木の葉にはいくつかの名家がある。

それぞれの一族に脈々と受け継がれる血継限界や秘伝を守り、忍の隠れ里としての木の葉を
表と裏の両方から支え、また多くの優秀な忍を輩出する名門として、古くより重宝されてき
た。

その中の一つである奈良家の一人息子―――――シカマルは、名家の当主の会合からでろん
でろんに酔っ払って帰ってきた父親を見て、無言のまま部屋の隅に移動し、両の耳に指を突
っ込んだ。

そういった行動の裏には、かなりキツイ性格の母親の存在があり、帰宅予定時間をはるかに
オーバーした挙句、強烈な酒気を纏いながら千鳥足で帰宅してきた父親にどういった不幸が
降りかかるか、経験上イヤという程知っているからである。

『あぁ、また面倒なことになった』と。

その場に居合わせてしまった己が身の不運を嘆いたシカマルは、翌日の任務の集合時間が早
かったことを思い出し、自室に避難すれば良かったかと考えたが、すぐにその考えを撤回し
た。

近所迷惑は百も承知の制裁だというのに、自室に引き上げたところで安眠などできるはずも
ない。

今回もいつものように無害な傍観者に徹する決断をあっさりと下したシカマルであったが、
父親の上機嫌な言葉を聞いた母親が構えていたフライパンと出刃包丁を繰り出さなかった奇
跡に、あんぐりと口を開けることとなった。


「喜べ、母さん!日向の手中の玉をものにしたぞぉっ!!」


美人ではあるが般若のようだった母親の顔が、みるみるうちに人間のものへと戻っていく。

終いには父親の給料日にしかお目に掛かれない笑みを浮かべ、あろうことか父親へと抱き付
いた。


「本当かい!?でかしたよ、アンタ!!」


『ザマァみろ、日向!今まで木の葉の宝を独占してきた報いだ!!』と、口を揃えてやんや
やんやと騒ぎ立てる両親に、開いた口が塞がらない。

この異様なまでのテンションの高さはなんだ。

『日向の手中の玉』とか『木の葉の宝』だとか、それも何を指しているのかわからない。

こんな調子だから、どうせ酔った勢いで始めた賭け事に勝って強奪してきたのだろうが、相
手はあの日向であるからして、なんて言うかこう…………とてつもなくマズイように思える
のは、果たしてシカマルの気のせいだろうか。

一人青くなった息子をよそに、二人は父親の健闘を讃えて喜びを分かち合っている。

人の気も知らずに。

一瞬、凶暴な衝動に駆られたシカマルだったが、上忍である父親と最強―――――もとい最
恐である母親を一度に相手にする気にもなれず。


「俺は知らねぇぞ…………?」


ぼそりと呟いて、あくまで自分は無関係だという立場を明らかにする。

あぁ、神様仏様日向の御当主様。

どうなろうと構いませんが、責任は全て親父の奴に押し付けて下さい。

そんな意味合いを込めた呟きが聞こえたのか、父親と母親が同時にシカマルを見た。


「「何を寝惚けてるんだ」」


あいにく、寝惚けられるほど枕と仲良しこよしになってはいない。

そうは思ったが口には出さずに。

シカマルは億劫そうに眉を寄せた。

フライパンと出刃包丁を持ったままの母親が、『なんだい、まるで他人事みたいに』と。

実際に他人事としか捉えていなかったシカマルに、とんでもない事実を突きつけてくれた。


「お前の嫁の話だぞ?」






その意味を理解するのにかかった時間、およそ三十秒。

仕方がない。

IQ200の天才だって、所詮は子供で、ただの人間なのだから。












成り行き任せの僕等












なんでも、日向が独占してきたという『木の葉の宝』は、容姿端麗・頭脳明晰等の四字熟語
による賞賛を一身に受ける、シカマルと同い年の少女らしい。

華道・茶道・書道・舞踊はもとより、武芸十八般をなんなくこなし。

その上血筋も確かで、本来ならば、いくら名家の出であろうと、奈良ごときの人間が娶るこ
となど夢のまた夢の、高嶺の花なのだという。

そんな面倒な人間が、なぜ自分の許嫁などというものになってしまったのだろうか。

そもそも、両親があそこまで熱を上げる少女は、一体何者なのだ。

日向の手中の玉で自分と同い年ということから、下忍第八班のヒナタのことを思い浮かべた
が、妙な話である。

ヒナタは確かに顔立ちは整っているし、頭も良い方だとも思う。

『木の葉の宝』と呼ばれているのも、写輪眼や白眼のように血継限界を示しているのなら、
それもわからなくはない。

しかし。

だとしたらなぜ、はっきりとヒナタの名を出さなかったのだろう。

それを父親に尋ねると、突然神妙な顔をして。

『いいか、シカマル。世の中には言って良いことと悪いことがあるように、聞いて良いこと
と悪いことってのがあるんだよ。俺の口からは言えねぇが、挨拶がてら自分の目でしかと確
かめてこい』

―――――などと言うから、こうして日向宗家の馬鹿デカい門扉の前に立っているのである。


「洒落にならねぇ…………」



場違いにも程がある。

こんな家で大切にされている少女が自分の許嫁とは、笑い話でしかない。

幼馴染のイノにでも情報を提供すれば、大笑いされることは確実だ。


「―――――っつーか今更だけど、この歳で婚約者なんて冗談じゃねぇんだけど」


忍は元来早婚である。

常に死と隣り合わせの職業を生業として身を立てている彼等の大半は十代後半、遅くとも二
十代後半には伴侶を得るのが一般的だ。

その通例から外れる者も少なくはないが、それは特別な事情や信念を抱えているにすぎない。
そう。

もう一度ここで明記しておくが、忍は早婚なのだ。

その職業についているが故に平均寿命が極端に低い彼等の優秀な血筋を残すため、次世代の
子供を成すために。

だが、これはさすがに早婚すぎやしないか。

何しろ、シカマルはまだ遊びたい盛りの十二歳なのだ(と言っても、遊び歩きたい訳ではな
いが)。

加えて、当然であるが相手はシカマルが苦手とする『女』である。

最も身近な女性である母親を筆頭に、『恋のためならなんだってできる』と豪語するイノやそ
の親友であるサクラにより、常に被害に遭っているシカマルは女性不信気味だった。

だからと言って男が好きなのではないから、できることなら穏やかで優しい女の子をお嫁に
貰いたいと考えていたのに。

そのささやかな夢も、どうなること知れない。

現実は残酷である。

見も知りもしない出来立てほやほやの良い許嫁だって、きっとそう思っているはずなのだ。

それでも、どうもこの話を蹴る気にはなれない。

後が恐すぎて。

遠い目をして見上げた空は、憎らしいくらい晴れ渡っていた。


「あーもう、どうすりゃいいんだよ…………」

「とりあえず、通行を妨害するしか能のない障害物から、自分の足で動き回れる人間に戻っ
てくれないか」


少しイラついた声に、シカマルは即座に振り返る。

そこにいたのは、は、天才ルーキーとして誉れ高い日向ネジだった。

何度か見かけたことのある下忍時の服装ではなく、まったくの私服であることから、プライ
ベートな時間であることは容易に想像できたが、なぜ今こんなところにいるのだろう。

口には出していないが顔に出ていたのか、ネジは片眉を上げてシカマルを見返してきた。


「呼び出しを受けたんだ。それより、話は聞かせてもらった」

「はぁ、もう耳に入ったんスか?」

「日向内の情報網を舐めてもらっては困るな」

「左様で」


空気が重い。

あからさまではないが、何やら敵視されているような気がする。

だが、身に覚えはない。

そこまで考えて、シカマルはふと思い出した。

『日向の手中の玉』と言うくらいだから、ネジだってその少女を知っているに違いない。

しかも、かなり親しい。

そりゃあ良い気分じゃねぇよなぁ、と。

口元をへの字にしたシカマルは、内心で苦笑する。

だが、そんな時間もほんのわずかで終わり、ネジが再び口を開いた。


「アイツに会いに来たのか?」

「まぁ、そんなもんっスけど…………」

「なら連いて来い。そこに突っ立っていられると迷惑だ」

「そりゃどーも」


訪問客が出入りするための扉ではなく、その横にある家人用の通用口から敷地内に入る。

門構えでも圧倒されたが、中はそれ以上だ。

華美ではないが、充分豪華と言える庭園にはさりげなく希少価値のある植物が植えられてい
るし、二つある池を結ぶ小さな水路にはアーチ状の橋も掛かっている。

その中で泳ぐ錦鯉の数はパッと見た限りでも二桁は余裕にあり、そのどれもが品評会に出せ
る程の美しさだ。

そして一番驚いたのが、その広さだ。

シカマルの家も本業の傍ら鹿の飼育をしているからそれなりの土地を持ってはいるが、あく
まで家は一般の家庭より大きい程度。

かつて日向に次ぐ隆聖を誇っていた(今はサスケが一人暮らしをしている)うちはの屋敷だ
って、ここまで広大ではないはずだ。

ヒナタやハナビといった宗家の娘が、大人から『姫さん』と呼ばれるのに疑問を持っていた
が、それも頷けるというものである。

確かに姫だ。

しばらくして屋敷自体の玄関に辿り着くと、そこで二人を迎えたのは、臙脂色の着物を身に
纏った初老の女中だった。

白髪混じりの髪を一本の乱れもなく結った、品の良い女性だ。

彼女はシカマルを見ると、心得たように深々と頭を下げた。


「奈良の若様でございますね?ようこそおいで下さいました」


若様!

生まれてこの方十二年、そんな風に呼ばれたことなど一度もなかつたシカマルは、その不釣
合いな呼称に呆気にとられた。

故に肝心の挨拶も遅れてしまい、しかも、やっとのことでした挨拶も、とてもじゃないが丁
寧とは言えない代物だった。

この場に母親がいたら、脳天に一撃を喰らっていることは間違いない。

板の間に畏まった女中が、今度はネジにも深々と頭を下げる。


「ネジ様も、よくぞおいで下さいました。何分、若様はここしばらく里を離れておりますの
で…………厚かましいということは重々承知の上ですが、あのお三方を宥められますのは、
もはやネジ様しかおりますまいと。どうか、どうか御当主様を解放して差し上げて下さいま
せ。あれではあまりにもお気の毒でございます」


シカマルの横で、ネジが嘆息する。


「できるだけのことはしますが、本当の意味であの三人を止められるのはアイツしかいませ
ん。精々俺は時間稼ぎにしかならないと思いますが、そこのところをご理解頂きたい」

「はい、はい!充分でございます」


女中は安堵から目尻に刻まれたしわをいっそう深くし、床に額を擦り付けんばかりに頭を下
げた。


「それより、アイツは今日戻って来ると記憶しているのですが、詳しい時間はわかりますか?
婿殿がいらしているというのに、あまり長く待たせるのは失礼にあたるでしょう」


これもまた棘を含んだ台詞。

シカマルはうんざりしていたが、口を挟まずに二人の会話に耳を傾ける。

女中は顔を上げ、困ったような、それでいて申し訳なさそうな顔を見せた。


「それが、若様からはそのような言伝は預かっておりません」


ネジは少し考える素振りをしたが、すぐにそれを放棄したようだ。

慣れた動作でサンダルを脱ぎ、シカマルを促す。

シカマルは今度こそ型通りの決まり文句をそつなく口にし、ネジの後に続いた。

ここでもまた、シカマルは別世界を体感することとなる。

何しろここは、廊下一つとってもシカマルの知っている自宅の廊下とはまったく違うのだ。

大人四人が平気ですれ違うことができそうな幅を持つ廊下。

『人が通れりゃあいいじゃねぇか』という考えを持つシカマルにとって、まさにこれは理解
し難いものだったが、自分がとやかく言ったところでどうなるはずもない。



「落ち着かないようだな」



前を行くネジが振り返ることなく言った台詞に、シカマルは正直に答えた。


「庶民出なもんで」

「お前が庶民?八大名家出身のお前が?笑わせるな」

「そうは言っても現実問題、うちと日向じゃ敷居の高さが違いますよ」


日向は一族が自治する町こそ持っていないものの、いまだに分家を多く抱え、里に対する発
言力はかなりのものがある。

比べて奈良は、まず血継限界を持っていない。

正式に分家と認定されているものも片手の指程で、代々伝わってきた秘伝と、他ではできな
い少しばかり特殊な鹿の飼育方がなければ、商店街で野菜を売っていてもおかしくはないの
だ。

まぁ、そういう人達からすれば、それがすごいのだと言うのだろうけど。


「慣れろとは言わん。だが、アイツと一緒になるつもりなら、ヒアシ様の前でその態度を出
さないように心掛けるんだな。いや、ヒアシ様というよりはアヤメ様か」

「アヤメ様?」

「ヒアシ様の奥方様だ。あの方はたいそうアイツに入れ込んでいてな。その分、十二歳で嫁
ぎ先が決まってしまったことに対していたくご立腹だ。少しでもアイツに相応しからぬ態度
を見せてみろ。気付いたら外だ」

「…………もしかして、さっきの女中さんが話してたのって」

「そうだ。ついでに言うなら、残りの二人はヒナタとハナビだろうな」


信じられない。

ネジの言う『アヤメ様』はともかく、ハナビもこの際置いておいて。

弱々しい印象しかない、はにかみ屋のヒナタが?


「日向の女性って、実は恐いんスか?」

「否定はしないが、俺が一番そう思うのはやはりアイツだ」


あのネジでさえも恐いと言わしめた日向の女性達の、更にその上をいく人間が自分の嫁。

シカマルは、本気で自分の将来に不安を覚えた。

ネジがあくまで名前を出さずに『アイツ』と呼び続けているのが、その少女だと仮定しよう
(仮定するまでもないが)。

女中との会話の中で、彼女は『若様』と呼ばれてはいなかっただろうか?

男の自分に『若』なのは、少々気恥ずかしいが別段おかしなことではない。

しかし普通、女の子に使われる三人称に『若様』はないだろう、『若様』は。

百歩譲って、純粋に『若様』と呼ばれる程逞しい女の子であったとして、その子を相手にど
う接していいかわからないではないか。

『特別美人でなくていいから、せめてちゃんとした女の子であってほしい』と。

IQ200の頭脳をそんなクダラナイ思考でフル回転させていたシカマルは、ある一室の前
で歩みを止めたネジにつられるようにして立ち止まった。

四季を題材にしたと思われる襖絵は今まで目にしてきたどんな絵よりも美しかったが、きっ
ちり閉められているはずの襖の隙間から、何やらドス黒いオーラが流れ出てきているような
気がする。

気のせいであってほしいものだが。

シカマルがこっそりネジを盗み見ると、普段から憮然としているの眉間に、はっきりとした
二本の縦皺ができていた。

どうやら、気のせいではないらしい。

仲裁役として呼ばれたネジと『娘さんを俺に下さい』的挨拶をしに訪れたシカマルは、同時
にごくりと唾を飲み込んだ。

とてつもないプレッシャーだ。


「…………ネジ先輩」

「なんだ」

「ここって前線じゃないっスよね?」


何を言っているんだとばかりに睥睨され、シカマルは肩を竦めた。


「物の例えっスよ」

「あぁ、前線ではないな。さしずめ『修羅の門』と言ったところか」


前線どころではなく『修羅の門』とは、物騒な話だ。

しかし、それを否定するだけの気力はなかったし、ネジが『むしろ前線の方がどれだけマシ
か』と呟いた言葉にも賛成だから、とりあえず同意しておく。

まさしく、二人は今運命共同体だった。

何かを吹っ切るように大きな深呼吸をし、果敢にも襖に手を掛けたネジは男の目をしていた。


「失礼致します」


丁寧な断りを入れて静かに襖を開けると。

押し寄せてきたのは、絶対零度の凍結した空気。

メラメラと燃え上がる炎ではなく底冷えするような寒さが、その部屋を支配していた。
その部屋の中にいるのは、計四人。

先程話題になっていた親子である。

そのうちのヒナタを成長させたような女性が、顔から表情という表情を一切なくしたままこ
ちらを見た。


「あら、ネジさん。来てらしたのね、いらっしゃい。そちらの方は…………」

「シカマル君だ、奈良の」


ヒアシの言葉に、アヤメがわざとらしく声のトーンを上げた。


「そう、そうでしたわね!わたくし、何度か見かけたことがありますもの。そんなことわかってますわ」


ヒナタと。

ヒナタとそっくりなその顔での針で突いたかのような口撃に、ヒアシは黙り込んでしまう。

アヤメ側についている娘達は父親を助ける気にはならないらしく、アヤメの両脇に座り、無
言でヒアシを責めていた。

それでもヒナタは、この中で唯一シカマルと直接の接点も持っていることからそうもしてい
られないとでも思ったのか、ネジとシカマルを手招きした。

日頃のうっぷんまで晴らしているのではないかと思う程アヤメは饒舌で、
戦線から離脱したヒナタが抜けても、形勢に変わりはなかった。


「いらっしゃい、ネジ兄さん。いらっしゃい、シカマル君」

「あぁ」

「おぅ」


個々で返事をして、『ごめんね、ここに座ってくれるかな?』と指示された場所に座る。
ヒナタは二人の真正面に座り、真面目な顔をして言った。


「まず、ネジ兄さんが何をして来たかはわかってるんだけど…………でもネジ兄さん、今回
だけはネジ兄さんでも駄目みたいなの。できることといえば、これ以上母上を刺激しないよ
うにすることだけ」

「だが、昨夜からずっとあの調子なんだろう?さすがに気の毒に思えてくるんだが」

「父上は日向の当主でいらっしゃるから、一晩寝なかったくらいでどうにもならないわ」


肉体的にはね。

精神的にどうかは、ヒアシの顔を見れば明らかだ。


「それに、父上はすごく馬鹿なことをしたでしょう?
むしろ、一晩や二晩の小言で済むなら安いものだと思うの」


その後に『私だったら』と続くのは、聞かなかったことにしておく。

なるほど。

ブラックヒナタ様はこういった感じなのか。

同期の奴等に見せてやりたい。


「いいの、今回は本当に父上が悪いんだから。それよりシカマル君」


突然話の矛先を向けられたシカマルはうろたえたが、ポーカーフェイスを崩すことはなかっ
た。

まさか、自分までブラックヒナタ様に!?

密かに心の準備をしたシカマルをよそに、ヒナタは困ったように笑う。


「シカマル君はナ―――――あの子に会いに来てくれたんだよね?だけど、ごめんね。まだ
帰ってきてないの。えっと、その話は?」

「一応聞いたぜ。それで、ちょっと聞いていいか?」

「なぁに?」

「俺、その子の肝心な名前教えてもらえないんだけど、そりゃまたどうしてなんだ?」


ヒナタとネジが無言で顔を見合わせ、それぞれ別の方向を向いてしまう。

とてつもなく気まずそうだ。


「『アイツ』とか『あの子』とか抽象的だし、おまけに『若様』とか呼ばれてるし」

「う、うん、まぁ…………でも、あの事件がなくて普通に育っていればそう呼ばれていたと
思うから別に問題は…………」

「ヒナタッ」

「ネジ兄さん、シカマル君はどうせ私達が望んでも望まなくても全てを知ることになるんで
しょう?だったら問題ないと思うの」

「だが…………」


そこで、二人の会話はヒステリックな声に掻き消されてしまう。


「さっきから聞いていれば『仕方ない仕方ない』と、一体何度言えば気が済みますの!?」

「おい、アヤメ。だから大声は止めなさい。迷惑だ」

「そんなこと構いませんわ!あの子はヒナタかハナビ―――――いいえ、せめてネジさんと
一緒になってもらい、いつまでも面白おかしく暮らしていく予定でしたのよ!?それを、そ
れを奈良に奪われて…………しかも、よりにもよってその方法が博打だなんて、何をしたの
か、あなたは本当にわかっているのですか!?」

「もっともな意見だが、もう決まってしまった話なのだ。彼には申し訳ないが」

「まぁあ!日向ヒアシともあろう男が、自分の愚かさを棚に上げて開き直りますの!?」


…………随分と、壮絶な家族会議である。

自分の両親ほど激しい喧嘩を繰り広げる夫婦はいないと思っていたが、どうやらここにもい
たらしい。

いや、そんなことよりも。



「―――――なぁ、初歩的な質問してもいいか?」



ヒナタかハナビかネジと結婚って。


「名前云々よりもまず先に、相手の性別って何」

「い、一応男、かな…………?で、でも、ちゃんと女の子だから!」

「―――――っつーか、意味わかんねぇ」

「だろうなぁ、普通」


シカマルは背後で聞こえたソプラノにギョッとして立ち上がりかけたが、膝を立てた状態で
肩に置かれた手によって制止され、その中途半端な体勢のまま手の持ち主を見た。

すると、癖のない真っ直ぐな金髪をツインテールにした碧眼の美少女がそこに。

彼女はモスグリーンのタンクトップにデニムのスカートといった出で立ちで、その上に薄手
の白い上着を羽織っていた。

スカートからすっと伸びる白い足はまさに美脚と呼べるもので、シカマルはそこから目が離
せなくなってしまう。

世の美脚は、人類共通の世界遺産だ。


「なぁんか、シカマルの目が一箇所で止まってるのがすっごく気になるんだけど」


先程と同じ声に我に返ると、その辺の女が束になっても一網打尽にされそうなご尊顔が至近
距離にあった。

ちょっと待て。

この顔には見覚えがあるぞ。


「…………ナルトか?」


美少女は笑う。


「そ。ところでなぁんでシカマルがこんなトコにいんの?」

「そりゃこっちの台詞だ。なんでお前がわざわざ変化してまでこんなトコにいんだよ」

「だってここ俺の第二の家だし」

「ナルト君、お帰りなさい。えっと、私が説明するね」


ヒナタが手招きをすると、ナルトは首を傾げながらもヒナタの説明を黙って聞いた。

話が進むにつれて、その空色の目が大きく見開かれる。


「婚約?」

「うん、そうなの」

「誰と誰が」

「ナルト君とシカマル君が」

「…………マジで?俺とシカマルがぁ??」

「おい、なんでお前と俺なんだ」


そう言ってから、シカマルは自分で言ったことにナルト同様首を傾げた。

ナルトは今、ここが第二の家だと言わなかっただろうか。

ヒナタもネジも、ナルトがここにいることに対してこれっぽっちも違和感など感じてはいな
いような顔をしている。

むしろ、当然だとばかりなその態度。

もしかしたら。



「ナルト、頼む。もう一度正確に言ってくれ。なんでお前がここにいるんだ?」

「ヒアシ様が俺の後見人で、ヒナタとネジが幼馴染で、ここに自由に出入りできるから」


もしかしなくても、そうだったらしい。


「詐欺だ…………だってお前、男だろ?」


「いや、なんつーか…………男だけど、男ときどき女って感じ?」


そんな。

一昔前の児童書のタイトルじゃあるまいし。


「どーゆーことだよ」

「つまり、俺のこの姿は変化をしたからって訳じゃねぇの。ここだけの話、定期的に性別が
変わっちまうんだよ。今はちょうど陰期で―――――あ、女になる時期な」

「んなの聞いたことねぇけど」

「あぁ、そうだろうなぁ〜じゃなきゃ困るもん。それにしても俺とお前がねぇ…………」


ナルトは目を細め、シカマルを観察するように見たが、やがて満足そうに頷いた。


「ん、シカマルならいーんじゃない?浮気なんか絶対しなさそうだし、頭良いし、それに何
より将来有望そう―――――っつーか、俺が絶対そうするし。これで縁談の話、蹴れるな☆」

「縁談?なんだ、それは」


厳しい声でのネジの詰問に、ナルトは気を悪くするでもなく答える。


「裏任務で護衛してた商家の馬鹿息子が、あろうことか俺に懸想しやがってさ。『結婚してく
れー』だって。それで今、我等が火影サマにしつこい打診してるみたい。でも、こんな風に
なってるなら、それを理由に断れるだろ?なぁに、多少諦めが悪かろうと俺の(暗部な)
ワンコを一匹送り込んで、懇切丁寧に説得すれば万事オッケー!」


何をする気だ、何を。

そのワンコが絶対に動物だと思えないのは、シカマルの気のせいか。

ワンコの前に『暗部な』が入っていたような気がするのは、自分だけですか。

何やら機密めいた危険な香りが漂っているように思えるのは、思い違いですか。

そもそも、性格違いすぎやしませんか。

だらだらと一人汗を流しているシカマルの横で、ネジが安堵したように『ならいい』と言っ
た。

引き下がるな!

商家の馬鹿息子とやらが、生命を脅かされるような危険に晒されてるんだぞ!?


「あはは。シカマル、すっげぇ面白い顔だぜ?」

「お前のせいだ、お前のっ」

「俺ぇ?なんで俺のせいなんだよ」

「話を聞けば聞く程、お前が得体の知れない人間に思えてくるからだ!!」

「当然!そう簡単に俺の全てがわかるように振舞ってねぇもん。ところで」


シカマルから視線を外したナルトが、いまだに言い争っている夫婦を見やる。


「やっぱ、あの原因って俺な訳?」


肯定の代わりにネジが肩を竦めた。


「俺はあの仲裁のために呼ばれたんだが、ヒナタの言い分では役不足らしくてな。だが、お
前ならどうにかできるだろう?」

「さぁね、やってみなきゃわかんねぇけど」

「ナルト君ならどうにかできると思うけど…………もう止めちゃうの?」


ヒナタの危険な発言に、さすがのナルトも一瞬言葉を失った。
いつものヒナタではない。


「…………ヒナタさん、実はお怒りですか?」


ヒナタは柔らかく微笑んで、それを否定した。

ネジとシカマルが心の内で、『絶対嘘だ!』と更に否定する。

ナルトは釈然としないものを感じながらも、今のヒナタには深く関わらない方がいいことを
本能で悟った上で、とにかく後見人夫婦をどうにかしようと、二人へと意識を向けた。



「お二人とも、もうそんな低レベルな言い争いは止めませんか?」



壮絶な家族会議を繰り広げていた二人は、そこで初めてナルトの存在に気付いた。

ある意味実子よりも猫可愛がりしているナルトの帰還に、アヤメはヒアシに向けていたもの
とはまるで違う表情でナルトを迎える。


「あらあらあら!ナルトさん、お帰りなさい。任務はどうでした?」


「いつもと変わりなく―――――それよりアヤメ様、ヒアシ様も、そろそろその
不毛でしかない遣り取りは止めましょうよ。過ぎたことで今更
あーだこーだと言ったところで、この現状が覆される訳ではないんですから」


「ナルトさん…………」

「それに、シカマルに悪いと思いませんか?はっきり言わせて頂くと、これは親同士の間で
成り立ったものでしょう?話を聞く限りでは、シカマルにはなんの責任もありませんよ?」

「では、ナルト君はいいのかい?」

「婚約のことですか?まぁ、少なくとも『死んでも嫌』とは思いませんし、別に構いません
よ。ただ」


ナルトは顔に浮かべた笑みを深めた。

その笑顔には、何者であろうと有無を言わさない力が宿っている。



「そんな大切なことを酒宴の場で軽々しく―――――しかも酔った勢いで決められたことに対して
こん畜生☆と思ってはいますけど。
まったく、軽はずみなことをしでかして…………いやいや、
して下さいましたねvVヒアシ様にとって、俺は物ですか?」



台詞の途中、目上の者に対するには大変不適切な発言があったことを深くお詫びいたします。

実はナルトも、わずかに腹立たしく思うところがあったらしい。

アヤメに言われるよりも確実にダメージを受けたヒアシは、愚の音も出ない。

再戦の気配をまったく見せなくなったことでとりあえず満足したナルトは、妙にすっきりと
した顔でかいてもいない額の汗を拭うフリをする。


「―――――なぁんて偉そうに言っちまったけど、シカマル」


ナルトは晴れやかに笑い、ますますシカマルに顔を近づけた。

瞬きの音が聞こえてきそうな睫毛の長さまでわかってしまい、シカマルは言葉に詰まる。

相手は『あの』ナルトだというのに、なぜかよくわからないが心臓が暴れる。

男としては、美少女に詰め寄られて嬉しくないはずがない。

だが、話を信じるとやはりナルトであることに変わりはなく。

ナルトなんだ。

相手はナルトなんだ、と。

必死になって自分自身に言い聞かせても、雰囲気やら口調やら性格やら、ましてや性別まで
正反対のナルトがする不敵な笑みから目が離せなくなってしまうのだから、もう駄目だ。

抗うことなど無駄な努力でしかない。


「シカマルは、俺との婚約ヤダ?俺の場合、口実作りとヒアシ様の顔を立てることができる
なら、それでいんだけど。それに俺」




シカマルのこと、結構好きなんだぜ?




そんなことをそんな顔で言われて、落ちない男はホモだ。

自分が限りなく似たような立場に立たされていることを忘れているからこそ、生まれる思考。

どのみち選択肢などなかったシカマルは、近すぎるその魅惑の笑みをこれ以上直視しないように
目を泳がせながら、溜息混じりにこう言った。







「え〜っと…………んじゃ、まぁ、よろしく」







END







†††††後書き†††††


まともなシカマルは初めてです。ワァオッ!!(≧□≦)/// 今回は、はるか昔とも思え
る五万打アンケ(その節はどうもありがとうございました。。。)でリクが多かったシカナルを
書いてみました☆なんかふとスレナル子を書いてみたくなったんですが、でも完全に女の子
にするにはちょっとばかり抵抗がありましたので、こんな中途半端な状態でこのシリーズを
立ち上げることに…………。どうしてナルト君の性別が変わるのかは作中で明らかにしますが、
たいした理由じゃございません。(お決まりの九尾関連なんで)設定は基本的に同じなので、
あまり抵抗なく読めると思います。違うといえば、シカとナルを合法的に一緒にしてしまう
ということだけです。
こちらものんびり更新になりそうです。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送