三代目の後釜として白羽の矢が立ったのは、三代目の教え子であると同時に三忍として名高
い『綱手姫』。
しかし、彼女は供の一人を連れ回してギャンブル漬けの放浪生活を送っており、所在も掴め
ず、故に連絡を取ることができずにいた。


「さて、どうしたものか…………」


思案に暮れる老婆に答えるのは、老婆と同じようにしわがれた声を持つ老爺。


「使者を出すしかあるまい。だが、並みの使者では合流することさえできまいて。暗部を出
したところで」

「撒かれるのがオチだろう。難儀なことだね…………」


その会話を黙って聞いているのは、火影装束姿の一際小さな人物。
体格からして子供なのだろう。
『火影』の象徴とも言える執務椅子の肘掛に、体重をかけるような体勢で頬杖をつく子供の
顔は見えない。
口元だけがかろうじて笠から覗いているが、それだけでも恐ろしく容姿が整っているであろ
うことは充分わかる。
暗い室内でも闇に呑まれることもなく、むしろ闇そのものを呑んでいるかのような子供がゆ
っくりと口を開いた。
その声は、身の纏う空気の重々しさに比べ、予想外にも涼やかだ。


「俺が行こう」


たった一言。
その言葉に、二人の老人は確実に歳を刻んできた顔を歪めた。


「五代目自ら?」

「本気で仰られるか。よもや御身の立場をお忘れではありますまいに…………撤回なされよ」

「上忍であろうと暗部であろうと、三忍に本気で拒まれれば同じこと。だから俺が行く。何
が悪い」

「大蛇丸が綱手に接触しようとする動きがある、との話。わざわざ火の粉を被りに行かれま
すな」

「この俺が大蛇丸ごときにどうにかされると、そう言いたいのか」


孫のような年齢の子供に言及され、老人を押し黙った。
否定しなければならないのに、そうすることさえも許されないような圧倒的に力の差。
年の功では上でも、子供と老人が歩んできた人生はまったくの別物だ。
背負ってきたモノも周囲を取り巻く環境も、考え方一つにしたって問題外。
器が違いすぎるのだから、始めから老人が子供とやり合おうなどと、思い上がった人間のす
ることでしかなかった。
その考えを見透かしたかのように、子供が笑う。


「俺が行くと言った。お二方にそれを止める権利があるとでも?」


無言になった老人達に満足して笑みを深めた子供は、衣擦れの音さえも出さずに優雅な動作
で立ち上がった。
そしておもむろに笠を取り、口調と威圧的な態度を一変させ、慣れたように指示を出す。


「まだ里内にいるはずだ、自来也を呼べ。綱手との縁も深いことだし、奴を同行させる。ホ
ムラ、コハル、これで文句は言わせねぇからな」






名を呼ばれた二人が丁寧な礼を取った少年の色彩は。
類い希なる、金と青。











五代目と三忍

例えば、火影職を精一杯務めようという意欲が溢れている人間だと困る。 実際の火影は別にいて、極一部だけを見るならば、『傀儡』と言えなくもないからだ。 しかし、かと言ってまったく意欲がない人間でも困る。 ナルトはあくまで今の段階では、里の命運が懸かっている時における、最終決定を下す者。 上記の事情があるとはいえ、日常的な執務は全てこなしてもらうことになるからだ。 要は、バランスの問題。 実際に綱手と会ってみての感想は、『ナルトにとっても里人にとっても、綱手は申し分ない存 在になりうるだろう』。 だが、肝心の綱手は『火影なんてクソよ、馬鹿以外やりゃしないわ』発言をし、里の名代と してやってきた自来也を無下に扱う始末。 「まぁ、綱手の言い分にも一理あるが?」 火影は皆馬鹿。 忍の隠れ里の最高権力者と言えば聞こえはいいかもしれないが、『火影』なんてものは、責任 ばかりが大きくて、それに見合う利潤など何も望めない。 里人は『里を無条件で守ってくれる英雄』を仕立て上げたいだけなのに、自分の保身など何 一つ考えないで、里に身を捧げて散っていく。 だけど、それ以上に。 「俺が一番馬鹿なのかもしれないな…………」 その『火影』という面倒でしかない地位を、それでも利用できることもあるからと、甘受し ているのだから。 ナルトは自嘲気味に笑い、シングルサイズではあるがナルトにしてみれば充分なスペースが あるベッドへと腰を下ろした。 少しばかり視線をずらせば、足元のフローリングの上に気を失っているシズネが。 綱手は行ってしまったのだ。 シズネの制止も聞かず、一人で大蛇丸の元へ。 そんな遣り取りがあった時に実はしっかり起きていたナルトは、綱手を黙って見送ってしま った己の行動が果たして正しかったのだろうかと、今になって疑問を持ってしまった。 だが、今更あーだこーだと言ったところで綱手はここにいないのだから、これからどうする べきかを真っ先に考えるべきである。 「―――――ったく、なんでここまで事が大きくなるんだか。今までもそうだったけど、俺 が関わると悪化するってんなら今後ノータッチを貫くぞ?」 現職火影が、里の大事にノータッチ。 ちょうどその問題発言がなされた場面に居合わせてしまった自来也が、里側が真実を知らず とも間違いなくマズイことになるであろう事態を想像し、額を押さえるような仕草をした。 「そういうことは、わしがおらんところで言ってくれんかのぅ…………頭が痛くなるわい」 「ざけんなエロ仙人。テメェの頭痛の原因は二日酔いだ。交渉決裂のせいで自棄酒に溺れた つもりか何か知らねぇが、普段以上に飲んでそうならねぇ方がおかしい。自分の愚かさを棚 に上げて、よくもそんなことが言えるな?」 返す言葉がない自来也は、それ以上の口撃を受けないうちに、早々に自分の負けであること を認め、降参とばかりに両手を上げた。 「悪かった。確かにわしの頭痛の原因はお前ではない。むしろわしは、お前に礼を言わなき ゃりゃならん」 「俺に?気色悪い。一体なんの―――――」 反射的に嫌悪感剥き出しの反応を返したナルトは、自来也が自分相手に『礼を言う』という 奇行の理由に思い当たるものがあり、透き通るような目を軽く見開いた。 「…………あぁ、やっぱ一服盛られたのか」 「酔っていたとはいえ、面目ない話じゃ。だが幸い、お前からあらかじめ渡されとった薬を 忍ばせておいたおかげで、ある程度は中和できたらしいのぅ」 「その割には、まだ薬が残ってるみたいだけど?」 単純に二日酔いと思っていたが、自来也の症状は綱手に盛られた薬のせいでもあるようだ。 だが、医療に関しては右に出るものがいない綱手の薬の効力を、ここまで弱めることができ ただけでも上出来だろう。 あまり力強いとは言えない足取りで入室してきた自来也は、気絶しているシズネを認めると、 それだけで全てを察してしまった。 「そうか、アイツは行ったのか…………」 「行った行った。すっげぇ思い詰めた顔して」 「案の定、お前はそれを黙って見てたんじゃな?」 「こっちにもいろいろと都合ってもんがあんだよ。どうせなら、当面の問題を一網打尽にす るのもいいんじゃないかと思ってな。―――――思ってたんだけど、事態は劇的に悪化する 一方」 「収拾がつくかのぅ…………」 「つかなきゃ帰れねぇな、里に。あ、それもいいかも。ここからちょっと離れた温泉街にで も立ち寄って、しばらく羽を伸ばすとか」 「そりゃあいい。わしも久々に温泉に浸かりた」 「それは構わねぇが、俺の目の前で『取材』とやらをするようなら容赦なく殺すぞ。まだ俺 は人生捨ててないからな」 ナルトの口からあっさりと飛び出してきた殺人勧告に。 自来也がフォローと反論を同時にしようとした、その時。 「ん…………」 わずかに洩れたのは、若い女の呻き声。 シズネだ。 自来也との会話を中断したナルトが身軽な動作で立ち上がり、シズネの顔を覗き込むように してしゃがみ込んだ。 頬をピタピタと叩き、覚醒を促す。 「おい、そろそろ起きろよ。おーい、おいってば」 それに応えるように、シズネの目蓋がピクリと動いた。 気だるげに目蓋が上がり、カラス色の瞳が漠然とナルトを捉える。 「ナルト……君…………」 自分の身に何が起こったのかわからないのだろう。 本能的に何かを探すように彷徨った視線は地に落ち、短い沈黙が訪れた。 ナルトが辛抱強く待っていると、直にその目に力が戻り。 次の瞬間、ナルトとぶつかりそうな勢いで上体を起こした。 「し、しまった!今日……今日は何曜日ですか!?」 そのあまりの勢いに身体を引いたナルトは、素で驚いてしまった。 「げ、月曜だけど」 望み通りの答を返してやったというのに。 まともにナルトの存在を認識したシズネは、虚を衝かれた顔をしてナルトを凝視したまま、 またしても黙り込んでしまう。 そういう反応は止めてほしい。 誰だって、自分の顔が他人様の言葉を失わせてしまうほど変なモノだとは思いたくない。 眉を顰めてしまうのは仕方のないことだ。 「なんだってばよ」 「…………もう、身体は大丈夫なんですか?」 「俺ってば昔から、一晩寝りゃどんな怪我だって大概回復すんだってばよ!」 妙な自信に満ち溢れた『ドベのナルト』の笑みに、その様子を見ていた自来也が苦笑いをす る。 そのくせ呆れているようにも見えるのだから、自来也の心境の複雑さが窺えた。 「この場に及んで、まだソレを続けるのか?」 「『ソレ』…………?」 シズネの鸚鵡返し。 それを聞いたナルトは、ドベの顔から一転。 表情というものを極端に取り払ったような顔をして、悪びれもせずに肩を竦めた。 「あぁ、そーいや必要ねぇか。つい癖で」 「よく言うわい。どうせわざとじゃろうに」 「嘘じゃねぇよ、条件反射。十二年そうやって生きてきたんだ。そう簡単に直る訳ないだろ」 それのどこが悪い、と。 そういった意味合いを含めて一瞥してやれば、ナルトの本来の地位と性格を知る自来也は何 も言えなくなった。 執拗に迫られたとはいえ、四代目が下さざるをえなかった決断と、その息子であるナルトが 一生背負い続けることとなった重責は、並みのモノではない。 あの時は、どちらが欠けていても駄目だった。 その二人の犠牲の上に今の自分がいるのだ、と。 否定ばかりをするばかりをする里人よりは、己の立場を弁えているつもりだから余計だ。 その思考の一端を理解してしまったナルトは短く息を吐き出し、心なしかうんざりと目を伏 せた。 父親譲りの金色の影に、空色の瞳が隠れる。 「そーゆーこと考えて、いちいち土下座しそうな顔すんのは止めろ。俺がそうしろとでも言 ったか?そこは笑って流しとけって」 仮にも『三忍』の自来也を相手に、この砕けきった態度。 焦るよりも何よりもまず、シズネは困惑してしまった。 「…………ナルト君?」 声を掛けられたナルトは、シズネに視線を戻した。 その鮮烈な青と真正面から対峙することになったシズネは、瞬きすることを忘れたかのよう にナルトに見入る。 目の前のナルトは記憶の中にある子供にしか見えなかったが、肉眼で確認することができな い何かが、決定的に違ったのだ。 「ナルト君、ですよね?」 「ここにある事実をそのまま素直に受け入れれば、そんな問いなんて出ませんがね」 口調は皮肉気。 それでいて台詞に意味通りの険などは一切含まれておらず、あくまで穏やかなものだ。 ナルトは屈伸の要領で立ち上がり、不敵に笑う。 「自来也は薬のせいで不調。シズネも起き抜けで、しかもいろいろと思うところもあるだろ うが、時間がないからこうもしてらんねぇ。綱手がカマ蛇野郎に完全に唆される前に行くぞ」 そう言ったナルトからシズネが感じ取ったのは。 十二歳の子供のモノとしてはあまりにも不釣合いな、頂点に立つ者のソレだった。 今は亡き、木の葉の四代目の忘れ形見。 現職の『五代目火影』であるうずまきナルト少年は、実のところ不機嫌の絶頂にいた。 それもそれも、最近特に蛇と人間との境界線が薄れてきた知人のせいである。 先の木の葉崩しで、奴はナルトにとって祖父にも等しい老人を殺した。 その死を痛ましく思う気持ちはあるが、だからといって、別に仇を取ろうなどという安直な 方向に感情は動かない。 巻き添えをくった人間にとっては迷惑なことこの上ない話だが、今までのらりくらりと先送 りにしてきたツケを一気に払うことは、もはや逃れようもない決定事項だったのだ。 木の葉を混乱の渦のド真ん中に放り込むことになろうと、その因縁の師弟対決で木の葉がど れだけの痛手を受けようと、避けることができないのなら準備に手を回す余裕があるうちの 方がいいに決まっている。 だから認めてやったのだ。 自分の目の届く範囲内でなら、と。 その代わり、大蛇丸には『自分が生きている限り、木の葉へは永久的に不可侵とする』とい う条件を提示し、大蛇丸もそれを受け入れたはずだった。 ―――――が、これは明らかに二人の間で交わされた約束に反する。 そんなこんなで。 とうの昔に習得済みである螺旋丸をカブトにお見舞いし、その代償にわざと傷ついた自分に 治療を施してくれた綱手が、大蛇丸に向かって『五代目火影』宣言をした瞬間。 「その言葉、確かに受け取った。撤回は許さないぜ」 先ほどの怪我が嘘のようにその身を起こしたナルトは手の甲で口元の血を拭い、そして大蛇 丸に鋭い眼光を突きつけた。 笑みを讃えたその顔は、すでにドベ時のものではない。 「なぁ、大蛇丸。はっきり言わせてもらうけど、イイ歳した大人が、たかが腕の一本や二本 で元同僚に泣きつくのはどうかと思うぞ?」 とてつもなく辛辣な一言に、綱手に刃を向けていた大蛇丸がその動きを止めた。 しかし、本当に驚いていたのは意外な人間に声を掛けられた大蛇丸ではなく、何も知らない 綱手とカブトだ。 綱手は立ち上がって大きな伸びをしているナルトを仰ぎ見たまま固まり、ナルトの螺旋丸を 受けて深手を負ったカブトもまた、ナルトの豹変ぶりに目を奪われて気の効いた反応を返せ ずにいた。 「お、お前、何を…………」 「…………ナルト君?」 『あ〜汚い』と洩らしながら服に付着した土埃を払ったナルトは、ちらと二人を一瞥し、艶 やかに笑った。 「遅ればせながら挨拶させてもらうぜ。こっちのツラでは初めまして。あらかじめ誤解のな いように言っておくけど、俺は見た通り『うずまきナルト』だから」 爆弾投下後の、あまりにもあっけらかんとしたその名乗りに。 力が入らない足を叱咤して立ち上がったカブトは、眉間の皺を濃くし、眼鏡の奥の目を険し くした。 「…………ナルト君。『こっちのツラ』とかよくわからないけどね、水を差していい状況かそ うでないかぐらい、いくら下忍の君でもわかるだろう?」 「その台詞、そっくりそのままお返しするぜ。たかが『大蛇丸の手駒』風情がこの俺に指図 すんじゃねぇ」 『万年ドベのナルト』なら、絶対に出しはしないだろう声音。 静かで、特に覇気がある訳ではない。 玲瓏とした響きを持つ声には、抗う気力を根こそぎ奪い取るような有無を言わさない力があ った。 そして。 話し方も身に纏う空気も立ち居振る舞いも、何もかもが違うナルトの中で。 唯一変わることのない高い透明度を誇る碧眼が、再び大蛇丸に向けられる。 「…………大蛇丸」 「こんにちは、ナルト君。お互い、思ったよりも早い再会だったわね」 澱みなく言い切ったつもりだろうが、声が擦れている。 あの顔は、どうやってこの追い詰められた状況を打破しようか必死に考えている時の顔だ。 小賢しいことこの上ない。 「俺はしばらく、テメェのツラなんか拝みたくなかったぜ」 「あら心外。私は君の鑑賞にもってこいなその顔が、恋しくて堪らなかったっていうのに。 これでも私、恩人の君には感謝してるのよ?」 その瞬間。 会話をしていた当人達と自来也以外の三人が、その衝撃の告白が意味することを頭に思い浮 かべ、いっせいに顔色を変えた。 それに気付きながらも、ナルトは尚も大蛇丸との会話を止めようとはしない。 「ジジイを殺すことに、まんまと成功したから?」 「そうよ。君が裏で手を回さなければ、きっとあの死に損ないにトドメを刺すことなんてで きやしなかったわ。ありがとう」 「礼を言われても、そもそも俺はテメェの味方でもなんでもねぇよ。俺は、あくまで中立の 立場として、双方に公平な対応をしてまで…………まぁ、結果としてジジイは死んで、お前 も両腕を潰された訳だが?」 「それが最大のネックなのよね。大人しく死んでいけばいいものを、こんな大層な置き土産 まで用意してくれちゃって」 忌々しげに白い顔を歪める大蛇丸を、ナルトは『自業自得』と鼻で笑った。 「なんの代償もなく殺るつもりだったこと自体、都合が良すぎる話だろうよ」 「…………そうかしら?」 「それぐらいで済んだんだから、むしろ運が良かったんじゃねぇの?死んだのがジジイじゃ なくテメェだったとしても、なんらおかしくはなかったからな」 「そして、私が死のうと猿飛先生が死のうと、どうせナルト君は無傷のままなのよね 」 ナルトは口を噤み、黙って大蛇丸を見返した。 それは、けして『怪我をしない』とかそういった単純な意味ではない。 その言葉に込められていたのは、純粋な嫉妬と羨望だ。 「力も若さも―――――私がずっと追い求めているモノを、当たり前のような顔をして持っ ている君が羨ましいわ。ホント、憎らしくて殺しちゃいたいくらいよ」 「俺が羨ましい?嫌味かよ」 「あぁ、そうだったわね。ナルト君にとっては、全然褒め言葉じゃないのよね。九尾の件が なければ人に過ぎた力を持つことも、私なんかに付き纏われることもなかったもの。少なく とも」 自分の発言がいかに危険なものかをわかっていても、大蛇丸は続く言葉を口にした。 「名実共に、里の贄になることもなかった…………」 『九尾の器になることも、憎んでいるはずの里を里長として背負うこともなかった』と。 大蛇丸はそう言いたいらしい。 確かにその通りかもしれないが、今更それを蒸し返されて、果たしてこの状況が劇的に変化 するものだろうか? 「案外、私がしたことは君の精神衛生上良かったんじゃない?どんな気分だったかしら。君 が最も憎む里が簡単に崩れていく様を見るのは!」 「そうだな…………」 思い出すのは、つい先日のこと。 絶えることのない爆音。 まるで生き物のように動く、鎮火しそうにない業火。 誰かの泣き叫ぶ声。 風に乗って流れてくる、強すぎる血の匂い。 灰色の煙が青い空を覆い隠し、昼だというのに薄暗かった。 そして。 我愛羅との一戦を影分身に委ね、その様子を歴代火影の顔岩の上から、無表情で眺めている 自分。 『ざまぁ見ろ、平和ボケしてるからだ』と思ったけれど、それ以上に。 「すっげームカツきマシタヨ?なんで木の葉が俺以外の誰かの手によって滅びるんだって。 何を勘違いしてるのか知らねぇけどな。俺は、自分のテリトリーを荒らされんのが一番嫌い なんだ」 すでに許可を出してしまった後だから、そうは思っていても口出しすることを我慢していた 自分に、それを言いますか? だから今回は、余計に腹立たしいのだ。 ナルトの隠れ蓑として引き入れようとしている綱手にまで、ちょっかいを掛けてきたその 図々しさが。 「あんまり俺を怒らせんなよ。俺は、俺の目的のために邪魔なモノは何がなんでも排除する 主義なんだからな」 『素敵なジャイアニズム精神ね』と感嘆した大蛇丸だったが、ナルトとの会話の雲行きが怪 しくなってきたのを直に感じたのか、口元が引き攣っていた。 「退け。テメェは俺に勝てない」 「わからないわよ?実際にやってみなきゃ」 「へぇ…………やる気?」 さも、おかしそうに。 身構えもしないナルトは、しかし確実に臨戦体勢をとる。 意図して外に洩らした殺気は、眼球に触れるか触れないかの位置に苦無の鋭い切っ先を突き つけたような。 これは一種の凶器だった。 桁が違いすぎるのだ。 大蛇丸は、身震いしながら笑った。 老いたとはいえ、かつて『火影』であった老人をも殺することに成功した自分を追い詰める 絶対的強者の存在を邪魔と思うより先に歓喜し、そして同時に恐れる。 これで十二歳の子供だというのだから、世の中間違っている。 ―――――いや、間違っているのは世の中ではない。 そもそも目の前の子供は、自分を含む木の葉の人間が犯した間違いの集大成ではないか。 「…………止めておくわ。万全の体調じゃないし、そもそも君に勝てるだなんて本気で思ってないもの」 「賢明だな。っつーことで、これ以上の手出しも止めてもらおうか。もしこの忠告を受け入 れなかった場合、五代目に手を出すこと―――――すなわち木の葉への侵略行為と見なし、 個人的に喜んで宣戦布告させてもらうが?」 「私にこのまま惨めな姿でいろって?酷いこと言うのね」 「テメェのことだ。まだ奥の手があるんだろ?出し惜しみして条約を違反するってんなら、 こっちにだって考えがある」 「考え?」 「咽から手が出るほど欲しがってる悲劇の末裔君を、テメェの手が届かないトコに隠すぞ」 「酷い!それこそ条約違反じゃないの!!」 「そーだな。だが、こうでもしねぇとテメェは懲りねぇし?」 大蛇丸にとって、サスケを奪われることは死活問題に大きく関わってくる。 ナルトがそう断言するからには、その行動は徹底していることだろう。 本気になったナルトからサスケを掠め取ることは不可能だし、もとよりナルトを敵に回す気 など毛頭もない。 「…………退けば、見逃してくれるのね?サスケ君のことも」 「くどい」 「じゃあ、退くわ」 迷うだけの時間などなかった。 あっさりと下された決断に、カブトが身を乗り出す。 「大蛇丸様、なぜですか!?あなたの力をもってすれば、いくら九尾を抱えていようと下忍 の子供一人、赤子の手を捻るようなもの―――――ッ」 「黙りなさい、カブト!―――――ごめんなさいね、ナルト君。躾がなってなくて」 別に慣れてるし、と。 澄ました顔をして、ナルトは小さく頷いた。 そして、戦意を失った面々を見回し、二コリと笑う。 「はい、交渉成立。そーゆー訳でこの場はお開きだ。お疲れ様デシター」 「ちょ、ちょっとお待ちよ!一体どういうことか、私達に説明はないのかい!?」 「『私達』って…………あ、説明してなかったか?」 ナルトが肋骨を押さえて立っている自来也に確認するように問うと、自来也は苦々しい顔を してその問いに答えた。 「わしはいつお前が暴露するかと思ってたんじゃが、お前は大蛇丸との会話に没頭しておる し…………かと言って、わしがそこの二人に言い出せるような雰囲気ではなかったじゃろ う?なかなかタイミングが掴めんでな」 「じゃあ、さぞかし混乱しただろうよ。クソ生意気なガキが年長者を脅してる図に」 ナルトは肩を小刻みに震わせ、大笑いをしてしまいそうになるのを堪えた。 細められた双方は明るい光を宿しており、華やかな空気がナルトを包む。 先ほどまでの威圧感が、まるで嘘のようだ。 そんなナルトに、シズネがおずおずと進言する。 「それもそうですけど、五代目の変貌振りが一番の要因だと思います。私だって、いまだに 何がなんだか…………」 五代目? その決定的な単語に、何も知らされていない綱手とカブトは無意識の内に身を硬くした。 『本来ならば綱手に向けられるはずの呼称を、なぜシズネがナルトに向けるのだ』と。 つまるところそういうことなのだが、その事実があまりにも突飛すぎて、二人の思考回路は 完全に切断されていたのだ。 それを見かねた大蛇丸が、自分の部下に釘を刺す。 「カブト、ナルト君は史上最年少の火影なんだから、殺されたくなかったら絶対に粗相する んじゃないわよ」 「「…………は?」」 「そーゆーこと。冗談でも軽々しく口にできる内容じゃねぇが、否定しようにもそれが真実 な訳だし、素直に受け入れてもらう他ねぇな。特に、里人にとっての五代 目になる綱手には」 そう言った子供の笑みは、他の誰よりもドス黒かった。 それからしばらく後。 木の葉の五代目火影として、綱手は里人の前に姿を現すこととなる。 しかし、その裏で何が起こっているのか、知る人物はあまりにも少ない。 END †††††後書き††††† 虚像の里シリーズ、第二弾です。や、やっと書けました、念願の大蛇丸様とカブト!その割 にナルトとたいした遣り取りをしていませんでしたが、きっと小賢しい大蛇丸は大事を避け たいと思っているはずですので、一目置いてくれさえすればそれでもういいです。これから どうなっていくのか、このシリーズは行き当たりばったり的な感じですが、火影ナルトを書 くのは思ったよりも楽しいので、また近いうちに続きを書こうと思います。 でも、書いている最中に思ったんですが―――――これってもしかして、平均年齢が異常に 高い話?
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