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大きな執務机を挟み、彼は、心底認めたくはないが遺伝子上の父親であることは否定することが
できない人間と対峙していた。
十代中頃の、秀麗な顔立ちをした少年である。
プラチナブロンドよりも少し濃い色合いの金髪、少し長めの前髪の間からは透明度の高いマリンブ
ルーの瞳が覗いており、その鮮やかな色彩は見る者の目を奪う。
北方系の血を引いているのか肌は透けるように白かったが、病的な気配を一切感じさせないのは、
本人が纏う強い生気のお蔭だろう。
彼の今の服装は、あくまでカジュアルなモノだった。
白いロゴ入りのオレンジ色の T シャツと細身の黒いパンツの組み合わせは彼によく似合っていて、
大きめのルビーで作られた両耳のピアスもアクセントとして一役買っている。
『男臭さ』とは無縁の華奢な身体つきは、しかし、少年らしくスラリと伸びたバランスの良い手足が
幸いして『貧弱』と称すには違和感を感じる程度には頼もしく、知り合いのお姉様方含め初対面の女
性にも『五年後が楽しみだわ』と言わせてのけるほどだ。
そんな少年を順調に成長させたような容姿の男が、執務机から乗り出さんばかりの勢いで両手を開いた。


「お帰りなさい、ナル君!!」

「ただいま、パパ!俺、すごく会いたかったよ!!!」

天然記念物並みに可愛らしい笑顔を披露すると同時に、大きく振り被った彼は。

「……なぁんて言うと思ったかぁ―――――っ!!!」

「へぶぁっ!!!」


とあるブツを投げた。
奇声を発した男の顔面にめり込んでいるのは、スーツケースの角。
両手で顔を押さえて苦痛に悶える男の姿を見る少年の目はあくまで鋭利で、同情心など欠片も抱いてはいない。

「おら、立てよ。テメェの所業はこの程度の報復じゃチャラにできねぇんだから」

「ひ、酷いよ、ナル君……久々の再会なのにこの仕打ち…………」

「それはコッチの科白だ!!あと少しで卒業ってトコで、
なんだって俺がコッチに戻されなきゃならねぇんだよ!!
成績だって余裕だったし、夏には主席卒業間違いなしだったんだぞ!?
しかも今更高等部の一年として木の葉に再入学しろだと!!?
あんまフザケたこと抜かしてっと実の父親だろーが本気でブチ殺すぞ!!!」


「きゃー!ナル君が怖ぁーい!!」


頬に手を当て、黄色い声で茶化す父親に、少年―――――うずまきナルトは、とてつもなく凶悪な衝動に駆られた。
こんなのが自分の父親であるという事実を、この時ほど恨めしく、また恥ずかしく思ったことはかつて一度もない。
遠目でもわかるほどはっきり浮き出た青筋が、ナルトの凄まじい怒り具合を表している。
小刻みに震える拳、この有り余る力をどうしてくれようか。
脳内で何パターンもの犯行をシミュレーションしていると、四代目のお目付け役のつもりなのか、側に控えていた三
代目が幼子を宥めるかのようにナルトに声を掛けてきた。


「ナルトや、ほんにすまんことをしたの。こやつが口火を切ったこととはいえ、お前の帰国はわしを含め理事会メン
バー全員が望んだことでな……とにかく、長旅で疲れたじゃろう。ココにお座り」

「誤魔化そーったって、そうはいくかよ」

「『誤魔化す』など、とんでもない。ただわしは、少しでもお前の気が休まればと思っただけじゃ。
年寄り臭くて悪いが、ドラ焼き―――――確か嫌いではなかろう?」


…………ドラ焼き?
取っ手付きの白い箱をチラつかされ、ナルトは無言で片眉を上げた。
甘味に対して並々ならぬ博愛精神を持っているナルトにとって、その単語は魔法の呪文そのものだ。
留学中の数年間も甘味を断っていた訳ではないが、やはりこういった和菓子系統になると滅多に口にすることはなく、
の機会があってもソレは機械で量産された大雑把な作りの安値菓子で、舌が肥えているナルトにしてみれば到底満足で
きるモノではない。

バターや生クリームとは違ったあの甘さに正直飢えていたため、その誘いはかなり魅力的なように思えた。


「玉露も用意してあるぞ?」

「…………イタダキマス」


ナルト、陥落。
釈然としない顔をしながらも、ナルトは祖父同然である三代目の誘いを受けてソファーの上に腰を下ろした。
納得いかないとばかりに不満の声を上げたのは、愛する息子に無碍にされた四代目だ。


「えぇー!?ナル君ってば、なんで三代目の前だとそんなに素直なの!?絶対贔屓だ!!」

「己の行いの悪さを棚に上げてよく言うぜ。怒り通り越して呆れるしかねぇな……
まぁ、『反面教師』っつーの?
そーゆー意味ではこれ以上とないほど良い父親だと思うけど


「ナルト、大人になったのぅ…………」

「まぁね、世間の荒波に現在進行形で揉まれてっからな」

「―――――ふ、二人共、そうやって僕を虐めて楽しい?」

「えぇい、泣くな鬱陶しい!!泣くなら今すぐ出てけ!!!」


ピタリ、と。
鼻を啜るのを止めた四代目を横目にし、ナルトはいかにも高そうな湯呑みに口をつけた。
とたんに広がる、清々しい芳香と良い茶葉独特の甘み。


「あーこれこれ、癒される…………」


この時になってようやく口元に小さな笑みを浮かべたナルトは、『それで?』と、三代目に状況説明を求める。


「スキップして入った大学を強制的に退学させてまで、俺に何をさせたい訳?」

「ふむ……やはりわかっておったか」

「馬鹿にすんな。少し考えればそれぐらい誰だってわかるっつーの」


本来ならば、ナルトは木の葉学園の生徒のはずだった。
父親が理事職に就いている時点でそうなることは当然であったが、個性を認めようとしない『日本』
という国の保守的で排他的な考え方が肌に合わず、小等部に入ってすぐに渡米したのだ。
その原因の中でも、特に『子供』という生き物は厄介なことこの上ない。
協調性を重視するばかり自分達と違う存在には過剰なまでに反応し、挙句の果てには排除しようと躍起になる――
―――ナルトが早々に見切りをつけたのも自然の流れというヤツで、四代目もそれを認めたはずだ。
(その裏には、非常に目立つナルトの容姿と早熟な思考が原因となって引き起こされた数々の騒動があるのだが、
なぜかそれ は被害者に当たる子供達からの懇願で公になることはなかった)それなのになぜ、と。思わぬ訳がない。


「木の葉が『名門』と呼ばれる類いの学校であることは知っておるじゃろう?」

「あぁ、教育ママさん達が目の色を変える程度には『名門』なのはな。それが?」

「その木の葉―――――特に高等部に、ちと問題があっての……
お前にはソレをどうにかしてもらいたいと考えとるんじゃ。
まぁ、無理にとは言わんが」

「問題?何ソレ」


ナルトの訝しげな顔を見た三代目は四代目の様子を窺ったが、
四代目は首を左右に振り、それ以上の説明を認めようとしない。


「―――――実際に入学すればわかるじゃろう。ココでわしが言うより、余程的確にな。
お前には外部入学生として入学しても らうことになると思うが」


三代目の言葉を、ナルトが途中で遮った。


「ちょっと待てよ、そんなんで納得できるはずねぇだろ」

「ごめんねぇ、ナル君。でもナル君が納得しようがしまいが、もうこの話は決定事項なんだぁー」


ナルトの木の葉学園への再入学を『決定事項』にした張本人である四代目が背後から自分を抱き締めながら
言った科白に、ナルト は盛大に顔を顰めてしまう。

―――――いや、今の科白のせいなのかこの体勢のせいなのか、要因は五分五分といったトコロか。


「…………それで、俺に何をしろと?単刀直入且つ具体的に言え」

「そうだね。安っぽい言葉で言うなら、『学園の平和を取り戻して!』かな?」

「一体なんだってんだよ…………」

「いやね、今の木の葉はちょっと野生の王国化してるから、
それなら本当の弱肉強食の世界を甘ったれな生徒達に
体感させてやろうかなーって思ってさ


「つまり俺の役どころは、自然界で言うところの『強者』ってこと?」

「それ以外のなんだって言うのさ。こんなお人形さんみたいな顔して、
狡猾な狐と獰猛な肉食獣を足してニで割ったような本性してるくせに



「だからって―――――あ〜もういい。二人が言いたいことは大体把握できたから」


肩を落としたナルトは半分に割ったドラ焼きに齧り付き、徐々に口内を満たしていく甘さで自身を慰めた。


「くっだらねぇー……んなことで俺の卒業後の計画ブチ壊されるなんて思わなかった」

「計画?」

「世界グルメマップを作りたかったんだよ……グルメっつっても菓子限定だけどな。
世界各国の美味しい菓子を食べ歩くんだ。考えただけで、もう俺…………」


頬を染めてうっとりと微笑む息子を見た四代目は。


「ナル君、カッワイイ〜〜〜〜〜ッ!! VVV

「ぎゃあーっ!!キスするな、このセクハラ親父ぃ―――――っ!!!」


ナルトの顔中にキスの雨を降らそうとしたが、強烈な右ストレートをお見舞いされ、毛足の長い絨毯の上に沈む。
両肩を揺らしながら荒い呼吸を繰り返しているナルトは、○○歳の父親と十五にもなる実の息子と
の間ではとても考えられないような濃厚なスキンシップに、本気で恐怖していた。


「だからコッチは嫌なんだよ…………っ!」

「ナルトや、安心せい。入学してしまえば寮生活、しかも素性が割れんように名刺代わりのその金髪と瞳は隠してもら
うことになるからの。お前とこやつは赤の他人じゃ」

「マジ?それがせめてもの救いかも」

「酷い、酷すぎる……僕はただ自分の息子を愛してるだけなのに!!」

「テメェの愛は常識を遥かに逸脱してんだよ」


まるで汚物でも見るかのような目付き。
先程から集中攻撃されている顔を押さえながら、四代目は唇を尖らせて首を傾げた。


「そもそも、世界各国のお菓子を食べ歩くほどの資金がどこにあるのさ。
僕、ナル君にカード持たせてはいるけど、無駄遣いしないように上限設定してあったよね?」


『世界各国』と言うからには、その期間は一週間やそこらの話ではないだろう。
金持ちのくせに妙なトコロでまともな四代目は、それだけの大金をナルトが扱うことを良しとしないのである。
もちろん四代目も鬼ではないため、やましくない理由があれば愛する息子のためにいくらでも積むぐらいの
ことはするが、 離れて暮らしている期間中にナルトが手を付けたのは、若さ故の暴走もなく生活費のみで
―――――だから、驚いたのだ。
無欲と言っても過言ではないナルトが、いきなりそれだけの大金(と言っても、うずまき家の資産からしてみれば
微々たるモノだが)を使いたがっているのだから。


「はっ!まさかナル君、どっかのお金持ちなオジサンと仲良しこよしなんじゃないだろうね!?」


聞き捨てならない。


「馬鹿言え!!確かに仲良しなオジサンはいるけど、テメェが考えてるようなことは一切ねぇよ!
向こうの友達のカッコイイお兄さんにラスベガスに連れてってもらって、自力で稼いできただけだってば!!!」


今度は四代目が聞き捨てならなかったらしい。


「ちょっと待って、そんなトコ行ったの!?ナル君未成年なんだよ、何かあったらどうするのさ!!
僕は『カジノだけは行くな』って言ったよね!!?」


親として、四代目の反応は至極当然のような思えるが―――――。


「『伝説の賭博師』のナル君がカジノなんかに行ってソコ潰しちゃったら
一体どんな騒ぎになるか、まさかわからない訳じゃないよね!?」


四代目の心配するトコロは、結局そこだったり。


「大丈夫だって、大勝ちする前に抜けたから。ギャラリーは不満そうな顔してたけどな」

「そういう問題じゃないでしょ!!もう……やっぱり日本に呼び戻して正解だったね、
ナル君ってば危なっかしくて何するかわか らないもん。ちなみに、どれぐらい巻き上げてきたの?」


四代目に問われ、ナルトは嫌な顔をしながらも指を折り始めた。


「んなことまで報告すんのかよ。ドルで、えっと……あ、ココに来る前に円に換えて銀行に振り込んできたから
通帳持ってるわ ―――――ほらよ」


二人に見えるように開かれた通帳。
そこに記されていた明細印字の『ゼロ』の数は、ありえないことになっていた。
とてもじゃないが、一介の高校生が持つような金額ではない。


「ナル君…………」

「そんな顔しなくても、防犯対策のためにちゃんと口座幾つかに分けたってば」

「―――――ってことはまだあるんだね?」

「あっちゃ悪いのかよ」


三代目と四代目は、同時に溜息をつく。
その様子がナルトの神経を逆撫でしたが、わずかに顔を顰めるだけに留め、
実際にその口から言葉が飛び出すことはない。
中の緑茶が半分以上残っている湯呑みにナルトが再び手を伸ばすと、
まるで澱んだ空気を払拭するかのような乾いたノック音が三人の耳に届いた。
事前のアポなしに理事長室を訪れる人物といえば、自然と限定されてくるものだ。
少しの間を置いて四代目が入室の許可を出すと、
『失礼します』という少女特有の高い声がして、静かに扉が開かれた。
現れたのは。


「ヒナタ……に、ネジ―――――?」


渡米のため幼少期に別れ、それきりだった幼馴染。
どこか似通っている整った顔立ちはナルトの記憶の中にあるモノよりも大人びていたが、
二人が同一人物だと判断することはそう難しいことではなかった。
『あ、そういえば二人を呼んだの忘れてた』と呟いた四代目を無視したナルトは
大きな空色の目を更に大きくしながら立ち上がり、迂回するのも面倒だとばかりにソファーの背を乗り越える。
メールでの遣り取りは頻繁にしていたが、こうして直接顔を合わせるのは本当に久し振りだ。


「ナ、ナルト君、だよね…………?」


肩よりも少し上辺りで毛先を揃えた黒髪の少女の、頬を染めながらの確認に。
ナルトは四代目には絶対に見せないような柔らかい笑みを浮かべ、一度だけ大きく頷いた。


「そだよ。久し振り、ヒナタ綺麗になったな」


ストレートな褒め言葉に、ヒナタはいっそう顔を赤くした。
ナルトにとっては嘘偽りのない言葉でも、さすがにこうも直球では返答に困るらしい。
顔を俯かせ、それでも時折ナルトの様子を窺うような仕種を見せると、消え入りそうなか細い声で。


「そ、そんなことないよ……あの、ナルト君の方がずっと綺麗…………」

「綺麗って、俺男なんだけど―――――まぁ、いいや。ネジも久し振り」


ナルトの挨拶を受け、背中で髪を一括りにした少年が唇の両端を持ち上げて笑った。
ネジはもともと『笑う』という行為自体そんなに多くない子供だったが、
十年近く会っていなかったナルトとの再会は喜ばしいモノだったようだ。


「あぁ。お互い、変わったようでたいして変わってないな。身長差もそのままか?」

「らしいね。俺もそれなりに伸びたから『もしかしたら』って思ったんだけど…………」

「残念だったな。それにしても、相変わらず目立つ奴だな……
木の葉に再入学するとヒアシ様から聞いたが、まさかそのままで?」


前回はその容姿が仇になったんじゃなかったのか、と。
小等部に入ってから渡米に至るまでの経緯の全てを知っているネジの言葉に、ナルトは肩を竦めた。


「今度は別人に成りすますんだと。情けねぇ学園側の尻拭いのために、
向こうの大学を強制的に辞めさせての強引な御入学。もういっそ祝って、それも盛大に!」

「そう尖るな。少なくとも俺達は、お前とまたこうして会えたことを嬉しく思ってるんだが」


飾り気こそないものの、己の心の内を正直に伝えるかのような真摯なネジの科白に。
ナルトは不機嫌丸出しの顔を改め、『それは俺もだよ』と笑い返した。
この四月に入学すれば、ナルトは外部入学生として、中等部からの持ち上がりであるヒナタと共に高等部の一年に、
ネジは進級して二年になる。
『理事長子息のうずまきナルト』ではない別人として学園生活を送らなければならない以上、
どの程度まで二人と行動を共にすることが許されるかは現時点ではまったくわからないが、それでも、
これからは二人と同じ環境にいられるということだけは、今のナルトが唯一垣根無しに喜べることかもしれない。


「まぁ、これからどーなるかはわからねぇけど……とりあえず、二人ともまたヨロシクな」






この再会から約一週間後。
真新しい制服を纏い、ナルトは木の葉学園の校門をくぐることになるのだけれど、それはまだ少し先の話だ。
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