日が暮れてしばらく経った頃。

もう幾度目かも忘れてしまったナルトとの修行を終え、帰宅途中だったシカマルは。

 

 

「ちょいとそこの少年」

 

 

ふいに呼び止められ、振り返った。

視線を向けた先にいるのは、薄闇の中にいても尚わかるほど派手な色彩を持つ青年だ。

二十歳になるかならないか程度の年齢の彼からはいかにも軽い印象を受けたが、とりあえず

それは口にしないでおく。

問題なのは、その青年が他人様の家の塀の上に座り込み、自分を見下ろしているという事実

だ。

 

 

「…………俺のことっスか?」

 

「そーそー。お前、変化した他人でも分身でもなく、本物の『奈良シカマル』だよな?」

 

「はぁ……それが?」

 

 

容姿と共に派手な服装をしているが、それが妙に似合っていることがこの青年の厄介なとこ

ろだろう。

行動からしても言動からしても、目の前の赤毛の青年は忍だと思われる。

しかし、自分はこんな青年など知らない。

思い切り不審者でも見るような目付きをすると、青年はシカマルの反応を面白がるように

ニヤリと笑う。

 

 

「んな顔するな、怪しい者じゃねぇって。お前と同じ、ただの木の葉の忍なんだからよ」

 

「その『ただの木の葉の忍』さんが、一体俺になんの用っスか?」

 

「そう、それなんだ!」

 

 

今ココにこうして立っているシカマルがまごうことなき本物だと確信したらしい青年は、満

足そうに頷き、どこからともなく頑丈そうな縄を取り出した。

そして、再びニヤリと笑う。

 

 

「ちょーっと、付き合ってもらうぜ?」

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

究極の二択

獣が薮を通ればできるのが獣道。 ナルトが歩けばできるのが―――――まぁ、安直に言ってしまえば『ナルト道』なのだが、 当の本人はそのセンスの欠片もないような呼び名をお気に召してはいないため、今のところ その現象に名はない。 上忍に詰所があるとおり、一般に知られてはいないが暗部にも詰所がある。 そのさして広くはない廊下のど真ん中を颯爽と歩くのは、金色と青色の鮮やかな色彩を持つ 人間―――――うずまきナルトだった。 すれ違う人間はいない。 いや、通行人自体はいるのだが、皆一様に壁側へと避けてナルトに道を譲るため、ナルトに 限り誰かとすれ違うということがないだけなのだ。 今のナルトは暗部面をつけてはいない。 変化もしておらず、素顔を晒したまま堂々と歩いている。 しかしそれは、そうしていても特に問題がないからだ。 暗部の詰所であるから当然そこにいる人間は暗部しかおらず、その彼等は一人残らず、ナル トの真実の姿をとうの昔から知っていたのである。 もちろんナルトのことを良く思わない者もいたが、里人よりあからさまな行動に出ることは まずなく、憎まれ、嫌われているというよりは、『どう接すれば良いのかわからないから関わ らないようにしとけ』という魂胆のようで、それだけでもナルトは随分救われている。 それが暗部という組織内の少数派で、大抵の人間がナルトに好意的―――――というか熱狂的なナルト信者だった。 故に。 「うずまき隊長、ご苦労様です!」 「任務お疲れ様でした!」 ―――――と、腰を床と平行になるほど曲げ、出迎える者は少なくはない。 ナルトも自分の班ならともかく他の班のメンバーまでコレなのはどうかと思っているのだが、 彼等の直属の上司に当たる隊長達がそれを黙認しているため、ナルトの出立と帰還の際には、 このような盛大なお見送りとお出迎えが当たり前になってしまっている訳だ。 だが、彼等とて欲を持つ人間……金品ではないにしろ、それなりの見返りをナルトに求めていた。 それが。 「あぁ、出迎えご苦労さん。今から任務の奴は気張れよ、もう上がる奴は次の任務に備えて ゆっくり休め」 労いの言葉と共に振り撒かれる、天然記念物並に綺麗な微笑みだ。 壁を連打して悶える者あり。 暗部面に隠された顔を恍惚としたモノにして、その場に立ち尽くしてしまう者あり とその反応は実に様々で、ナルトをよく知るキバ辺りがそんな彼等を見たら 『絶対ぇ騙されてる』と言うかもしれないが、その程度で彼等が簡単に幸せになれるのなら、 ナルト自身は別にそれで構わなかった。どうせ自分は、ネジ曰く『いつだってヒエラルキー の頂点にいる』のだから、そんなことをいちいち気にしていたらキリがない。 背後で他所の班の平暗部がどうなっているかなど考えもしないナルトは、通い慣れた場所へ と足を運んだ。 「でも今日はやけに空気が熱かったけど……なんだってんだ?」 首を傾げつつ、とある部屋に入室する。 「ちぃーっす」 「おう、ナルトか……って、ブ―――――ッ!!!」 ナルトを見て、ちょうど湯飲みを口に運んでいた男が勢い良く口の中の緑茶を噴き出した。 今が昼間でここが外だったら、小さな虹ができていたかもしれない。 「うわ、汚ねぇな!そこにあるの大事な暗号文書だろーが!!」 「ゲホッ、ゲホッ!!……お、お前なんて格好してるんだ!?」 トレードマークの楊枝を落とし、気管に入った緑茶のせいで噎せながら怒鳴る男――――― 不知火ゲンマの動揺ぶりに、ナルトは『なんのことか』と首を傾げた。 しかし、すぐに納得する。 「なんて格好って……あぁ、今夜の任務は珍しく一人で遊郭への潜入捜査だったからな」 「だからってその格好で帰って来る必要性ないだろ!?」 「…………変か?」 自分の姿をまじまじと見下ろしたナルトは、大人であるにも関わらず実年齢十二歳の子供の 姿に赤面しているゲンマを見上げた。 ナルトは今、花魁姿だった。 ―――――かと言って変化している訳ではなく、実年齢のままの『少女』が、これでもかと ばかりに着飾っている。 年齢的には違和感を抱きそうな衣装だというのに、なまじ素地が良くて肝が据わっているも のだから、息が詰まりそうなインパクトを受けるものの、多少幼くとも男なら誰でも『一度 はお相手願いたい』と思うほどの美少女っぷり。 変ではない、変ではないが―――――。 とてつもなく心臓に悪かった。 ゲンマの可哀想なほどの慌てふためきように思わず同情してしまったナルトは、申し訳なさ そうに謝る。 「驚かせたなら悪かったよ。でも、エロ親父から言葉巧みに騙し取った この打ち掛けに暗号が隠されてたから持って帰らなきゃ任務終わらなかったし、それに何よ り九重に脅されたから…………」 「な、なんて?」 「『しばらくその格好でおらぬと、もう二度と男に戻してやらぬぞ』って。なんか花魁姿の俺 が気に入ったらしい……さすがにもうこれ以上は譲れねぇけどな」 「なるほど…………」 「おかげでまたしばらく女の生活デスよ。まぁ、慣れたからいーけど―――――っつーこと で、解読よろしく。そういえばお前がここにいるのって珍しくねぇ?」 「あぁ、人手が足りないらしくてな。解読部の他の奴等と同じく今は出払ってるけど、ハヤ テもいるぜ?」 「ふ〜ん。今回はいつまで?」 「いや、中忍試験の準備で、明後日辺りからしばらくは副業まで手が回らない日々に突入す るから今日限りだ」 「へぇ……試験官って結構多忙なのな。俺、受験者で良かった」 「何言ってんだよ。お前確か、『特別試験官』って項目のトコに名前挙がってたぞ」 「は?何ソレ、初耳」 三代目から聞かされていない事実に、ナルトは目を見張った。 「そもそも、その安易な役職名何さ。俺知らねぇんだけど」 「今年からできたんだと。中忍試験って、第一次第二次ってある予選の後に本戦があるだろ? なんらかの理由で本戦まで行けなかった奴がいても、お前一人が合格の判押せばそれだけで 中忍になれるっつー仕組みらしい。そうなってくると対象者が『全員』ってことになるから、 それだけ周囲をよく見ることができて本質を見抜く目が必要になってくるんだ。つまり、お 前にしかできない仕事って訳だ。加えて、中忍試験全体の監視役も兼ねてる……そうなると、 受験者のお前はまさにうってつけ。中忍試験に関しては、火影様以上の権限を持ってること になるぜ。おめでとさん」 「別に権限なんてどうだっていいけど……ホントなんでもありだな。じゃあそれって、私情 入ってもオッケーってことだよな?」 「まぁ、対象者に実力さえあればな」 「そのシステム自体は面白いけど、やっぱメンドーなのはヤダなぁ〜……おっと、最近シカ マルの口癖が移っちまってコレばっかだ」 ナルトの口から『シカマル』の名を聞いたゲンマは、気まずそうに口を開く。 「―――――そういやお前、奈良の坊主とはどうなんだよ?」 「どうもこうも、そこそこデスよー。俺とシカマルのことより、周りの方がヤバイんだって。 ジジイが零班の任務采配をどーしてるか知らねぇけどキバとは連日連夜任務だし、キレたネ ジには押し倒されるし、依頼人には爆弾投下されるし…………」 もう踏んだり蹴ったりだ、と。 項垂れるナルトに、『零班』という単語で何かを思い出したらしいゲンマが、短く声を上げる。 「…………ナルト、もう一つ爆弾投下してもいいか?」 ナルトが即座に顔を上げた。 空色の美しい瞳一杯に広がるのは焦りの色だ。 「ヤダ!絶対ヤダ!!」 「今ならまだナルト次第でどうにかなるだろうが、今聞いとかないと確実に手遅れになると しても?」 「……………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………………………………… ………………………………………………………………………………………………………何」 ナルト、陥落。 不本意丸出しのナルトを見下ろしながら、ゲンマはゆっくりと口を開いた。 「お前んトコの副隊長の二人、長期任務に出てただろ?」 「時雨と白鷺?…………あぁ、なんかそんなよーなこと言ってたな。それで?」 「帰って来た」 「―――――は?」 「一昨日帰って来たぞ。んで、お前と奈良の坊主の話を三代目から聞いたらしい」 とたん、全身に走った悪寒。 ナルトは急激に青褪め、まるで目の前にその二人がいるかのようにわずかに後ずさった。 「ちょ、ちょっと、ゲンマ……お前、つくならもう少しマシな嘘をつけよな。もしそれが本 当なら俺、自分の未来に一欠片の希望も見つけられなくなるかも…………」 「―――――悪いな、ナルト」 それが、ナルトにとってのトドメの一言だ。 ふらりとゲンマに背を向けたナルトは、俯き加減でボソリと呟く。 「…………俺は旅に出る」 「お、おい、馬鹿言うなよ…………っ」 「出るったら出る」 「冗談だろ!?」 「―――――そうだ、京都へ行こう…………」 「どこだよ、『京都』って!!?」 ゲンマは、そのまま立ち去ろうするナルトの細い腕を慌てて取った。 この様子では本当に旅に出かねない。 いや、旅にまでは出なくとも、数日間は確実に里から姿を消すことだろう。 「お前が旅に出たら里中大騒ぎだぞ!?もっと自分の影響力わかっとけよ!!」 「大丈夫。アフターケアのために影分身置いてくから」 「だからそうじゃなくてだなぁ…………っ!」 ゲンマが頑なな態度を崩さないナルトを自分の方へと向き直させた、まさにその時。 一人の暗部が、ドアを壊すのではないかと危惧してしまうほどの勢いで入室してきた。 「うずまき隊長、大変です…………って、 あぁ!!不知火さん何やってんですかぁ―――――っ!!!」 彼が見た光景、それは。 『何かに打ち拉がれているような金髪碧眼の花魁 姿の美少女に狼藉を働いている男の図』だ。 常日頃からナルトを教祖のように崇めている乱入者の絶叫は、それこそ無理もない話。 しかし、ゲンマからしてみれば言い掛かり以外の何物でもなかった。 「誤解だ!俺はナルトを引き止めようとしただけで別に他意はない!!」 「他意はなくても本意はあったかもしれないじゃないですか!!!」 「…………お前等二人とも煩いよ」 たいした声量でもなかったというのに、ナルトの苛ついた声を耳にした暗部とゲンマはピタ リと口論を止める。 それを確認してから、両腕を組んだ状態でナルトは暗部に尋ねた。 「んで、何が大変だって?」 「そうでした!つい今し方のことなんですが、うずまき隊長のトコの時雨の鳥が来まして、 うずまき隊長宛てにコレを置いて行ったんです!!前科がありますし、また何かしでかした んじゃないかと―――――」 問題になっている双子の片割れの名にピクリと反応しつつ、嫌々ではあったが、ナルトは暗 部からそれを受け取った。 手渡されたのは、リング状の小さなピアスと折り畳まれている小さな紙片。 本能的に『碌なことではない』ということはわかっていたが、こんな理解し難いことをされ ている以上、コレを無視してしまうのはあまり得策とは言えないだろう。 ナルトは無言でその紙に書かれていた内容に目を通した。 暗号でもなんでもない、真っ白な紙面に『コレの持ち主を預かっている』の一文だけ。 ただ、それだけなのだ。 「だからどうしろってんだ―――――……あれ、このピアスってどこかで見たことあるよー な…………」 つまり時雨がしたことは誘拐な訳だが、時雨が誘拐を企てるほどの人間で、尚且つ自分に見 せつけるかのように連絡を入れる必要がある人間に心当たりは―――――ないはずだったの だが、一人だけいた。 暗部の男が来る直前まで、そのことについてゲンマと話していたではないか。 「なるほどねぇ…………」 ナルトが手にしていた紙がチリリという音を発したかと思うと、次の瞬間、誰かが印を組ん だという訳でもないのに突然発火した。 あまりの高温に一瞬にして燃え尽きてヒラヒラと舞い落ちる黒い灰になったメッセージを、 それだけではまだ足りないとでも言いたげに乱暴な動作で踏みにじり、ナルトは手の中のピ アスを力一杯握り締める。 「…………あんの大馬鹿野郎がっ!!!」 旅には出ない。 自分のせいで誘拐されて危険な目に遭っているかもしれない許婚を放置したまま、どうして 現実逃避を図ることができようか。 すさまじい怒りが、双子に対して抱く恐怖を凌駕した瞬間。 申し訳ない、と。 シカマルは思っていた。 最近特に多忙であるナルトの貴重な時間を使わせてまで修行をつけてもらっているというの に、いくら相手が忍だとはいえ、得体の知れない男(と言ってもかなりの実力者のようだが) 相手にこの状況はあまりにも情けないと。 後ろ手に縛られた状態で誘拐犯の自宅の一室で座り込んでいたシカマルは、大仰に嘆息した。 縄抜けしようにもかなり特殊な縛り方なのかそれさえも叶わず、刻々と過ぎていく時間を痛 みを訴え始めた身体で実感することしかできない。 そもそも、ナルトとの修行の後は余力など残っていないに等しいのだ。 それでいらぬ攻防戦まで演じてしまったのだから、もはや精神的にも体力的にも限界で。 部屋のド真ん中でテレビゲームに耽る赤い後頭部を見る目も、時折虚ろになってしまう。 「…………俺、明日任務あるんスけど」 「あー?」 「だから任務」 「どーせ下忍任務だろ。一回ぐらいサボれ」 「…………」 他人事だと思って、随分と好き勝手に言ってくれるではないか。 確かにシカマルの任務など目の前の青年にとって他人事でしかないだろうが、翌日(日付が 変わっているから正確には『今日』)の任務をサボる原因になるのは間違いなく彼だというの に、この無責任な言動ときたら―――――。 さすがのシカマルも、怒りを覚えずにはいられなかった。 「…………俺等、初対面っスよね?」 「おう。お前の親父とは前から知り合いだけどな」 「じゃあ、なんだって俺がこんな目に遭わなきゃいけないんスか」 アンタの恨みを買った覚えなどない、と。 恨めしげに洩らすと、コントローラーのボタンを押す手を止めた青年が肩越しに振り返った。 その翡翠色の目は、心なしか据わっている。 「―――――アンタ、俺をダシにして何がしたいんスか」 「…………ダシ?」 「まさか『違う』とか言いませんよね。俺を誘拐することで、誰に何を訴えたい――――― もしくは要求してるんスか」 シカマルの詰問に、青年はニヤリと笑った。 「なるほどね、あのジジイの言葉もあながち嘘じゃねぇ訳だ?確かに頭の回転は良いらしい ……お前が『そう』じゃなかったら、弟分として可愛がってやらねぇこともなかったけど」 「丁重にお断りします。この状況下じゃ嬉しくもなんともないんで」 「そりゃそうだ。それで嬉しがってたらお前の正気を疑うぜ」 なんとも失礼な科白を吐いて、青年は大儀そうに立ち上がった。 彼の今の服装は、鈍色の麻のズボンに濃色のランニングシャツといった涼しげな室内着だ。 服装のシンプルさに比べて身に付けているアクセサリー類は彼の外見通り『派手』だが、そ れが妙に似合っているものだから見る者に不快感を与えることはない。 よくいる勘違い男の場合、似合いもしない物を更に最悪な組み合わせで用いることにより自 分自身がある種の『公害』になっていたりするのだが、自身に似合う物ばかりを選んでいる 辺り、目の前の彼は己を良くわかっているのだとシカマルは思った。 加えて、その容姿のレベルの高さときたら―――――。 そりゃあもう遊び好きな女が揃って涎を垂らしそうなタイプだったが、だからと言って何が どうなる訳でもない。 あくまでシカマルは『男』なのだ。 「何が目的だよ」 今までかろうじて使っていた中途半端な敬語も止め、シカマルは青年を睨み上げた。 彼はそれを面白そうに受け止め、『さぁな』と両肩を竦めて見せる。 面白そうな表情とは対称的に、その目に宿っているのは物騒な光。 とりあえず今のところは生命の危機に関わるような事態ではないようだが、すでに幾度目か も忘れてしまった値踏みするかのような視線が不快で堪らず、シカマルの表情も自然と厳し いモノになってしまう。 やがて青年は、シカマルを見下ろしたままゆっくりと口を開こうとして―――――止めた。 チラリと向けられた視線の先をシカマルが見ると。 「―――――時雨……」 癖のない真っ直ぐな黒髪にこれまた新緑の瞳の、赤毛の男―――――時雨とは違い華美な装 飾品などは一切身に付けていない青年が、大きな紙袋を提げて玄関先に立っていた。 身内だろうか。 まるで正反対の外見だというのに、どこか似通った顔立ちをしている。 紙袋の口から覗くのは大量の本の背表紙で、こんな夜中に彼がなんのためにココに訪れたの か……その状況を把握するには、彼自身の説明が必要不可欠だ。 しかし、肝心の彼は誘拐犯の名を呼んだきり、『心ここにあらず』といった顔でシカマルを見 詰めたままである。 「白鷺、なんでお前がココにいんだよ」 シカマルの疑問を先に口にしてくれたのは、皮肉なことに時雨だった。 家主なのだから、それも当然かもしれない。 不本意気な時雨の問いに、突然の訪問者―――――白鷺がふと眉を寄せた。 「…………衝動買いした本の置き場に困って、とりあえず避難所を提供してもらおうかと非 常識な時間帯なのを承知の上で押し掛けてみたんだけど……一体、コレは?」 「何事かって?相変わらずスカした奴だな、んなの見たまんまだろーが」 「僕にはそこの少年が『奈良シカマル』に見えるんだけど、それも間違いなく現実だと、そ う言いたい訳だ?」 「それ以外のなんだってんだ」 「馬鹿なことを―――――」 呆れ返ってこれ以上何も言うことができません。 そんな顔をした白鷺は家主の許可もなく室内に上がり込むと、時雨には目もくれず、すぐに シカマルの元へと歩み寄って来た。 そして、シカマルの自由を奪っている縄を解きながら尋ねてくる。 「時雨の考えることなんて複雑そうに思えて、その実酷く単純だ。大体想像がつくよ……巻 き込んで悪かったね。ココにはいつから?」 「…………夕方から」 「そう。後は僕がどうにかするから、お前はもう帰っていいよ」 「おい、なんでお前が邪魔すんだよ?お前だって今回のことでかなり参ってたじゃねぇか」 反発した時雨に向けられる、白鷺の厳しい眼差し。 「誤解してもらっちゃ困るな。僕が参ってたのは彼のせいじゃなく、この急展開のせいだ。 そりゃあ僕だって人間だし、彼を厭う気持ちがない訳じゃない……だけど、さすがにコレは マズイだろう」 いろいろと。 その『いろいろ』には、一体何が含まれているのでしょうか。 自由になった身体の調子を確かめるように肩を回したシカマルは、どうやら仲違いしている らしい二人の青年を交互に見比べた。 このまま抜け出せれば万々歳なのだが―――――。 「大体、彼をどうにかしてこの現状が変わるのなら、とうの昔に僕が動いてるよ。お前なん かよりずっと早くね。それをなんだ、子供みたいに。日向が大人しくしている時点でわかっ ているだろう、彼と隊長の婚約が覆ることはないんだ」 ―――――どうやら無理らしい。 いや、それよりも『自分と隊長との婚約』って、つまりそういうこと?シカマルは目を丸くした。 「御二方って、もしかして―――――」 「時雨!!!」 導き出された答を実際に音にするよりも早く、二人目の乱入者が。 乱暴に開け放たれドア。 夜の闇に映える金色。 女性特有の凹凸のある―――――しかし、歳相応の華奢な身体は微妙に色合いの違う幾枚も の単に包まれており、人目に晒されている外側の衣は淡い薄桃色だった。 もともと細い腰を更に細く見せている帯には金糸の刺繍が施されていて、それだけでかなり の値打ち物だとわかる。 乱れた胸元と裾から覗く白い肌のせいで目のやり場に困ってしまうが、鮮烈な青にガッチリ と拘束され、彼女を凝視することしかできない。 嬉しいのか嬉しくないのか、でもやっぱり嬉しいのか、シカマルは自分がわからなくなった。 赤い唇を歪めた艶姿の美少女は、二人の青年に敵意剥き出しの眼光を突きつけながら呆然と しているシカマルを抱き寄せ。 「テメェ等、帰還早々問題起こしてんじゃねぇ よ!俺の婚約に文句があるってんなら、始めから 俺に面と向かって言やぁいいだろーが!!俺の旦 那はテメェ等みたく図太くできてねぇんだ、中忍 試験前の大切な時期にくだらねぇイザコザに巻き 込むな!!!」 いっそ清々しいまでの大演説。 しかし悲しいかな、二人の関心は彼女の演説に向けられてはいなかった。 「うわぁーそんなんありかよ…………」 「さすがの僕もこの光景はちょっと堪えるなぁ…………」 口元を押さえて、揃いも揃って苦虫を潰したような顔を。 それもそのはず。 目の前の金髪碧眼の少女に、それこそ本気で多大 なる愛を向けちゃっていたりする二人にとって、 『露出した胸元に許婚の少年の顔をしっかりと抱 きみながら睨み上げてくる少女の図』は、まさに 『勘弁してくれよー』以外の何物でもないのだ。 シカマルが羨ましいとか、もはやそういう次元の話ではなかった。 「ナ、ナルト…………?」 あまりのことに呆けていたシカマルも、ここでようやく我に返った。 なぜか花街娘の格好をしている美少女―――――ナルトの胸元に現在進行形で顔を埋めてい るという、さっきとは打って変わって幸せな状況は一体全体どうしたことか。 どもり気味のシカマルの声を聞き、ナルトがわずかに身を離した。 「シカマル、怪我は!?―――――あーあーこんなに傷作っちまって……十班の連中になん て言い訳するつもりだよ」 「この半分はお前が作ったヤツだろ……って、そうじゃなくてだな、なんだってお前がココ にいるんだ?」 「任務から帰ったら、時雨の馬鹿の名前で詰所にコレが届いたんだ」 だから来た、と。 そう言って差し出されたのは、拉致された直後に取り上げられた片耳のピアス。 納得しながら受け取ったシカマルは、至近距離にあるナルトの顔を改めて見て、うろたえる。 ナルトの白い指先がそっと頬に触れると、嫌悪とはまた違うぞくりとしたモノが背筋に走る のを感じた。 空色の目を細めたナルトが、妙にしおらしげに。 「悪かったよ、まさかコイツ等がこんな行動に出るとは思わなかったから……っつーか、そ れ以前にコイツ等が里に帰還してること聞いたのもついさっきなんだけど。お詫びに治そっ か?」 「い、いや、別に家にある薬塗ればじきに治るからいいけどよ……あの人達、零班の人間か?」 「―――――まぁ、一応そーゆーことになってんだけど……今後どうなるかはわからねぇな」 ガラリと変わる声音。 同一人物とは思えないようなあまりの変わりっぷりが、それだけナルトの怒りの度合いを表 している。 ナルトに冷たい視線を浴びせられた二人のうち一人が、『へい』と手を上げて保身を図った。 白鷺だ。 「隊長、僕はこの件に加担してません。籍を外すなら愚兄一人にして下さい」 「―――――無関係?」 「はい、憎たらしいほど熱烈な隊長の抱擁 を受けたソコの彼が証明してくれると思いますけど」 棘に毒を塗ったかのような科白に眉を顰めつつ、ナルトがシカマルに確認を取った。 「ホント?」 「…………とりあえずはな。縄解いてくれたし」 たとえ『シカマルをどうにかしてこの現状が変わるのなら、 とうの昔に僕が動いてるよ』 という危険極まりない発言を聞かされていようが、シカマルを解放してくれたことに関し ては事実と認めざるをえないため、ひとまずココは肯定しておく。 フローリングの床の上にどうでもよさげに置かれていた縄を見たナルトは、どうやらシカマ ルの言葉を信じたらしく、白鷺に向ける眼差しを穏やかなモノにした。 「じゃあ、時雨一人の犯行なんだな?なら白鷺はいい。長期任務お疲れ、守備はどんな?」 もちろん、と。 白鷺は口元に小さな笑みを浮かべる。 「上々ですよ。隊長・犬塚ペアのおかげで休暇も頂きましたし、今は好き勝手に過ごしてま す。今日は花街へ?」 「あぁ、珍しく単独任務でな。ホントはこの上にもう一枚着てたんだけど、それが回収物だ ったから解読部んトコに置いてきた。……ちょっと中途半端だけど」 「それはそれでよくお似合いだと、僕は思いますよ?」 「ありがと。でも男の時に言ったらその口真っ二つに切り裂いてやるかんな」 「それはそれは―――――我等が隊長殿は虫の居所が悪い御様子。でも彼だったらどうなん でしょうね?」 「シカマル?……っつーか、こんな格好男の時には絶対しねぇけど」 首を傾げながら、ナルトはシカマルを見直した。 「お前、俺が男の時でもやっぱり『似合う』とか言う?」 問われ、シカマルは返答に窮した。 今のナルトで違和感がないのは当然だが(なんてったって女物の着物だ)、本来のナルトがこ の乙女チックな配色の着物を着ている姿を想像してみた。 …………マズイ。 『違和感を感じない』ことに対してしか、違和感を感じない。 「―――――悪い。実際に言うか言わないかは別として、『似合う』とは思うかも」 ナルトは目を丸くした。 「マジかよ!ピンクだぞ、ピンク。どこぞの歌姫じゃあるまいし……あぁ、でも」 何かを思いついたように声を上げたナルトは、『確かに俺はなんでも似合っちまうんだよな』 と、お前何様的発言をしてシカマルの言葉をあっさりと受け入れた。 一度『似合う』と言ってしまった以上シカマルがその言葉に対して抗議するはずもなく、突 っ込み役不在のまま、ナルトは繰り返し『うんうん』と頷く。面白くないのは白鷺だ。 見てられないとばかりに目を伏せ、重々しい溜息をついた。 「…………どうやら、始まりが賭け事とはいえ感情が伴わない関係じゃないようですね」 「そりゃそーだろ。じゃなきゃ、いくらヒアシ様の顔を立てるためとはいえ婚約まではしね ぇもん。そんなことより―――――シカマル、早く家に帰っといた方が良くねぇ?明日も任 務あるんだろ??どれだけ回復できるかはわかんねぇけど、非常時じゃねぇんだからやっぱ 少しは休んだ方がいいって。なんならジジイ脅して十班の任務を他に回させよーか?」 「気持ちだけ頂いときます」 シカマルが立ち上がるのを心配そうに見上げたナルトは、自身もまた裾を気にしながら立ち 上がった。 「ホントごめんな?コイツ等の帰還を知ってれば、もっと早く手を打っておくこともできた のに―――――」 「『もしも』の話をしたってキリがねぇよ。それに俺は、お前が悪いなんて思ってねぇし。事 故だと思って忘れるようにする……ある意味事故より性質悪ぃけどな」 「そーしてもらえると俺としても助かるわ。さてと、白鷺。シカマル送ってってやってくん ない?なんか足下がフラついてて危なっかしいから」 「僕で良ければ」 マジですか!? 飛び出しそうになった科白を、シカマルは寸でのところで飲み込んだ。 ナルトの科白が信じられなくて、ただただナルトを凝視することしかできない。 確かに、白鷺は時雨とは違いあからさまに手を出すことはないだろう―――――だが、 その分ナルトの目がないトコロでは何をしでかすかわからない危険性を秘めた人間なのである。 それこそ巧妙に、且つ狡猾に、ナルトにバレないように数々の嫌がらせをしてくるに決まっ ているのだ。 その証拠に、盗み見た彼の表情はありえないほど生き生きとしているではないか。 「…………お前は?」 「俺?俺はほら、シカマルの代理でシメなきゃなんねぇ奴がいるから」 これ以上とない笑顔を浮かべ、ナルトは時雨へと視線を移した。 周りなんて知ったこっちゃないとばかりに垂れ流しにされている殺気に込められた怒りの念 はすさまじく、場慣れしているはずの時雨が息を呑む気配がした。 しかし、時雨が退くことはない。 顔を引き攣らせてはいるが、むしろ今の状況を楽しんでいる節さえあり、時雨の唇が『待っ てました、そうこなくちゃ』と動いたのをシカマルは見逃さなかった。 ようするに今回の誘拐騒動は、ナルトの熱烈な崇拝者が久しく顔を合わせていなかった上司 とコミュニケーションを図りたかったがため(+シカマル虐め)に引き起こされたモノだっ たのだ。 なんて傍迷惑な話だろう。 ナルトに聞こえぬよう、シカマルは本気の嘆きが入った声を洩らした。 「とりあえず、一体俺はどーすりゃいいんだよ…………」 白鷺と二人きりにされるのと、立って歩くのが精一杯の状態で今から数分後には悲惨な戦場 となってしまう場所に居残るの。 究極の二択が、今、シカマルの眼前に突きつけられていた。

END

†††††後書き††††† 何日振りの更新だろうか……まったく思い出せません。怒涛の勢いで種部屋の更新をしてい たため、ナルト小説を書く際の感覚が鈍っていて焦りました!作品の出来は置いといて、半 分以上書いてある状態で休止体制に入った自分に脱・帽☆随分助かりました、偉いぞオイラ (自画自賛)さてさて、そんなこんなで婚約時代シリーズの最新作。ようやく明らかにされ た零班副隊長’Sの素顔。ここで改めて紹介しますと、彼等は二卵性の双子で『時雨(しぐ れ)』と『白鷺(しらさぎ)』です。時雨は伊吹と刹那を足して割ったような性格、白鷺は 安曇と鴇を足して割ったような性格と考えて頂ければ間違いありません。一粒で二度美味し いと思いませんか??(黙れ)すでにこのシリーズ一番の被害者になりつつあるシカマル少 年……『ミスター・苦労人』ネジから、その称号を譲られる日は近いと思われます。次回か らはついに中忍試験―――――と思いきや未来の奥さんは早速新たな男を引っ掛けてたり。 次々と現れるライバルを前にして、百人斬りを目指しているのではと疑いたくなる婚約者を、 シカマルは無事死守することができるのか!? …………なんで今回だけ次回予告付きなんだ?
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