十八歳の彼 十二歳の僕 ‐6‐

「腹減ったなー」 上忍詰所、人生色々。 そこに取り付けられた木製の長椅子に座らされているナルトは、膝を抱え、遠い目をしていた。 「あ〜一楽の味噌ラーメンが食べたい……そーいや咽も渇いたな。ねぇ、なんか出ねぇの?」 「…………果てしなく自由に生きてんな」 「いやいや、むしろその反対だと思いマスよ。んで、俺の意思とは関係なく連れて来といて、ホントに何 も出してくんないの?」 「こんなトコに食い物なんかある訳……いや、茶菓子くらいはあるけどよ」 「それでいーから頂戴。ちなみに毒なんか入ってねぇよな?」 「入ってたら、俺等とっくに死んでっぞ」 人聞き悪い、と。 洩らしたキバを見て、ナルトが皮肉気に笑った。 「そりゃそーだ―――――っつっても、入ってたところで死にゃあしねぇけどな」 恐ろしい言葉をさらりと吐いたナルトは、シノから個装された煎餅を受け取ると、一人勝手に食べ始めた。 いつでも好きな時に飲めるように、と。 常に置かれている保温ポットのお湯で淹れられた緑茶を啜ると、低迷していた機嫌がわずかに浮上する。 「あ、良い茶葉使ってんじゃん」 「ところでよ」 「ノーコメント」 「まだ何も言ってねぇけど」 「この状況で聞かれることはわかるさ。でも答えなきゃなんねぇ義務はねぇもん。だからノーコメント。 デッカイ方のナルトさんが答えてくれるから、もう少し待ってろよ」 「…………ホントにお前、アイツの弟なのか?」 「言ったろ?自称『兄さん』だって。兄弟な訳ないし、もちろん同一人物でもない。それに、『うずまきナ ルトは天涯孤独の身の上』だってことは、里で知らない人間はいないと思ってたけど」 「そうだけど……無理ねぇぞ?小さくなっただけで、まんま同じ顔だろ?」 「小さい小さいって、人をなんだと思って……いや、別にもーいーけどね。お前等にとっちゃ、どーせ今 の俺はチビですから?―――――たいして変わんねぇ身長してたくせに、帰ったら覚えてろよ」 あちらのお三方にとっては八つ当たりでしかないことは充分わかっているが、どうしてもやりきれないか らお仕置き決定。 特にナルトに裏表があることを知っているシカマルは念入りにと、心に決める。 ―――――と、そこへ。 「失礼しまぁーす」 ドアをノックする音と共に女の明るい声がして、詰所のドアが開かれた。 シカマルやキバの影になってチラリとしか見えなかったが、薄いピンク色の色彩を持つ女は、ナルトの知 りうる限りでは、同班の少女であるサクラしかいない。 その隣にはイノもいる。 「来月にあるアカデミー卒業生対象の講義の日程、決まったから知らせに来たわ―――――って、あれ? サスケ君とチョウジは?」 「任務だとよ」 「ふ〜ん…………」 「なぁんだ、残念。サスケ君に会えると思ってサクラに引っ付いて来たのに無駄足じゃない」 「相変わらずうっさいわねーイノブタ。はい、コレ。皆、一通り目を通しておいてね」 冊子の束を抱えたサクラがシカマル達に近づくと、さすがにナルトの存在に気付いたらしい。 「あれ、誰かいるの?子供……男の子??」 「なんでここに子供がいるのよー。あ、アンタ達まさか、いたいけな美少年に手ぇ出そうとしてんじゃな いでしょうねー?」 犯罪者を糾弾するかのような目付きで睨まれたキバが、慌てた様子で反論する。 「馬鹿言え!むしろ出されてたのは俺等の方だぜ!?」 「口は出したけど、手を出した覚えはねぇよ」 そして、たった今足を出した。 ナルトがキバの膝裏を強めに蹴ると、キバが情けない声を上げてふらついた。 キバの心配など欠片もせずに聞き覚えのある声に反応したサクラが、『その声…………』と呟いてヒョコッ と顔を覗かせ、案の定とでもいうような顔をした。 「なんだ、やっぱりナルトじゃない。何よ、その酷い格好」 ナルトは無言で自分の格好を見下ろした。 自分ではない他人の血が染み込んだ服。 乾いて固まりかけた服はごわついて着心地が良いものではなかったが、血を洗い流す時間ならまだしも、 着替える時間さえも貰えなかったのだから仕方がない。 たいして気にしていない様子のナルトを見て呆れ顔を作ったサクラ達を、ナルトは逆に観察する。 サクラの髪は腰まで伸ばされており、よく手入れされているのか枝毛など一本もなさそうだ。 イノは逆に短い。 肩の辺りで綺麗に切り揃えられた髪型は至ってシンプルだが、野暮ったさは微塵も感じられなかった。 二人共もともと整った顔立ちをしていたが、成長した今ではそれが際立っている。 これでは周囲の男が放っておかないだろうと思わせるほどに。 「そうだ、サクラちゃんの話は聞いてなかったなぁ……サクラちゃんは今、上忍?」 「やだ、アンタそれ嫌味?本気で言ってるの??」 サクラの顔が、ちょっとだけ怖くなった。 ドベのナルトが恐れる顔だ。 「アンタはいいわよね、仲間内で一番先に上忍になって!他の皆もその次の試験で受かったってのに、私 はいまだに中忍です。アカデミーのしがない教師ですとも!―――――まぁ、唯一の救いはイノに先を越 されてないってことだけど」 「言ってくれるじゃない……この前指摘された忍術の腕も上げたし、私は次こそ受かるわよ。アンタは三 浪、はいオメデトー☆」 「私だって何もしてこなかった訳じゃないわ!チャクラの量は個人の資質だから仕方ないけど、体力は間 違いなくついたもの。次受かる自信はあるわよ」 「どうだかねー」 仲がいいのか悪いのか、よくわからない。 それでも、なんだかんだ言って行動を共にしているのだから、たぶんおそらくきっと仲は良いのだろう。 女の子は不思議な生き物だ。 サクラとイノに引き続き思い出したが、そういえば。 「じゃあヒナタとかネジはどーなってんの?」 それを聞いたサクラは今度、怒るのではなく心配そうな顔になる。 「ちょ、ちょっと、ナルトってばホントどーしちゃったのよ?アンタ達、知ってる?」 「いや、俺等も最初そー思ったんだがよ、どーも事情が違うみてぇで……ソイツ曰く、『別人』だとよ」 「別人?嘘でしょ??」 サクラの驚きの声に立て続き、イノもまた騒ぎ出す。 「だ、だってこの顔、ナルト以外のなんだっていうのよ!偶然にしちゃできすぎてるわ!一卵性の双子な らともかく、ここまでそっくり―――――あ、ら?そうでもないわね。そっくりだけど、こう……なんて 言うか」 「洗練されてるって感じ…………」 「そうね。最近じゃナルトも垢抜けちゃってスゴク格好良くなっちゃったけど、こんな感じではないわね」 「変化でもないのなら、じゃあこの子は何者?」 「だから、それを調べるために連れて来たはいいけど、肝心なことを一言も喋らねぇの。言葉の端々に引 っ掛かるもんはあるんだけどよ、どーゆーことか更にわかんなくなる訳」 「…………アナタ、なんなの?私達の動きを探りにきた間諜??」 もしそうだとしても、正直に話すとでも思っているのだろうか。 「へぇ……やましいことがあるから話さないって言いたいんだ?残念デシタ。あいにく、自分から話すよ うな御立派じゃねぇ事情があるだけで、ご期待に沿えるような企みごとは用意しておりません。でもさ、 今のではっきりしたんだけど、ソッチもなんか訳ありっぽいよな?最近になって活発になってきたってい う『うずまきナルト』を敵視する輩の活動―――――今更だよなぁ?何がある訳??」 正確には、『何がある』のではない。 言い換えよう。 「アイツ、何をしようとしてんの?」 そんな輩に目を付けられるほどの、何をしようとしている? 触れてはいけないモノを鷲掴みにしてしまったのか、その場にいたナルト以外の人間は息を呑む。 ナルトは更に続けようとしたが、そこで急速に近づいてくる気配を感じ、口を噤んだ。 自分と同じ、しかし澱みという澱みが一切ないチャクラは間違いない。 ドアを蹴破るほどの勢いで現れたのは。 「チビ!」 上忍服着用の、大人版『うずまきナルト』。 「よーやく来たか。随分と遅いご到着で」 「悪かったって!伝言持ってきた奴が、どうも途中で変なコトに巻き込まれたらしくてさ―――――シカ マル、コイツにまだ何もしてないよな?」 突如話を振られ、シカマルが面食らう。 「あ、あぁ、何もしてねぇよ―――――っつーか、正確には何もできなかったんだけどよ」 「これ以上何かされて堪るかってんだ。すでにコッチは被害にあってんだから」 少々ご立腹気味のうずまきナルト少年の言葉に、ナルト(大)の顔が引き攣った。 「その格好もそのせい、か……一体何があったんだってば…………?」 「襲われたんだよ。なんで俺は、コッチに来てまで殺されなきゃなんねぇの?」 「殺され―――――って、アイツ等か!怪我は!?」 止める間もなく腕を取られ、そして血が付着したジャケットの袖を捲くられる。 無駄がないと言えば聞こえはいいが、男のモノとは思えないほど白く細い腕は、当然のことながら無傷だ。 頬や髪に付いている血も、ナルト自身が傷を負ったという訳ではない。 確認するかのように、ナルトの頬にそっと指先を這わせたナルト(大)は、そこで安堵の息を洩らした。 「…………怪我はなさそうだってばね」 「当然。あんな奴等にキズモノにされたら末代までの恥」 苦々しい顔で、本音を吐露。 ナルト(大)はそんなナルトの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜると、申し訳なさそうに笑った。 「お前に怪我がなくて良かったってばよ」 「無事で良かった?何を言うのかと思えば」 鼻で笑ったナルトが、挑むようにナルト(大)を見上げる。 強い眼光が、そのままナルト(大)を射抜いた。 「誰のせいだと思ってんの?」 「間違いなく俺だってば」 「そーだよ、だったらアンタは俺に状況を説明する義務があるよな?こーなることが予想の範疇だったん なら、尚更」 ナルト(大)がどんな立場で、何をしようとしているのか。 そのために何が起ころうとしているのか、知る必要がある。 たとえコチラの人間ではないにしても、ナルトが『九尾の器』であるる以上、知っていなければならない。 「アンタ、俺に何を隠してる…………?」 言い逃れは許さないとでも言うような目に真正面から覗き込まれ、ナルト(大)は降参とばかりに両手を 上げた。 「わかった。話すってば」 そして明かされた事実は。 「俺ってば今、六代目火影の最有力候補なんだってば」 「…………なんだって?」 一瞬、目の前が真っ暗になった。 何を言ったのかまったく理解できなくて、頭がその情報を上手く処理できずにいる。 その事実が、あまりにも突飛すぎて。 「候補じゃないな、ほぼ内定してる。三週間後に正式に発表されることになってて、シカマルが補佐官な んだってばよ。でも問題があって…………」 「九尾とナルトを同一視してる奴等が、それを認めようとしねぇんだよ」 シカマルの補足に、目聡く反応。 「知ってんのか?」 「あぁ、下忍仲間には候補になった時点で話したんだってば。木の葉丸みたいに、あの乱の時に生まれて なかった子供には、就任式の時に公表しようと思ってるんだ」 「そこまで、コトが進んでんのかよ…………」 「そーゆーこと。だから最近こーゆーことが頻繁に起きてた。奴等はなんとしてでも、この里のトップに 俺を置きたくないらしくて」 「…………だ」 「え?」 「当然だって言ったんだ」 思ったよりも強い口調になってしまったが、それも仕方ない。 だって、うずまきナルトが火影だというのだ。 「当然なんだ、そんなこと認められるはずがない。里を守るべき存在が、里を襲った化け物を宿している ―――――それがどういうことか、本当にわかってんのか?」 他者を萎縮させるかのような壮絶な目をして怒鳴ったナルトに圧倒されていた面々の中で、一番始めに我 に返ったのはキバだった。 一体何を思っての発言か。 そんなことを考えようともしないキバが、はたから見る限りでは知った風な口を利くナルトを非難する。 「お前の勝手な価値観で話すなよ。俺等はコイツを認めてるし、里の連中もコイツのこと受け入れてるん だ」 「でも、そうじゃない人間がいるから今こんなことになってる。違うか?お前等こそ、俺にそんなヌルイ 価値観押し付けんなよ。こちとら、一分一秒生きるのだって命懸けな環境で生活してんだ。俺のことわか れとかそんなこと言わねぇが、関係ねぇお前等にとやかく言われる筋合いはない」 ピシャリ、と。 叩き付けるかのような科白に、皆一様に押し黙ってしまう。 ナルトから滲み出ている冷たい怒りの念は、気を抜けば引き擦り込まれるほど強烈なものだ。 「どうりで……それならあの反応は無理ねぇか。なんてったってアンタだし」 とても他人事とは思えない、この状況。 おかしな世界に最悪なタイミングで落とされてしまったナルトは、眩暈を感じながら、ゆっくりと立ち上 がった。 周りに気を引くようなものは何一つないとでも言うように誰とも目を合わせようとはせず、そのまま部屋 から出て行こうとする。 「おい、チビ!」 「帰りたくても、まだアッチには戻れねぇよ。アンタの家にいるさ」 それだけを言い残し、失語症にかかってしまった面々を置いて、人口密度が異常に高い室内から出て行っ た。 ドアを後ろ手で閉めると、動揺した心を抑えるように一回だけ大きな深呼吸する。 ひんやりとした空気が徐々に身体に馴染んでいくのを感じながら、ナルトはぽつりと呟いた。 「アイツが候補なんてもんになったのは、アンタの仕業?」 とたん、顕著になる気配。 ナルトが真横の何かを一瞥すると。 実はそこで室内の様子を伺っていた綱手が、片眉を上げて肯定した。 「アイツの他にいないと思った。力不足かい?」 「…………いや、そんなことはねぇだろ。なんせ俺だかんな」 「じゃあさっきの言葉通り、アレが原因かい?」 「それ以外に何があるっていうんデスか?」 小馬鹿にしたような物言いにも、綱手は動じなかった。 ただ黙って、続く言葉を待つ。 「九尾との意思の疎通もできてないくらいだ。九尾のチャクラを操れるからといって、九尾の上にいる訳 じゃない。あくまで力を一方的に与えられてるにすぎないってことに気付けないようなら、その時点 でアイツの先は見えてる―――――それを承知の上での決断か?」 「あぁ、そうだよ。イチかバチかの賭けだろうね。でも私は、アノ子が乗り越えることができると信じて るよ」 「『伝説のカモ』だって聞いたぞ。負けるためにしてるのかって思えマスがね」 「失礼ね、いつも負けるつもりでやってる訳じゃないよ」 ナルトは綱手に向き直り、酷薄な笑みを浮かべた。 「これっきりになると思うけど……ハジメマシテ、木の葉の五代目火影サマ。俺を見ても驚かないってこ とは、アイツからもう聞いてんだな?」 「一応ね。始めは信じられなかったけど……納得したわ。お前は『うずまきナルト』、それ以上でもそれ以 下でもないわ」 「以上と以下の俺にも興味あるけど、どっちにしろ不快だから会いたくねぇな。んじゃ俺、さっさとこの 格好どうにかしたいから帰るぜ。もう二度と顔を合わせることもねぇだろ、さよーなら」 「お待ち」 制止の声を掛けてきた綱手を、肩越しに振り返る。 「最後に聞かせとくれ。お前が『うずまきナルト』ってのは認めるよ。だけど、お前自身は何?ただの下 忍じゃないんだろう?」 ナルト(大)は、どうやら自分の言葉を正確に伝えていたらしい。 もちろん、ナルトはただの下忍ではない。 ただの下忍であるはずがないのだ。 堪らなくなったナルトは、咽の奥でクツクツと笑い出した。 父親譲りの色彩を持つ両眼を細め、人の心をいろいろな意味で掻き乱すような蠱惑的な笑みを作る。 左の二の腕に手を当てると、暗号めいた言葉で忍としての本来の位を明らかに。 「ここに、消えない炎を宿す者…………」 綱手が目を見開く。 「消えない炎?それって、まさか暗部の」 全て言い終える前に『さぁね』と答えたナルトは、現職の火影でさえも目で追うことができない速さで、 まるで存在そのものが霧散するかのように姿を消していた。 あっさりと置き去りにされた綱手は、紅を引いた唇を歪める。 「なるほどね、これならあの難儀な性格も頷けるわ…………」 それだけの力をつけるまで。 ―――――いや、それだけの力をつけてからも。 こことは違う里では、どれほど生きづらかったことだろう。 企画部屋  
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送