十八歳の彼 十二歳の僕 ‐2‐

漫画やゲームじゃあるまいし、『目が覚めたら異世界でした』なんてことはほとんどないだろう。 ほとんど、と。 わずかな可能性を示唆するのは、一般人にとっては御伽噺の中にしか存在しない彼の大妖を、その身に宿 しているからだ。 しかし、その危惧は取り越し苦労だったらしく、なんとも怪しげな空間に飲み込まれて意識を取り戻した その場所は、先ほどいた森ではないようだったが、どうやら木の葉の郊外で間違いないらしい。 「なんか、瞬間移動みてぇ…………」 ズレ落ちた額当てを外し、乱れた前髪を片手で軽く掻き混ぜたナルトは、ほんの少しの時間でも異世界を 体感したことに対して感嘆の声を発した。 自分の身体で直接移動した訳でも、術を使った訳でもなくこんなトコロにいるのだから、それも当然かも しれない。 それにしても。 「なんだったんだろ、アレ…………」 思い出すのは、気味が悪くて堪らない穴。 『穴』と呼ぶような代物ではなかった気がするが、他に例えようがないのだから仕方がない。 『さてさて、厄介なモノに飲み込まれたものだ…………』 腹から聞こえてきた呆れ混じりの恨みがましい声に、ナルトは眉を寄せる。 九重がアレをマズイと言った。 そして今、『厄介なモノ』と。 ナルト自身もそれがわからない訳ではないが、一体どういった理由で『マズくて厄介』なのか、その辺り が酷く曖昧ではっきりしない。 「九重?」 『随分と馬鹿なことをしでかしてくれたものだ。あのような猫一匹、捨て置けばいいものを』 「あのなぁ〜そうかもしれねぇけど実際そうもいかねぇだろ―――――って、待て待て。話がズレかかっ てる。俺はどうなったんだ?」 『落ちた』 「いや、あの穴に落ちたのはわかる。そーでなくて、ここまで飛ばされた割には、他に何が起こった訳で もないじゃん?具体的にどこがマズイのかってこと」 『主が確かめれば良かろう?この一件は、我の忠告に聞く耳を持たなかった主に責がある。我は知らぬぞ。 恨むなら自身を恨むことだな』 え、今そんなに深刻な事態なんデスか!? 慌てて周囲を見回してみるが、特に変わったトコロはない。 その証拠に見上げた空は相も変わらず憎たらしいほど晴れ渡っているし、空を飛ぶ小鳥もピーチクパーチ クと五月蝿いほど鳴き続けていてちょっと危ない衝動に駆られたり。 定刻に鳴らされるアカデミーの鐘も、スローテンポで緊張感の欠片もない。 すぐそこで山菜採りをしているお婆ちゃんだって―――――ん? お婆ちゃん?? 見ているこちらの方が苦しくなってくるほど腰の曲がった老婆が、籠を抱えて立っていた。 ほっかむりに割烹着ともんぺの組み合わせは、農家のお年寄りの典型的な出で立ちだ。 その老婆が、黒味が強い目を丸くしてナルトを見ている。 あ〜騒がれるなぁ、と。 今までの経験上その流れを熟知していたナルトは、心の中で耳を塞いだ。 ―――――が。 「まぁまぁまぁまぁ、うずまきの坊ちゃん。こんなトコロで何してるの。任務はいいのかい?」 「…………はい?」 今なんて言いました? 『うずまきの坊ちゃん』って言ったんデスか?? いや、確かに自分は『うずまきさんちのナルト君』ですが、それをなぜお婆ちゃんが言うんデスか??? これほどの年齢の人間が、自分が何かを知らぬはずがないのに。 「さてはまたサボりだね?坊ちゃんも懲りないねぇ、同僚に追い掛けられても知らんよ?」 「え、あ、いや、大丈夫……だとは思いマスけど、でも…………なんで?」 皺だらけの顔を歪めて、老婆は笑った。 「それにその格好!どういう風の吹き回しだい?」 「ど、どういう風の吹き回しって、普段着…………」 オレンジ色の派手なジャケットに、その下に着込んだ黒いTシャツ。 トラの抵抗で多少糸が浮いてはいるが、それもいちいち口に出すほどのことではない。 いつも通りの、ドベ時仕様の服装。 それのどこに不備が? 「まぁ、いいさ。皆には黙っててやるからね。まったく、坊ちゃんのサボり癖も重症だねぇ」 ニコニコニコニコ。 満面の笑みと共に向けられる、純粋な好意。 自分の身に一体何が起こっているのか、それさえもよくわからない。 ナルトの激しい困惑を他所に。 勝手に喋って勝手に納得したらしい老婆は、『よいしょ』という掛け声と大混乱の中にいるナルトだけを残 してどこかへ行ってしまった。 これは夢だろうか。 幻覚や幻聴の類ではなかろうか。 どちらにしても怖いモノでしかないし、もし本当だとしても、やっぱり怖いだけである。 なんだってこの自分が、あんなにも友好的に接されていたのだろう。 「待て待て待て待て、マジでおかしいぞ。俺が自分から器に立候補した訳じゃねぇが、俺は里の連中にと っては憎き九尾のはず。あのお婆ちゃんが見た目と反比例するような年齢だとしても、そもそもそんなこ とありえねぇ。忍だったら変化って手もあるが、だったらその意図はなんだ?」 自問してみるが、その頭からは納得できる答が引き出されることはない。 ドベ時と比較してはいけないし、IQ200のシカマルとも比較してはいけないが、それでも普段はそれ なりによく回る頭だったはずなのに、今回ばかりは役に立ちそうもなかった。 あまりにもありえなさすぎる展開に、涙が出そうだ。 一人ぐるぐると思考の海に浸していたナルトは、そこでふいに表情を引き締めた。 何かの気配がしたのだ。 小動物の気配でも、その反対でもない。 周囲の環境に溶け込もうとして逆に浮いている、このマヌケな気配に伴うのは、隠しきれていない殺気。 これは明らかに人間だ。 こちらの様子を伺っているのか、一歩踏み出しては思い留まってと、曖昧な行動ばかりしてくれちゃって いる。 ナルトの精神衛生上、とても良ろしくない。 しかし、それが意味することは。 「なぁ、そこの木の影から俺のことすっげぇ睨んでる人、バレバレだからそろそろ出て来たら?」 「!」 馬鹿正直な反応が返ってきたことに、笑う。 見破られるとは思っていなかったのだろう。 事実、ソイツの気配の絶ち方は悪くはなかった。 ドベのナルトは当然のこと、忍としての位がどうであろうと中途半端な実力しかない者は、十中八九気付 かないに違いない。 だが、相手が悪かった。 あいにく、この手の輩には免疫がありすぎるのだ。 「アンタ、刺客さんだろ?」 諦めたのか、出てきたのは。 三十代後半の、くたびれた雰囲気を持つ男だった。 そのくせ目だけは異様にギラついていて、第一印象から受け取れるモノが、性格にしても目的にしても、 おそらく根暗で陰険で最低だということである。 そんな男と対峙すれば多少なりとも恐れを抱きそうなものだが、ナルトの青い目はキラキラと光り輝き、 期待の込もった眼差しで男を見返していた。 「刺客さんだろ?そうだよな?『俺のことが殺したいほど憎くて憎くて堪らない里の大人』だよな??あ 〜良かった!」 こうでなきゃ、と。 本来なら憂鬱にしかならない状況に安堵の息を洩らしたナルトを見て、男が顔を赤くする。 羞恥ではなく、怒りで。 「貴様、俺を馬鹿にしてるのか!」 「そりゃあもう、心の底から馬鹿にしてマスよ―――――と言いたいところデスが、直前におかしなこと があったんで、今度ばかりは本気デス」 その言動が余計事態を悪化させる原因となっているのだということを、ナルトは知っていたが、あえて控 えたりはしなかった。 こういった大人を怒らせるのに天才的な才能を持つナルトは、繰り返し『うんうん』と頷き、『さっきのお 婆ちゃんはボケていたんだ』という結論を出す。 そうでなければ説明がつかなかったし、現段階では、自分を納得させることができるこれ以上の結論はな かったのだ。 落ち着いているように見えて実はまだ完全に落ち着いていないナルトは、気付かない。 ドベの演技をしていないナルトに驚かずにいる、その男の異常さに。 「じゃあ、ちゃっちゃと済ませようぜ!アンタはそれなりに俺の役に立ったから、苦しまずに逝かせてや るよ」 嬉々とした殺人予告。 苦しまずに逝かせてもらえるからといって、彼が本当に有難く思っているかどうかは、この際別問題であ る。 今度こそ始末してくれる、と。 醜く顔を歪めながら叫んだ男が、脇差の忍刀を抜く。 それに応じるようにナルトも苦無を手に取るが、構えるまでには至らない。 ナルトにしてみれば、たいした実力もない男相手にわざわざそうすることが酷く面倒臭く思えただけなの だが、男の目には萎縮しているようにでも見えたのだろう。 いつまで経っても戦闘体勢を取ろうとしないナルトに、調子に乗った男が攻撃を仕掛けた、まさにその時。 男に刃を向けられていたナルトが何者かの手によって突き飛ばされると同時に、硬度の高い物質同士がぶ つかる音がした。 使われることのなかった苦無を手にしたままのナルトが繰り返し瞬きをすると、自分の視界に飛び込んで きたのは、ナルトを襲った男と同じ、木の葉の忍装束。 身の丈は六尺とまでいかないが五尺半は確実にあり、額当てをバンダナのように頭に付けていた。 あまり筋肉質ではないが、それでも女とは違った骨格をしているから男だということは一目でわかる。 そして何より、注目すべきは。 「金、髪…………?」  木の葉の里では自分以外にありえない、金髪の人間。 金色は『九尾』を連想させるから。 髪を染める時も変化する時も厭われているというのに、どういうことだ? 絶句したナルトに、突如乱入してきた金髪の男が声を掛けた。 「もう少し下がってろ」 「…………は?いや、でも」 「下がってろ!」 有無を言わさない口調にむっとしながらも、そこでまた話を長引かせるのもアレなため、ナルトは大人し く数歩分後ずさった。 実際に確認せずともわかるのだろう。 ナルトがトバッチリを喰わない程度に離れたのを見計い、正体不明の金髪の男が、襲撃者の刃を押し返す。 後退せざるをえなかった男が金髪の男を認め、次にその背に庇われる形となったナルトを見比べてから瞠 目した。 「ま、まさかっ」 刀を握る手が小刻みに震え始め、カチャカチャと耳障りな音が立つ。 「なぜ、なぜだ!なぜうずまきナルトが二人いる!?」 「!?」 うずまきナルトが二人? 男の言った意味がわからず追求しようとしたナルトだったが、それよりも早く疑惑の金髪男が襲撃者の横 っ面を綺麗な足技で蹴った。 刀が手から離れ、奥歯を飛ばした襲撃者が地に突っ伏す。 しかし、気絶までのダメージは負っていないのか、血に濡れた口元を拭いながらすぐに顔を上げた。 「クソ!影分身で俺の目を晦ませるのが目的だったのか…………っ」 「五月蝿いってばよ」 形勢は明らか。 それでも刀を求めて伸ばされた手を容赦なく踏みつけた金髪の男は、心底困り果てた様子。 「アンタもどっかのカマ蛇野郎みたいにしつこいってばね。今日で、えっと…………六回目だっけ?『仲 良くしよう』なんて言わないから、いい加減止めとこうってば」 「黙れ、俺は貴様の指図など受けないっ!」 「はいはい、ご立派な心意気。アンタの主張はわかったから、とりあえず今日は帰ってくれる?な??」 力を込めて鍛えようがない手の甲を更に抉るように踏みつけると、襲撃者は小さく悲鳴を上げ、火事場の 馬鹿力とばかりに金髪の男の脛を斬りつけた。 「おっと!」 だが、その刃が本懐を遂げることはなく、上手く避けられたために虚しく空を切っただけだった。 ―――――いや、駄目で元々という考えがあったのかもしれない。 その隙に襲撃者は体勢を整え、恥も外聞も捨てて逃亡することを選んだのだ。 殺してしまえば、その方が後で絶対に楽なのに。 金髪の男がソイツを追わなかったことがナルトには不思議でならなかったが、それよりも気になるモノが、 今目の前にある。 敵に止めを刺さない正義のヒーローの正体だ。 脳裏に浮かぶ回答は自分が『うずまきナルト』である以上ありえないのだが、否定することができないだ けの遣り取りを、この目で実際に見てしまっている。 「…………さてと」 振り返った彼の顔は。 「やっぱりぃ…………」 『まったく同じ』とまではいかないが、数年後の自分を易々と想像することができる、写真でしか知らな い四代目の顔だった。 ナルト(大)が、ナルトに冷たい視線を向ける。 「なぁにが『やっぱりぃ』だ。木の葉丸、お前どーゆーつもりだってば。『俺に変化するな』ってあれほど 言っておいただろ?」 覚えがゴザイマセン。 そもそも木の葉丸でさえもアリマセン。 「ストップ」 ナルトは額を押さえ、ナルト(大)の言葉を遮った。 「単刀直入でゴメンナサイ。えーっと、アンタ本当に九尾の器の『うずまきナルト』?何歳の??」 九尾の器。 その単語を耳にして、ナルト(大)がわずかに息を呑む。 「…………俺は確かに『うずまきナルト』で歳は十八だけど、お前、そんなこと何処で……っつーか、な んか違う?」 「俺は木の葉丸じゃない」 「木の葉丸じゃない?だったらお前は誰だってばよ」 ナルトは少し躊躇うように視線を泳がせたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「…………うずまきナルト」 絡んだ視線がほどかれることはなく、ただひたすら青い瞳だけが真っ直ぐに向き合う。 「はぁ?何言って」 「うずまきナルト。実の親に『九尾』っていう異物を押し付けられた、里の贄」 「だって俺はここにいるけど…………」 だから、と。 声を荒げて、あまり頭が良くなさそうなナルト(大)に自分の実年齢を。 「俺は『十二歳のうずまきナルト』なんだ!」 ナルト(大)は、これ以上とないほど目を剥いたまま、音を立てて固まってしまった。 なるほど。 九重が言ったのは、このことだったのか。 得体の知れない穴の底には、十八歳の自分が棲息していた。 企画部屋  
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