親父は『仕事を休む』とか何とか騒ぎながら右往左往するばかりで。 そんな親父を家から追い出した兄貴には『知恵熱か?』と冷笑された。 おふくろは俺の部屋と台所とを忙しく往復中。 忘れかけていた日常に、少しだけ甘えてしまう情けない俺。
― 積想 ―
プラチナブロンドの美人さんに引き続き、セカンドキスをミスター救助人に奪われそうになったその翌日。
夏の浜辺のペンションでの有意義(?)なバイトを終えて帰宅した俺は、玄関に足を踏み入れたとたん地に臥した。
今になると数ヶ月とも思える異世界での数日は、思いのほか身体に負担を架けていたらしい。
「こうなると思ってた」
お決まりの台詞を吐くのは、見舞いに来たのか茶化しに来たのかよくわからない親友、村田ケン。
普通の人間だと思っていた彼が実は眞魔国の人間で、『猊下』と呼ばれる大賢者様で、向こうの世界でもこっちと変わらず良き相棒だと知ったのは、つい先日。
掴みどころがない奴だけど、頼りになる俺の理解者だ。
「だから言っただろう、渋谷。『レッドゾーンだ』って。仮面集団に囲まれた時に魔術を使ってたら、あの時点で君の命は無かったかもしれない。良かったな、この程度で済んで」
良くない。
「頭痛い、気持ち悪い、息苦しい〜村田助けて!」
「残念ながら、僕はギーゼラでもツェリ様でもないよ。君の苦しみは取り除いてあげられない。耐えてくれ」
「薄情者〜」
「はいはい。あぁ、ほら渋谷。冷え○タがずれてるよ」
幸か不幸か、家族の誰もが俺の症状を見て『夏風邪』だと思ってくれた。
まぁ実際、向こうでの俺の体験を知らなければ、そうとしか思えないだろう。
それでもただ一つどうしても言いたいのは、『日々の鍛練のおかげで風邪なんてそう簡単にひかないし、たとえひいたとしても寝込むほど軟弱じゃない』ということ。
それを胸を張って、大声で主張できないのが悲しいのだけれど。
その時、部屋のドアがノックされ、返事をするよりも早く、白いふりふりエプロンを着用した歩くロリータが入ってきた。
おふくろだ。
「ゆーちゃん、調子どう?おかゆ作ってきたんだけど、食べられるかしら?」
「いや、なんて言うか‥‥‥‥食欲な」
「『ない』だなんて言わせないぞ、渋谷。今の渋谷は、栄養があるものを食べてよく寝ることが最優先事項だ。おばさん、僕が見張ってますからそれを置いていって下さい」
あぁ、村田。
お前みたいな典型的優等生が笑顔でそんなことを言ったら、落ちないマダムはいないんだぞ。
ほら、すでにもうなびいてるぅ。
「あら、でもご迷惑じゃない?」
「いいえ、とんでもありません」
「そ〜ぉ?じゃあお願いしちゃおっかな♪」
俺の目の前で、俺が口出しすることが許されない、俺に関することが、俺の意思とは関係なく決定しつつある。
いつの間におふくろと村田はそんなに仲良くなってんだと問う暇もなく、もうすでに決定済みの事柄を盾に、おふくろが腰に手を当てた。
悪戯をした子供を戒めるかのような口調。
「い〜い、ゆーちゃん。村田君の手を煩わせちゃ駄目よ」
「‥‥‥‥了解」
「よろしい」
満足そうに頷いたおふくろは、実年齢よりも確実に若い顔に会心の笑みを浮かべ、軽い足音を立てて部屋を出て行った。
俺は村田に視線を戻し、へらっと笑う。
「マジで見張ってんの?」
「当然、せっかくおばさんが作ってくれたんだから、ちゃんと食べなよ?それに早く良くならないと、渋谷の大好きな野球もできないよ」
無条件降伏。
「努力します」
「そうしてくれ」
熱のせいで併発した関節痛の被害を最も受けている腰を叱咤し、起き上がる。
腰の後ろにクッションや枕を重ねると、気休め程度に痛みが治まった気がした。
村田から小さな器に移したおかゆを受け取り、蓮華ですくい、口に含む。
卵粥特有の柔らかな風味が、口の中一杯に広がった。
素直に美味しいとは思う。
だけど、それ以上口にする気になれなかった。
体調不良云々とかの問題じゃなく、理由は自分でもわかっている。
体調を崩して寝込んでいると、何もやることがないせいか、普段あまり使わない脳が活発になる。
暇さえあれば次々と思い浮かぶ、眞魔国にいる仲間のこと。
ヴォルフ、腰を痛めてたけど大丈夫だろうか。突然スターツアーズしちゃったから、大騒ぎしたんだろうなぁ。
グレタ、あの時別れたきりだけど元気だろうか。最悪の別れ方しちゃったから、今度埋め合わせしないとな。
グウェンダル、きっと俺の代わりに政務をやってくれていたはずだ。疲労で倒れたりしてないだろうか。
ギュンター、雪だとかお菊だとかよくわかんないけど、とりあえず無事だって言ってたな。ちゃんと謝って、お礼言わないと。
アニシナさん‥‥‥‥は、今日も変わらず絶好調だろう。
それから。
それから‥‥‥‥。
「おーい、渋谷。渋谷ってば」
「え、あ、何?」
「おかゆ零れるって」
「は‥‥‥‥?うわ、アチッ!」
「あ〜あ、言わんこっちゃない」
そう言いながら、呆れ顔の村田は俺の指を冷たいふきんで拭ってくれた。
「‥‥‥‥なぁ、村田」
「何?」
「感覚、あったけどさ、これって夢?」
「渋谷は一体どういう答が欲しいの?」
カラコンを外し、髪も元通りにして、俺と同じように双黒になった村田が、心の内を見透かしたように言った言葉が、妙に引っかかる。
「現実だよ、渋谷。今僕たちがここでこうして向かい合っているのも、向こうでの出来事も、全部現実」
「そう、だよな‥‥‥‥」
本当は、初めからわかっていた。
ただ、一度にいろんなことがありすぎて、頭の中で処理しきれていないだけ。
布越しに、彼から貰った青い魔石に触れる。
体温が上がっているせいなのか、それはやけに冷たく感じた。
「否定しないでくれよ」
ふいに、ナイジェル・マキシーンの演説中に聞いた村田の語りが甦る。
『渋谷、きっと何度も傷つくよ。死にたくなるほど辛いだろう。慎重且大胆に立ち回らなければ、実際に命を落とすかもしれない。大切なものを幾つも失って後悔でどうにかなってしまうかも。それを知ってもきみは、やるのかな。立ち止まらずにこのまま走り続けるのか?』
村田は大賢者様だから、それから起こるを彼なりに予測していたのかもしれない。
その本当の意味が今ならわかる。
あの時は深く考えもせずに返事をしたけれど、その気持ちに、嘘は無かった。
「‥‥‥‥俺さ、やらなきゃいけないことがたくさんある」
「うん」
「考えなきゃいけないことも、たくさんある」
「そうだね」
「帰らなきゃ、皆のところに」
あっちへ行っても、かつての絶対的守護者はもういないけれど、それでも。
きっと皆が、待っててくれるから。
「早く帰りたい」
「その時は僕も一緒だってこと、忘れないでよ?」
心強い言葉に、思わず笑みが零れる。
「あぁ」
「そうと決まったらまずそれを完食してもらわなきゃ。できなかったらペナルティーね」
意地が悪そうに笑った村田を見て、俺は一気に脱力した。
「お前、俺の決意をなんだと思ってんだよ」
遠く離れた異界の地に思いを馳せて。
END
†††††あとがき†††††
記念すべき初のまるマ小説はユーリ+村ケンでした。
読んでわかる通り、時間軸は『地マ』終了後です。
読み終わった直後は、ユーリに対するコンラッドのあまりにも酷な態度に憤慨していましたが、
冷静に考えてみれば、やっぱり彼にもそれなりに事情というものがあったんでしょうね。
(ユーリ以外の人間を『陛下』と呼ぶ事情はなんなんだよ!!!‥‥‥‥という気もしますが)
カロリア編でユーリは大切なものを一つ失ってしまいましたが、それでも比較しようのない大切なものを得ることができました。
これからどうなっていくのか、すごく気になるところです。
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