「それで、今度は何がしたいって?」


自己を制する、噴火寸前の火山のような声。
脱走した挙句に、綱手の命を受けた暗部とも騒ぎを起こしたナルトは。
案の定、帰宅早々捕獲され、日向本邸の客間に敷かれた布団の上で冷たい汗を流していた。
臨界点を突破した怒りは一心にナルトへと向けられており、普段の体調ならともかくとして、
病に侵された身体ではとてもじゃないが耐えがたい重圧である。
しかし、だからといってここで退く訳にもいかない。
ナルトが持って生まれた気質は、どんな状況に置かれたとしても己を失わずに済むよう形成
された鎧そのものなのだ。


「きゃー怒らないで、ばーさぁーん。せっかく奇麗に塗りたくった顔が剥がれ落ちちゃうわ
よぉー」


棒読みだ。
本来、『女性』という生き物を殊更尊ぶナルトとも思えないような発言に。
綱手は赤い唇を歪め、力強く握った拳でドンと畳を殴った。
枕下に置かれていた水桶から魚が跳ねるような音がして、周囲の狭い範囲を濡らしてしまう
が、人様の家にいるというのに気にする様子もない。
それほど怒っているのだ。
いつにない迫力を見せ付ける綱手を前にし、ナルトは柄にもなく逃げ出したくなった。
だが、そうしなかったのは。
目の前にいる現役火影を相手に逃げ切れる自身がなかったことと、ネジでもなくヒナタでも
なくアヤメに、『もう危ないことはしないでくれ。一日中寝ていろとは言わないからせめて、
この目が届かない所に行かないでくれ』と、泣きながら懇願されてしまったからである。
以前からそうであるが、ナルトはアヤメに滅法弱いのである。
だからこうして大人しく大人しく、それこそ深窓の姫君ように数日を過ごしてきたのだが、
それももはや限界に近い。


「嘘です。ごめんなさい。オネーサマはそんなものなくても充分お奇麗デス。だからさ、足
も元通りになったし、外出許可ちょーだい?いい加減カビが生えるって」

「それがどうした」

「何も任務やらせてって言ってる訳じゃねぇよ。ただ、ちょっと―――――そう。しばらく
表任務出てなかったら、下忍のガキ共に顔出ししといた方がいーかなって」

「却下だ、馬鹿者」

「ホントに何もしないってば。そりゃあ、俺って謙虚だから全快とは言いマセンよ?でも、
表任務みたいに体力勝負にならないような技術系の裏任務なら、一通りこなせるくらいには
回復してんだって―――――ばーさん?」


いっこうに反応しない綱手を不審に思い首を傾げると、手入れが行き届いた指先が、内面と
は逆に幼さが残るナルトの頬にそっと触れた。
その顔は、すでに怒りの表情ではなく悲しみのソレを浮かべていて、睫毛がわずかに震えて
いる。
一体どうしたことか、と。
ナルトが眉を寄せると、綱手は一度目を伏せてから意を決したようにナルトを見た。


「里が割れてるんだ」

「…………割れてる?」

「栄を覚えてるか?長老衆筆頭の」

「忘れる訳ねぇだろ。アイツのせいで、サクトはこの里にいられなくなった」


ナルトの動きを封じるための人質として利用された子供は、今はナルトの知人の家に身を寄
せている。
それなりに幸せな生活を送っているらしいが、とてもじゃないが結果オーライとは言えない。
栄にはそれ相応の処罰が下り国外追放となったが、あのように表立っての糾弾は、生まれて
この方初めてのことだった。


「残りの長老衆を含め、栄を支持する奴等が不穏な動きを見せている。だが、はっきりとし
た証拠もなく騒ぎ自体も起きていない今、いくら私でも簡単にソイツ等を処断することはで
きないんだ。お前に何もする気がなくても、逆に何かされるかもしれない。それがわかって
いながらお前の外出を認めることができるほど、私は薄情な人間じゃない」

「ふ〜ん…………いつ動き出すかと思ったけど、このタイミングで来るのか。謀られたかな」

「他人事みたいに言うんじゃないよ。その身体で、お前にどれほどの抵抗ができる?」

「だから、体力面の問題を除けばなんの問題もないって言ってんだろ。安曇達がいれば、そ
れこそ俺の安全は保障され、る……………なんでまた、そこで泣くんだよ。本当に大丈夫だ
って」

「それだけじゃない!」

「じゃあ何」

「足が動かなかったのはなぜだと思う!?発作のような痛みに襲われなくなったのはなぜだ
と思う!?病状が良くなっている訳じゃない!!身体が上げる悲鳴にさえ付き合えないほど
悪化しているってことなんだよ!!そこまできたら、あとはもう秒読みだ!!なのにお前は
そうやっていつも身体を酷使し続けて―――――お前の死因の多くを占めるのは、九尾云々
というよりも、自身を省みない無謀な行動の数々だよ!!!」


ぱちくり、と。
大きな目を瞬かせたナルトは、一方的に怒鳴る綱手を見ながら困ったように身動ぎした。
しかし、この場にナルトと綱手以外の人間はおらず、誰も助けてくれやしないのは明らかだ。
やがてナルトは、ゆっくりと口を開いた。


「――――じゃあ、尚更だろ」


綱手は弾かれたように顔を上げた。


「そうやってまた悲しませるのかい!?私はいいよ!?どうせ付き合いも短い!!だけど、
あの子達は!?」

「ばーさんだからいいなんて思ってないよ、ありがと。でも、ネジとヒナタはもう何も言わ
ない」

「どうしてそんなことがわかるんだい!?」

「俺も含めて、三人とも覚悟はできてる。甘ったれの俺なんかより、それこそ、ずっと前か
ら二人の覚悟は決まってた」


綱手は絶句した。
子供だろう、と。
ようやく十代になったばかりの子供だろう、と。
いくら忍であったとしても、そんな子供がそれだけの覚悟を迫られる、その残酷さときたら
ない。
ナルトは笑った。


「俺達は、もうこれ以上一緒にはいられないんだ」






その言葉は、遠からず訪れる別離の日を彷彿とさせるようで―――――。












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