十八歳の彼 十二歳の僕 ‐1‐

下忍第七班は、只今任務中だった。 本日の任務内容、またしても脱走を図ったマダム・じじみの愛猫の捜索。 この任務が一体幾度目になるのか、数えることはすでに止めてしまった。 トラの逃走劇は七班のメンバーを憂鬱な気分にさせるのに一役買っていたが、毎度のごとく力及ばず、あ の飼い主の下へ連れ戻されてしまうトラの方がよほど気の毒なのである。 しかし、そうは思っていても哀れなトラのために何かしてやることはできない。 依頼人に報酬を貰い、それで生計を立てている身としては、任務内容にケチをつけることなど御法度中の 御法度なのだ。 何かを訴えるかのように擦り寄ってくる猫に同情の眼差しを送った金髪の少年は、その小さな頭を優しく 撫でながら控えめに苦笑した。 「よりによってあのオバサンに飼われちまうなんて、お前も貧乏くじ引いたよなぁ〜…………」 「ニャア!」 『わかってくれるか、だったら見逃してくれ』とばかりに、アーモンド形の目を輝かせるトラは、見るか らにボロボロだった。 本来ならば整っている毛並みは艶そのものを失い、それどころか、全身の至るところに乾いた泥がこびり 付いている。 その様子はこの逃走劇がどんなに過酷なものか物語っているが、視点を変えて考えれば、そんなになって までも無用な愛を押し付けてくる飼い主から逃れたいということ。 金髪の少年―――――うずまきナルトは、『まぁ、気持ちはわからなくもないけど』と同情の言葉を呟き、 トラの身体を抱き上げた。 そう、気持ちはわからなくもないけれど。 「ちょっと無理かな?個人的には手を貸してやりてぇが、これが任務である以上どーしよーもねぇし」 申し訳なさそうな態度の割に、トラにとっては酷薄な言動。 ナルトの言わんとするところを理解したらしいトラが、激しく暴れだした。 もしも人間語を話せたなら、『冗談じゃない!』と大声で叫んでいたに違いない。 トラが容赦なく鋭い爪を立ててくる。 それに眉を顰めながらも、ナルトはいつものように騒ぎ立てたりはしなかった。 痛くないはずがない。 爪の先端が皮膚に食い込み、そのまま引っ掻かれる感触は、下手な怪我よりも痛みを伴うものだ。 しかし、やはりナルトは動じなかった。 普段のナルトを知る人間が側にいたら、その異常さに気付いただろう。 まるでそこに別人がいるかのような錯覚に陥り、首を傾げるはずだ。 それもそのはず。 ナルトは、同僚や上司、里の人間に認識されているような人間ではない。 もう少し正確に表現すると、『アカデミー始まって以来の出来損ない。万年ドベのドタバタ忍者で、浅慮で 馬鹿で騒がしく、人の足を引っ張るしか能のない子供』ではないのである。 時代劇風に言えば、それは世を忍ぶ仮の姿。 本当のナルトは昼間は下忍として、夜は暗部として働く凄腕忍者。 もちろん、ドベでも出来損いでも馬鹿でもない。 共通しているところと言えば、常に勝気で、好戦的な姿勢の持ち主だということぐらいか。 そんなナルトの―――――所謂『裏の顔』というヤツは里の最高機密であり、里人の中でも限られた人間 しか知る者はいなかった。 「あんま暴れんなよ。俺が痛いだろーが…………」 某下忍のごとくメンドウそうに呟いたナルトは、正直この時困っていた。 九尾の器である以上、危険因子として即効で排除されかねないため、無駄に力をひけらかして目立つ訳に はいかない。 そして当然、たとえ低レベルな任務であろうと手柄を立てることも得策ではなく…………かと言って、あ まり消極的でも何かを企んでいるのではないかと難癖をつけられる可能性があるから、努力はしているが どうしても報われないということを周囲にアピールする必要があった。 面倒事を避けるためには、『自分は脅威には成り得ない』ということを証明し続けなければならないのだ。 そのためには、『エリート』の代名詞であるサスケが活躍すれば万事上手くいくのである。 だから今ナルトに捕獲されているトラも、サスケの手で改めて捕獲された方が不審に思われることがなか った。 ―――――ということは。 「逃がしてやってもいーんだけど結局連れ戻される訳だし、下手な期待持たせるってのもなんだかなぁ… ………」 トラにもう少し自由な時間(と言っても追い詰められる恐怖で、心休まる暇もないだろうが)を満喫させ てやるべきか、否か。 どちらを選ぶにしろ、トラにとっては残酷なことに変わりはないかもしれない。 腕の中で暴れん坊ぶりを発揮するトラにとって、その問題は切実だ。 「フギャ―――――ッ!」 形振り構わなくなったトラが、本気で拘束するつもりのないナルトの隙を突き、またしても逃走を図った。 それ自体は構わないのだが。 「あ、こら馬鹿ッ」 逃げた方向がマズかった。 茂みでわかりにくくなっているが、トラが勢い良く駆けて行った方向にあるのは崖。 いかに身体能力が優れた猫であろうと、無事でいられるような高さではない。 そんなことなど知ろうはずもないトラは、猫でありながら猪のように猛進し、案の定。 「やっぱり落ちた!」 応えてくれなくてもいい期待に、しっかり応えてくれたり。 頭で考えるよりも先に、ナルトはお馬鹿な猫を救うため、躊躇うことなく飛び降りた。 下から吹きつける風がナルトを包むと、衣服がはためくと同時に木の葉では珍しい金髪が靡き、太陽の光 を弾いて眩しいまでに輝く。 透き通るような青さを誇る双方が捉えたのは、落下の恐怖のあまり硬直していたトラだ。 時間を置かずに飛び降りたため、手を伸ばせばすぐ指先に触れる、柔らかな毛。 保護するのは容易かったが、問題はその後。 「!」 ナルトの周囲の空間が、歪んだ気がした。 実際に歪んだのは空間ではないかもしれない。 視界が揺れてそう見えただけかもしれないが、大きな陽炎に全身で飛び込んだかのような感覚は嘘でも気 のせいでもなかった。 その時に生まれた印象は、『得体の知れない何かが、大口を開けて自分を待ち構えている』というもの。 何がなんだかわからないまま、ナルトは息を詰めた。 『器、ソレはマズイ!』 何がマズイのか。 封印自体が解けている訳ではないが、気まぐれで話しかけてくる性悪狐―――――奴は九重(ここのえ) と名乗っている―――――の突然の警告に対し口を開こうとしたが、そんなものの意味を問い質さずとも 本能ではわかっていた。 腹の中の店子の主張通り、コレはマズイ。 目に見えない触手のようなモノがナルトの足首に絡み付いてくると、その考えは更に強まった。 「うわ、気色悪…………っ」 全身に立った鳥肌は、まぎれもない嫌悪感の表れ。 マズイ。 何がなんだかよくわからないが、とにかくマズイかった。 できれば一生関わりたくはなかったのだが、今のこの状態でそれを言っても、もはや今更でしかない。 そんなことで時間を無駄にするより、まず先にすることがあるはずだ。 とてつもなく不本意ではあるが、こういった状況に陥ることはナルトが九尾の器をやっている以上珍しく はないため、実はそれなりに免疫がある。 自惚れている訳ではない。 しかし、滅多なことでは自分が窮地に追い込まれることはないと確信していたから、すでに得体の知れな い何かに捕らわれているとしても、優先すべきは『ただの猫』であるトラだ。 粘着質の塊が足首から這い上がってくるような感覚に内心で『キモイ』を連発しながら、ナルトは視界の 端に映った緑色に意識を向けた。 そこにあったのは、崖の壁面から横に大きく張り出した大枝。 人間であれば辛いかもしれないが、たかが猫一匹。 一時的に避難するだけなら、あの程度でも充分こと足りるだろう。 こんな状況であるから、なかなか『丁寧に』とはいかなかったが、それでも乱暴にならないように気を配 ったナルトがトラを放ると。 やはりナルトのコントロールが良かったのか、それとも咄嗟のことなのに反応することができたトラが素 晴らしかったのか。 けっして『危うげなく』とは言えないような身のこなしであったが、トラはちゃんと着地に成功した。 それを認め、ほっと息をつく。 次に考えるべきなのは、自分のこと。 『馬鹿者、もう手遅れだ』 ナルトの思考を呼んだ九重が、やってられないとばかりに残酷な現実を口にする。 「て、手遅れって、嘘…………っ」 その真偽を確かめようとした矢先、ナルトの姿は突如として掻き消えた。 あとに残されたのは渓谷の間を流れる川の水音と。 大人しく救出されることを待つしかない、途方にくれたトラだけだった。 企画部屋  
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