十八歳の彼 十二歳の僕 ‐4‐

兄さんって呼べ、と言われた。 俺はお前のことチビって呼ぶから、と。 理由は単純、紛らわしいからだ。 「だからってなんで俺がチビなんだっ」 憎々しげに吐き捨てたナルトは、身近にあった大木の幹を無造作に蹴った。 かなりの重量を誇る物質がぶつかるような音がして大木が揺れると、広がっていた大枝から幾多もの木の 葉がナルトの頭上に雨のように降り注いだ。 『たかが十二歳の子供にそこまでの脚力があるのか』と問うのは、この際愚問でしかないだろう。 ナルトはこれでもかとばかりに眉根を寄せ、怒りを向ける矛先が間違っていることを自覚しながらも、目 の前に木に首があったら絶対に締めにかかるような目付きで睨んでいた。 確かに自分の身長は、お世辞にも高いとは言えない。 むしろ低い方かもしれないが、年齢を考慮すればナルトが特別低いという訳ではないのだ。 そもそも、その問題発言をした張本人だって誰しも訪れる成長期というヤツでそこそこ身長が伸びただけ なのだから、ナルト(大)が十二歳の頃と比較してみても、たいして変わらないはずだった。 それなのに彼は。 「硝子のよーに繊細な心の俺様に向かって、あんな暴言吐きやがって…………っ」 『硝子のように繊細な心の持ち主?主が??』 笑わせてくれる、と。 腹の底から響いてきた高笑いに、ナルトは眼光を鋭くした。 「んなに笑わなくてもよくねぇ?ちょっと調子に乗ったことは認めるけど」 『いやいや、我は傑作だと思うたぞ。我をその身に宿していながら自我を失わぬ器の、どこが繊細なのだ?』 「それはそのままの意味デスか?それとも遠回しに『早く身体を空け渡せ』とでも要求してるんデスか?」 『主の好きなように受け取るが良い』 だったら、嫌なことは考えないようにしておきマス。 何やらナルトにとっても危険なことを考えているらしい九重から意識を切り離し、ナルトは周囲に視線を 巡らせた。 陰湿な気配はしないが、広く深い森。 アチラの世界で嵌ってしまった『時の狭間』がある森に、有り余る時間を持て余したナルトはやって来て いた。 少し前までは、昼夜を問わず、かなり先までスケジュールが詰まっていたため拍子抜けした気分だが、悪 くない。 何しろ、ここにいる限りナルトは下忍でも暗部でもないのだ。 生活費を稼げないのは痛いが、期間限定で保護者に名乗り出てくれた酔狂な人がいるし、その辺りは心配 いらないだろう。 余計な心配をせずに、一つのことだけに専念することができる―――――そんな自由気ままな生活が魅力 的に思えてきてしまったのだから、重症かもしれなかった。 「それで、その『時の狭間』ってのはあんの?」 ナルトの問いに、少し間を置いた九重が答える。 『ここより東に二つ、北に一つ、西に一つ……今のところはそれぐらいだが、どれも違うな』 「今日は出ねぇのかなぁ…………」 『そうかもしれぬな。下手をすると一月は出ぬぞ』 「一月!」 それはさすがに遠慮願いたい。 「そんなに留守にしたらネジが怒ってヒナタが心配するじゃねぇか!いや、もうすでに手遅れかもだけど ……せめて影分身を残してくることさえできれば」 『残せたとしても、どのみち消えるだろうよ。時空を超えてまで影分身とやらを維持することは、たとえ 主が並外れた才の持ち主であろうと到底無理な話』 「…………お前だったら?」 『話にならぬ。我がそのような細々とした術を使うはずがなかろう?』 「そうでした」 ホントお前って嫌味な奴、と。  毒づいたナルトは、大きく嘆息した。  ―――――と。   『器!』   耳に直接叩き込むかのような、声。  しかし、警告を出されるまでもなく気付いていたナルトは、無駄のない動作でソレを避けた。  先ほどまでナルトに虐げられていた大木に突き刺さったのは、風魔手裏剣。   「…………なんで?」 こんなものがここに。 「―――――って、またデスか?」 ウンザリと呟いたナルトの側に、まるでタイミングを計ったかのように現れた、五人の忍。 いずれも木の葉の忍で、やはりと言うべきか向けられるのは殺気が込もった眼差しだ。 「うずまきナルト、その命、我等が貰い受ける!」 「いや、『貰い受ける』って言われてもデスね、そう簡単にあげる訳にもいかねぇし、第一俺はアンタ等の 知ってる『うずまきナルト』じゃアリマセンけど」 「何を訳のわからぬことを…………っ!」 歯軋りした一人の男が、もう我慢できないとばかりに早急に襲い掛かってきた。 「あのさ、せっかちな男は嫌われっぞ?」 そう言うと同時に、素早く十字の印を組む。 ナルトの隣に数秒と待たず現れたのは、十八番となっている影分身。 その男の手から武器を飛ばした本体のナルトは、咄嗟のことに狼狽した男を地面に捻じ伏せ、難なく動き を封じる。 そして、影分身が抜いた木に突き刺さったままであった風魔手裏剣を受け取ると、続けざまに向かってき た男の心臓目掛けて、思い切り投げた。 比較的柔らかいモノに鋭利な刃物が突き刺さるような音がしたため、結果を確認せぬまま、もう一人の男 の足下に自前の苦無を投じて『動くな』と牽制する。 「く…………っ!」   ナルトの意図を正確に理解することができない男は、その一連の出来事を牽制ではなく攻撃と取ったのか、 顔つきを厳しくして飛びずさった。 一旦後退したことは懸命だが、接近戦に持ち込めないからと言って術を使えばなんとかなると考えるのは どうだろうか。  ―――――かと言って、選択したのが遠距離戦であっても有利になることはまずないだろうけど。   「あーもう、俺の世界じゃねぇからなるべく大人しくしといてやろうと思ったのに!」 これでは、大人しくしていたらすぐに殺されてしまう。 瞬時にスイッチを切り替えたナルトは、自分の意思によってトータルで四人目の敵を倒したばかりの影分 身に、一番初めに襲ってきた男を拘束しながら簡潔な命令をした。 「殺れ」 「了解!」 脇に立った影分身が、その男よりも早く更に複雑な印を組むと。 短い地響きの後、突如として男の周囲だけ地面が割れ、その両端がかなりの勢いで隆起した。 一見、蕾が花開くようにも見えるが、そんなに美しい光景ではないのだ。 避難する間もなかった男が大きなひび割れに落ちると、本体のナルトが『今だ』と念じたのを汲み取った 影分身が、小気味良く両手を鳴らす。 すると、地面が意思のある生き物のように動き、男を完全に飲み込んだまま閉じてしまった。 閉じきる寸前まで耳に届いていた絶叫は、完全に閉じると同時にピタリと止む。 その一部始終をナルトと同じ視点で見ることとなった、襲撃者のうち現時点で唯一の生き残りである男は、 仲間の悲劇を前にして裏返った声を上げた。 「ば、化け物…………っ!」 「化け物だとわかってて襲ったんじゃねぇの?それとも、殺されはしないとでも思ってた?」 ナルトは睦言を囁くように、男の耳に悪意を込めた言葉を送り込む。 ぞくりとするような艶やかな笑みは、あいにく恐怖で頭を支配されていた男には見えなかった。 「コッチのナルトはお優しい性格してるみたいだけど、あいにく俺は違うんだぜ?向かってくる奴は全部 敵、だから殺すんだ」 だってそうしなきゃ、生き延びることができないから。 男の背中の、肺がある辺りに膝を立てたナルトは、激しく咳き込む男のホルダーから取り出した苦無を手 にし、その艶やかな笑みを深めた。 「アンタに恨みはないけど…………仕方ないよね。バイバイ」 そう言って、首筋に当てた苦無を力強く引こうとした、その時。 「おい!」 制止するかのような第三者の声に、ナルトは手を止めた。  さして驚くでもなく振り返ると、そこにいたのは犬を引き連れた青年と、黒サングラスをした寡黙そうな 青年と、普段はメンドくさそうな顔を幾分か切迫したものに変えている青年だ。  第三者の存在よりも彼等自身に驚いたナルトは、男の首筋に苦無を突きつけたまま、半場呆然と声を洩ら した。 「…………もしかして、キバとシノとシカマル?」 「もしかしなくてもそうだけどよ……ナルト、なんでまたそんなに小さくなってんだ」 ドイツもコイツも『チビ』だとか『小さい』だとか、人をなんだと思っているのだろうか。 「それにお前、この状況…………」 シカマルが言う『この状況』とは、すなわち。 不自然に盛り上がった地面や、ピクリとも動かない複数の忍の死体や。 さながら地獄絵図のように見える、撒き散らされた幾人分の鮮血や。 鼻を突くような強い鉄の臭気が立ち込める中、今まさに最後の一人に止めを刺そうとしている子供のこと だ。 免疫のない者は、確かに動揺するかもしれない。 「…………あぁ!」 ようやく納得がいったナルトは、二コリと笑って年上の同僚を見返した。 子供の頃の面影を残しつつ、皆、見栄え良く成長している。 「正当防衛ってことで、駄目?」 「これはさすがに過剰防衛ではないのか?」 シノの訂正に、声を上げて笑う。 「過剰だろーがなんだろーが、俺の知ったことじゃねぇもん。コイツ等が先に仕掛けてきた。だからそれ に応戦した、ただそれだけのこと」 コチラのナルトとはまるで違う華やかな空気を纏うナルトを見て、彼等は困惑することしかできない。 「あ、もしかしてコイツ等に用があった?情報聴き出すなら、俺の下にいる奴引き渡すけど」 「そりゃあ有難ぇが……ホントにお前、どーしたってんだ?」 今までそんな容赦なかったことあったか、と。 わずかに怯えの色を滲ませた目でナルトを見るキバに、引き渡しが決定した男の意識を一瞬で奪ったナル トは、大儀そうに立ち上がって答えた。 答えたと言うよりは、ほとんど独り言に近かったけれど。 「…………まさかそこまでコッチのナルトがお綺麗だとは思わなかったな」 「コッチのって……お前、どっか頭打ったんじゃねぇか?」 純粋にナルトの心配をしてくれているのだろう。 キバにしては真摯な態度で肩に触れようとした手を、内心では悪いと思いつつも、ナルトは無表情で払っ た。 「まだちょっと興奮してて好戦的になってんの。知らない人が触ると噛み付きたくなるから触んないで」 「知らない人?お前、さっきから何言ってんだよ」 「だって俺は、お前等を知らない」 ナルトが知っているのは十二歳のキバであり、十二歳のシノであり、十二歳のシカマルだ。 十八歳の―――――ましてや、明らかに里の中枢に食い込むような忍になった彼等など知らない。 知るはずもない。 「だから構うな。コレ回収するなら回収して、さっさと帰れ」 「―――――っつーか、無理な話じゃねぇ?」 臆することなく歩み寄ってきたシカマルが、ジャケットの布越しにナルトの細い腕を掴む。 瞬間、ナルトの背筋を走ったのは言いようのないモノだった。 嫌悪とも違う、かと言って快感とも違う。 言うなれば、コチラに来る時に嵌ったあの穴のような、得体の知れないモノへの不安だ。 平静を装って腕を取り戻そうとするが、シカマルの手は離れてくれない。 「…………なんのつもり?」 「お前を連れて行く」 「なんだって?」 「お前がそこまで言い張るなら、ナルトとお前は別人なんだろ?だったらメンドクセーが、俺達にはナル トの姿をしているお前がなんなのか調べる必要がある。だから連れて行く」 「なんでそこまでする必要がある。アイツはただの上忍だろーが」 「アイツは上忍だが、別件でそうせざるをえない地位にいるんだよ。どこからどー見ても変化していると は思えねぇが、こんな時だからな。諦めてくれ」 「もう連行は決定な訳?ちなみに俺、お前等三人相手にしても全力出せば逃げられるけど……逃げてもい い?」 なんとも場違いな言動に、動揺を見せないシノがあくまで冷静に対応。 「本気だったら、まずそんなことは言わない」 実はかなり本気だったのだが、シノのように重々しい口調で核心を突くように言われると、そうできなく なってしまう。 「…………わかった。逃げねぇから、とりあえずその手離して。それと、同行するのに条件がある」 「条件?」 訝しげなキバに、自由を取り戻したナルトは意地の悪い笑みを向けた。 「御歳十八歳のうずまきナルト上忍、呼んでくれる?ソイツ期間限定の保護者で、俺の自称『兄さん』だ から」 自分をこんなメンドウなことに巻き込んでくれたのだ。 多方から追及されて、せいぜい困るといい。   企画部屋  
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