力あるモノの脅威を跳ね返すには、ソレよりも確実に上の力を持つことだ。







葬 送
中忍試験の最中に起こったのは。 後に『木の葉崩し』と呼ばれることとなる、音・砂連合による大規模な木の葉の里への侵攻 事件。 首謀者は元木の葉の忍であり、三忍の内の一人である大蛇丸だ。 狙いは文字通り木の葉―――――正確には、里の要である火影を始末することにあった。 そう遠くない未来に寿命が来るであろう老人がそうなる前に、過去のわだかまりを消したい 一心で引き起こされた、なんとも身勝手なその事件で生じた犠牲は多大なもので、数日経っ た今でも、正確な数を把握することはいまだできずにいた。 しかし。 そんな中、三代目火影の葬儀が盛大に執り行われ、それを終えると同時に、里人は復興作業 をするべく慌しく動き始めた。 『里を守った偉大な英雄』を失った悲しみに暮れる暇は、今の里にはなかったのだ。 「『英雄の死』ってのは、随分と事務的に片付けられるもんだな…………」 里を一望することができる場所にて。 三代目の顔岩の上で胡座を組むという不敬を働いていた少年は、酷く冷めた目付きをして、 つまらなそうに呟いた。 湿気を大量に孕んだ風が少年の鮮やかな金髪を攫い、まるで少年のその秀麗な顔を隠したく はないとでもいうように外気に晒す。 突き抜けるような空色の瞳からは、なんの感情も見出すことができない。 心の底から笑えば、その笑顔を見た者全てを虜にしそうなものだったが、彼の目は全てを軽 蔑していると言っても過言ではないほどの冷ややかなもので。 この時点でわかっていることといえば、ようやく十代に達したような色彩豊かな子供が、こ の里のことをこの上なく忌み嫌っているということだけだろう。 この金髪碧眼の子供―――――言わずもがな、うずまきナルトである。 何をするにも結果がついてこない、アカデミー始まって以来の出来損ないとして有名であっ たナルト。 しかし、それは必ずしも真実という訳ではなかった。 ナルトは雲行きが怪しい空を憂鬱そうに見上げ、重々しく溜息をついた。 思い出すのは、酷く満足そうな顔をしていた三代目火影の死に顔。 「…………良かったなぁ、ジジイ。アンタが命懸けで守った里は、こんなにも逞しいぜ?」 ホント、図々しいほどに。 吐き捨てられることのなかった毒は、ナルトの胸の内で細い煙を上げて燻るだけだ。 そんなナルトを宥めるように、一際強い風が吹く。 どうか気を静めてくれ、と。 懇願するかのような風に、ナルトは厳しかった表情を幾分和らげた。 それと同時に、隠形していた馴染みのある気配に小さな声で語りかける。 「何か言いたそうだな」 『あの時は逃がしましたが…………奴を仕留めないんですか』 「別に。必要ない」 『三代目を殺した男ですよ?』 驚いたかのような声に、ナルトも少しだけ驚いた顔をして背後を肩越しに振り返った。 「お前、何か勘違いしてないか?ジジイが死ぬだろうってことは、大蛇丸とジジイから『里 の中で決着をつけさせてくれ』って要請があった時点でわかりきってたことだ。片や不老不 死の術を会得した天才、片や確実に老いた『元』天才―――――考えるまでもないだろうが」 『しかし』 「ジジイもそれを承知でやったことだ。俺がそれを認めた。それだけでいいんだよ、今は」 「その割に、お前にしては珍しく辛気臭い顔をしておるのぅ」 突如耳に飛び込んできた、覇気のある野太い声に。 ナルトは不快そうに眉を顰め、いつのまにやら隣りにいた大男の顔を見上げた。 「自来也、それは嫌味か?」 「いや」 さも可笑しそうに笑いを噛み殺した『蝦蟇仙人』こと三忍の自来也は、なんの断りもなく、 ナルトの横にどっかりと腰を下ろしてしまう。 手にしていた一升瓶を掲げて見せ、ナルトが断らないことを確信した上で、ようやくお伺い を立ててきた。 「同席してもいいじゃろう?」 「…………好きにしろ」 わかりきっていた返答に、それでも気を良くした自来也は、持参していたらしいコップに澄 み切った酒を注ぎ、まずはナルトに差し出した。 当たり前のように受け取ったナルトは、自来也が自分の分を注ぎ終わる前に、さっさと口に 含んでしまう。 年長者を敬う素振りさえないというのに、自来也はまるで気にする素振りを見せない。 二人の間では、すでにそれが日常茶飯事のことなのだ。 里を一望できる場所にいながら、まともに里を見ようとしないナルトとは違い、自来也は口 元に笑みを浮かべながら、先の一件の傷跡が多く残っている里の様子を感慨深げに見下ろし た。 「猿飛のジジイも大蛇丸の野郎も、派手な喧嘩をしてくれたもんじゃのぅ」 「そうか?これぐらいで済んだのならマシなもんだろ」 自来也が声を上げて笑った。 「とても里の奴等には聞かせられん台詞じゃな。して、お前はこれからどうする」 その問いに。 ナルトはコップを口に運ぶのを止め、自分の事情を全て知り尽くしている自来也を無言で一 瞥した。 「本腰を入れる気にはならんか」 「…………何、ソレ。なんかの冗談?」 そうだったマジうける、と。 嘲笑したナルトは、残りの酒を一気に飲み干してしまう。 「なんでこの俺が、こんな里のために本腰を入れなきゃならねぇんだ」 「そりゃあ、お前がこの里の五代目火影だからだ」 自来也の言葉を、即座に訂正。 「存在するはずのない、な」 気付いた時には火影だった。 嘘のようにマヌケな話だが、そうとしか言いようがないのだから仕方がない。 『ナルト、お前は生まれながらの火影なんじゃよ』と。 四代目火影の死後、再び返り咲いた三代目にそう告げられたのが、ナルトが覚えている限り では一番初めの記憶だ。 まだたった三つの、赤子とも言えるような子供に向けられる三代目の眼差しがむず痒かった ことをよく覚えている。 そもそも、なぜナルトが五代目なのか。 それは、九尾を封印する際、三代目と四代目の間で行われた取引きが原因だった。 九尾が木の葉の里でその力の猛威を振るっていた当時、封印をするにも『器』になれるだけ の人物は、誰一人としていなかった。 ただ一つ可能性があったのは、その日が出産予定日であった四代目の子供のみで。 皆、気が気ではなかった。 その子供が無事に生まれ、器になりうる素質を持っていなければ、里は終わりだからだ。 運が良かったのか悪かったのか。 周りの期待通り、ナルトはその素質を充分に持っていた。 しかし、いざ封印という時になって、四代目が渋ったのだという。 三代目の話では、四代目は『火影』であると同時に『一人の父親』で。 自分の息子に一生外せない枷を付けてしまうことが恐ろしくなったのだろう、と。 そういうことらしいが、今となってはもう判断することはできない。 結局、四代目は里を救うために意を決したが、ナルトに九尾を封印するにあたり、一つだけ 条件をつけた。 それは、『四代目の死亡直後、器となった息子を五代目火影に据えること』。 厳しい状況に置かれるであろう息子に、自分の身を確実に守る力を与えることが、四代目に できる精一杯のことだったのだろう。 三代目はそれを受け入れ、ナルトが自分の意思で里を治められるような年齢になるまで、ナ ルトの隠れ蓑として今までずっと返り咲いたフリをしていたのだ。 ここで明らかにしておかなければならないのは、『ナルトは名ばかりの火影ではない』という ことである。 息をつく間もなく送られてくる刺客に応戦しているうちに、血筋とも言える忍としてのすさ まじい才能は開花し、合間を縫って叩き込まれる『火影としての知識』も、労せずして手に 入れることができた。 本当の意味でナルトが『火影』になったのは、わずか八歳の時のことだ。 そんな経緯を経て、今のナルトがある訳である。 ナルトは、何を言ってるんだとばかりに自来也を睨んだ。 「大体、里の連中が俺の存在を認めたことが一度でもあったか?それなのに、更に五代目と して本腰を入れて働けって?馬鹿馬鹿しい、俺はそこまでお人好しじゃねぇんだよ」 「気持ちは変わらんのか?」 「変わると思ってる方が大間違いだ。大体、あの糞ジジイが命を懸けてまで守っただけの価 値が、この里にあるかどうかも疑問なんだぜ?そんな状態の俺に、これ以上何をしろと」 「やはり今回も動かんか…………」 「動きません。俺は俺のやりたいようにやらせて頂きマス。知ってるだろ?木の葉は一人の 器によって守られた。だからこの里は俺の物なんだってこと。所有物に対してどう接しよう と、そんなの正統な持ち主である俺の勝手だろうが」 「まぁ、理論的にはの。じゃが、もしお前自身が動かんと言うのなら、新しい火影はどうす る?火影任命権を持っているのもお前じゃろう?」 この時初めて、ナルトが影のない笑みを自来也に向けた。 「五代目の命令だ。テメェがなりやがれ」 「冗談だっつーの!わしは辞退するぞ」 「そう言うと思ってた。だから、その件は御意見番の二人に任せてある。『俺の事情を理解で きる人間』っていう条件付きでな。もう候補が絞られてるんじゃねぇの?」 「ならいいがのぅ…………あぁ、ナルト。もっと飲め」 返事をする前に注ぎ足された酒を。 じっと見詰めたナルトは、やがて再びコップの縁に口を付けた。 「…………自来也。俺さぁ、ジジイの最後に立ち会えなかったけど、どんな感じだった?」 「ん?」 「いや。死ぬ瞬間何を考えたか、ちょっと興味があってな」 元弟子を恨んだか。 はたまた、己の老いに絶望したか。 忍にしては長命であったことに感謝し、『里を守り切ることができた』と安堵したのか。 よくわかんねぇ、と。 神妙な顔をして小さく唸っているナルトを見た自来也が、陰気臭さなど感じさせずにニヤリ と笑った。 「わしもお前と同じようなもんだが…………そうじゃのぅ。あの死に顔だ。お前が考えてい る通りだと思うぞ」 「…………そうか?」 「あぁ」 「ならいいんだけど」 風が吹く。 雨が降る直前の、独特な香りのする風が。 ナルトの額に掛かる金糸を音を立てて攫い、ついでとばかりに頬を撫でていく。 「一雨来そうだのぅ」 「そうだな」 「帰るか?」 「…………そうする。いつまでもここにいたって、何が起こる訳でもないし」 ナルトは、忍にあるまじき大仰な動作で腰を上げた自来也にコップを押し返した。 「今度また俺に用があったら、まずは鳥を寄越せ。お前は目立つ」 「なるほど、どこに人の目があるかわからんからのぅ。わかったわかった。じゃあな」 大きな手をひらひらと振って遠ざかっていった気配を背中越しに感じ、ナルトもまたゆっく りと腰を上げた。 視界一杯に広がる里を見て、すぅっと目を細める。 この里を憎んでいないと言ったら、それは嘘になるけれど。 「ジジイが守った里だ、悪いようにはしないさ…………」 クツリと、嘲う。 たとえ、この里の行く末が破滅だとしても。 五代目火影として、最後まで責任を持って見届けてやる。 だからどうか、最後まで里を想って死んでいったジジイの眠りが。 穏やかなものでありますように。 END †††††後書き††††† 新シリーズ、立ち上げました。虚像の里シリーズ。BBSでもちょこっと書いた通 り、宿願シリーズが終了した時のことを考えて作ったものです。―――――とは言 っても、一年くらい前から構想自体は出来てました。ただ書いていなかっただけで。 オトナルが火影設定の話はよく読むんですが、そのままのナルトが火影だっていう 設定の話は読んだことがなかったので、思い切ってみました。まぁ、スレナルだか らこそできることなんですが。とにかく、宿願・婚約時代シリーズに比べたら更新 は遅めになると思いますが、細々とやっていきたいと思います。
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