見る者全てに憐憫の情を抱かせるであろう、その意気消沈ぶりと。
最近では珍しいまでの動揺を綺麗に押し隠し、帰還すると。
カカシから事前に報告を受けていた綱手が、里の大門の前で仁王立ちしていた。
手加減なしの張り手を避ける気力さえなかったが、歯を食い縛ることで痛烈な衝撃に耐える。
そして次に待っていたのは、痛いくらいの抱擁だった。
涙で濡れた頬を押し付けられ、『心配掛けてゴメン』と、素直に謝る。
長時間にもおよぶ緊張状態に耐えられなかったのか、一時的に回復したはずの身体は、全身
に気だるさが纏わりついていた。
静かに伏せた目蓋に誘われるように、意識が深いところに下降していく。




闇に包まれる寸前。
『あぁ、このまま逝くのか』と思った。













彼等は言う
死んだ、と。 薄れゆく意識の中、ただ漠然とそう思った。 もう再び目を開けることもなく、このままあっけなく死んでいくのだと。 十二年という短い期間でも、それなりに濃縮されていた人生を、こんな形で終えるのだと。 正直、どこかでほっとする自分がいた。 ここで大人しく死んでしまえば、これ以上、不毛な生を続ける必要もなくなるのだ。 理不尽な仕打ちを二度と受けることはないし、誰も自分を責めたりしない。 憎悪の視線を四六時中浴びることもないし、自分が原因となって起きる騒動によって、身近 な人が傷付く可能性もない。 ゆらゆらと水面にたゆたうような感覚の中、闇の揺り籠に身を任せて、そのまま静かに消え ていけたら、それはそれでなんて幸せで贅沢なことだろう。 だが、壊れているからといってナルトの身体が強靭であることに変わりはなく、 そもそも九尾による処置のおかげである程度は回復していたのだから、すぐにそうなってしま うということはなかった。 そんなことに幸せを見出すことなど愚かなことでしかないと、自分の中にそういう考えがあったから。 一瞬でも逃避しようとした自分が酷く小さく、酷く疎ましく思えてならなかった。 事実、直接見えることは叶わなかった九重にも、覚醒する間際に『軟弱者』と非難されたが、 反論しようという気は起きなかったのだ。 だって、どこも間違ってなんかいない。 「起きました?」 声が降ってきた方向にゆっくりと顔を向けると、徐々に明瞭になってくる視界の中に、安堵 の色を滲ませた女の姿を見た。 肩につくかつくないかという長さの黒髪に、同色の瞳。 清楚な雰囲気を持つ、整った顔立ちの女性だった。 彼女はナルトの脇に立ち、ちょうど点滴の残量を見ているところだったようだ。 ナルトの手首にそっと指の腹を当て、脈が乱れていないこと確認した。 「ナルト君、私がわかりますか?」 咽が渇いていたせいではっきりとした声は出せなかったが、それでも頷くことで、その質問 に対して答えることはできた。 起き上がろうとすると慌てて止められたため、『何事か』と。 大きく動くことはせずに自分の様子をまじまじと見詰めると、なるほど。 左腕には、先程の点滴から伸びた管が繋がれていた。 動くと白いテープの下の針がずれるから、ということらしい。 あまりいい気分ではない。 「…………シズネ姉ちゃん。ここ、どこ?」 シズネは少しだけ驚いた顔をしたが、まだ本来の輝きを取り戻していないナルトの目を見る と、額に掛かった金色の前髪を払い、努めて優しい声音で教えてくれた。 「ナルト君の家です。ほら、よく見て下さい」 無言で見渡した室内は薄暗く、物の輪郭がぼんやりと浮かび上がっていることしか確認する ことができなかったが、滅多に主を迎え入れることのない寝室の無駄な広さと家具の配置は、 まさしく己の記憶通りのものだった。 こまめに手入れはしているものの、生活臭の欠片もないような家だ。 「自分がどうなったか、覚えていますか?」 「…………綱手のばーさんに叩かれて、たぶんその後倒れた」 「良かった、記憶が混乱していることはないんですね。ナルト君が倒れてから、大変だった んですよ?ことがことですから表立って騒ぎ立てることもできないし、そのくせ綱手様も冷 静さを欠いておられて、人目につかないところに移動するまで苦労したんですから」 「ごめん。助かった」 「あ、いえ、謝ってほしくて言ったのではないんです。それと、コレ」 目の前に差し出された物を、ナルトは酷く緩慢な動作で見た。 希少な鉱石で作られたという、初代火影所縁の、綱手から託された首飾りだ。 切れたはずの紐が新しくなっている。 「暗部服のポケットに入っていましたから、紐を付け替えておきました」 ゆっくりと手を差し出すと、シズネが手の平の上にそれを丁寧に置いてくれた。 鉱石部分を軽く握ると、固く冷たい感触が伝わってきた。 これが残っていることを幸運だと思うべきなのか。 本来ならそうなのだろうが、これと一緒に首から下げていた物が手元にない状態で素直に喜 んでいいのかどうかは微妙だった。 今となっては、なぜ今夜に限ってあの指輪を身の付けていたのか悔やまれてならないが、そ れも今更でしかないのだろう。 まぁ、優先順位はともかく、これもなくしてはならないものだから、元の姿に戻ってくれた ことは思いの他嬉しかった。 「ありがと」 「どういたしまして。それより、また無茶をしましたね?」 「無茶って言うのかねぇ…………。怪我もしたし、ちょっと発作みたいなのも起きたけど、 一応休憩入れて、身体を騙し騙し帰って来たつもりなんだけど」 「そのことじゃありませんよ。前にも増して任務任務…………はっきり言わせて頂きますが、 ナルト君の最近の行動は自殺行為です。綱手様が君に『安静に』と言ったのは、それが原因 ですのに…………それを君は」 「何かしてないと落ち着かなかったから」 「だからって、身体を必要以上に酷使することはないでしょう!今回は運が良かったものの、 下手をしたらっ…………」 死んでいたかもしれない、と。 その言葉を口にするのを躊躇ったシズネ。 ナルトは口元に穏やかな笑みを浮かべながら、そっと目を閉じた。 「…………ばーさん、泣いてた」 「私も泣きましたよ!」 「うん、ごめん。ありがと」 「でも君は、どうせ私達の忠告なんて黙って聞き入れてはくれないんでしょう?」 半場ヤケ気味なその声に、苦笑する。 「ちょっと違う。忠告はありがたく聞かさせて頂きマスとも。ただ、これだけはって譲れな いものがあんの。その上でどう動くかは別問題」 「結局同じことなんじゃないですか」 「そうかもね。シズネ姉ちゃんの言う通り、同じことかもしれない」 「そうやっていつもはぐらかして…………いいんですけどねっ。ナルト君の人生ですから!」 「ごめんって。怒らないでよ。折角の美人が台無しだぜー?」 「その手には乗りませんからね!!」 なんとも場違いな発言に、シズネは勢い余って点滴器具に手を掛けてしまい、そのせいで管 が引っ張られ、ナルトの皮膚に食い込んでいた針が大きく動いた。 一瞬の、しかし後を引く鋭い痛み。 「痛っ!」 「あ、す、すみません、ナルト君!!針は折れていませんか!?」 ナルトは顔を歪めながら、問題の場所を見やる。 テープ浮いていたが、幸い危惧した事態にはなっていないようだ。 「…………いや、大丈夫。折れてはいないみたいだから。さっきから思ってたんだけど、こ の点滴の中身って何?」 「安心して下さい、ただの栄養剤ですから。痩せたとは思っていましたが、最近ではろくに 食事も摂っていなかったようですしね?」 責めるような口調だ。 そのくせ、斜め上から降ってくるのは気遣わしげな視線だった。 『摂らなかったんじゃなくて、摂れなかったんだけどね』と、力なく笑いながら、ナルトは 針が埋め込まれている部分を指先でそっとなぞった。 「なんとかして軽い物なら食べるから、これ、外していい?」 「どうしてですか?」 「栄養剤云々の話じゃなくてさ、もう、身体に変なの挿れられんのヤダ」 「…………わかりました。でも、言ったことは守ってもらいますからね?でないと私、綱手 様に怒られますから」 「そのばーさんは?」 シズネの顔が強張った。 「え、えぇ。ちょっと急を要することができましたので、その、私に指示を出してそちらの 方に…………」 ナルトは片眉を上げた。 「俺がこんな時に?」 自惚れでもなんでもなく、ナルトは綱手に愛されているという自身があった。 それは自覚であり、誰もが認める事実である。 里のことを一番に考えるべき火影であっても、彼女が常に考えてくれるのは自分のことであ り、職権乱用と陰口を叩かれても、ナルトの望みを叶えるために奔走してくれた。 その綱手が、今のところ命に関わるような事態に陥っていないまでも、倒れた自分の側に付 いていない、この異様さときたらない。 そうせざるをえない事情とはなんだろう。 一体、何があったのだ。 ―――――いや、一体『何をするつもり』なのだ? 一瞬でも考えてしまった不穏なソレを、ナルトは無視することができなかった。 「なぁ、ばーさんはどこ?」 シズネの顔がますます強張る。 悪いけど、シズネ姉ちゃん。 その反応、自分にとって都合が悪いことをしているってバレバレなんです。 「どこに、何をしに行ったって?」 「で、ですから」 「どこに行った!?」 「そんなにシズネを苛めるんじゃないよ、ナルト」 その声に、戸口の方へと視線を移す。 人様の家になんの断りもなく上がり込んできた美女に驚くでもなく、腹の底からふつふつと 湧き上がってくる黒い感情を上手く押し殺したナルトは、乱暴な動作で点滴針を抜き、完全 に起き上がった。 「…………ばーさん」 咽元に凶器を突きつけられたかのような、眼光。 とても、今の今まで床に臥していた人間のモノとは思えないほどの。 「俺の嫌な予感が当たってなければそれでいいんだけど…………とりあえず、聞いておく。 俺が逃げられないように張られてる結界は、なんのつもり?」 「お前の嫌な予感は当たるんだろう?」 今度はナルトが顔を強張らせる番だった。 そんなはずはないと思いたかった。 ただの思い過ごしだ、と。 きっと神経が高ぶっていて、被害妄想が強くなってしまっているだけだと。 しかし。 もしもそうだというのなら、馴染みがありすぎる二つの気配はなんだというのだろう。 気のせいでは済ませられない、この状況は。 「お前、知らせていなかったそうだな?ヒアシの奴も『初耳だ』と。誰にも言わないつもり だったのか?」 「…………めろ」 「一人で全て抱え込んで?そしてコイツ等にさえも何も言わず、黙って逝くつもりだったの か?」 「止めろっ」 「お前が死んだ後に、人づてにそのことを知らされたコイツ等がどう思うか、そんなことは どうだって良かったのか?」 「止めろっ!!」 ビリビリと、肌を打つような空気。 乱された感情は情けないほど大きな波を生み出し、枕下に置かれていたコップが音を立てて 小刻みに揺れたかと思うと、次の瞬間には盛大に割れていた。 飛び散った水はナルトの青白い横顔を濡らし、雫となって落ちた水滴が、シーツの上に染み を作る。 「無意味な虚勢を張るんじゃないよ。素直におなり。今のお前がストレスを抱えることは、 ただでさえ短い寿命を更に縮めることにしかならないよ」 「ど…………してっ」 綱手はうっすらと微笑んだ。 「私は今のお前に何一つしてやることができないけれど、後悔だけはしてほしくないから ね。アイツ等が大切で悲しませたくないと思っているのなら、くだらない考えはさっさとお 捨て」 「そ、んな、勝手に…………っ!」 「こうでもしないと、我慢強さは誰にも負けないお前は梃子でも動こうとしないだろう?」 「余計なお世話だ!!」 よく人を喰った物言いをするナルトにしてはひねりのない台詞だが、怒鳴るだけの覇気が戻 りつつあるということに、綱手は満足そうに頷いた。 そんな綱手の様子に、ナルトは怒り以外の何かによって顔を歪める。 「その調子だよ、少しは元気になってきたじゃないか。さて、行くぞ、シズネ」 「は、はい!いいですか、ナルト君。後で確認に来ますからね?ちゃんと約束は守って下さ いよ?」 「ばーさん!シズネ姉ちゃん!」 ナルトの呼び掛けに答えず、二人は振り返りもせずに出て行ってしまった。 ベッドの上で呆然としてしまったナルトは、それを待っていたかのように新たに入室してき た二つの人影に、無意識の内に身構えた。 よほど慌てていたのだろう。 躾が徹底しているはずの日向の子供が、上着を着てはいるが寝巻きのまま外を出歩いたらし い。 後ろめたさと申し訳なさで、どうにかなってしまいそうだ。 まともに目を合わせることもできやしないのに、問答無用で近づいてきたネジが、ナルトの 目の前に立つ。 仕方なくそろそろと顔を上げたナルトが見たのは、こういう時も変わらない、ネジの仏頂面 だった。 「死ぬのか?」 たった四文字の、あまりにも短い問い掛け。 ネジの口から聞きたくはなかったその言葉に、ナルトはネジやヒナタ相手にしたくなかった 肯定の言葉をせざるをえなかった。 この期に及んでとぼけることなど、できるはずがない。 「そうらしい」 「今は?」 「…………さっきまではキツかったけど、今は落ち着いてる。倒れたのはたぶん、忠告を無 視しての不養生が祟ったのと、極度の疲労。あと、ちょっとしたショック」 「自覚症状はいつからだ」 「木の葉崩しの、少し後から。顕著になってきたのが、サスケが里抜け騒動を起こした頃」 「なら!」 ネジがナルトの胸倉を両手で掴んだ。 『ネジ兄さん!!』と叫んだヒナタが制止のためにネジの腕に手を掛けたが、ネジは一切取 り合おうとはしない。 強い口調で、ナルトを問い質す。 「そこまでわかっていたなら、なぜ俺達に何も言わなかったんだ!!?」 隙を見せたら咽元に喰い付かれそうだ。 一度絡み合った視線は解くことを許してもらえず、どうするともできないまま、ナルトは静 かにネジの特徴のある目を見返した。 「言わない方がいいと思った。勝手かもしれないけど…………」 「どこからそんな考えが出てくるんだ、お前の頭は!!」 「だって、もしかしたら『どうにかなるかもしれない』って思ったんだ。俺がこんなになっ てるなんて知らないからこそ、『自分が【生きている】ことを当たり前みたいに思ってるお前 等に応えなきゃいけない』って、そんな火事場の馬鹿力が出てくれるんじゃないかと期待し てた」 「…………それで、その結果がこれか?」 「笑ってやってくれ」 「お前じゃあるまいし、そんなことで笑えるか!!」 このまま乱闘でも起こしそうな勢いだったが、不思議とそうはならなかった。 ひたすらナルトを責めることしかしなかったネジが、当人のナルトよりも泣きそうに顔を歪 ませ、壊れ物を扱うかのようにナルトを掻き抱く。 その行為に性的な意味合いはない。 あるのは、血が通い、呼吸をし、心臓は澱みなく動いているかどうか確認するような、切実 な思いだけだ。 そんな意図を察したのか、ナルトはネジのしっかりとした背中に腕を回し、自らもネジを抱 き締め返した。 ネジがほっと息を吐く。 「生きてるな?」 「今のところね」 「この馬鹿が。肝が冷えたぞ」 「ハラワタ煮えくり返ってんじゃなくて?」 「だからそうやっていつまでもフザケた物言いをするなっ」 関節が軋むほど強く抱き込まれ、ナルトはその鈍い痛みに顔を引き攣らせながら、それでも 苦々しく笑った。 「俺はいつもネジを怒らせてばかりだ」 「俺とて好きで怒っている訳じゃないっ」 「…………いつまで、怒ってもらえるかなぁ」 「ナルト?」 「これで最後だったらどーしよ…………」 「不吉なことを言うなっ」 小さな声で『ごめん』と謝ったナルトは、最後にネジを抱き返す手に力を込め、そしてそっ と外す。 ゆっくりとネジから身体を離し、いまだ一言もまともに話していないもう一人の幼馴染に声 を掛ける。 彼女は間違いなく泣いていて、小さくしゃくり上げていた。 努めて優しく、穏やかに。 「ヒーナ?」 「ナルト君…………っ」 「ごめんなぁ、ヒナタ。大きな隠し事してた。自分の都合だけでお前等の気持ち、全然考え てなかった。ごめんな?」 「ナルト君!」 抱き付いてきたヒナタを、あまり力が入らない身体を叱咤して全身で受け止める。 倒されるような情けない事態を回避することができたナルトは、自分の肩口に顔を埋め、細 い肩を小さく震わせながら尚も泣き続けるヒナタを、ネジにしたのと同様にそっと抱き返し た。 「ご、ごめんなさい。私、気付いてあげられなくて…………っ。ナルト君、ずっと苦しんで たのに側にいながら、の、呑気に構えてて…………っ」 「なんでヒナタが謝んだよ?隠してたのは俺だって」 『違う違う』と、ヒナタが首を左右に振る。 「私、ナ、ナルト君がここのところ体調を崩してるってこと知ってたのっ。だけど、今まで もそんなことあったから、すぐに治るだろうって楽観視してて!まさか、こんなことになっ てるだなんて考えもしなかったの!!」 「それのどこが悪いの。当の本人だって、そのことで呼び出されるまで自覚しなかったんだ から、ヒナタが自分を責めるのは筋違いだろ?」 「で、でもね!」 「あ〜もう泣くなよー。ヒナタに泣かれると俺、どうしていいかわかんないよ」 カミングアウトしてもこんなにも悲しませてしまうというのに、これでもし綱手の言う通り 全てが終わってからことの真相を知ったとしたら、目の前の幼馴染達はどう思うだろうと考 えたナルトは、胸が締め付けられる思いがした。 泣かせるために、今まで一緒にいた訳ではないのに。 「ほ、本当に駄目なの?助かる見込みとか、本当にもうないの?」 息を詰まらせたナルトは、少しの間躊躇したが、意を決したように着せ替えられていた寝巻 きを肌蹴させた。 億劫そうに浴衣の合わせを開き、九尾の封印式がある腹部を曝け出す。 ヒナタは一瞬赤くなったが、その異常に気付き、顔色を失った。 ネジもまた、その異常さに大きく目を見開いた。 あるはずのものが、ない。 「いつもみたいに隠してる訳じゃない。封印式自体はまだあるけど、もう目で確認すること はできない。型通りの封印式で無理矢理繋ぎとめておかなくてもいいほど、一体化してるん だと思う。ここ二・三日だと、素のまま会話できるんだ」 「それって、封印が…………?」 「解けるかどうかはわからない。だけど、その可能性は高いと、俺は思ってる。九重は、『な んだかんだ言ったところで、どうせ道連れだと思うがな』って言ってたけど」 二人の目から覆い隠すように、襟を掻き合わせる。 「わかるんだ、自分の身体だから。とっくの昔に、壊れてる」 「…………じゃ、じゃあ、ナルト君が器じゃなくなれば、助かることってありえるのかなぁ?」 それは絶対に、あってはならないことだ。 考えることも許されない、それこそ禁忌の。 まさか、ヒナタの口からそんな危険な台詞が飛び出るとは思いもしなかった。 ナルトは困ったようにネジを見上げたが、ネジもまた驚きのあまり絶句していた。 「ヒナタ、それは」 「ナルト君は、もう充分すぎるほどその役目を果たしたと思うの。元はと言えば悪いのは里 の人達でしょう?九重さんが治める土地を荒らしたのも、自然の摂理に反する理由で眷属を 乱獲したのも、全部里の人が悪いの。ナルト君がそこまで里に尽くす義理はないんだよ?」 確かに、そんなことを考えたこともある。 単純な理屈としても、その通りなのだが。 「ナルト君は、たくさん苦しんできたよね?あからさまな暴行を受けても、理不尽な目に遭 っても、それでも頑張ってきた。『そんなこと知らない』って言う人がいても、私達が知って るよ。だから、もう器なんて辞めちゃおう?このままナルト君が死んじゃったら、私、何を するかわからないっ」 「…………ヒナタ、あまり滅多なことを言うな」 「だってネジ兄さん!私、ナ、ナルト君が好きなの。ナルト君の笑った顔が大好きなのっ。 ナルト君が心から笑っていられることを祈ってたの!諦めからくる笑い顔が見たかった訳じ ゃないのっ!!ネジ兄さんだってそうでしょう!?」 「それはわかるが…………」 その会話を聞いて、ナルトはヒナタの言う『諦めからくる笑い顔』ではなく、影のない晴れ やかな笑みを浮かべた。 「あのさ、二人とも覚えてる?初めて会った時のこと」 「ナルト、突然何を」 自分の口元に人差し指を当て、『黙って聞け』というジェスチャーをする。 それを見たネジは何か言いたげに口を開いたが、結局ナルトの指示通りに押し黙った。 「二人に会うまで、俺は大人の世界にいたんだ。悪意を向けられる一方、それに反比例する 好意も一身に受けててさ―――――あぁ、これは今も変わらないな。とにかく、同年代の子 供ってヤツを知らなかった。だからつい威嚇しちゃって、普通の子供ならここでジ・エンド じゃん?なのにネジは何も言わないで手を差し伸べてくれて、ヒアシ様の影からだったけど、 ヒナタは笑い掛けてくれただろ?俺さ、それがすっげぇ嬉しかったの」 くすくすと、小さく笑う。 どこか遠くを見るように細められた目には、当時の光景がそっくりそのまま映し出されてい るようだ。 「その時決めたんだ。何があっても、お前等だけは守るって」 「ナルト…………」 「ちょっと前から、寝てる最中に音がすんの。身体の中で何かがどんどん壊れてく音。それ が嫌で、恐すぎて、最近はろくに眠れないし。何か食べようとしても全然受け付けようとし ないし、この前は血ぃ吐いちまった。死ぬのは恐いよ。考えるだけで震えてくる。できるこ となら―――――いや、本当は死にたくなんかない。これから先もずっと生きてたい」 目頭が熱くなって、最近ではあまり馴染みのないものが頬を伝う。 熱かったそれは外気に晒され、手で拭った頃には冷たくなっていた。 声のトーンを上げて、わざと明るく言う。 「大体、おかしくねぇ?こんな才能溢れる人間がさ、なんでその辺でのうのうと生きてる凡 人より先に死ななきゃなんない訳?九尾のチャクラがなくたって、五影になるだけの力くら い持ってんだぜ?この業界においてすっげぇ損失だと俺は思う訳だよ、うん」 あんまりな主張に、ヒナタとネジもつられて笑った。 「だけど、だからって今更封印を解いても、もう手遅れなんだ。『奇跡』ってヤツを待っては いるんだけど、都合のいい時だけ神様に縋ってもどうだかねって。どうにもならないってわ かってるのに、わざわざお前等を危険に晒すようなこと、俺にはできないよ」 「…………俺達を危険に晒すようなことはできない、か」 「ネジ?」 「そこまで言うなら、俺達からも言いたいことがある」 長い沈黙があった。 ネジとヒナタが無言で視線を合わせ、同時にナルトを見る。 悔しそうな顔をしているネジ。 釈然としない顔をしているヒナタ。 それでも二人は迷うことなく、それこそずっと前から示し合わせていた回答を、時間が残さ れていないナルトに伝えた。 「…………ご、ごめんなさい。本当は、もっと早くナルト君はこうするべきだったんだよね? 私達が渋っててこんな時になっちゃったけど、まだ間に合うかな?」 「何が?」 「お前は、誰よりも幸せになる権利があるということだ」 「幸せだよ。お前等がいてくれるから」 「そうじゃないの。違うでしょう?ナルト君がそう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、ナ ルト君が本当の意味で幸せになれる場所は、ここにはないって知ってるよ」 心臓が大きく脈打つ。 二人は、何を言おうとしている? 「お前は、日向を隠れ蓑にしなくていいほど強くなっただろう。今の日向は、むしろ足枷に しかならない。俺達は、お前の足枷にはなりたくない」 「足枷だなんて、そんな…………」 「事実だ。離れがたく思う気持ちはあるがな。だが、お前がこれ以上傷つかなくて済むなら、 それに越したことはない」 「ナルト君が幸せなら、私達はそれでいいの」 だから、その真意はなんだ? 麻痺した頭が必死に考える。 二人が言おうとしていることを薄々感じてはいるのに、認めたくないという感情が蓋をして、 結論までには至らない。 そんなナルトの疑問に応えるように。 『もう、いいんだよ?』と、頷きながら、ヒナタが泣き笑いの表情を浮かべた。 ドクドクと激しく脈打つ心臓の音が煩わしい。 これからヒナタが言おうとしていることを、聞かなきゃいけないのに。 「…………今まで、ありがとう。お疲れ様でした」 まさか、本当に? 信じられないという顔をしたナルトの肩に手を置いたネジもまた、ヒナタ同様に静かに頷く。 「あの人が迎えに来てくれているだろう?なら、お前の望むままに」 お前の望みが俺達の望みだから、と。 今まで見てきた中で一番優しい顔をして、残酷な言葉を吐く。 動いていた心臓が、止まった気がした。 悲しませたくなかった。 少しでも希望を持っていたかった。 だけど本当は、『二人の口からこの言葉だけは聞きたくなかったから、今までずっと隠してた んだ』と言ったら。 あなた達は、怒りますか? END †††††後書き††††† 日向にバラしちまいました。最終的にはバラそうと思っていましたが、このままいったら双 方立つ瀬がないことに気付き、急遽変更です。そして日向のお二人さん、大胆にも里抜けを 後押し。『自分達を捨てて、イタチを選べ』と言っているも同然。わぁー酷ーい(棒読み)で も、この荒行事でナルト君もちゃんと考えるんじゃないですかね。嘆くだけじゃなく、真剣 に、彼との未来を(笑)次回辺りから私兵君達を復帰させてやろうと思います。大魔王カカ シの手から指輪を奪還しなきゃ。オロチーのとこにも押しかけなきゃ。やることはまだまだ たくさん!頑張ります☆ ブラウザの戻るでお戻りください。
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