「…………んで、坊。俺達を招集したってことは、お許しが出たと思っていいのか?」


恐る恐るといった体で確認を取ってくる刹那に、いまだベッドの住人であるナルトは、大き
なクッションに背を預けたままの体勢で苦笑した。


「なんでそんなビクビクしてんだよ」

「当然です」


何が『当然』なのか。
怒ったかのような声音を返してきた安曇は、それでも気遣わしげな動作でナルトの肩に長袖
の上着を掛ける。
着替えるのに都合が良いよう、本人の体格を考えれば明らかに大きいTシャツを着ているナ
ルトは、病人とは思えないほど薄着であった。
いくらナルト自身が『平気だ』と言ったところで、それをそのまま放置して会話を続けるよ
うな馬鹿は私兵の中にはいないのだ。
その行為を拒否することなく、自らも合わせの部分を引き寄せたナルトは、笑みを絶やさず
に安曇を見る。


「なんで?」

「あなたを失うところだったんです。私達にはあなたしかいないというのに、酷いことに、
あなたは私達からあなた自身を奪おうとした…………それがどれだけ恐ろしかったか、どう
せあなたは知らないでしょう?」

「大真面目な顔でそんなこと言われると、さすがの俺も照れるんだけど…………」

「もう、姫!ふざけないでよね!!僕達ホントに恐かったんだから!!!」

「うん、ごめん。でもちょっと言い訳するとさ、俺も恐かったんだぞ?」


ナルトが感じた『恐さ』と四人が感じた『恐さ』は、似ているようで異なるもの。
故にどちらがより恐かったか、そんなことを比べるつもりは双方まったくないのだ。
あっさりと本音を吐露したナルトの少しだけ乱れた金色の前髪の間から覗く瞳は、明るく澄
み切った青色をしている。
四人は常に緊張状態にあったナルトしか知らなかったものだから、主のその変化に内心で驚
いていた。
この短期間に何があったのか、と。
口に出さずともその意図を正確に察したナルトは、『いろいろあったんだよ』と、穏やかな口
調で話し出した。


「日向にバレちゃったんだ。ネジには怒られるし、ヒナタには泣かれるし、わざわざ見舞い
に来て下さったヒアシ様とアヤメ様には、日向の本邸に強制連行されそうになるし。もーま
いったまいった」

「その割には、妙にすっきりした顔してるよね?」

「ん〜どうなんだろ。すっきりって言うか―――――いや、たぶんそうなんだろうな。『吹っ
切れた』っつーの?悶々と考えてた自分がすっげぇ馬鹿みたいに思えてきて」

「吹っ切れた?」

「ネジとヒナタに、とんでもないお許しを頂いちゃってね。その時はかなり動揺したけど、
望んでもいいんだーって思ったら、気が楽になった。今まで『それは駄目』って自分に言い
聞かせてたから、余計に」


その場合の『お許し』がなんなのか。
日向の子供達とナルトの絆の強さを知り尽くしている四人は、聞き返すということをせずと
もすぐにわかってしまった。
その『望み』というのも、当のナルト本人が自覚するよりもずっと前からわかりきっていた
ことだから、ナルトの言葉を遮るような真似はしない。


「ばーさんの行動を見てさ、俺、わかっちゃったよ。薄々感じてはいたんだけど、まさか本
当にそうだとは思わなかったから怒る気も一瞬で失せちまった」


ナルトは四人の顔を順番に見て、ふっと目を細めた。


「イタチ兄に、俺のこと知らせただろ?」

「「「「…………」」」」


沈黙は肯定に他ならない。
別に今更否定する理由もないし、誤魔化そうとしてもナルトは確信してしまった後だから、
そんなものはただの悪足掻きでしかないのだ。


「…………イタチ兄、なんか言ってた?」


その問には、残留組だった伊吹と鴇は答えることができない。
できるのは、実際にイタチと接触した安曇と刹那だけだ。


「いえ、特には。ただ、『そうか』と。その一言が返ってきただけですが…………」

「そっか。イタチ兄らしいな」


何もない空間を、まるでそこに話題の人物がいるかのように愛しげに見詰めたナルトは。
それ以降しばらく黙り込んだが、やがてゆっくりと口を開いた。


「この前の任務で、カカシの奴と鉢合わせしてさ」


その名に大きな反応を返したのは安曇だ。


「カカシ先輩と?」

「そ。そん時さぁ、たまたまあの指輪持ってたんだけど、ドジってなくしちまったの。ネガ
ティブ思考にどっぷり浸かってて諦めてたらさ、なんとカカシがソレ拾ってやんの。んで、
『ナルトが【仕方ない】から諦めて【もう探さない】って言うなら、これを俺が持っていて
も全然問題ない訳だよね?』とかなんとか言って持ってかれちゃって…………実はそのまま
返してもらってないんだよね」


安曇は、一応『先輩』であるカカシがしでかしてくれた最低最悪な行為に、衝撃のあまり固
まってしまった。


「ちょ、ちょっと待って!指輪って、姫がアイツから貰ったあの指輪でしょ?」

「うん」


ナルトの肯定に、刹那と鴇が『げっ』とでも言いたげな顔をした。


「うわ、やっぱあれってそうだったのか?」


その驚きの声に、ナルトも驚いてしまう。
てっきり話したものだとばかり思っていたから。


「あれ、刹那と鴇は知らなかったんだっけ?」

「なんとなくわかってはいたけどな」

「ふ〜ん…………って、安曇。お前のせいじゃないんだから、そんな今にも自殺しそうな顔
すんなよ」


努めて明るく、なんでもないことのように。
本当はなんでもなくはないのだけれど、一番の被害者だと言えるナルトがこんなにも気安く
話すことができるようになった、その見事なまでの心境変化は褒めてほしいくらい。


「お前達を呼んだのは、別にお許しを出すのだけが目的じゃなくてだな。その件で用があっ
たんだよ」

「用?なぁに、なんでも言って」

「指輪を取り返したいから、俺を人生いろいろに連れてってほしいんだ」


『連いて来てほしい』ならまだしも、『連れて行ってほしい』。
その台詞の異常さに気付いた四人は、どういうことかとナルトを見返す。
ナルトは笑った。






「一時的なもんだとは思うけど、足が動かなくなっちまったんだよね」












金色の願い事
上忍詰め所、人生いろいろ。 任務に就いていない上忍が待機するそこで、今、ちょっとした騒ぎが起こっていた。 「えぇ!!ナルト今、下忍の任務に出てないの!?」 「アンコ、声がデカイぞ」 「おっと、危ない危ない…………でも、それって確かな情報なの?」 声を潜めてはいるが早口で捲くし立てるアンコに、楊枝を咥えた男―――――不知火ゲンマ が大きく頷いた。 「らしいぞ。そうっスよね?山中上忍」 「あぁ、そうだよ。うちはの小倅の一件で、七班の担当だったはたけカカシが表向き謹慎中 だろう?そのせいで合同任務になることが多いらしくてな―――――どうも来ていないよう なんだ。いつもなら、本体でなくても影分身を置いていくはずなのに、それすらもな。ウチ の娘なんか荒れちゃって大変なんだぞー?奈良のトコのシカマル君はなんて言ってるんだ い?」 「ウチの糞ガキも同じようなこと言ってるぜ?あとこれは御本人から直接聞いた話なんだが な、ナルトの奴が下忍の任務に出てないっつーことは、綱手様公認なんだと」 「五代目の!?」 「それは私も知らなかったなぁ…………」 「やだ、本当にどうしちゃったのよナルトはっ」 思案顔の山中が、ふと何かを思い出したかのように口を開く。 「…………覚えてるかい?」 「あ?」 「少し前、ナルトの周りが騒がしかった時期があっただろう?九尾狙いの砂の暗部が攻めて 来たり、妙な噂が立って長老衆の栄様が失脚になったり―――――それらと何か関係がある と思うかい?」 「さぁな。確かに最近騒がしかったが、一概にそうだとは言えねぇんじゃねぇか?」 「…………でも、騒がしくなり始めたのはあの時からっスよね?うちはイタチが、ナルトを 勧誘しに戻ってきた時」 「何が言いたいのよ?」 「いや、うちはイタチはナルトの教育係だっただろ?だから、なんつーか…………何もかも どうでもよくなっちまったんじゃねぇかって」 「ちょっと、ゲンマ!縁起でもないこと言わないでよね!!」 「シッ!」 突然『静かにしろ』というジェスチャーをした山中を見て、アンコは即座に口を噤んだ。 それが意味することは一つ。 この詰め所に、素のナルトを知らない人間が来たということだ。 忍らしく足音を消して―――――しかし、任務中ではないため気配を消さずに入ってきたの は、下忍第十班担当の猿飛アスマ、下忍第八班担当の夕日紅だった。 一言で表現すると『熊と美女』の二人組には、今の会話自体は聞こえてはいない。 「どうしたのよ、アンコ。なんか興奮してるみたいだけど」 「聞いてよ、紅!ゲンマの奴、変なこと言うのよ!?」 「はいはい。ゲンマ、アンコの性格わかってるでしょ?今度は何言ったのよ?」 「別にたいしたことじゃないっスよ。コイツもともと気が立ってたんで、単に俺に当たって るだけっスから」 「なんですって!?」 「みたらし、落ち着けー。夕日も猿飛も、今日はどうしたよ?非番だったんじゃねぇのか?」 奈良の問いに、紅が緩く波打つ黒髪を耳に掛けながら答えた。 「上忍任務は、ですよ。下忍任務はありましたから、報告がてら寄ってみたんです」 会話を邪魔された形となる四人はそれぞれ違う反応を見せたが、腹の底で思っていることは 共通していた。 用がないなら寄るな、特に今は。 そんな内なる声を知るはずもないアスマが、『それにしても、今日はいつもより少ねぇな』と 言いながら室内を見回す。 確かに、今日は待機している人間は少ないほうだ。 だが、それもおかしなことではない。 「仕方ねぇよ、今ばっかりは。里の立て直しも兼ねた大事な時期だし」 「労働基準法が無視されまくったって、里自体が潰れたら元も子もないからね」 『うんうん』と頷きあう親父二人に、アスマはシニカルに笑いながら『同感です』と返す。 なんとか違和感なく体裁を整えることに成功した面々であったが。 次の瞬間、足音はおろか気配さえも消して入室してきた一団に、あんぐりと口を開けること となる。 「ちーっす」 さも当然のような顔をした金髪碧眼の美少年が、精悍な顔立ちの黒髪短髪の青年に横抱きに され、片手を上げて挨拶をしてきたのだ。 黒いTシャツの上にいつものジャケットを着込んだ彼は、薄めの柔らかい毛布に包まれ、仮 面ではない方の笑い方でニコニコと笑っていた。 先ほどまで話題になっていた『うずまきナルト』少年、その人である。 ナルトを守るように周りを囲むのは、言うまでもなく零班のメンバーだ。 ただし、暗部服も着ていなければ暗部面さえも付けていない。 暗部が素顔を晒け出しているというのに平然としていられる、その神経の図太さときたら。 始めニコニコと笑っていたナルトは目的の人物を見つけることができず、ちょこんと首を傾 げてしまった。 そしてついに、ナルトの意識が呆然としている内の一人へ向けられる。 「奈良ーカカシの野郎は?」 「え?あ、あぁ、はたけカカシなら今日も任務が入ってるらしいが…………」 「マジで?どーしよ」 「待ちます?しかし、お身体の方が辛くはありませんか?」 「いや、今日は足以外なら問題ない。気分は良い方だし、平気だとは思う」 「本当?姫の『平気』とか『大丈夫』は、もう信用しないことにしてるんだけど」 「今度ばかりは本当。ただちょっと寒いかも」 紺色の髪に褐色の肌を持つ異国の青年が、すかさずナルトに特大ホッカイロを手渡した。 両手の中の熱に、ナルトは破顔する。 「ありがと、鴇。気が利くなぁ、偉い偉い」 甘やかし放題の構い放題。 どこからどう見ても『ご主人様に尽くしている下僕』にしか見えない青年達を知るのは、今 のところこの場にいる人間の中では山中に奈良、ゲンマとアンコの四人だけだ。 だが、目の前のこの光景を信じることができず、自然と瞬きの回数は多くなる。 一体全体どうしたことか。 これはなんだ、夢かはたまた幻か。 自分達だけならともかく、紅とアスマが同席しているということはわかりきっていただろう に。 なぜ、わざと誤魔化しが利かない状況を作ってくれるのだ? 「…………うずまき?」 大きく目を見開いた紅の呟きに、ナルトは『今初めて気が付きました』とでもいうような顔 をした。 その表情に険しさは一切ない。 「ドーモこんにちは、紅上忍。ウチのヒナタがお世話になってマス」 「『ウチのヒナタ』って、何を言って―――――いや。それよりも、なんでお前がここに」 「そうだぞ、うずまき。ここは下忍が来るような場所じゃねぇんだぞ?」 アスマの台詞は、身の程を弁えていない下忍を戒める上忍としては当然のものだが、真実を 知る人間にはとてつもなく危険なものに思えてならなかった。 『そうなんだってばー?』と返すナルトは白々しさを感じさせるものの、それでも、危惧し たような攻撃態勢をとってはいない。 ゲンマが激しくドモりながら、ナルトに声を掛ける。 「ナ、ナナナナ、ナルト…………?」 「そのマヌケな響きがスッゲェ不愉快なんだけど…………何」 「ど、どうしたっていうんだよ?お前がこんなトコに来るなんて」 アスマとは正反対の意味での問い掛けに。 ナルトは強い眼光を放つ瞳をゲンマに向け、少しだけ呆れたような口調で言った。 「話聞いてなかったのかよ?カカシに用があんの。ここで待たせてもらうけど、いいだろ? 今外に追い出されたら、他の暗部連中と日向の皆さんに捕まっちまうんだ」 『捕まる』ってことは、追われている? それこそまさに、なんでまた。 普段から、ナルトは次から次へと突飛な行動を起こしていたが、今回はその中でも更に奇抜 と思えるような行動に、混乱させられるばかりである。 はたけカカシに用があるらしいが、その真意が一体どの辺りにあるのか見当もつかない。 「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや―――――お前等 皆、そんな顔してるぜ?」 「あぁ?なんだよ、ソレ」 「勉強不足。奈良だったらわかるよな?」 「陳渉(ちんしょう)の言葉だろ?器の小さい人間にゃ、大きい人間の考えてることはわか んねぇっていう…………んな顔してたか?」 「そのまんま」 「憎たらしいガキだなぁ、おい」 言外に『自分は大物だ』と。 公言しているも同然の台詞だったが、それを否定するような輩は誰一人としていなかった。 それは、ナルトがその主張通り『大物』なのかもしれないし、ただ単に自惚れた子供を相手 するのが面倒だったのかもしれないが、少なくとも、ナルトが生まれた瞬間から背負わされ てきた重責は、ナルトを『大物』と言わしめるのになんの違和感もなかったのだ。 そんな中。 また別の意味で違和感を感じていたのは、二人。 あからさまではないものの、それでも不信感を露わにした目をして、爪弾きにされていたと 言っても過言ではない男女がナルトを見る。 その金色の子供は、外見も声も彼等の記憶の中にあるものと一致する。 馬鹿笑いなどしょっちゅうで子供子供していた顔は、今は随分と大人びて、はっとするほど 綺麗な表情を覗かせるが同じもので。 声だって、普段の彼がもっと落ち着いて感情を抑え込んだらちょうどこんな感じ。 それなのに、目に見えない何かが違う。 口調だとか立居振舞だとか、そんな上辺だけのものではなく。 それこそ、持ち得ている魂や一個人としての在り方が、決定的に違うのだ。 紅やアスマが知っていた『うずまきナルト』は、それこそ強烈な個性の持ち主だったけれど、 今考えてみれば存在自体は希薄だった。 『うずまきナルト』を『うずまきナルト』と証明するだけの要素が、どこか欠けていたのだ。 だが、下忍の『うずまきナルト』にはなくて、一生をかけてもおそらく得ることができない だろうと思われるものが、目の前の少年にはある。 常に他を圧倒する絶対的な存在感に、眩暈がしそうだ。 「アンタ、一体…………本当にうずまきかい?」 紅に声を掛けられたナルトは、凄然と微笑んだ。 「この俺以外に『うずまきナルト』がいるなら、是非ともお目に掛かりたいものデスが?」 「だけど、あまりにも違うわ。だってうずまきは」 「何をしてもてんで駄目な、アカデミー始まって以来の出来損ない。ドベでマヌケで、それ でも明るく真っ直ぐで、夢は火影で?ありえねぇな」 『本当にそうだったら、むしろソッチの方がホラーだろう』と。 最上級の笑顔に、下忍のナルトでは考えられないような皮肉げな口調を加えて。 「九尾の器やってて、マトモに育つとお思いデスか?甘っちょろい考えは、この際潔く捨て ましょーよ」 しかし、前々からこんなナルトに触れていた人間は知っていた。 わざと煽るように真実を語る金色の子供が、里の誰よりもマトモで、里の何よりもキレイな 生き物だということを。 ナルトが自らバラさなければ、確実に一生知らないまま過ごしていたであろう上忍二人は。 待ち受けていた衝撃に、言葉と共に顔色を失った。 アスマに至っては火がついたままの煙草を落として床に焦げ目を作ってしまうが、残念なが らそんな余裕は持ち合わせていないため、それさえも気付かない。 一体彼等が何を考えているのか。 ナルトにとって、それを想像することはあまりにも容易かった。 イノやシカマルといった、『九尾』といった化け物を漠然としか捉えることができない子供な らまだしも、彼等はその恐ろしさを身をもって体験した『大人』である。 忍ではあるがただの子供であるはずの『九尾の器が』が、実はそうではなかったという事実 から危険性を察知したとしても、別段おかしなことではないのだ。 「…………御子、そのような雑談をしている場合ではないかもしれませんよ?」 信頼しきっている部下の進言に、ナルトは興味をなくしたように二人から視線を外した。 「わかってる。見付かっちまったみたいだな」 「見付かったって…………もしかして、さっきの」 山中が最後まで言い終える前に、室内に複数の黒い影が現れた。 中忍以上に支給されるベストではなく、ある限られた人間しか着用を許されていない独特な デザインのベスト。 手先から二の腕までを覆う篭手の上にあるのは、炎を象った刺青。 それに何より、彼等が当然のように被っている動物を模した白塗りの面は。 間違いなく、暗部の証であった。 彼等の一人が膝を折ると、招かれざる来訪者は全員それに倣う。 「総隊長、お戻り下さい」 暗部がナルトのことを『総隊長』と呼ぶ異常さに、過剰なまでの反応をした二人がいたこと に気付いたが、ナルトはそれを無視し、帰還を要求するその暗部を冷ややかな目で見下ろし た。 「理由を」 「火影様の御指示です」 「拒否する。なんで今はの際の行動まで制限されなきゃならねぇんだ。それと、俺を『総隊 長』と呼ぶな。俺はお前等の上司になった覚えは一度もない」 「しかし、零班といえば暗部の柱―――――その隊長ともあれば、すなわち暗部全体の総括 者かと思われますが」 「…………正気の沙汰とは思えねぇな。第参班の隊長殿ともあろう人物が、なぜそんな戯言 を?」 「近い未来、見事に散ろうとしている美しき桜を前にして、どうしてそれを無下にできまし ょう」 『散る』という単語に、伊吹が牙を剥いた。 「それ以上の暴言を吐くなら、僕達が黙ってないよ」 「失礼、伊吹さん。年長者にこう申し上げるのは気が引けるのですが、私はあなたと会話し ているつもりはありません」 「…………本気?」 「伊吹さんだけでなく、総隊長殿の飼い犬は皆有能だと心得ております。そうでなければ、 こんな台詞を言えるはずがないでしょう。…………あぁ、そうですね。今思いついたのです が、あなた方という壁を突破すれば、総隊長は私共の願いを聞き入れて下さるでしょうか?」 『桜は大切に扱うべきです。最後の時まで一枚でも多くの花弁を残しておけば、その散り際 は、それはそれは素晴らしいものでしょうから』 まるで夢を語るような口調に、純粋な好意など、どこにも含まれてはいない。 好意と悪意が紙一重。 その言動にキレたのは、当のナルトではなく主に全てを捧げた私兵達の方だった。 「へぇ〜僕達に勝つつもり?随分と偉くなったものだね、妄想癖の激しい三番隊の隊長さん は。ねぇ、姫。この礼儀知らずな糞ガキ、五代目の遣いみたいだけど叩いてもいいよね?」 「待ちなさい、伊吹。私も手伝います。御子、参加させて頂いても?」 「あー坊、非常に言い難いんだけど、俺もちょっくら行ってきてぇんだ。ここまできたら、 坊が連れ戻させるのをみすみす傍観してらんねぇし」 三人の部下の申し出に、言っても聞かないという気配を肌で感じ取ったナルトは、小さく溜 息をついた。 「…………アイツとの話が終わるまでの時間稼ぎ程度にしとけ」 「わぁ、さすが姫!太っ腹ぁ☆」 「心底嬉しそうだな、伊吹…………鴇、お前はどうする?」 刹那の肩越しに鴇を見ると、鴇ははっきりと首を左右に振った。 動いた唇が語ったのは、『自分が隊長の側を離れたら、誰が隊長に付いているんだ』という内 容。 意外だったが、そうでもない返答に。 ナルトは『そうか』とだけ頷き、鴇の向かって両手を差し出した。 その意図を悟った刹那と鴇はナルトの移動を手伝う。 足に不都合を抱えているとは思えない、澱みない動作で鴇の腕の中に落ち着くと、ナルトは 三人に『行くなら行け』というジェスチャーをした。 それを合図に、ナルトを囲んでいた青年三人と暗部第参班の面々が同時に消える。 その場に残された人間は、内部派閥の対立とその実状を知ることになったのよりも、その会 話の内容に驚かずにはいられなかった。 いや、もはや『驚く』などというレベルの話ではないのだ。 「ナルト、今の話って…………」 認めたくはない現実を眼前に突き付けられたかのような顔をしたアンコが洩らした言葉に、 ナルトはへらりと笑って逆に問い返した。 「さぁ、なんだろうな?」 「誤魔化さないでよ!暗部や日向が血眼になって探すほどの何が、アンタにあったっていう の!?『桜が散る』って、それってまるで」 「俺が死ぬみたい?」 可笑しくはない話なのに、さも可笑しそうに。 「勝手に殺すなよ、この俺を」 「じゃあ、その乙女な体勢はなんだってんだ?」 「こーゆー気分だったの」 「嘘つけ!!」 「もちろん嘘。ちょっと体調崩してな、情けないことに動けなくなっちまったんだ。隔離っ つーか、半監禁生活送ってたんだけど、抜け出してきた。それだけだ」 「それが嘘だって俺は言ってんだよ!!」 ゲンマの怒声もどこ吹く風。 鴇の腕の中のナルトは、『なんでもないよ』という顔をした。 「本当だって。俺が今言ったことはそのまま事実だし、脚色なんかもしてねぇよ。………… ま、ちょっと言葉が足りないかもだけど」 その足りない言葉の方を聞きたがっているのだ、と。 ナルトは知ってはいたけれど、あえて口にしないでおいた。 「お前等が俺の心配をしてくれてんのはわかる。それでアイツ等を悲しませたばっかりだか ら、今の俺がどーゆーことをしてるかってのも、当然わかってる。だけど、それをお前等が 俺から言わせんの?」 そう言えば誰も自分を追及することができないと知っていてこんなことを言うのだから、自 分は卑怯だと思う。 しかし、ナルトはもう隠そうとは思わないし、知られることを阻止しようとも思わない。 知りたいのなら知ればいい。 ただ、自分にはまだやり残したことがあるから。 したくもない『不幸自慢』で、わずかしか時間が残されていない中、手を煩わせてほしくな いだけなのだ。 だが、それではあまりにも無責任すぎるから。 「綱手のばーさんの方が俺の現状には詳しいぜ。『俺から聞いた』って言えば説明してくれる と思うから、できればソッチに行ってくれ。そこのお二人さんも」 やけに力が込もった目をアスマと紅に向ければ、二人が同時に息を飲んだ。 その表情は硬く、極度の緊張からか額には汗が浮いているように見える。 ナルトにしてみれば、そんなことはどうでもいいことだが。 「もし聞きたければご一緒にどうぞ?まぁ、それも…………悪戯に触れ回らなければの話で すがね」 ナルトの言葉に対し、紅が何か言おうと口を開いた。 その時。 「なぁんか外が騒がしいと思ったら、ナルトが来てたんだ〜☆」 場違いなほどに間の抜けた声がしてそこにいた皆がその声の方向に視線をずらすと。 暗部服から規定の忍装束に着替えた銀髪覆面の怪しげな男が、機嫌が良さそうに始終にこや かに笑いながら、ナルトの真後ろに立っていた。 その男―――――ビンゴブックに載るほどの凄腕の忍として有名な『写輪眼のカカシ』は、 表向きのナルトが属している班の担当上忍であり、ナルトと同班のうちはの末裔が起こした 不祥事の責任を負い、現在謹慎中の身の上だ。 無謀とも思える行為で素のナルトを暴いたカカシは、それ以降ナルトにストーカーのように 付き纏い、つい先日も、ナルトと一戦交えたばかりだった。 ナルトにとってのカカシは鬼門も同然だが、カカシにとってのナルトは、どんな形でも構っ てもらいさえすればそれだけで至上の喜びを与えてくれる子供で。 恩師の息子だからではなく、自分が受け持つ生徒だからではなく、そんな関係でなくても常 に接していたい人間だったのだ。 故に自然と、異国の青年の肩越しにちらつく金色に胸が躍る。 「どうしたの?ナルトがここに堂々と来るなんて今までなかったじゃない」 「…………ようやく来たか。そんなに任務に手間取ったのかよ。腕が落ちたんじゃねぇか?」 「えー何々?その言いようだと、まるで俺を待ってたみたいに聞こえるんだけど!?」 「待っててやったんだよ。この俺が、わざわざ、テメェなんかをな」 「うーわぁー///なんかすっごい愛を感じちゃうよ、俺」 「安心しろ。テメェと俺の間に愛が芽生えることは絶対ありえねぇから」 「うわ、酷っ!そこまで完璧に否定しなくたってさ〜…………」 「あーもう鬱陶しい男だな!『のの字』を書くな『のの字』を!!」 「それに俺の知らない男に抱かれちゃってさ〜羨まし―――――いやいや、そんなことはど うだっていいよね。そもそもソイツ誰なのよ。まだお目に掛かってないよ、俺。刹那?鴇?」 ナルトを抱く鴇の顔が歪む。 「…………鴇は、テメェに呼び捨てにされたくないみたいだぜ?」 「あ、鴇の方?」 「カ、カカシ…………」 カカシが現れた時にはどこかホッとしていたのに、今は困惑と戸惑いのあまり消え入りそう な声を発したのは。 今日初めて素のナルトに触れることとなった、カカシの同僚だった。 「あっれ〜なんでアスマと紅がここにいるの?」 「暇だったからよ。それよりアンタ、か、彼と面識があったの…………?」 「そうだよ?知ったのはつい最近のことだけどね〜」 「お前、なんとも思わないのか!?」 「思わないよ。その前にパズルのピースが合っちゃったんだもん。そんなこと言うってこと は、二人は何か思うところがある訳だ?」 「カカシ、余計なことを言うな。人にはそれぞれ考え方ってもんがある。動じなかったテメ ェの方が逆に異常なんだ」 「でもさ〜」 「そんなことより、カカシ。ちょっと面貸せ。話がある」 台詞の最後の部分を耳にしたとたん。 せっかく良い顔の造りをしているというのに情けないほど相好を崩していたカカシが、急に 真剣な目をしてナルトを見詰めた。 抜けるような青さを誇る双方は、何かしらの決意を秘めて強い光を放っている。 前回のように不安と悲しみの色に染まる瞳も悪くはなかったが、『やはりナルトはこうでなく ては』とマスクの下で笑みを浮かべた。 ナルトが『何について話をしたいのか』、カカシは言われるまでもなく承知している。 自分でそう仕向けたこと―――――むしろ、この時を待ち望んでさえいたのだ。 「ナルトのお誘いなら喜んで」 「じゃあ行くぞ」 「どこへ?」 「さてな、とりあえず場所を変える。ここは外も中も騒々しくて、落ち着いて話もできやし ねぇからな」 カカシと自分を抱く鴇を促し、その場を離れようとしたナルトに、複数の声が掛かった。 紅とアスマ以外の四人だ。 いろいろな感情が分離不可能なほど混ざり合っている声を聞き、ナルトはネジやヒナタと過 ごしたあの夜のことが思い出されたが。 少しだけ痛くなった胸を、心臓の筋肉が引き攣っただけだと誤魔化して。 ふんわり、と。 淡く笑んで見せた。 「悪いな、また今度」 『また今度』が、あればいいのだけれど。 あくまで自分のことを『抱えている』と主張し続けた鴇に、ナルトは首を縦には振ることは なかった。 歩くことはおろか立つこともできない状況であったから仕方なかったが、目的の人物が来た 今、話している最中ずっとその体勢でいるつもりは、まったくなかったのだ。 鴇はナルトの指示により躊躇いながらも隠形し、目で確認できる限りでは、そこにいるのは ナルトとカカシの二人きりだった。 非常口がある階段の踊り場。 緑色の弱々しい光でも貴重な光源となっているそこに窓はなく、濃い闇が広範囲に蔓延って いたが、そんな中でも金と銀という二人の髪色は、まるで自ら発光しているように浮き立っ ている。 銀色よりも上の目線にある階段に腰を下ろしたナルトは、真横の手摺りに上半身を預けた状 態で先ほどと同じように毛布に包まっていた。 床がコンクリートともなると、それだけで防寒対策は万全とは言えない。 今のナルトが長居をすれば身体に負担が掛かることは、わざわざ口に出さずとも容易に想像 することができた。 「思ったより元気そうだね。安心したよ、俺」 コレのどこをどう見たら『元気』なのか、と。 何も知らない赤の他人が聞いたらそう思うだろうが、不本意ながら昏睡状態に陥った身であ るから、ナルトにしてみれば心当たりがありすぎてなんとも言えない。 事実、床に臥せっていた頃に比べたら、外出ができる程度には元気なのだ。 「オカゲサマデ。あの後、ばーさんに張り倒されたぜ。告げ口してくれてアリガトよ」 「え〜自業自得でショ?それにナルトだって『好きにしろ』って言ったじゃない。むしろ、 被害に遭ったのは俺の方よ?」 「なんで」 「『ナルトを置き去りにした』って、殺されそうになったんだから。あんまりだよね、ナルト が拒否したっていうのにさぁ!」 「その割にはピンピンしてんのな。俺のせいにされても、無傷なんじゃ説得力皆無だよなぁ」 控えめの嘲笑。 カカシの方も自分で言った台詞に自分で笑い、露出した右目をわずかに細めた。 「それで、話って?」 「指輪返せ」 あまりにも単刀直入すぎる言葉に、カカシがまた笑う。 「いらないんじゃなかったの?」 「誰も『いらない』だなんて言ってねぇし」 「同じことデショ?だって諦めたんだもん」 「…………あの時はな」 確かに、あの時はそうだったと思う。 正気ではあったが冷静さを欠いていて、自分一人では戻ることができない底無し沼のような 思考のドツボに、ずぶずぶと沈んでいた。 それまでだってそう。 余命を知らされて、開き直ったつもりでいた。 そのくせ中途半端なことしか言えず、また中途半端なことしかできず、身の回りの整理とい う名目で身体を動かして、そうすることで何も考えないように努めていたのだ。 だが、今は違う。 ナルトは毛布に顔の下半分を埋め、今はカカシの手の中にある指輪を思い浮かべた。 「ホントは、その指輪キライだったんだ」 「キライ?大切な物なんじゃないの?」 「そう思えるようになったのは最近で、昔からそうだった訳じゃねぇよ」 「なんでまた」 「身代わりだったから」 別れの時に貰った指輪。 お揃いのソレは、『必ず迎えに来る』というイタチの一方的な誓いの証であり、免罪符にも似 たイタチの気休めであり、姿を変えたイタチ本人だ。 何度捨ててやろうと思ったか。 しかし、なんだかんだ言って結局捨てる気にはなれず、イタチがいなくなってからの数年間、 ずっと持ち続けてきたのだ。 でも、本当はそれだけ。 「―――――イタチ兄が好きなんだぁ…………」 『イタチ』という名に、カカシはなんとも言えない反応を示した。 四分の三以上隠された顔が、予想通りだとでも言いたげに歪められる。 それに気付いているのかいないのか、それともカカシがどんな反応をしようがなんとも思わ ないのか。 ナルトは静かに目を伏せた。 出会った頃の二人は対等と言える関係ではなかったが、歳の差があっても思考はどこか似通 っていて、そうなるまでにさして時間はかからなかった。 日向と引き合わされ、自分を取り巻く世界が変わって。 醜いだけだと思っていたそこには、綺麗な部分もほんの少しはあるのだと知った。 ナルトの忍としての能力を伸ばす手伝いをしてくれたのもイタチで、ナルトの側にずっと付 いていてくれたのもイタチだった。 ナルトにとっては、イタチが世界そのものだったのだ。 それなのに、イタチはナルトの前から姿を消した。 馬鹿みたいに泣いて、幼馴染や安曇や伊吹の手を散々焼かせた。 そうして、最近になって突然来訪した理由が例のごとくアレ。 何を勝手なことを、と。 憤りは感じたけれど、その本心は。 「迎えに来てくれて嬉しかった。約束通り、また会えて嬉しかったんだ」 カカシは苦々しい顔をした。 「…………もしかして俺、惚気聞かされてるのかなぁ?」 「そう聞こえなかったか?」 『もしかして』も何も、事実そう言ったのだ。 自分にだけ笑ってくれた。 頭を撫でるのも、抱き上げるのも。 手を繋ぐのも、目線をわざわざ合わせてくれるのもナルトだけだ。 歩調は合わせてくれないけれど、自分の足で歩いていて遅れたら、ちゃんと待っていてくれ た。 放任主義のくせに過保護で、寡黙かと思えばその内面は随分と過激な男で、どこか思考はブ ッ飛んではいたけれど。 「やっぱ好きだから、アイツと完全に離れるなんて考えらんねぇの」 「…………ナルトも充分ブッ飛んだ性格してるよねぇ。だって普通、里抜けした重罪人のこ とを軽々しく口にする?」 「『うちは』がなんだってんだ。イタチ兄が一族を惨殺しようがしまいが、そんなことこの際 どうだっていい。イタチ兄以上に重きを置くもんなんて、今のトコ思いつかない。この考え 方がテメェの言う通り『ブッ飛んでる』っていうなら、それもそれでいいぜ」 「うわー何ソレ?いきなり新境地に到達しちゃたりなんかしてさ!俺にはナルトの台詞、『イ タチ以外、何もいらない』って言ってるみたいに聞こえるんだけど」 「いらなくはねぇよ。俺は欲張りだから、できることならたくさん欲しいし。だけど、俺の 手はこんな小さくて、本当に欲しいと思ったモノでさえ抱えきれずにいるから…………」 ナルトは自分の両手を見詰めた。 本当に、呆れるほど小さくて頼りない手だ。 これで望むモノ全てを抱えるなんてこと、できるはずがない。 「―――――例えば明日死ぬとしてだな。残された『一日』っていう時間をイタチの側で過 ごせたら、それだけで俺は幸せなんだと思う」 「…………うわぁ、なんて憎らしい台詞吐くんだろうね、この子は」 『そんな殺し文句を言わせているのが、俺以外の男だなんて!』と。 不快そうに顔を顰めるカカシに、ナルトはホッカイロを投げ付けた。 「喧しい。大体、テメェなんか初めから眼中にねぇんだよ」 それを片手で受け止めたカカシは、ホッカイロを持ったまま落胆のあまり肩を落とす。 もともと猫背であるため余計に不憫に思えるが、ナルトが同情するはずもない。 「こんなはずじゃなかったのになぁ〜…………俺としてはさ、約束が欲しかったんだよ。こ の里で―――――と言うよりは俺の手が届く場所でさ、なんとしてでも『生きる』って」 「呆れた。お前、人質取ってまでそんな約束させたかったのか」 「そうなの。でも、やっぱりこの里はナルトに優しくないし、ナルトもなんか体力的にキツ イみたいだし…………俺、無理言ってたのかな〜?」 ナルトは肩を竦めた。 「さぁ?」 「ナルトってば相変わらず冷たいんだね。俺、いい加減泣いちゃうかも」 「勝手に泣いてろ。俺の迷惑にならないトコで」 「でも好き」 「…………あ?」 「強いのに弱くて、言葉使い最悪なのに綺麗で、そんな矛盾だらけのナルトが好きだよ」 「ふ〜ん…………」 「素っ気なくて容赦なくて、性格キツくても、本当はすごく優しいナルトが好き」 「あっそ」 「好きだからね」 「…………耳タコだし」 人の―――――特に『大人』の好意に臆病なナルトが零した、小さな小さな笑み。 その告白に対する返事がたとえ良いものでなくても、それだけで報われてしまうのだ。 「あ〜もう、なんでナルトはこういう時ばっかそんな可愛い顔するかなぁ」 「うるさいぞショタ野郎」 「失礼な、ナルトだけだよ。俺はガキには興味ないの」 「できるなら俺からも興味なくしてくれ。それより指輪」 ずいっと突き出された手を見て、カカシは片手で乱暴に頭を掻いた。 「はいはい。わかった、わかりました!返しますよ。返せばいいんデショ!?」 『あー返したくない』とぼやきながら、実はいつナルトが訪ねて来てもいいように持ち歩い ていた小さな指輪をナルトの白い手の中に落とす。 暗がりにいるためルビーの色は黒く見えるが、それは前とまったく変わらない。 宝物を両手で包み込むように指輪を握ったナルトは、どこか安心したように表情を和らげる。 影の中の鴇に向かって『返ってきたぞ』と、それはそれは嬉しそうな声で報告。 歳相応の子供らしい様子に、顕現した鴇もまた嬉しそうに笑う。 だが、そこでナルトは緊張の糸が切れたかのように、突然後方へと傾いた。 「ナルト!」 ナルトの背中が硬く冷たいコンクリートの踊り場にぶつかる前に、カカシよりも早く、腕を 回した鴇がそれを阻止する。 数秒焦点が合っていなかった青い目に、徐々に力が戻っていく。 ナルトは大きな瞬きを繰り返し、片手で頭を押さえた。 「―――――あ〜今一瞬だけ意識飛んだわ。ヤバッ…………」 思ったよりも平気そうな様子に、カカシがほっとする。 しかし、カカシとは違い険しい顔をしたままの鴇がナルトの隣りに片膝をつき、音にならな い声で何事か囁くと。 それを聞いたナルトは、少し考えてから頷いた。 「ん、そうする。もう目的は果たしたし、そろそろ戻っとかないと収拾つかなくなるだろう しな」 「…………行くの?」 「頃合いだから。鴇」 名を呼ばれた鴇は心得たようにナルトを抱き上げ、体調が芳しくないナルトが、わざわざこ こまで足を運ばざるをえなかったという、その原因を作った男にキツイ眼差しを送る。 非友好的に視線を合わせた二人の男。 それに構わず、ナルトは鴇の腕の中からカカシに声を掛けた。 「カカシ、一つ聞いていいか?」 「何?」 「物欲なんてあんまなさそうなお前が、なんであの夜、この指輪拾ったんだ」 「なんとなく」 「…………そうなのか?」 「うん。なんとなく、ナルトの顔が頭に浮かんだから」 それを聞き。 無表情だったナルトは、口元に鮮やかな笑みを刻んだ。 「変なの」 「『第六感の男』と言って」 「『第六感の男』?すげぇな、お前。なんか更に変態に磨きかかってねぇ?」 「ホントに酷いね、ナルト…………」 「でも、ありがとな」 「…………え?」 そんな殊勝な言葉を貰えるとは思っていなかったカカシは、聞こえていたにも関わらず我が 耳を疑って聞き返したが。 時既に遅し。 ナルトと鴇はカカシの目の前から姿を消していて、カカシが一人残されている暗くて不気味 な階段は、沈黙するばかりだ。 非常口の緑色の光だけが、変わらずそこにあった。 「またしても置いてかれた!―――――っつーか、言い逃げなんて卑怯だよ!!」 声を張らせて主張する割には、カカシがナルトを非難しているようには思えない。 もちろんカカシは非難などしていないし、むしろ、イイ歳した大人が顔を赤くしてしまうほ ど嬉しいことだったりするのだが。 ナルトの様子が、やけに物悲しく感じられてならなかったのだ。 そうやって。 他人の人の気持ちばかりを、無意識に拾い上げて。 そう遠くない未来、ナルトは旅立ってしまうのだろうけれど。 健気なまでに真っ直ぐなナルトの気持ちは。 「一体、誰が拾い上げるんだろうねぇ…………?」 END †††††後書き††††† 今回はカカシから指輪を取り返すのと同時に、ナルトの周辺の動きを書いてみました。もち ろん、ナルトは全ての場面に出演。主役ですから!あと、悪者にされていたカカシさんを一 生懸命フォローしてあげました。前々から後書きでオロチーのトコに行くようなことを書い ていましたが、今冷静に考えて…………はい、無理。個人的にあのカマ口調と鬼畜眼鏡の怪 しい二人組みが好きなんですが、このシリーズでは出せそうにありません。う〜ん、出すと したら虚像の里シリーズになるかと思います。それにしても、本誌の衝撃がまだ抜けません。 イタチ兄様がナルトを迎えに来るのがあんなに遅いなんて!!(号泣)
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