― プロローグ ―

室内には重苦しい空気が充満していた。
照明の明るさと調度品の華やかさとは対称的に、楕円形の大きな机を取り囲む七人の表情は皆一様に暗い。
例外的に酷く面倒臭そうな顔をしている人間が一人いたが、今現在持ち上がっているこの厄介な問題が他人事ではない以上、場違い且つ不謹慎な言動にまでは至らなかった。


「それで、どうするっていうの?」


その七人の中で最も若く見える美女が、目を眇め、赤い唇を歪めながら意見を求める。
豊満な胸の前で両腕を組み、膝上丈のタイトスカートから伸びた足を組み変える様は大抵の男なら生唾を飲むような光景ではあったが、この場にいる全員は知っていた。
彼女の実年齢が、外見年齢とは反比例するモノだということを。


「どうするも何も、今まで講じてきた策は悉く失敗に終わったからのぅ…………」

「だからと言ってこの状況を見過ごすことはできないし、これ以上悪評が広まったら学園の経営にも差し支えるだろう。真面目に考えろ、このエロ作家が」

「あら、綱手にしては随分マトモなこと言うのね。一体どうしたっていうのよ?」


例の『面倒臭そうな顔』をしたお姉言葉の男が尋ねると、実年齢不詳の美女―――――綱手が危険な拳を握った。
周囲の人間が揃って幻覚を見ているのではないのなら、目尻に光っているのは涙だ。


「シズネが、『この状態が改善されるまで賭場通いは止めろ』って言うんだ!しかも禁酒まで言い渡されて……これほど辛いことがあるか!!」

「いいんじゃないの?どうせ『伝説のカモ』とまで言われるほどの腕前な訳だし。資金調達のため
に、最近じゃ闇金にまで手を出してるって聞いたわよ。アンタ大丈夫なの?」

「歳も結構いってるからのぅ……あれだけの量を今までのペースで飲むのは、ちとマズイじゃろう」

「五月蝿い!!」


キレた女は怖し。
凄まじい視線に射抜かれた二人―――――大蛇丸と自来也は同時に口を噤んだ。
一連の会話を今まで黙って聞いていた老人が、後方へと下がった前髪の生え際ごと額を押さえながら教え子達を窘めた。
彼の毛髪の絶対量が少なくなったのは三人のせいだ、と。
冗談としか思えないようなことが陰で囁かれているが、それもあながち嘘ではなく、要因の一部であることは間違いない。


「お前等、いい加減にせんか。事は予想以上に深刻なんじゃ―――――今はまだいい、受験倍率も
例年通りの数値を示しておる……じゃが、地元での評判は落ちる一方じゃ。わしは先日、木の葉の制服を着た生徒が町を歩いていただけで人垣が割れる光景を見たぞ」

「やだ、ジジイったら今更何言ってるの?天下の『三代目』も、ついに引退時かしら。木の葉の制服が一種の印籠になったのは去年の話よ」


確か春先のことだったから今からちょうど一年ぐらい前ね、との。
フォローにも何もなっていない大蛇丸の科白に、老人―――――三代目が、嘆くように首を左右に振る。


「…………とにかく、今は教員の補充が最優先じゃ。新任の教師よりも移動・退職希望の教師の数の方が上回っておる。今いる教師だけでも、なんとかして引き留めねば」

「―――――かといって、出勤拒否にまで陥った人間の辞表は突っぱねる訳にもいかんじゃろう。
何せ、ストレスからくる胃潰瘍で入院中の教師が三人、鬱病で自宅療養中の教師が五人……とても復帰は見込めん状態じゃからな」


手元の紙面に書かれていた文字を目で追った自来也の発言に、自らもまた手元の書類を見た面々はすっかり黙り込んでしまった。
この場にいる七人は、『木の葉学園』の理事会の人間である。
木の葉学園とは、良家の子供達ばかりが通う、全国でも五指に入るほど有名なエスカレーター式の名門校だ。
幼稚舎から大学までの校舎を広大な敷地内に集結させているせいか、施設全体を合わせて見ると、
まるで一つの町のように見える。
全国各地から生徒が集まってくるため寮も完備しており、子供達が勉学に励める環境と時間を常に提供し続けている―――――というのは、表向き。
いや、『表向き』というのは少し語弊があるかもしれない。
木の葉学園は確かに『そう』だったのだ。
ただし、それも二年前までの話。
現在では近隣校・地元住民から恐れられるほどの荒れようで、『教員、生徒に限らず人の出入りが激しい学校』として有名である。
生徒間のイジメはもちろん、教師に対する嫌がらせは日常茶飯事のこと。
学園内で警察沙汰になるような騒ぎが起きることもさして珍しいことではなく、下手に偏差値が高
いせいかそれらの手口は実に狡猾で、故にその本質は陰険で醜悪だ。
そんな中で受験倍率に変動が見られないのは、『木の葉学園』のネームバリューと今まで築き上げてきたイメージのおかげでしかなく、この状態の学園をこのまま放置していれば、いずれ学園の経営が行き詰るであろうことは目に見えていた。
そもそも、なぜこんなことになってしまったのか。
―――――それには、現在高等部の三年生である一人の男子生徒が深く関わっていた。


「うちはイタチ―――――問題は奴じゃ、どうにかできんかのぅ……」

「『どうにか』って、どうやって。アイツは手強いわよ?なんたってあの歳で大学部までシメてるん
だから。クーデターまがいのこと起こした生徒だって、次の日には転校してたじゃない」

「アイツに対抗できるだけの人材は、今の木の葉にはおらんよ…………」


話が振り出しに戻ったトコロで。
上座に位置する場所に座っていた人物が、この時初めて口を開いた。


「どうにかできるかもしれませんよ」


その言葉に、六人分の視線が集まる。
『何を言ってるんだ、この若造は』とでも言いたげな年配の方々に注目された彼は、頬杖をついた状態で口元に小さな笑みを湛え、もう片方の手で万年筆を弄りながら続けた。


「『どうにかできるかもしれない』と言ったんです。うちはイタチに対抗できる人間なら、心当たりがあります」

「なんと!四代目よ、なぜそれを早く言わんのじゃ!!」


驚き半分、喜び半分。
先程までの声音とはまるで正反対の声を上げた三代目に、『四代目』と呼ばれた金髪碧眼の青年は声
を出して笑った。


「だって、三代目も先生方も現役の理事長である僕をずっと無視してたじゃないですか。だったらいいかなぁーって、話が一段落するまで黙ってたんです」

「まったくお主は―――――して、その者の名は?」


性急な問いに、四代目が瞬きをした。


「あれ、皆さん御存知ですよ?」

「…………なんじゃと?」

「僕によく似た金髪碧眼の美少年でぇー、すっごく優秀でぇー、腕も立つぅー、今はアメリカに留
学中のぉー」

「ま、まさかお主、アレを召還すると言うのか!?」

「そうですよ?」


けろり。
周囲の人間の動揺をものともせず、四代目は頷く。
美形なはずの顔は情けなく緩みきっており、鼻の下が伸びていないのが奇跡と思えるほど。
全身から放出されるピンク色のオーラには花が混ざっていて、尋常でない四代目の浮かれ具合が窺た。


「あの子なら、うちはイタチとも充分渡り合えますって。なんの心配もいりません。 だって僕の息子なんですから!


『あぁ、愛するナル君!!ようやくまた、生のナル君に会えるんだね!!!』と身を捩らせる父親兼木の葉学園の理事長の痛々しい姿を見て。
三代目を始めとする理事会のメンバーは、その視線を窓の外へと向けた。
こんなのが木の葉学園の実権を握っているという事実を思うと溜息ばかりが口から洩れるが、四代
目の提案が限りなく有効であることは疑いようがなく―――――。
六人は、心の中で静かに合掌する。





桜の蕾綻ぶ、三月下旬。
『犠牲者』という名の救済者の帰国が、万上一致で可決された。


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