第一章  其の参



場所は鳶(えん)国、王宮。
この日、同じ時、同じ場所で、同じ顔が向き合った。


「よ、お前も呼び出されたのか」

「…………お前もか」


片手を上げ、至極明るい調子で声を掛けてきた片割れに、彼の兄は重苦しい溜息をついた。
石畳の王宮の大回廊は歩くたびに無機質な音を立て、広範囲に響き渡る。
そこは皇帝所有の庭園に面していて、つまるところ必然的に日当たりが良好ということになる。
風の季節である今、太陽の光は温かく柔らかい。
芽吹いたばかりの草木独特の香りが庭園から流れ込み、そこを通る人を和やかな気分にさせて
くれる。
しかし、それは正常な神経を持ち合わせている人間だけに与えられた特権であり、いくら癒し
の効果があるとはいえ、切羽詰まった状況に身を置いている人間は、その恩恵にありつけはし
ない。
どんなに平静を装っていようと、今の二人がまさにソレだった。
短めに刈ったかなり珍しいオレンジ色の髪に藍色の瞳の、誰もが惚れ惚れとするような容貌の
青年達である。
年の功は二十歳前後で、ようやく少年の域を脱した雰囲気を持ってはいるが、六尺を超える長
身がそれを頼もしいものへと変えていた。
淡い光沢を放つ詰襟の軍服を着用し、二人揃って颯爽と歩くその姿は、まさに圧巻と言えるだ
ろう。
侯爵家の双子である彼らは、皇帝直属の親衛隊の一員であった。
髪を立てている方が翔黎(しょうれい)で、一方、髪を下ろしているのが秀黎(しゅうれい)
だ。
翔黎からは『陽気な遊び人』といった印象を受け、秀黎からは翔黎とは似ても似つかない正反
対の印象を受ける。
無表情とは言っても嫌そうな表情は包み隠さず顔に出した秀黎は、肩に置かれた翔黎の手を鬱
陶しげに払いのけ、深色の瞳を細めた。


「陛下から、とある命を承った。どうせ同じ内容だろう?」

「俺に下された命は姫神子探索だけど」

「やはりな…………」


さも面倒臭そうに洩らした秀黎を見て、翔黎が軽く肩を竦める。


「姫神子っつったらアレだろ?唯一神『乙姫』(おとひめ)の地上での代理人で、精霊の絶対的
守護を持つ人間。知識としては知ってるけどさぁ〜ソイツって確か存在自体があやふやで、実
際にいるかどうかもわかんない奴だよな?あのモウロク爺さんってば信じ込んでるけど、本当
にいるのかね?」

「翔黎」


さり気ない暴言を窘める秀黎の視線を受け、翔黎は悪童そのものの笑みを浮かべた。


「いいだろ、どうせ誰も聞いてねぇよ。んで、お前はどう思ってんの?」


細かいことは気にしない性質の翔黎には、秀黎が何を言っても無駄である。
生まれてからの付き合いでそれを身に染みてわかっている秀黎は、再び嘆息して弟が求める答
を口にした。


「…………まず、お前が言うとおり、姫神子の存在自体があやふやだ。最後に確認されたのは
百五十年前の内乱の時。当時の姫神子は女性だったそうだが、それも狼藉を働いた閥族のせい
で亡くして久しい。今現在、鳶国内に『姫神子』を名乗る輩は数人いるが、どうせ偽者だろう。
そのほとんどが民衆独特の宗教の教祖や教主だったり、富を欲するばかり、その名を名乗るこ
とで荒稼ぎをしているような輩ばかりだ。不思議な術を操るならば話は別だが、そういう話は
まったく聞かない。いるかいないかは別として、とても信用できる情報ではないということだ
けは断言できる」


「だよなぁ〜…………ったく、あんのクソ爺、無理難題押し付けやがって!大体、今更姫神子
探し出してどうするつもりなんだよ」

「それは俺達が口を挟むべき事柄ではない。円滑なる任務の遂行…………それが俺達に課せら
れた使命だ」

「わかってはいるんだけど、どうも納得がいかねぇな。姫神子探索?大いに結構!なら親衛隊
の俺達じゃなく、暇を持て余してる地方の役人にやらせりゃあいいじゃんか。幸い全国に散ら
ばってる訳だし?その方がよほど効率が良いと俺は思うね」

「…………在籍役人動員権行使特別許可証を頂いただろう」

「あぁ、貰ったさ、貰ったとも!だけどアレがなんだよ?お決まりの文句に皇帝印を押しただ
けの紙切れ一枚!あれだけで『あとは勝手にやれ』ってんだからどうかしてるぜ、ホント。俺
はなぁ、新しく通うようになった娼館に懇意な子ができたんだよ!気が強くて美人で、尚且つ
気が利くイイ女なんだぜ?何年かかるかわからないってのに、そんなに長く王都を空けたら色
事師として名高い二葉にかっさらわれちまう!そうやってまた俺のトラウマが蘇るんだ!」

「結局はそれか…………」

「お前も男ならわかってくれるだろ!?」

「…………あいにく、俺はお前ほどお盛んではないんでな。同意しかねる」

「なんだよ、一人だけ純ぶりやがって!淡白と見せかけて実は不」

「それ以上無駄口を叩いてみろ、今すぐ冥府送りにしてくれる」


地を這うようなおどろおどろしい声を発した秀黎が帯刀していた剣の柄に手を掛けたのを見て、
翔黎は慌てて自分の発言を撤回した。


「ごめんなさい、嘘です、冗談です、ごめんなさい。ちょっと口が滑っただけです」

「軽はずみな発言は控えるんだな」


凶器から秀黎の手が離れたのを確認して、翔黎はあからさまにほっとした。
静かに激昂する人間程、キレた時、手に負えないものである。
秀黎はその典型的な例であり、枠外になることなどありえない。
あまり刺激してはいけない人種であることは間違いなかった。


「と、とにかく、いつ出発する?準備もあるし、とりあえず屋敷に帰って、それから二・三日
後にでも発つか?」


とたんに、秀黎から睥睨された。


「何を聞いていたんだ?陛下は『直ちに』と仰られただろう。今日中に発つ」

「…………どこへ?」

「始まりの地、嵯々巳(さざみ)だ」


朗々と語った秀黎の言葉に、翔黎はわずかに息を飲んだ。


「そろそろ降神祭の季節だ。アソコでなら、何か情報が得られるかもしれない」

「ひ、否定はしないけど、大丈夫かよ…………?」


『アソコの治安、国内で一番悪いんだぜ?』
武官らしからぬ翔黎の物言いは、何やらとてつもなく雲行きが怪しいものを孕んでいた。



<<NOVELNEXT>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送