血色の瞳が綺麗だ、と。
自分の目を見て微笑んだ金色の子供は、虜囚の身だった。












本当に守られるべきなのは

彼と初めて会ったのは、彼がまだ片手の指ほどの歳を越えたばかりの頃だった。 その時はまだ暗部にも入隊していなかったイタチに、なぜか宛がわれた護衛任務。 忍としての『才』と『将来性』に期待して、本来ならば限られた人間しか対面を許されてい ないという貴人の護衛に自分を就けるのだと。 四代目亡き後、返り咲いた三代目にそう告げられた。 一体どんな人物の護衛かと思いきや、その人物は火影邸の奥座敷にて隠されるように生活し ているらしく、この任務の異常さに、イタチは心の内で眉を寄せてしまう。 火影に全力で守られている人物に、なぜ自分のような護衛が必要なのだろうか。 そう思ったが口には出さずに、黙ってその対面を受け入れる。 護衛対象は、幼い小さな子供だった。 自分の弟と同じ年頃のように思えるが、成長不良の身体は弟のモノよりもまだ小さく、子供 用に作られたのであろう着物をそれでも無理矢理纏い、畳の上に寝転がって巻物を読み漁っ ている。 木の葉では珍しい金髪はこざっぱりと纏められていて、同じく木の葉では珍しい碧眼は部屋 に入った老人と自分など気にも留めないのか、紙上を隙間なく埋める文字に向けられたまま、 上がりもしない。 お世辞にも印象が良いとは言えない子供の容姿は、それでも見事に整っていた。 蝋燭の頼りない灯りに照らし出された横顔があまりにも綺麗で、イタチは無意識の内に息を 呑む。 「ナルトや」 その子供の名らしきモノを聞き、イタチは柄にもなく動揺し、大きく目を見開いた。 四代目火影が九尾の乱の折、命と引き換えに妖狐を封じた器―――――それが、『うずまきナ ルト』なのだ。 公に出ることはなかった九尾憑きの子供が、今、自分の目の前にいる。 「新しい護衛が決まった。うちはの跡取りでの、暗部入隊も内定しておる実力者じゃ」 三代目が話し掛けても、子供―――――ナルトは顔を上げようとしない。 そんなナルトに構わず、三代目は話し続ける。 「やはり、あやつではお前を守り通すことができんと判断してな……申し訳ないことをした が…………」 「…………申し訳ないことをした?」 初めて見せた、ナルトの反応。 しかしその声は硬く、怒りからかわずかに震えていた。 広げられた巻物の上に置かれた手が、ぐしゃりと音を立てて拳の中に紙を巻き込む。 「馬鹿なこと抜かしてんじゃねぇよ。最初からわかりきってたことだろ。アイツは俺の側に いれるだけの実力なんて持ってなかった。だから俺は『早く降ろせ』って言ったのに、ジジ イはそれを無視した。その結果がコレか?ふざけるにもほどがある」 「イタチは弱くはないが?」 「そういうことを言ってんじゃねぇよ!!」 声を張り上げたナルトに、三代目が静かに歩み寄る。 そしてナルトの傍らに膝をついたかと思うと、ナルトの小さな頭を繰り返し撫で始めた。 「可哀想なことをしたの…………」 その言葉に、ナルトの顔が歪む。 「あやつにも妹が一人おってな、二人暮しだったそうじゃが……聞いておったか?」 「…………一度だけ」 「そのお嬢さんがの、『これは兄が望んだことだから気に病まないでほしい』と、わしに伝言 を頼んできおった……あやつはもう忍として働くことができんが、わしなりに充分な補償を 考えておるから安心せぃ」 「…………俺が直接見舞いに行くことはできねぇの?」 「無理を言わんどくれ……お前に万が一のことがあれば、わしは四代目に顔向けできん」 「…………」 「とにかく、うちはイタチがお前の護衛に就くことは決定事項じゃ。お前が何を言おうと、 これは絶対に変わらんよ」 「俺一人の方が逆に安全なのに?」 「無論」 「コイツが足手纏いになる可能性は?」 「ありえんな。話してみるといい、おそらく話も合うじゃろう」 そう言って、三代目はイタチに目配せをし、座敷から出て行ってしまった。 二人の今の遣り取りで、自分が護衛対象である少年に歓迎されていないということを知って しまったイタチは気重げに溜息をついたが、それでもナルトに近づき、膝を折る。 「お初にお目に掛かります。うちはイタチと申します」 「…………うずまきナルト」 無視されなかったことに、イタチは驚く。 ナルトの表情は相変わらず強張っていたが、嫌悪や憎悪とはまた別のモノであるようだ。 それを悟ったイタチは意外そうにナルトの顔を見詰めてしまい、顰蹙を買うことになる。 「何」 「いえ、失礼致しました。嫌われていると思っていたものですから」 「―――――あぁ」 短く声を上げたナルトが、畳から身を起こした。 「あれはジジイの身勝手な行動に怒ってただけであって……気を悪くしたなら謝る。それよ り、アンタの方こそ俺を見てなんとも思わないのか?」 そう問われ、イタチは黙り込んだ。 何も思わないはずがない。 こんな強烈な印象を持つ子供を前にして、何も思わない方が不思議なくらいだ。 だがそれも、ナルトが遠回しに示している悪い意味での『思うところ』ではなかった。 「美しいとは思いますが…………」 正直な気持ちを口にしたはずなのに、当のナルトはポカンと口を開けてしまった。 三代目と会話していた時とはまるで別人のような変わり様だったが、それが歳相応の反応な のだと思うと、非常に可愛らしく見える。 ちなみに、イタチの視力はすこぶる良い。 「……………うちはだって、九尾に殺された人間がいるだろうに」 「そのようですが、面識のない人間などたとえ血縁と言えども赤の他人と同じ。それに貴方 は器であって、九尾ではない」 「――――ふ〜ん……アイツと同じこと言うんだ」 「アイツ?」 「アンタの前任者だよ。俺の護衛してた奴」 ナルトは誇らしげに目を細めたが、しかしすぐにその目を伏せてしまう。 金色の睫が瞳に濃い影を落とし、突き抜けるような空色を神秘的な色に変えた。 「俺を狙って来た刺客とやり合ってさ、瀕死の重傷負ったんだ……一命は取り留めたけど、 もう忍は引退しなきゃ駄目だって…………見舞いさえも、行けない」 「そうですか…………」 「優しい奴だったんだ、ホントに。俺より弱いくせに、それでも必死になって俺なんかを守 ろうとするんだぜ?…………それで、こんなことになっちまった。だから俺一人でいいって 言ったのに」 「貴方は力をお持ちなのですか?」 イタチの問いに、ナルトは力強く頷いた。 「暗部にも勝てる。だけど、ジジイは俺が戦うことを良く思ってねぇの」 だから護衛を付けると、そういうことか。 正直、イタチは今のナルトに暗部にも勝る実力が備わっているとは思えなかった。 しかし、特殊な生い立ちである子供の言葉が嘘であるとも思えなかった。 「それだけじゃない。俺が危険な目に遭うことを必要以上に恐れてんだ」 「理由をお聞きしても?」 溺愛しているから、と。 そんな理由ではないだろう。 確かにそれもあるかもしれないが、真実は他に隠されているはずだ。 それを知るには、第三者から変に歪曲された話を聞くよりも本人から直接聞くのが最も正確 で手っ取り早い。 一瞬迷ったようだったが、ナルトはイタチの真摯な眼差しを受け、ゆっくりと口を開いた。 「…………俺が、火影だから」 「貴方が、火影?しかしそれは三代目のはずでは…………」 「三代目の返り咲きは、俺が就任するまでの期間限定。俺は五代目なんだと」 忌々しげに語られた事実。 ナルトが下唇を噛み締める様を無言で見ていたイタチは、『こんな子供になんてことを強いる のだ』と、痛ましげに顔を歪めた。 三代目の心の内は、うちはが誇る写輪眼でも覗くことはできない。 だが、たとえ覗けたとしても、イタチには到底理解することなどできないだろう。 よりによって九尾の器となった子供にを火影に据えようとするのは、今の里の状況ではナル トの身を今以上の危険に晒すも同じ。 三代目が何を考えているのか、イタチにはわからなかった。 「公表は?」 「…………しないと思う。その代わり、数年のうちには襲名させられる。あのジジイは、そ れだけのために生きてるようなもんだから」 「そんなに早く…………」 イタチは愕然とした。 数年ということは、十にもならないうちに火影の座に就くということだ。 いくら忍の世界が実力社会とは言え、その程度の年齢で里長になるなど今までも、そしてこ れから先もおそらくない。 そもそも、そんなことなどありえないのだ。 「だからジジイは俺に護衛を付けたがる。護衛に付いた人間は一度だって無事に任期を終え たことなんてないのに、ジジイはそれがわかっていて繰り返す。アンタもきっと、無事では いられないよ」 目を逸らしたナルトが、再び巻物の上へと視線を落とした。 口元に子供らしからぬた笑み湛え、『辞めときな。俺からもジジイに言ってやるから』と。 まるで歌うかのように言ったナルトを見て、イタチは三代目の考えが一つだけわかった。 『ナルトを火影に』という考えは理解し難いが、同じことの繰り返しとわかっていながらも 護衛を付けたがるその理由だけは、理解することができた。 ナルトには、庇護者が必要なのだ。 そりゃあ、『火影に』と望まれるだけの実力を持つナルトには護衛などいらないかもしれない が、守るものは必ずしも肉体という訳ではない。 本当に守るべきなのは、強靭な殻の中に隠された、真っ直ぐで傷付きやすいナルトの精神の 方なのだろう。 その点では、ナルトにあれだけのことを言わせたのだから、前任者は見事にその任務を遂行 していたと言える。 自分がそうなれるのか、それはわからない。 けれどイタチは、目の前の小さな子供を守りたいと思った。 「…………俺に、貴方を守らせては頂けませんか?」 イタチの言葉に、ナルトが再び顔を上げる。 信じられないとばかりに見張られた目は、吸い込まれるような魔性の青だ。 「何、言って―――――」 「俺は貴方を守りたい。それで命を落とそうとも、貴方を守って逝けるなら本望です」 「そーゆーの止めろよ。俺は、俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ。だったら俺は一人でいい。 一人の方がいい」 「えぇ、ですから俺は死にません。前任者のようにもなりません。何があろうと、俺は貴方 の側にいる」 「…………アンタ、馬鹿?」 明らかに困惑しているナルトに、手を伸ばす。 小さな手を取るとナルトは両肩を大きく震わせたが、振り払われはしなかった。 接触は許されたことにひとまず安堵し、小さな小さな白い手を自らの額に当てて『俺が側に いることを認めて下さい』と懇願する。 いつまで経っても返事がないことを不安に思い、顔を上げると、困惑しきっているナルトと 目が合った。 「うちはって、言ったよな…………?」 「はい」 「アンタも写輪眼っての、使えるの?」 「はい」 「…………見せて」 乞われて、写輪眼を発動させる。 赤く染まった写輪眼は、同族殺しの一族であることの証。 この目を必要としていたイタチは、しかし、それと同時に『うちは』であることを酷く厭っ てた。 だが、ナルトはその目を見て微笑んだのだ。 「綺麗だな……―――――それが自分の血で染まることはないと、アンタは俺に誓えるか?」 「貴方が望むなら、いくらでも―――――」 うちはイタチ。 良くも悪くも、彼がナルトにとって最後の護衛であったのだけれど。 END †††††後書き††††† 最近は虚像シリーズが旬―――――なんだけど、こんなん書いた自分が真面目に恥ずかしい よ……。イタチ兄さん、まるでお姫様に仕える騎士だね!ったく、こっ恥ずかしい会話して くれちゃって。ギャ―――――!!!///<悶 虚像でのイタチ兄さんは教育係ではなく護衛ですが、宿願のような展開には、どうやっても なりません。イタチ兄さんが里を抜けてもナルトはイタチ兄さんに対する態度を変えないし、 その分、妙な依存もしていないのです。イタチ兄さん個人は、いろいろと企んでますがね。
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