序章



日当たりの良い南側に面しているそこは、十六畳の書院造の和室だ。
母屋の中で一番上等な部屋であるにも関わらず、その部屋が保有している空気は重く澱んでい
る。
部屋が粗末な訳ではない。
むしろ、雑誌やテレビで持て囃されている一流と称される旅館でも、ここまでの部屋は持ち得
ていないだろう。
美しい木目が浮き出た天井板と柱には惜しげもなく檜が使われており、視覚だけでなく嗅覚で
も楽しませてくれる。
古いながらもけして粗末ではない藺草で作られた畳表は、見る者の心を穏やかにしてくれるよ
うな落ち着いた色合いで、それを縁取るのは、京の職人が丹精込めて織り上げたに違いない、
品の良い布地だ。
襖にはさりげなく孔雀の絵が描かれ、その色彩で部屋全体の雰囲気を華やかなものにしている。
文句のつけようがない、計算し尽くされた日本美がそこにはあった。
ただ一つ異質なのは、かつての日本ならともかく、現代ではあまり見ることもない御簾が上座
に下ろされていることで。
何か神聖なものを祀るように、万人の目から覆い隠すように、御簾は隙間なく下ろされたまま
である。
加えて、昼間であろうとなんだろうと、ここは常に薄暗いのだ。
障子紙を透けて室内に差し込む光は入り口付近を明るくするだけで、部屋の最深部までにはい
たらない。
日当たりの良いはずの部屋は、故意的に最低限の光しか受け入れないように設計されている。
だからして、電灯など存在するはずもない。
夜の光源として使われるのは、今は部屋の隅に追いやられている行灯と燈台だけだ。
たとえ寝起きするためだけにある部屋だとしても、人間がここで一日の大半を過ごすにしては、
多少異様と言わざるをえないだろう。
もともと、この部屋はこんなにも不自然な造りではなかった。
ここがこんな風になってしまったのは、つい最近のことなのである。




―――――たった一人の、少年のために。












姫神子奇譚

<<NOVELNEXT>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送