世の中の『幸せの絶対量』は、初めから決まっているのだという。

そして、その行き先はランダムと見せかけて。

実はある一定の基準を元に、同じところに集まるような仕組みになっているらしい。

別に、自分が不幸だとか。

そんなことを思っている訳ではない。

むしろ、そういう厳しい環境に置かれていた割には恵まれていた方だと思うし。

だからこそ、得たモノも多くあったと。

今ではそう思えるようになった。

ただ、なけなしのソレでさえも容赦なく奪われる理不尽さには、さすがに呪詛の言葉を撒き
散らさずにはいられない。

この世に生を受けて、かれこれ十二年。

里中が紅葉に包まれる『嘆きの日』には、一つ歳を重ねることとなる。

それは滞りなく済まされる、単なる『通過儀礼』のはずだった。




そのはずだったのだ。









執行猶予期間
                               嘘だ、と。 柄にもなく喚き散らしたくなった。 何もかもを否定して、告げられた事実をどこか遠くへと追いやり、そのまま忘れてしまえた らどんなに楽だろうか。 軋み始めた歯車が明らかに噛み合わなくなったとしても、『気のせい』だと自身に言い聞かせ て、何も知らない振りをしていたらどんなに楽だろうか。 たとえ、それが俗に言う『逃げ』だとしても、そうすることを止める資格がある人間は少な くともこの里にはいないのだから、ナルトが責められる謂れなど皆無である。 『そんなことある訳がない』と突っ撥ねて、何食わぬ顔をしていれば、平凡とは言い難いが 普段と変わらない生活が、これから先もずっと続いていくはずで。 しかし、それも到底無理な話。 その態度を貫き通すには、あまりにもその事実は重すぎる。 何か得体の知れない『恐怖』のようなモノを鼻先に突きつけられたナルトは、簡単に認めた くはない事項を語った女から目を離すことをせずに、じりじりと後ずさった。 「そんな馬鹿なこと、あってたまるかよ」 「ナルト…………」 「止めろ、そんな目で俺を見るなっ」 同情。 憐れみ。 焦燥。 悲しみ。 その手の感情が綿密に絡み合う、目。 里人から四六時中浴びせられた憎悪の眼差しよりも、相対する他里の忍びから向けられる敵 意の込もった眼差しよりも。 深く深く、突き刺さる。 傷を生み、広げ、肉を抉り、癒す間もなく血を滴らせ。 イタイ、と。 実際の口ではなく、心が悲鳴を上げる。 不愉快だ。 不愉快で不愉快で、不愉快すぎて仕方がない。 どうして自分が、こんな目を向けられなくてはならないのか。 どうして自分ばかりが、こんな想いをしなければならないのか。 どうして? 強すぎる思いは、噛み締められた下唇のせいで吐露されることないけれど。 その代わり、皮膚を破いてしまうのではないかと危惧してしまう程握り締められた拳が、何 よりもナルトの心情を物語っていて。 案の定、真白に変色した指の間からは、鮮やかな赤色が。 板張りの床に深紅の華をいくつも咲かせ、その勢いは増すばかり。 あぁ、なんて残酷。 見たことも会ったこともない『神様』って奴は、人間一人一人の生き方に差をつけることが、 余程お好きらしい。 「到底信じられないかい?そうだね、信じられないだろうさ。何せ、私だってとてもじゃな いけど信じられなかった…………」 女―――――綱手は、静かにナルトの手を取った。 室内に光源という光源がないせいか、病的な白さだけが異様に際立つナルトの手を両手で包 み込み、九尾の力で早くも塞がりつつあった傷口を、自らが得意とする医療忍術で治す。 「嘘や冗談だったらどんなに良かったか。私もね、もし砂粒程でも可能性が残ってるならっ て、さんざ駆け摺り回った。私だけじゃない。シズネだって自来也だって、万に一つの可能 性に賭けて、それこそ昼夜問わず駆け摺り回ったんだ。でも」 駄目だった、と。 そういうことか。 緊張の糸がプツリと切れたのか、ナルトの身体から一気に力が抜ける。 一瞬でも気を抜けばふらつくであろう足下を、尋常でない気力で床に縫い付ける様はさすが と言うべきか。 しかし、それがナルトの精一杯の虚勢であることは一目瞭然だった。 「も、いい」 今は考えるのも面倒で、億劫で、そんな答しか返せない。 口元に淡い笑みを浮かべたまま顔を上げたナルトには、感情という感情が一切存在していな かった。 「悪い」 「いーよ、もう」 「どうすることもできないんだ。悪い。『許してくれ』とも言えない」 「『いい』って言ってるだろ!頼むから、これ以上惨めな思いをさせないでくれ!!」 ナルトは綱手の手を振り払い、凄然な眼光を叩き付けた。 そんな言葉を、今更欲しているとでも思っているのか。 謝って済む問題ではないし、そもそも、謝ってほしいと思ったことなど一度もない。 だって、違う。 「ナルト…………」 「ばーさんが俺に謝ったからって、それが撤回されるのか!?違うだろ!!俺に謝って、そ れで一人だけ満足感を得ようとするなよ!!身勝手にも程がある!!!」 「それでも私は、お前に謝らなければいけないんだ」 「それは火影として?一個人として?」 「両方だな」 ナルトは、やってられないとばかりに大仰な溜息をついた。 「言っとくけど、ばーさん。それって、すっげぇ卑怯だかんな。わかって言ってるなら立派 な悪党だぜ?」 「私もそう思うよ」 「自覚した上で?あーヤダヤダ。これだから大人ってヤツは」 だから嫌いなんだ、と。 吐き捨て、綱手に背を向ける。 「ナルト?どこへ」 「どこだっていいだろ。何、未来ある若者の可能性を綺麗に潰してくれたってのに、もしか して追い討ちまで掛けようとしてくれてる?」 「もって三ヶ月だ」 ナルトは執務室の扉に手を掛けたままその動作を止めたが、振り返ることはしなかった。 「早ければ、明日にでも」 「…………そ」 短い返事だけを残し、今度こそナルトは部屋を出て行った。 綱手も、今度は止めようとはしなかった。 長い沈黙だけが、その場を支配する。 燈台の炎も静かに燃え続け、息遣いの音もしない。 薄闇の中に残された綱手に声を掛けたのは、始めから傍観者に徹していたシズネだった。 「ナルト君は、優しい子ですね」 綱手の意識が、シズネに向けられる。 「今更ですけど、本当にそう思います。わざとあんな物言いをして…………普段の彼なら、 そんなことは絶対ないのに」 「…………あぁ、本当に優しい子だよ。私が変な気負いをしないようにと、ちゃんと責めて いってくれたさ。ちゃんとね」 聡い子だから。 自分がその事実を受け入れるのに笑えば笑う程、必要以上に綱手が自責の念に苛まれるであ ろうことを知っていた。 もちろん、あの言葉の一部は本気だったのかもしれなかったけれど。 少しでも綱手の罪の意識を軽くしようと、わざと責めたりなんかして。 「まったく、妙なトコで演技が下手なんだから。私達に気取られるだなんて、まだまだだよ」 そんな彼が、無償に愛しい。 綱手は両手で目を覆った。 「なんで、あの子なんだろうな」 「…………わかりません」 「どうしてあの子ばかりが、重荷を背負わされるんだろうな」 「誰にだってわかりませんよ」 実の父親の手によって、贄にされた子供。 己の意志など関係なく九尾の器となって里を救ったというのに、迫害を受け。 里中から憎まれ、幾度となく危険な目にも遭い。 それでも生き延びて、強く逞しく育ち。 憎んでいるはずの里に、裏からずっと貢献してきて。 後見役の一族と、自分を受け入れてくれた数少ない人間との間で形成された小さな幸せを。 大切にして、それで良しとしてきた少年から、今度は全てを持っていこうとする。 そんなことが、本当にあっていいものだろうか? 「くそっ!」 綱手は声を荒げ、執務机に拳をぶつけた。 その尋常でない力を真正面から受け止めさせられた机は、見事に破壊され、見る影もない。 「一番大切なモノを守れなくて、何が火影だ!!私が火影になったのは、こんなことをアイ ツに伝えるためじゃないんだぞ!!!」 そうしてまた、失うのか。 命を懸けて守りたい、大切な大切な。 息子のような、弟のような、宝物のような金色を。 目から零れる液体を、綱手は止めることができなかった。 自分はあの子に救われたのに、いざという時、自分があの子を救うことができないなんて。 これで『五代目火影』などとは、まったく笑わせる話ではないか。 何もしてやれない自分が情けなく、もどかしい。 「誰か、アイツを救ってやってくれ…………っ」 ナルトを守ることができるのなら、本当に誰でもいいかから。 それがたとえ、どこの誰であろうとも。 もって三ヶ月、早ければ明日。 寿命を聞かされた当初はかなり動揺したものの、時間が経てば経つ程冷静になっていく自分 を、ナルトは異常なまでに客観的に捉えていた。 今思えば、何も『突然』という訳ではなかったのだ。 前兆は確かにあったし、それがあまり良くないことだということも薄々感づいてはいた。 ただ、少しばかり深刻かなと思う程度で。 もし万が一倒れたとしても、どうせ数日休めばまたいつもの生活に戻れるだろうと。 楽観的に考えていた。 まさか、こういうことになっているなんて考えもしなかった。 身体のあちこちが駄目になっていただなんて、考えもしなかったのだ。 「…………結局、それが甘かったって訳だ」 ナルトは自嘲気に笑い、星のない夜空を見上げた。 綺麗な真円を描く月から降り注ぐ月光が、ナルトの足下に濃い影を作る。 いつもは柔らかく感じるはずの光が、今夜に限っては痛く鋭いモノのように感じられて。 心境の変化でこうも違うものなのかと、今更ながらに驚かされる。 「…………御子」 隠形している安曇から声を掛けられたが、ナルトは口元に微笑を讃えたまま、誰もいない夜 道を歩き続ける。 「聞いただろ、四人共。俺は直にくたばるそうだ。九重の奴と一体化しすぎて、人間の身体 では融通が利かなくなったらしいぜ」 「坊」 「あんま実感ないんだよなぁ〜。三ヶ月後には、もうこの世にいないだなんて」 「ねぇ、姫ったら」 「さぞ喜ぶだろうな、里の連中は。九尾共々器が勝手に死んでくれるんだから。いや、でも 待てよ?俺が死ぬのはもう決定事項だとして、本当に九重も死ぬとは限らないのか。器が壊 れれば実質アイツを妨げる物はなくなる訳だし…………あ〜出る、かもなぁ。おい、九重。 十二年前の腹いせに暴れるのは結構だけど、日向とかその他諸々にはせいぜい気を配ってく れよ?」 「御子!!」 顕現した安曇に腕を取られたナルトは、ようやくその歩みを止めた。 「何?あ、もしかして俺が死んだ後の心配?大丈夫だって、お前等の身の振り方はちゃんと 考えてあるからさ」 「御子に全てを捧げた私達が、御子の死後に図々しく生きている訳がないでしょう。それよ りも、少しだけ話をする時間を頂けますか」 「…………構わないけど、いつもみたいな説教はゴメンだからな。とてもじゃないけど、今 はそんな気にはなれない」 「わかってますよ」 ナルトの腕を離した安曇は、暗部面を取り払って外気に晒した顔を痛ましげに歪め、自分の 胸の位置にある青い双方を見下ろした。 「…………何を、考えているんです?」 「何も考えてないよ」 「嘘ですね。あなたは考えているんです、これからのことを。このメンバーを前にして取り 繕う必要などありません。ですから、話して下さい」 ナルトは軽く目を見開いたが、すぐに穏やかな表情に戻ると、安曇の頬を指先で軽く撫でた。 「そうだよな、お前等にはわかるんだよな…………」 「話して下さい。でないと、御子が話して下さるまで私達皆、昼であろうと夜であろうとず っと付き纏い続けますよ」 「うーわぁーそれは勘弁!そういう変態はカカシの野郎一人で充分だ」 安曇の頬を軽く叩くと、ナルトは暗部装束のベストを身に付けた小さな胸を張り、翳りのな い笑みを浮かべた。 「なんつーかさぁ、正直俺、今は一杯一杯でまともな思考してないんだよね。整理しなきゃ いけないことがありすぎて、処理しきれない。とりあえず、事実だけは早めに受け入れよう と必死な訳だ。綱手のばーさんから寿命を聞かされた時、俺が始めに思ったことってなんだ と思う?」 「なんですか?」 「怖いって、思った」 ナルトの口から飛び出した単語に、伊吹が息を飲む。 今まで何かを恐れるような素振りなど微塵も見せたことがなかったナルトの、初めての弱音 だったのだ。 「らしくないだろ?でも、本当に恐かったんだ。危険な自殺願望者みたいに『死にたい』っ て考えてた時期もあったし、忍をやってる以上、任務で命を落とすかもしれないっていう覚 悟も持ってるつもりだった。いや、実際、持ってはいたんだよ。ただ、まさかこんなことに なるなんて思ってなかったから余計だったのかもしれないな。その次に考えたのが恨み辛み で、今は―――――あいつ等から、どうやって隠そうってこと」 「隠す?坊は隠し通すつもりでいるのか?日向にも?」 「あぁ」 「…………理由を、お聞ききしてもよろしいですか?」 とたんに硬くなった私兵達の声に、ナルトはくるりと方向転換し、またしても歩き出した。 それに置いていかれないように、と。 渋々歩き出した彼等に、前を見続けたままのナルトが言葉を紡ぐ。 「すっげぇ、大切なんだぁ…………。だから、悲しませたくなんかない」 「悲しませたくないから言わないって、それって違うよ。少なくとも僕だったら、たとえど んなことでも姫のことは教えてほしいもん。日向がそれを望むって、姫は本気でそう思って るの?」 なかなか痛いところを突いてくれる。 「望まない、だろうなぁ〜…………話さなかったら話さなかったで、万が一漏洩した時、と んでもないことになりそう」 「ならどうして?」 「やる気を出すための保険なんだ」 「保険?」 「そ、保険。もしかしたら、もしかするかもしれないだろ?」 それが奇跡に近いことなど、百も承知だ。 他ならぬ自分のこと、無駄な希望なのだということはわかりきっている。 それでもまだ、抵抗してみたい。 今までのそう長くない人生だって、流れに逆らって生きてきたようなもの。 最後の最後でもうひとふんばりするのも、悪くはないだろう。 「だから誰にも言うつもりはないし、綱手のばーさんから貰った初代火影の首飾りも返さな かったんだ。それに、あの状況で返したらばーさん間違いなく泣くだろ?」 まさか今、その人物が自分を思って泣いているなどということは、ナルトが知るはずもない ことだった。 浅ましいと、思われてもいい。 化け狐のくせに生に執着していると、罵詈荘厳を叩き付けられてもいい。 それでも、死にたくはない。 生きたいのだ。 「こんなトコで死んで堪るか」 まぁ、それが大部分の本音であるのだけれど。 振り仰いで部下の顔を見たナルトの目からは、張り詰めた糸のようなものが感じられた。 死に逝く者のソレではない。 ぽつりと呟かれた台詞は、主である少年の痛い程の決意。 「俺はまだ、何もしてないんだ…………」 私兵達もまた、不本意ながら一つの決意をした。 END †††††後書き††††† わざと、わざと意味ありげな終わり方にしてみました!っつーか、死にネタまがいのもので す。死にネタは前々から書いてみたかったんですが、オイラの中では、ナルト君が任務で死 ぬことはありえなかったので、こんな感じにしたのです。寿命を告げられて、残りの時間を どう過ごすのか―――――そういうことを中心に、これから先続けて行きたいと思っていま す。で、でもですね!すぐには死にませんから!!…………自分で書いておいてなんですが 、『コイツ、ホントに死ぬのか?』って感じです(だってスレナルは無敵だし)



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