喧  嘩
二人がなんの気兼ねもなく外を出歩けるのは、やはりと言うべきか夜だけだった。 月のない空の下、わずかな星明かりだけが光源と言える環境。 その中を、なんの苦もなしに平然と歩いているのは。 先日、ナルトの教育係として正式にその任に就いた、噂多きうちはの嫡男と。 こちらも別の意味で噂多き、金色の子供である。 教育係であると同時に暗部の部隊長である彼―――――イタチは、その二つの立場から、そ う毎日愛しい教え子に会える訳ではない。 イタチの都合が良い時に恒例となっているこの夜の散歩も、実に四日ぶりのことだった。 複雑な身の上と身体的な問題から、太陽の下を大手を振って歩くことができないナルトにと って、唯一外に出られるこの時間は愛すべきもので、それにイタチが加わってからは、指導 の時間と共に大切な生活の一部となっている。 故に、本来ならばナルトの表情は明るいはずなのだが、今のナルトは明らかに沈んでいた。 ―――――というか、何かに対して怒っていた。 いつもならばたいして気にもならない虫達の合唱が、今日はやけに煩わしくてならない。 小さな口をきゅっと引き結んで、延々と続く細い小道を睨み付けたまま、ナルトはけしてイ タチと目を合わせようとはしなかった。 どうしたことか。 その理由にまったく心当たりがないイタチは、その状況に耐えかねたように足を止めた。 「ナルト、一体何が気に入らないんだ」 イタチが足を止めたと同時に、自らもまた足を止めたナルトは、イタチかに数歩分離れた場 所に突っ立ったまま、視線を地面に縫い付けている。 「体調が悪いのか?」 「絶好調」 「俺のことで安曇さんに何か言われたか?」 「全然」 「じゃあ、伊吹さんに虐められたか?」 「普通逆だろ」 「…………それなら、なんだと言うんだ」 盛大な溜息をついたイタチに対し、ナルトはぷいっと顔をそむける。 「イタチ兄と火影のじっちゃんの考えてることがわからないだけだ」 「俺と三代目…………?それはまたなぜ」 コイツ、わざとか! 鮮烈な青が、漆黒の瞳と真正面からぶつかった。 「ふざけんな!俺を日向に預けるんだろ!?ネタはもうとっくに上がってんだよ!!」 軽く目を見開いたイタチだったが、すぐに秀麗な顔を顰めた。 心なしか、発せられた声が低い。 「誰からその話を聞いた」 「さっき名前が挙がった二人だよ!!」 「安曇さんと伊吹さんか。余計なことを」 「言っとくけど、あの二人を責めんのは筋違いだかんな。俺を無視して勝手に動いてたのは そっちだろうが。その件でこっちが責められる謂れはないし、イタチ兄にあの二人を責める 権利はない」 キッパリはっきり言い放つと。 ナルトを見下ろしているイタチは、不愉快そうに目を細めた。 「あの二人を庇い立てするのか」 「だって教えてくれたもん。情報提供者を大切に扱うのは常識だっつーの」 ナルトにしてみれば、そんなイタチの態度は神経を逆撫でするものでしかない。 単なる逆恨みとしか言えないイタチの反応が、今は憎らしくて仕方がなかった。 非難轟々。 全幅の信頼を寄せられていた子供にここまで言われては、さすがのイタチも折れざるをえな かったようだ。 どうやらショックだったらしい。 「わかった。あの二人に関しては何も言わない。だが、俺の話を聞いてくれないか」 「そーゆーのってさぁ、順番が違うんじゃない?バレたから慌てて弁解だなんて、まるで妻 に浮気がバレた夫みたいだぜ」 「浮気をしたつもりはないが」 誰かこの男を殴ってくれ! 堪忍袋の緒どころか袋本体まで破れてしまいそうなくらい血が昇ったナルトだったが、キリ がないとでも思ったのか、ギリギリと拳を握ることでなんとか耐えた。 自分の忍耐力に、万歳三唱。 この男相手にいちいち怒っていたら、いつか今までに経験したことがないレベルで怒髪天を 突いた時に、脳内の大切な血管が切れて即昇天だ。 そんな情けない死に方、冗談ではない。 「とにかく聞いてくれ、ナルト。お前に黙っていたのは悪かったと思っている。だが、この 処置はお前のためにどうしても必要なものなんだ」 「『俺のため俺のため』、はいはい。もう何度も聞きました。それで俺のために俺を里一番の 旧家に差し出すの?いい加減にしてくれ!」 「だから落ち着いて聞いてくれ。ナルトが危惧しているようなことはないから」 「知るかよ、そんなことっ!!」 「聞け!!」 いつになく厳しい声に耳朶を叩かれ、ナルトは過敏に反応した。 少量の怒気を孕んだ空気に、情けない程萎縮してしまう。 しかし、その一時の激情は夏の名残りをわずかに残した風に流され、すぐさま掻き消えてし まった。 黙り込んだナルトの両肩に手を置いたイタチは、ナルトと目線を合わせるように屈み込んで きた。 黒目と瞳の区別もつかない惚れ惚れするような闇色に至近距離から見詰められたナルトは、 復活する機会までも封じられる。 「日向はお前に何もしない。数ある名家の中でも、真実に近い九尾にまつわる伝承が最も多 く残されている一族だ。四年前の事件を根に持っている輩と同じ扱いをするな」 「…………」 ナルトが何も言えないでいると、そんなナルトの様子を見て苦笑したイタチがナルトの小さ な身体を抱き締め、幼子をあやすように背中をさすった。 子供らしからぬ物言いで忘れがちだが、実際、ナルトはまだ四歳なのだ。 恐る恐るといった体で、ナルトがイタチの肩口に顔を埋める。 「日向がお前を引き取りたいと言ってきた。当主のヒアシ様は、四代目と懇意な仲だったら しくてな。『これから先しっかりとした後見人が必要となるのだから、それなら私が』と申し 出て下さったんだ」 「…………な、んで?こんな厄介者、お荷物にしかならないのに」 「さぁな。俺はヒアシ様ではないからわからない。だが、本気なのは確かだ。くだらない陰 謀に、白眼を持つ貴重な子供を巻き込むはずがない」 「白眼を持つ子供?」 ナルトの鸚鵡返しに、イタチは小さく頷いた。 「ヒアシ様とヒザシ様の実子だ」 「―――――っつーことは、『ヒナタ』と『ネジ』?」 「知ってたのか?」 「名家の家系図が、火影邸の閲覧禁止本のどれかに書いてあったからそれで…………」 「なるほど、相も変わらず好き放題だな。だが、それなら話は早い。お前はさっき『里一番 の旧家に差し出す』と言ったが、今の段階では逆だな。ヒナタとネジを差し出してきた」 「…………は?」 数秒の沈黙の後。 顔を上げたナルトは、イタチから身体を離し、その大きな硝子玉のような目でイタチを見返 した。 「日向宗家の嫡子と、分家の筆頭家の長子を差し出してきた?」 「『歳もほぼ同じだから、ナルト君と馴染めるだろう』と仰られて。今はまだそれぞれの家に いるが、ヒアシ様はそのつもりで動いている。きちんとした段階を踏んで、ナルト自身から の信用を得ようとしているんだ」 「そこまでして俺なんかの後見人になって、なんの得が…………」 「それは御本人に直接確かめるんだな。もっとも、損得で動く方とは到底思えないが」 『とにかく、お前にとっては願ってもない話なんだ』 そう言われても、ナルトは釈然としない。 ただ、張り詰めていた緊張の糸だけは、ようやく緩めることができた。 「俺はまた、こんな中途半端な状態で放り出されるのかと思った」 「ん?」 「イタチ兄が俺の教育係になったのは成り行きみたいなものだから、嫌気が差したのかと」 容赦なく放り出されて、敵陣の中一人。 四面楚歌の状態で、隙を見せたら即公開処刑。 自分を捨てた人間を呪いながら、寂しく閉じる短い生涯。 笑い話にもならない。 「何を馬鹿なことを…………。いいか、ナルト。俺はお前に対して責任がある。お前が求め るモノを与え、お前がいつもお前にとって正しい道を歩めるように導く責任だ」 「知ってる。そーゆー契約だもんね」 「契約だからとか、そういう問題ではない。俺は、ナルトに何もかもを否定してほしくない んだ。誰も信じることができないのは、悲しいことだからな」 それは、一族の妄執に捕らわれているイタチ自身のことなのかもしれない。 うちはの嫡男でありながら、イタチが一族を嫌っているということは、出会ってすぐから知 っていた。 その辺りの事情には明るくないが、三代目の話では、最近かなり雲行きが怪しいとのこと。 「里を―――――大人を憎むのは当然のことだと思う。ナルトにはその権利もある。だから こそ、俺はお前に物事を見極める目を養ってほしいんだ。今回の件は、その最初の一歩とい うところだな」 「…………俺が納得するまで、後見人の話は保留にしてていいってこと?」 「そうだ。お前が全て1人で決めるんだ。俺と三代目は、その下準備をしたまでにすぎない」 「イタチ兄はずるい」 ナルトに『ずるい』と言われたイタチは、非難されたはずなのに、それはそれは嬉しそうに 微笑した。 「忍は皆そうだ。狡猾で卑怯。標的の逃げ場を奪い、追い詰め、確実に仕留める。わかるだ ろう?」 それがわかるから、こっちは苦汁を舐める思いを味わわされているのではないか。 ナルトのことに当人よりも余程真剣になっているイタチは、いつも自分よりも一歩先のこと を考えていて。 その思考回路に追いつけなくて、その度にぶつかってしまうのだけれど。 なぜだろう。 嫌いになどなれない。 なれるはずもない。 「まったく、三代目を差し置いて四歳児を説得することになるとは思わなかった」 「生き仏はともかく、俺も九歳児に言い包められるとは思わなかったよ」 互いに軽口を言い合い、声を洩らしてくすくすと笑う。 コツリと接触した額からは、相手の体温が感じられて酷く心地が良かった。 「心配すんな。イタチ兄の言う通り、ちゃんと自分で考えとくから」 「そうしてくれると大いに助かる。いや」 イタチはふと目線を上げ、自然と繋がっていた自分とナルトの手を見て皮肉気に笑った。 「お前の機嫌が治ったことの方が、正直助かったかもしれない…………」 それを聞いたナルトは、とても四歳児がするものとは思えない艶やかな笑みを浮かべた。 END †††††後書き††††† 喧嘩。別名『愛のメモリー』(笑)幸せだった頃の―――――しかし、別れ間近の二人です。 サイトの主なカプを『イタナル』にしておきながら、実際にイタチお兄様が出演している小 説が少ないことに気付き、フォローとして書き上げた一品でございマス。本当はこんな話じ ゃなかったんですがねぇ…………いや、ススキの話にしようと思ってたんです。植物のスス キ。結局書けませんでした↓↓この二人のパワーがすごすぎて、話を別方向に持っていかれ てしまいました。やですね。乗っ取りですよ、乗っ取り。さすが最強コンビ☆リベンジを試 みるつもりです。その前に五万打のリク仕上げて、尚且つまるマもどうにかせねば。
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