十八歳の彼 十二歳の僕 ‐9‐

「コレがナルトだって?」 風呂敷で包んだ漆塗りの重箱を手に。 詰所に現れて早々『コレ』扱いされたナルトは、頭一つ半分の身長差になっていた悲劇の末裔君―――― もとい、同班の少年であるうちはサスケを見て。 「黙れブラコン」 最高の笑顔でサスケを固まらせた。 ナルトの二面性を知らざるをえなかった面々は『触らぬ神に祟りなし』とばかりに傍観を決め込んでおり、 可哀想に、心に致命傷ともなりうる攻撃を受けたサスケを庇う者は誰一人としていなかった。 真っ白な塊になったサスケには目もくれず、勝手知ったるなんとやらでズカズカと室内に入ってきたナル トは、備え付けのテーブルの上にその重箱を置き、『アイツは?』と、ちょこんと首を傾げた。 あの強烈なインパクトがあるナルトに慣れると、ふとした拍子に本人も無意識に出してしまう幼い仕草が またなんとも言えず、人目を憚らず悶えたくなる。 しかし、そんなことをすればナルト少年の絶対零度の視線を浴びせられるのは確実なため、誰もが必死の 思いでその衝動と戦っていた。 「ナ、ナルトなら綱手様んトコだぜ?」 「なんでどもってんだよ―――――っつーか、あのばーさんトコって何。俺『ココにいる』って聞いたん だけど?」 「その予定でも、大抵は綱手様に呼び出されてアッチに詰めてるぜ?んで、なんだソレ」 「ん?弁当」 明かされた風呂敷の中身は、重箱に詰められた昼食デシタ。 『誰の?』と問えば、そりゃあ大きい方のナルトのものに決まっている。 なぜナルトがそんな物を持っているのか。 その理由は。 「あの野郎、人がちょっと目を離すとすぐにカップラーメンに走りやがるんだ。一楽のラーメンは美味い からいいとしても、非常時でもねぇのにあの不健康極まりない食生活は許せねぇ。だから俺がコッチにい る限り、アイツの食事は俺が管理することに決めたんだ」 ナルトとて、人様に褒められるような生活を送ってはいない。 コチラに来てからは健康優良児として表彰されそうな規則正しい生活を送っているが、元の世界での平均 睡眠時間は片手の指もなく、しかも毎日その時間を確保できるという訳ではないから、二、三日に一回確 保できれば万々歳。 与えられた任務は全て引き受け、完璧に遂行することができなければ暗部としての籍を剥奪する―――― それがナルトが暗部として活動し続ける条件で、そのためには多少不規則な生活は覚悟しなければならな いのだ。 故に、雑用にも近い昼間の下忍任務でどれだけ疲れ果てていようとも、ナルトが暗部であることに常々反 対している三代目がヤケクソのように次から次へと任務を入れてくるものだから、退くことなど初めから 選択肢にないナルトは夜の任務をおろそかにする訳にはいかなかった。 そうなると自然に乱れた生活を送ることになるのだが、そんなナルトが世話を焼かなければならないほど、 ナルト(大)の私生活の実情は悪かったのだ。 「それはコチラにしてみても有難いが……料理ができたのか」 シノに意外そうに呟かれ、ナルトは顔を顰めた。 家事能力全般が乏しいナルト(大)と一緒にされたくはなかったのだ。 「ざけんな。俺は中途半端が一番嫌いなんだよ。自画自賛っぽくなるけど、どこに出しても恥ずかしくな いモンは作れてるつもりだぜ?」 「わぁ、ホントだ。美味しそー///」 「あ、こら馬鹿、チョウジ!」 匂いを嗅ぎ付けていつの間にか重箱を広げていたチョウジをシカマルが止めに入るが、涎を垂らさんばか りに至近距離から熱烈な視線を送っているチョウジはまったく動こうとしない。 その様子にナルトは小さく噴き出し、風呂敷を畳み始めた。 「お前はアッチでもコッチでもホントに変わんねぇのな。そんなに食いたいのか?」 「え、くれるのナルト!?」 「少なく作る方が難しくて、どーしても量が多くなっちまうからはあるぜ。お前等も食う?」 「しかし、それはナルトの分なのだろう?」 シノの言葉に少し考えるような素振りをしたナルトだったが、すぐに『いいんじゃない?』と笑った。 「ここにいるっつったのに、いないアイツが悪い。任務でもねぇのにあんなトコ行きたくねぇから、ここ で消費しちゃって。割り箸は一番上にまとめて入ってるから―――――ちょっとソコ。そこでまだ固まっ てる奴、お前だよ。一応お前も数に入ってんだから食いたきゃ食え」 たった十二歳の子供に再起不能にされた成人間近のうちはの青年が我に返るのを待たず、ナルトはこの場 にいる人間の代表としてシカマルに声を掛けた。 「お前等がどれくらいの時間ここにいるのかはわかんねぇけど、とりあえず空になったらアイツに渡しと いて。俺ちょっとこのまま行くトコがあるから」 「行くトコ?」 「そ、帰り道を探しに行くの。じゃあな」 礼の言葉を背中で受けながら室内を出たナルトは、周囲に人気がないことを確認した上でナルト(大)と の打ち合わせ通り、変化した。 黒髪に琥珀色の目の、黒猫のような印象が強い少年だ。 あの特徴的な服装も止め、ホルダーも額当てもしていない、それこそ一般人にしか見えない服装になった から、これでなんの問題もないはずだ。 詰所を出たナルトに、九重がなんの前触れもなく話し掛けてきた。 『わざわざ森に行かずとも、今日ならばこの辺りからでも探せるぞ』 突然の話に、ナルトは胡散臭そうな顔をする。 「…………なんで」 『風が強いだろう。そういう日は、風が遠くから様々なモノを運んでくるのだ。主にわかるのは、匂いと 気配程度だろうがな』 「確かにな」 『風を遮る物がない場所……そうだな、高い場所が良かろう。そこへ行け』 「―――――となるとアカデミーの屋上が妥当だな」 すぐに結論を出したナルトは、小さな掛け声と共に跳躍し、宙で一回転して民家の屋根の上に乗った。 なるべく人目につかないよう、屋根伝いに移動する。 足下がずれやすい瓦であるにも関わらず物音一つ立てずに移動するのは、ナルトだからこそ難なくこなせ る移動方なのだろう。 道行く人は、まったくと言っていいほど気付かない。 ―――――いや。 気付いたとしてもここは忍の里であり、緊急時にわざわざ地に足を着けて移動する忍などいないため、た いして気にも留めないだけなのだ。 ほどなくして自分にとっても懐かしいアカデミーに到着したナルトは、風を遮る物が何もない屋上へと上 ると、無言で里を見渡した。 「…………どう?」 『まぁ、待て』 そう言った九重に従い、保留された答を大人しく待つ。 太陽光にそれほど熱されていない風は涼しく、心地良い。 この場所から見て森がある方角は風上に当たるため、人為的な音や匂いが風に混ざらず、調べやすいのだ ろう。 ナルトには木や水の匂い、鳥が飛び立つ音や動物が茂みを揺らす音ぐらいしか察知することができないが、 それこそ、九重はその他にも多くの情報を得ているに違いない。 やがて九重が忍び笑う気配がした。 『あったぞ、そう大きくはないが主程度なら通り抜けられるほどの歪が。森の入り口からは多少離れてい るが、だからといって我々を襲う気を起こすような愚かな輩はおらぬだろうよ。妖でもない獣など敵では ない』 「ん。今日でコッチに来て四日目……早く帰れるって喜んだ方がいいのかねぇ…………」 『なんだ、嬉しくはないのか?日向の小僧と未来の嫁が怒るだの心配するだの、情けない声で洩らしてい たではないか』 「未来の嫁って……いや、もーいい。お前は何を言っても聞かねぇから」 『ヒナタはそんなものではない』と言ったところで九重が自分の意見を覆すはずがないということはわか りきっているため、余計なことは何一つ言わない。 「正確な位置は?」 『ここより半里ほど。主が行きに嵌った歪から、そう離れてはおらぬ』 「それって安定してんの?」 『していると言えばしているし、していないと言えばしていないな。だが、時間を置かずにココを発てば なんの問題もあるまい』 「そっか……割と呆気なかったよなぁ…………」 『不満気な口振りだな。気が進まないのか?冗談ではないぞ、我はこのような里に定住したくはない』 ぬるま湯に身体を浸しているようで気色が悪い、と。 講義する九重に、ナルトは否と答える。 「俺だってヤダよ。いくらアッチで殺されそうになろうがコキ使われようが、俺が生まれ育った場所はア ッチの世界な訳だし、帰れるもんなら帰りますとも!ただ、なんつーか……やり残したことがある気がす んだよ」 『やり残したことだと?何を馬鹿なことを、主は何かをするためにコチラに来たのではない。自惚れるで ないぞ?自身を勇者か何かとでも思っているのではなかろうな?』 「それはない、絶対ない!むしろ悪のドラゴン、善良な人々を恐怖に陥れた大魔王とか。俺って絶対悪役 だって」 少なくとも、正義の味方ではない。 正義の味方は笑いながら人を殺したりしないし、どちらかと言えば、その役に嵌るのはコチラのナルトだ ろう。 『では、どうすると言うのだ。猶予はあまりないぞ』 「…………どーしよ」 カシャンという音を立ててフェンスに指を掛けると、ナルトは森の方向を見やった。 網目越しに見た森は、人とは違い記憶にあるものと同じだ。 それに妙な懐かしさを覚えたが、だからといって安易に喜べるような気分ではなかった。 帰るべきか、今しばらくここに留まるべきか。 九重にその答まで求めるのは筋違いであるため、自分で考えなければならない。 あくまで九重は『協力者』であり、『仲間』でも『味方』でもないことを忘れてはならなかった。 そしてふと、何かに引かれるように足下を見下ろす。 視線の先にあるのは、日の当たらない講堂裏。 人が集まる場所からは死角になっているそこで見たものは。 「一、二、三、四、五……あらら、十三人も。だいの大人が真昼間からマヌケ面突き合わせて、一体なん の相談でしょーねぇ…………?」 中忍か上忍かは見た目で判断することはできないが、両手の指を合わせたよりも数の多い男達が険しい顔 付きをして相談―――――この場合は密談とも言えるだろう―――――をしている様子。 人に聞かれてはマズイ話をしているのを想像することは容易い。 ほぼ中忍で占められている教師陣を除けば、忍の卵とも言えないような子供達が通うアカデミーは彼等に してみれば確かに盲点を突いたつもりかもしれないが、もっと他に適した場所があるだろうに。 だから、自分のような人間に目撃されてしまうのだ。 本来ならば無関係であるはずの自分がアカデミーに不法侵入した挙句、真昼間の屋上で風を読んでいたこ とがイレギュラーだったとは思わないトコロは、さすがと言うべきか。 腹の中の店子のおかげで並外れた五感を持つナルトが、一人一人の顔を脳裏に焼き付けるように順番に見 ていくと、その内の一人に視線を移したとたん、ナルトは琥珀色の双方を軽く見開いた。 そして、面白そうに笑う。 「へぇ、そーゆーこと…………」 その男に見覚えがあった。 当然だ。 ソイツはナルトがコチラの世界に来たばかりの時、早速とばかりに襲ってきてくれた、くたびれた雰囲気 を持つあの男だったのだ。 普段だったら後腐れがないように始末しているところだが、その男を逃がしたのは、本当の意味で狙われ ていたはずのナルト(大)である。 わざと逃がして泳がせた上で一気に叩くつもりなのか、それともただ単に『殺さず』を信念としているの か。 どちらかと言えばナルト(大)の性格からして後者だろうが、ナルトにとってはどうでもいいことでしか ない。 『…………ほぅ、見るからに不穏な空気が漂う会合ではないか』 「確かに、アソコで話されてる内容は道徳とは無縁だろうよ。あーやなもん見ちまった」 『そう思うなら忘れるがいい。どのみち主は、じきにココを去る人間ぞ』 「否定はしねぇが、ここで見て見ぬフリをしたら絶対後味悪いよな…………」 『…………何が言いたい』 はっきり言えば良かろう、と。 心なしか責められるように言われ、ナルトは『じゃあ遠慮なく』と前置きしてから本題に入った。 「知ってると思うけど、俺は身の程知らずな奴等がメチャクチャ嫌いなんだ」 『あぁ』 「生まれたばかりの赤ん坊に全てを押し付けてもそれを当然と思って、その上得意技は責任転嫁、いかに も『自分達が正しい』って考えてるような面見ると、虫唾が走る」 『知っている』 「んでもって俺は、良い意味でも悪い意味でも、相当プライド高いんだよね」 『そうだな』 「無関係だろーとなんだろーと、『俺』に喧嘩売ろうとしてる奴等を野放しにしておくほどお優しくもなけ れば甘くもねぇんだ」 『だから?』 「帰る前に、いっちょ派手に大掃除でもやりたいなーって思うんだけど、どーだろ?」 数秒の沈黙。 ナルトが根気強く待っていると、やがて九重が堪らないとばかりに笑い出した。 『なるほど、大掃除か。それはまた愉快な出し物だな。だが、結果的にアレを助けることになるのではな いか?そうなればアレの火影としての地位は不動のものとなる……それを厭うてあのような騒ぎまで起こ したというのに、何を今更と思うが』 「気に食わないからって理由じゃ駄目?」 語尾にハートマークが付きそうな、甘い甘い砂糖菓子のような声。 まさかそのおねだりが効いた訳ではないだろうが、あれほどこの里から離れたがっていたはずの九重は、 あっさりと了承した。 『良かろう。あの歪は我が固定してやる。だが数日しか持たぬぞ。その間にケリをつけると断言できるか?』 「俺を誰だと思ってんだよ。史上最年少で暗部の小隊長になった男だぜ?」 嬉々として答えたナルトは、再び足下の一団を見下ろし、口元に鮮やかな笑みを浮かべた。 「さぁて、事件解決に地道な聞き込みは必須。いろいろと吐いてもらおうじゃありませんか」 ターゲットはもちろん、あの男。   企画部屋  
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