木の葉には二人の火影がいる。
それを知った時初めて、幼いながらもこの里の在り方に疑問を覚えた。












望まれぬ帰還












いくら周囲の人間から『鉄面皮』だの『寡黙』だのと言われていようと、油目シノだって人
の子だ。
必要以上に動かなさい表情筋と、最低限の言葉しか発しない口で誤解されがちだが、驚くこ
とぐらいある。
空から隕石が降ってきたら驚くし、卵を割って黄身が二つ出てきても驚く。
授業をサボった結果、放課後、教室に拘束されて現在進行形で反省文を書かされているはず
のクラスメイトが無人の屋上で大の字になって寝転がっていても、当然驚くのだ。


「…………うずまきナルト?」


返事はなかった。
その代わりに鮮やかな青が自分に向けられたが、その視線はまたすぐに別の方向へと投げら
れてしまう。
自分の存在を認識してはいるが、気にも留めていないのだろう。
シノはそんなナルトの淡々さに違和感を覚えてわずかに眉を顰めたが、元気であることだけ
が取り得のナルトだってそういう時ぐらいあるだろうと、深く考えもせずに歩み寄った。
風が吹き、ナルトの前髪がサラリと音を立てて揺れる。
柔らかな太陽の光を弾く金髪が眩しくて、シノは思わず黒サングラスの奥の目を細めた。
こうしてマジマジと見ていると、ナルトが別人のように見えてきて何やら妙な気分になる。
キバやシカマルとは波長が合っているようだが、シノ自身は正直ナルトが苦手だった。
あの騒々しさも単純な思考回路も自分とはかけ離れすぎていて、シノがシノ、ナルトがナル
トである限り、それは今までもこれからも変わりはしないはずだ。
唯一好感が持てるとすれば、それは真夏の向日葵のような陰りのない笑顔で、同じ子供だと
いうのにどうしてそこまで屈託なく笑えるのだと、ほぼ毎日のように感嘆させられている。
その笑顔が、今のナルトとは少しも重ならなかった。
それが変だというのではない。
むしろ、先入観なしに今のナルトを見ればすんなりと受け入れることができるだろう。
だからこそ、戸惑ってしまうのだ。
子供子供している部分を全て取り払ったナルトが、『格好良い』でも『可愛い』でもなく、や
けに綺麗な少年に見えるから。
無言のシノの前で、ナルトが『逃げてきたんだ』と、小さな声でポツリと呟いた。


「いいのか?」

「別に……なんか全部ヤになってさ、放り出して来た…………」

「反省文どころでは済まなくなるのでは?」


それを聞いたナルトが、今度はシノに倣うように眉を顰め、納得したように短く声を上げる。


「―――――あぁ、そっちのことか…………」


『そっち』とは、どういう意味だ。
ナルトの言い様ではまるで、サボリの皺寄せの方ではなく別の何かを『放り出して来た』よ
うに聞こえるのだが、今の時点でそれ以上の材料は与えられていないため、結論を出すこと
ができない。
ナルトは歳相応の丸みを帯びた輪郭を持つ顔に薄い笑みを乗せ、上半身を起こしながらゆっ
くりと口を開いた。


「…………反省文の方は、シカマルとキバとチョウジと一緒にイルカ先生に睨まれながら頑
張ってるさ」


妙な話だ。
ナルトはここにいるではないか。
そんなシノの思考を読み取ったかのように、抑揚のない声でナルトが補足する。


「あっちにいるのは影分身だから…………」

「影分身?」


聞いたこともない、その名称。
『影分身』と言うからには分身の術の類なのだろうが、実体を伴い、そればかりか遠隔操作
ができるような術を習った覚えはない。
それ以前に、初歩の初歩である分身の術さえも満足に使えないナルトが、そんな高度な術を
使えるとは思えなかった。


「禁術だ、聞き流しとけ。どーせお前のチャクラ量じゃ使えねぇよ」


その科白にムッとしてしまったが、もちろん顔に出ることはない。


「…………お前は何者だ?」


シノの問いに、ナルトは先程と同じように青い目だけを向けてきた。
口調も性格も身に纏っている雰囲気も、とにかく何もかも違うナルトが、自分の知るナルト
だとは到底思えなかったからこその問いだったが、それを口にしてしまってから後悔する。
ナルトの目が一瞬、悲しげに揺れた気がした。


「誰かが変化してるとでも思った?」

「そういう訳ではないが…………」

言い澱む自分を真っ直ぐに見返す目が強烈で、痛い。


「…………俺はナルトだよ。うずまきナルト―――――なんだけど、即答できねぇのが辛い
な。何をもって自身を『うずまきナルト』と証明するか……その証拠になるのが、俺にとっ
て最も疎ましいもんだし…………」


たかだか十歳の子供だ。
そんな子供がそこまで言うほどの何を、目の前の金色は抱えている?
同期に里中から『悲劇の末裔』と囁かれるうちは一族の生き残りがいるが、彼だってこんな
笑い方など知らないだろう。
それほどまでに酷い、胸を掻き毟りたくなるような壮絶な笑みは、できることなら一生見た
くはない代物だった。


「何がそこまでお前を追い詰める」


その言葉を受け、ナルトは静かに目を見張る。


「…………俺、追い詰められてんの?」

「違うのか?」

「どーだろ、よくわかんない……でも、もしホントに俺が追い詰められてるとしたら、それ
は全部なんじゃねぇかな?死んだ人間の妄執に取り憑かれた老爺とか、変わろうとしない里
とか、十年前に死んだ人間とか、それでも生き残った人間とか、そして何より」


結局は言いなりになっている俺自身とか、と。
語るナルトの声は穏やかで明るくて、それでいて重くて。


「…………ナルトは里が嫌いなのか?」

「シノは好きなの?」


逆に問われ、シノは口を噤んだ。
好きか嫌いか、そういった基準で里を見たことはない。
それでも、自分が生まれ育った場所だから。


「壊されるなら、守りたいとは思うが…………」


シノの答に、ナルトはたいして興味なさげに相槌を打った。
すると、そこに。


「五代目!!」


切羽詰った声が聞こえたかと思うと、自分とナルトの間に一人の男が現われた。


「煩いのが来たな…………」

「このようなところに……三代目が二刻ほど前からお待ちしております!どうかお戻り下さ
い!!」


片膝をつき、主に対するような礼をとる男が何者か、シノは知っていた。
炎を象った刺青。
白塗りに朱を差した、動物の顔を模した面。
里の忍の中で最高峰の実力を持つ者達―――――火影直属の、『暗部』だ。
その暗部がなぜ、ナルトを『五代目』と呼ぶのだろう。
対するナルトもそれを当然のことのように受け入れていて、シノの疑惑は深まるばかり。
木の葉で『三代目』といえばただ一人しかいなくて、『四代目』と呼ばれた人も昔いたらしい
が、十年前の九尾の乱で里を守って亡くなり、すでに久しい。
『五代目』と呼ばれる人はその存在すら囁かれていない状態だというのに、シノの前には、
暗部曰く『五代目』なのだという少年がいるのだ。
信じがたい話だが、普段のナルトではなく今のナルトであったら、納得できなくもない。
嘆願する暗部を睥睨するナルトの態度はシノと会話していた時よりも強く横柄な、それでい
てどこか毅然としたモノだった。


「どうせ厄介事を持ってきたに違いないんだ。待たせればいい。気が向いたら帰ってやるさ」

「しかしっ」

「全ての権限は俺にある。約束のない訪問なら、『知らぬ存ぜぬ』を通してもいいだろう?」

「五代目…………っ!!」


悲鳴じみた声に、目を閉じたナルトは大きく息を吐き出した。


「コイツの目の前で、それを連呼するか?」


我に返った暗部が、この時ようやくシノに意識を向ける。
たとえシノが子供であろうと今の会話の内容は理解することができたし、暗部もそれがわか
ったのだろう。
己の失態には舌打ちした暗部は、シノの方へと一歩踏み出した。
ギクリとしたシノが身構えた時。


「止めろ」


涼やかな声でそれを制した、ナルト。


「シノに手を出すことは許さない、絶対に」


十を超えたばかりの子供が出すような威圧感ではなかった。
細められた目は無機質な冷たい光を宿していて、精神もろとも身体の自由を奪う。
その鋭すぎる眼光に容赦なく射抜かれた暗部は息を呑み、服従の意を表すように再び膝をつ
いた。


「…………出すぎたことを申しました。処罰はいかようにも」


その潔い言葉に、ナルトはわずかに表情を和らげる。


「―――――いや、許そう。俺もいろいろ喋ったからな。それで、俺はホントに帰んなきゃ
駄目な訳?」

「…………」


肯定の言葉こそ出なかったが、かと言ってそれが否定を意味するモノではないということだ
けは確かである。
ナルトはやれやれといった体で立ち上がった。


「わかった。その代わり、俺がジジイに何を言おうと口出しはするなよ?それぐらいしなき
ゃ気が済まねぇから―――――シノ」


名を呼ばれ、シノはナルトに向き直った。


「俺は、お前が賢明であることを祈ってるよ」


それはつまり、他言するなということ。
その一言だけを残して立ち去ろうとしたナルトを、シノは呼び止めた。


「ナルト」


振り返ったナルトに、結局返してもらえなかった問いの答を求める。


「…………お前は、里のことをどう思っている」


虚を突かれたような顔をしたナルトは、次に花開くようにフワリと、酷く鮮やかに笑って。


「もちろん、ダイスキだよ」






嘘だな、と思った。
























「ナルトが?」

「そう!シカマルの奴が会ったんだってさ!!ったくアイツ、やっと帰って来たってのに同
期に挨拶回りもなしなんてありえねぇよな。シカマルの話だと七班の担当上忍―――――あ
ぁ、もう『はたけ上忍』って呼んだ方が良いかもな。はたけ上忍の班に組み込まれるって話
だぜ?」


キバの言葉が信じられなかった。
たとえそれが変えようのない事実だとしても、キバが語ることがまるで別世界の出来事のよ
うに思えてならなかったのだ。
『修行』のため、三忍の自来也と共に里を出ることとなったナルト。
しかし、三年もの不在は、ナルトの中に封印されている九尾を狙う暁に関する情報を収集す
ることが目的であって、『修行』というのはカモフラージュでしかない。
シノはそれを知っていたし、それだけでないことも知っていた。
だからこそ、純粋に驚いてしまうのかもしれない。
なぜだ、と。
その思いが強すぎて、キバの話が断片的にしか頭の中に入ってこなかった。
なぜ、彼は―――――ナルトは、どうして。


「…………帰って来た?」


シノが洩らした言葉に、キバが眉を寄せる。
同僚が何を考えているかなど露も知らぬキバが『何を今更』と思っても、それは仕方のない
ことだ。


「だからさっきからそう言ってんじゃん。ボケてんじゃねぇよ、シノ」


会いたくない、と。
言ったら、それは嘘になる。
五年前のあの日。
アカデミーの屋上で自分はすでに、あの金色の少年に惹かれていた。
いつもは眩しすぎる光を宿した瞳が、時に陰ることもあるのだと。
胸を掻き毟りたくなるような、あんな笑い方をする人間がいるのだと。
知ってからはもう、シノの目にはナルトしか映ってはいない。
初めこそ拒絶され、遠ざけられはしたものの、長い時間を掛けて少しずつではあるが本音を
話してくれるようになってからは、それは周囲の人間にもわかるほど顕著になっていた。
自惚れでもなんでもなく、永遠に癒されることのない傷を抱き続ける少年の側にいることを
無条件で許されるのは、自分だけだと信じて疑わなかったのだ。
そのナルトと三年振りに再会できるということは、確かに嬉しいことではあるのだが、反面、
望んでいないことでもあった。


「なぜ帰って来たんだ…………」

「あ?シノ、なんか言ったか??」

「…………いや、なんでもない」


あのまま、里の手が届かないトコロまで逃げてしまうこともナルトなら可能だったろうに。
彼はそれをせず、『三年』という期間内に帰還したのだという。
『五代目火影』という鎖での拘束を、甘んじて受けるのだという。
ナルトには会いたかった。
しかし、そのことを考えると素直に喜ぶことができない。
自身の中に巣食う矛盾に小さく舌打ちしながら、シノはキバから視線を外し、虚空を睨み付
けた。






ナルトが今この里にいるというのなら。
再会を喜ぶためではなく、肩を揺すって叱責するためでもなく。
ただ、話をするために会いに行こう。









END









†††††後書き†††††


過去と現在が混合しております。一応気を付けて書いたつもりではいますが、読み難かった
らすみません。虚像の里シリーズの本編の続きで、ナルト君が里に帰還した辺りです。そし
て過去の時間軸ですが、作中で書いた通り十歳ですので、火影就任から二年後ということに
なるはずです。宿願で使わなかった設定を、今回こっちの方に入れました。油目一族とナル
トはなんの関係もありませんが、シノと五代目は仲良しこよしです―――――ってか、シノ
がナルトに対してかなり大きな愛を抱いてます。『恋人』ではありませんが、ナルトの良き理
解者としての地位を確保できていることに、結構満足している御様子。
それもそのはず、五代目の側にいることを許されるのは、この上なく名誉なことですからね!
次は……どうなるんだろ。とりあえず元同班の弟子ができたことを含め、五代目からシノに
近況報告かなぁー?元同班の悲劇の末裔君が恥じも外聞も
捨ててナルトに弟子入り―――――うわぁ、シノさんメチャクチャ怒り
そうだなぁ〜…………(ニヤニヤ)


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