からかけ離れているのだろう。
胃の中身をシャッフルさせたような嘔吐感と必死で戦いつつ、ナルトはそんなことを考えた。
『九尾排斥』を声高に主張していた栄という名の旗印を掲げていた集団は、残りわずかにな
ったナルトの時間さえも、奪い取りたくて堪らないらしい。
遥か遠くからあの下卑た笑いが声が聞こえた気がして、ナルトは自嘲気に笑った。
結局は、あの老人の思い通りに事が進んでいる訳だ。
踏んだり蹴ったりなナルトに更に追い討ちをかけるように、男達の口から呪詛のような言葉
が次々と飛び出してくる。


「栄様が里から追いやられたのはお前のせいだ!!」


それは奴が禁忌に触れたからだ。


「栄様のお言葉に間違いはなかった!!あれだけの命を奪っておきながら、なぜお前が大き
な顔をして居座り続ける!?」


そんなことを言われたって、身体の一部を間借りしている狐さんはともかく、ナルト自身は
やましいことなど何一つしてはいない。


「そもそも、三代目も五代目も情を掛けすぎなんだ!!あの時情けで生かしてやったにも関
わらず、あまつさえ忍にして余計な知識を与えるなど言語道断!!!」


その『情け』というモノが本当にあったかどうか疑わしいし、表のナルトが忍になってもう
かなり経つ。
その上、裏のナルトは平均寿命が短い忍の社会において、誇れるほどの暗部歴がある。
今更すぎるその指摘に、どうして笑わずにいられようか。
口元を笑みの形にし、たった一言。


「言いたいことはそれだけ?」


男達の顔が、一瞬にして引き攣る。


「それを言いたいがために、俺とは違って爆弾を抱えてないコイツ等を巻き込むのか?」


今はまだ力不足でも、将来有望な子供達。
時間は掛かるかもしれないがこれからどんどん成長していって、大いに里に貢献するであろ
う子供達をも刃にかける―――――そうすることが奴等の『正義』と言うのなら、そんな正
義などブチ壊してやる。
ゆっくりと振り返ったナルトは、先ほどとは打って変わり、ひたすら奇麗に微笑して見せた。


「逃げた方がいいと思う」


できれば、この腐りきった里に完全に飲み込まれないうちに。
手遅れにならないうちに、ずっとずっと遠くへ。
おそらく、この里で生まれてこの里で育ってきた彼等には無理な話なのだろうけれど。
サクラはいまだ直面したことがない場面にカタカタと震えながらも、ナルトの言葉を確認す
るかのように問い返した。


「に、逃げるって、どこに…………?」

「だからどっか。まぁ、この里に安全なトコなんて、もう数えるほどもないと思うけど」

「ならお前も一緒にっ」


静かに首を左右に振ったナルトが、キバの誘いを受け入れることはない。


「俺は無理だな〜なんか知らねぇけど主役に大抜擢されたみたいだし。今から突破口を開く
から、お前等はそこから脱出しろ」

「お前一人でそんなことができるはずがないだろう!!」


心配しているのか、それともただ単に『それだけの実力がない』と馬鹿にされているのか。
どちらかと言うと前者と苛立ちが混ざったようなサスケの声。
よもやそんな反応が返ってくるとは微塵たりとも思っていなかったナルトは、ぎょっとした
表情でサスケを見た。
意識せずとも重なる影に、なぜか胸を掻き乱される。


「そんなトコばっか同じなんだな…………」


だから、困る。
浅はかで自惚れ屋で傲慢で。
不幸自慢が大好きな甘ったれで、鼻持ちならない性格をしたサスケ。
そんなサスケは嫌いだけれど、やはり兄弟なのか、ふとした瞬間イタチと重なるものだから
憎むことができない。
本当に本当に、大嫌いだけれど。
ナルトはほんの一瞬だけ泣きそうな顔をしたが、それを見られまいと視線を戻し、タイミン
グを図っている集団を牽制しながら言った。


「いいか、サスケ。他の誰でもない、俺だからできるんだよ。お前等も皆、本当は知ってる
んだぜ?」


だが、本来ならば脳の中に蓄積されているはずの記憶をナルトが根こそぎ消してしまったか
ら、知らないということになっているだけ。
その時にできた記憶のブロックは何もないまま空けられていて、記憶が戻って来るのを待っ
ているのだ。


「どーせエンディングも間近だし、もともとお前等のもんだから返してやるよ」


その結果どう思われようと、構やしない。
ナルトは驚異的とも言えるに速さで、複雑な印を組んだ。
すると、記憶操作をされていた五人の目の焦点が合わなくなり、自我を持たない人形のよう
な表情になった。
突如出現した人数分のおぼろげな輪郭の球体を、個々の頭の中に直接送り込み、針で突付い
て破裂させるイメージ。
時間にすればほんの数秒。
あの日の出来事が順番に再生されている映像を五人の目の中に見た気がして、ナルトは目を
細めた。
息を詰めた気配がしたから、その結果は確認するまでもないだろう。
ナルトはそれ以上何も言わず、隠形していた四つの気配のうち二つに声を掛けた。


「安曇、鴇」

「はい」


ナルトの横で膝をつく暗部の出現に、襲撃者達はざわめいた。
『なぜ暗部が』ということなのだろうが、ナルトにとってはなぜも何もない。


「栄は日向と俺の結び付きに気付いていた。だから日向が心配なんだ。それに俺は、厄介な
ことに名家の連中とも付き合いがある―――――もしかしたらもう手遅れかもしれないけど、
アイツ等を安全なトコに送り届けながら一通り回ってみてくれ」

「御子の側に残るのは、伊吹と刹那だけになりますが」

「心配するな。これくらいの人数なら殺られやしねぇよ。それでも不安だっつーなら、早く
戻って来い」

「もちろんです」

「ナルト君!」


ヒナタに名を呼ばれ、ナルトは返事をする代わりに首にかけていた額当てを外す。
狙いを定めるということをせず適当に投げたというのに、その額当ては吸い込まれるように
ヒナタの手の中に収まった。
ナルトは至極明るい様子で語りかける。


「ちゃんと取りに戻るから預かってて。それまでヒナタは―――――ヒナタだけじゃない。
ネジも皆も、自分のすべきことをしてほしい。俺は」


こんなトコで、絶対死なないから。
その言葉を聞いたヒナタは泣かなかった。
実際は泣きたかったのかもしれないし、泣きたいのを我慢しているだけなのかもしれないが、
ナルトから受け取った額当てを、それこそ宝物のように抱き締め、決意を滲ませた顔をして
頷く。


「…………ナルト君は嘘をつかないから、だから信じるよ」

「ありがと」


ならば嘘にならないよう、誠心誠意、その信頼に応えましょう。


「伊吹、刹那」


待ってましたとばかりに顕現した彼等に、簡潔な指示を。


「敵はおそらく里の忍の大半だ。遠慮は無用、派手にやれ」

「「言われくても」」


主の許可を得た少年と青年は暗部面の下で好戦的な笑みを浮かべ、それぞれが扱いを得意と
している忍具を手に、ナルトの死角となりうる位置についた。
憎しみや恨み、そして嫌悪といった慣れ親しんだ思念が。
それに畏怖も加わり礫となってナルトに投げ付けられるが、ひたすら青い瞳が映すのは、自
分を殺そうとしている人間の姿ではなく、その皮一枚下に隠れている形のないモノでもない。
意識していないものなどなんら恐くはないから、ナルトはまったく動じなかった。
事実、こうなることは一つの可能性としてずっと昔から考えていたため、よりによってこん
なタイミングであること以外、ナルトを憂鬱にさせることは何もなかったのだ。
そんなものではなく。
ナルトの頭を占めるのは、大きな焦りであった。
綱手の言うことを信じるのなら、ここでナルトが戦闘に参加することは、できるだけ避けな
ければならない。
ろくに使い物にならない身体を引き摺ってでも戦うことは、試したことはないが可能だろう。
だが、必然的に自分に掛かる負担はそれだけ大きくなってくる。
冗談でもなんでもなく、本当にこれで最後になってしまうかもしれないのだ。
それでも、大切な人達を危険に晒したまま、この騒動の主因であるナルトが逃げる訳にはい
かなかった。


「せめて一目だけでも会えたら、踏ん切りがついたかもしれないけど…………」


ポツリと呟かれた言葉は、誰にも聞かれることはなく地に落ちる。
胸元にある指輪を、ナルトは未練がましく服の上から強く握り締めた。







十月七日、木の葉の里にて乱あり。











END

†††††後書き††††† やっと書き上げたのはいいけれど、なぜかとてつもない疲労が…………。とにかく時間がな いんです。たまの休みも寝て過ごす、これじゃあなかなか進まない訳だ(納得) ようやくラスト一話というトコまできました。引っ張りました、えぇえぇ引っ張りましたよ ー。そして、ラスト直前になってもまだイタチ兄様が出ないという―――――もちろん、次 は出てくれるはずです。というか、オイラが出さないと『本誌でももったいぶってるのに何 お前までもったいぶってるんだ!』と戒李に怒られますから。あと一話、どうかお付き合い 下さいませ。
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