吐く息が白い。
真冬近い秋の空には、広範囲にわたり鰯雲が浮かび、太陽の陽射しを遮っていた。
温もりが感じられなくなった風は木枯らしでも真似ているのか、容赦なく吹き付け、コートの裾を攫っていこうとする。
六尺にわずか満たない身長を持つ金髪の少年―――――アルフォンスは身震いし、ハイネックのセーターを着込んでいるにも関わらず、厚いコートの襟を立てた。



温かくなろうか



先を行く一つ年上の姉の姿を目に映し、アルフォンスは呼びかける。

すでに、幾度目であるかもわからない。

「…………姉さん」

返事はない。
大きな茶色の紙袋を抱えた、金髪に同色の大きな猫目が特徴の少女―――――エドワードは、背中の中程まである髪を風になびかせ、清楚な白いワンピース姿でガシガシと大地を踏み続けた。
ワンピースの上に赤い薄手のジャケットを身につけているとはいえ、この陽気では見ているこちらの方が寒くなる格好に、アルフォンスは嘆息する。

「姉さん…………」

「なんだよ!?」



足を止めて振り返ったエドワードの目を見て、アルフォンスは泣きたくなった。
エドワードの瞳の奥に、真っ赤に燃え盛る炎が見える。
怒りはいまだ解けてはいないらしい。

「いい加減認めちゃおうよ」

「何を!?」

「寒いんでしょ?」

「全っ然、寒くなんかない!」

嘘だ。
大きく開いた襟から覗く肌は、白を通り越して青白くさえ見えるし、肩も小刻みに震えている。
普段はほんのりと赤く色付いている唇は、色を失っていた。

それなのに、エドワードは『寒い』という人間として当然の反応を一切認めようとしない。
一体、何がエドワードをそうさせるのだろうか。

「もっと厚着しようよ」

「絶対しない!」

すでに聞き飽きた返答に、アルフォンスは本格的に頭を抱えたくなった。

「なんでそんなに頑ななのさ〜…………」

『信じられない』と肩を落としたアルフォンスに、今度はエドワードが『信じられない』とばかりに目を見開いた。

「…………お前、わかんないの?」

「うん」

「マジで?」

「ごめん、全く」

エドワードの血色の悪い頬に朱が差した。
その原因は、照れでも羞恥でもなく、怒りだ。
本々強かった眼光が、拍車をかけたように鋭くなる。

「馬鹿っ!」

突然の罵声。
エドワードはアルフォンスの脛を蹴り、履きなれていないはずのパンプスで危うげもなく走って行ってしまう。
アルフォンスは、投げつけられた罵声と痛みを如実に伝える足に呆然としかけ、慌ててエドワードを追いかけた。
途中、近所の顔なじみのおじさんやおばさんとすれ違った。
農作業や家事をこよなく愛する朴訥とした彼らは、人好きのする笑顔全開で親しげに話し掛けてくる。

「やぁ、アルフォンス君。エドワードと喧嘩かい?」

「相変わらず仲が良くて羨ましいよ。家の馬鹿な子達に、あんならの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいさ〜」

「すいません、急いでるんで!」

冗談ではない。
確かに、常の二人なら『仲が良い』は適切な表現だろう。
しかし、今は明らかに違う。
はっきり言って、姉弟の危機だ。
先程の会話から察するに、身に覚えはないが、どうやらエドワードに言わせてみればアルフォンスに否があるらしい。
家に帰ったエドワードが天の岩戸に閉じこもる前に、なんとかしなければならない。
アルフォンスは最愛の姉の後を追うべく、自分もまた歩調を速めた。

「姉さん、待ってよ!」

応える声はない。
それ程距離が離されてしまったのだろうか。
それとも、ただ単に無視されているだけなのか。

「姉さ―――――って、何してるのさ」

先に行っていたはずのエドワードが、道の端でスカートが汚れるのにも構わずに座り込んでいる。
土手の小道を外れて転がっていったのか、買ったばかりのリンゴとオレンジが坂の下の辺りに散らばっていた。
その他の物も、エドワードを取り囲むようにして散らばっている。
盛大に転んだということは、想像するまでもない。

「―――――いだ…………」

「え、何?聞こえないよ」

「全部お前のせいだ!俺が転んだのも、寒いのも、ポストが赤いのも空が青いのも全部お前のせいだ―――――っ!」

血を吐くような、乙女の主張。
しかし、それは完全に言い掛かりだった。
アルフォンスは心底困ったかのように首を傾げ、エドワードの隣りへと腰掛ける。

「姉さん、僕心当たりないんだけど…………姉さんが気に喰わないこと、何かした?」

エドワードは首を左右に振った。

「じゃあ言った?」

エドワードは再び首を左右に振った。
とりあえず、アルフォンスは謝ってみた。

「ごめんね?」

「…………お前は、心当たりがないのに簡単に謝んのかよ」

「う〜ん、違うけど…………だって姉さんは理由もなく怒る人じゃないでしょ?」

「俺じゃなくたって、理由もなく怒る奴なんていねーよ」

「うん。だから、ごめんね」

エドワードはアルフォンスの顔をまじまじと見つめ、長々と息を吐き出した。

「そうだよなぁ〜…………お前ってそういう奴だもんなぁ。怒る気にもなれないぜ」

「え、それって」

「お前は悪かねぇよ。俺が勝手に騒いで、勝手に怒ってるだけ!」

十代後半に差し掛かったというのに、子供のように頬を膨らませていじける姿は、綺麗なはずなのにどこか可愛らしい。
我が姉ながら最高だ。
アルフォンスが一人で悦に入っていると、不穏な空気を感じたのか、エドワードがじと目でアルフォンスを見上げてきた。

「なんか変なこと考えてねぇ?」

「う、ううん!なんにもっ」

「ふ〜ん?別にいいけど…………あーそれにしても寒いぃっ!今年の冬は厳しいって本当だぞ!」

開き直って声を張り上げたエドワードに、アルフォンスは眉を寄せた。

「だから言ったのに…………。意地を張ってたのは姉さんだよ」

心の中で『こういうのを自業自得っていうんだよね』とぼやく。
もちろん、実際に口に出すような無様な真似はしない。
口に出したら最後、ようやく戻りかけたエドワードの機嫌が急降下することは確実だ。
アルフォンスは口を噤み、無言でエドワードの腕を引いた。
相も変わらず『豆』、『ミジンコ』扱いされているエドワードは、少しは身長に変化の兆しが見られたものの、小柄であることに違いはない。
一方アルフォンスはというと、一時期は鎧生活強いられていたが、元に戻った身体は万事快調。
その年齢の平均以上の身長である。
だからして、エドワード程度の身体はさした力もなく軽々と持ち上げられた。

「姉さん、こうすれば寒くないでしょ?」

とっさのことに音を立てて石化したエドワードは、自分の状況を察知すると、先程とは別の意味で頬を紅潮させた。

「ア、アルッ!」

「あれ、まだ寒い?」

「い、いや、温かいけど、でもっ」

「そう?良かった。ならいいじゃない」

いつものように柔らかく微笑むと、エドワードは言葉を詰まらせた。
何かを言おうと口を酸欠の金魚のようにパクつかせるが、結局その口から飛び出すものは何もない。
エドワードの華奢な身体を後ろから抱き込み、コートの合わせで包む様は、姉弟という立場からしてみれば多少異常と言わざるをえなかった。
まるで、どこぞのバカップルだ。
二人の世界、完★成。

「二人分の体温って温かいね、姉さん」

「…………そだな」

「これからはちゃんと厚着してね?それで姉さんが体調を崩したら嫌だもん。あ、でも」

アルフォンスはエドワードの耳に、甘い囁き声を送り込んだ。

「こういうのだったら、僕はいつでも大歓迎だけどね」

そんな二人の様子を、あちこちに散らばった品物だけが見守っていた。



▼☆▲  ▼☆▲  ▼☆▲



「―――――な〜んてことがあったんだよ。その時の姉さんの可愛いこと!さすが僕の姉さんっ!でもなんで厚着に対してあんなに頑固に否定してたんだろ―――――って、ウィンリィ聞いてる?」

「えーえー聞いてますとも。けどノロケは他でやって!私は今仕事中なのよっ!」

ボルトを握り締める手に浮かぶ、数本の青筋。
ウィンリィはつなぎ姿も勇ましく、作業場の入口兼出口を指差した。
曰く、『お帰りはあちらです』。
アルフォンスはすぐさま抗議の声を上げた。

「そんな!酷いよウィンリィッ!」

「何が酷いもんですか!元の身体に戻ってからというもの、毎日毎日エドとのイチャラブ話を聞かされるコッチの身にもなりなさいよ!それはむしろ私の台詞だわっ!」

「もっと聞いてよっ!」

「調子に乗るんじゃないわよ!あんた私がなにも感じてないとでも思ってるの!?私だって、私だってぇっ!」

エドワードと買い物に行ったり、女の子同士の話をしたり、エドワードに可愛い服を着せたりしたいのに。
目の前の一見善良そうな腹黒少年が片時もエドワードから離れず、ウィンリィの楽しみをことごとく奪い、尚且つエドワードがあーだこーだと並べ立ててくる毎日。
これでキレない人間は人間ではない。

「いーわよ!あんたがそのつもりなら私だけが知ってるエドの秘密、教えてあげないからっ!」

「ね、姉さんの秘密!?」

動揺。
アルフォンスの目の色が明らかに変わった。
見事なまでに餌に食らいついたアルフォンスを見て、ウィンリィは口に手をかざし『ホホホ』と笑う。
その目は『してやったり』と楽しそうに波打っていた。

「そーよぉ〜私しか知らない、エドのヒ・ミ・ツ☆『言わなくてもわかるようになるまで待つ』って言ってたけど、あんた変なところで鈍いから無理でしょ?この機会を逃したら最後、二度ときけないかもね〜」

「そ、それは一体なんなの!?あぁ、でも待って!姉さんのことで僕が知らないことなんてあるわけないんだよ!?スリーサイズはもちろん、最近の会話・行動記録も全部知り尽くしてるのにぃっ!」

「あんた、それはストーカーの域よ。止めなさい」

「とにかく、教えて!」

感極まってウィンリィの肩を鷲掴みにしたアルフォンスに、ウィンリィは勝ち誇ったような笑い声を上げた。
高笑いだ。

「いーわよ〜ただし!今度の日曜のエドの時間は貰うわよ?もちろん盗聴盗撮尾行なしで」

「えぇっ!?そんな、横暴だよ!」

「何言ってるの!当価交換よ。錬金術の基本でしょ?文句あるっていうの?」

「ありません、ウィンリィ様」

「よろしい」

ウィンリィはアルフォンスの真正面になるように居住まいを正し、足を組み、アルフォンスに顔を近づけた。
ここには二人以外誰もいないが、無意識の内に声が低くなる。

「い〜い?私が言っただなんて、絶対にエドには言わないでよ?」

「誓って―――――それで、姉さんの秘密って何?」

「そう、それだけどね。あんたがさっき言ってたことが関係してるのよ」

「僕がさっき言ってたこと?」

「エドが厚着をしたがらない理由よ!あれね、原因はあんたなのよ」

「え、ぼ、僕ぅ?」

自分自身を指差し、頭上に幾つもの疑問符を浮かべるアルフォンス。
『そう、あんたよ』と念押ししたウィンリィは、何かを思い出して目を潤ませた。

「あんた、エドが女らしい格好してるとすっごく嬉しそうな顔するでしょ?だからよ。今日厚着をするのを嫌がったのも、女の子らしい防寒着をまだ持っていなかったからだわ。私ので良ければって、私の着ていた物をあげる予定があったもの。まったく、涙が出るような乙女心よね」

今思い出しても惚れ惚れしてしまう。
目元を桜色に染め、居心地の悪さから落ち着かない様子は、まさに小動物。
同性のウィンリィでさえもクラリときた程だ。
はっきり言ってしまえばがさつなエドワードから、悩殺ものの様子を引き出すことができるアルフォンスが、憎くもあり羨ましくもある。

「これがエドの秘密よ―――――って、あれ?アル?ちょっとどこ行ったのよ!?」

肌を撫でる冷たい空気を感じ、ウィンリィはふと視線を移した。
しかし、そこにアルフォンスの姿はなく、あったのは開け放たれたドアだけだ。
どうやら愛しの姉上の下へ飛んで帰ったらしい。

「…………やだ。あの様子じゃ、私が話したことバレバレじゃない」

しばしの間唸っていたウィンリィだったが、やがて『ま、いっか☆』と気を取り直した。
とりあえずは、今度の日曜を楽しみにしておこう。



―――――遥か遠くから、『姉さぁ〜んvv』という叫び声が聞こえてきた気がした。



―END―



†††††後書き†††††



アルエド子―――――今、オイラでかなり高い位置を陣取っているカプです。
大好きですっ☆☆☆
姉(兄)思いのアルフォンスと弟思いのエドワードはかなりツボです。
他にはロイエドとかエンエドとかも大好きですが、とりあえずは、オイラのなんかよりもっともっと素晴らしいサイト様で欲求を満たしているしだいでございマス。
ちなみにこの小説の設定は、『元の姿に戻った二年後の、帰省中の二人』ですね。
エドワードが実は『エド子』なのは、マスタング一派は知りません。
別に秘密ではありませんが、自己紹介にわざわざ性別を言わないのと同じ理由で。
まぁ、その話もいつか書きます。
いつかね。



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