本物と偽者と-6-
代官と越後屋の怪しげな密談が行われるのは、寝室と間続きになっているそう広くない一室 と相場が決まっている。 このケースも例から洩れることなく、『道徳』と『恥』という二 つの言葉を知らない駄目な大人代表が、値が張るだ けでとても実用的だとは思えない着物を纏い、その部屋の上座近くでニヤニヤといやらしく 笑っていた。 血管が浮き出た頭をへこへこと忙しなく下げる越後屋が、木目が美しい木箱をそっと差し出 す。 「お代官様、山吹色のお菓子にございます」 「ぅん?」 興味がないのを装っているのか、その声のトーンは寝起きのように低い。 越後屋が二重底になっている木箱の、本物の菓子が入っている上部分を外すと。 隙間から覗くのは、キラリと輝く黄金の塊。 実のところそれを心から待ち望んでいた代官は、先ほどまでのテンションが嘘のように、脂 肪が乗った重そうな目を三日月形にして、その上下品に光らせた。 「越後屋、お主も悪よのぅ…………」 「いえいえ、お代官様ほどでは…………」 そして、高笑い。 お約束の遣り取りをした直後、まさにそれが終わるのをわざわざ待っていたかのようなタイ ミングで。 「邪魔するぜっ!」 スッパァーン!!! 障子を乱暴に開けて乱入してきた、美少女が一人。 金髪碧眼。 あと数年もそれば、絶世の美女になる要素を持ち合わせている少女だ。 何者にも膝を折ることのない不屈の魂を宿す瞳から感じ取れるのは、怒りの念以外の何物で もなく、そのくせ口元の笑みは絶やされることがない。 アンバランスにもほどがあるその表情は、しかし、少女の魅力をまったく損なわせなかった。 この少女、言わずもがな『うずまきナルト』である。 ナルトは嘲う。 「こんなトコで天然記念物並の馬鹿面を突き合わせて、一体なんの 相談ですか?」 フリーズ。 言葉使いは丁寧なのに、その台詞の意味が破滅的に悪かった。 純粋な悪意は、悪意を悪意と認識するまでにかなりの時間がかかるらしい。 それどころか代官は、その言葉さえ、しっかりと解読できなかったようだ。 気色悪いほど上機嫌に、扇子を持った手で手招きする。 「お、おぉおぉ、酌をしに来たのだな。これはまた滅多にお目に掛かれない美人ではないか。 ちこう寄れ、ちこう寄れ」 ここに人間語が通じない阿呆がいます! 「なんでこの俺が、テメェみたいな好色ジジイの側にいかなきゃならねぇんだよ。身の程を 弁えやがれ。枯れかかって絞り出すのも困難な時 期に突入してるくせに、何が『ちこう寄れ』だ」 一歩間違えれば、放送禁止用語の嵐。 音声の上にピーが入るそのギリギリのラインを爆走しているような言動に、脳味噌の容量が 少ない代官に代わり、越後屋が憤慨する。 「な、なんと無礼な!」 「無礼?上等だ。俺はテメェ等みたいな金と欲望の権化に尽くす 礼があるほど小さな器してないんでね、『無礼』って言わ れるのは最高の褒め言葉なんだよ」 絶句、である。 数々の悪事に手を染める度胸はあるのに、『足を洗う覚悟』と『豊富なボキャブラリー』はな いらしい。 代官は口を大きく開けたまま扇子を落としてしまうし、越後屋は越後屋で腹話術の人形のよ うに口をパクつかせるが、そこから反論の言葉が飛び出す気配は微塵も感じられなかった。 二人に代わって反応を返してくれたのは、大きな足音を立てて廊下を走ってきた男。 その男は、ナルトの姿を認めると激しく動揺した。 当然だ。 ここにいるはずがない人間が、いてはならないところで堂々と仁王立ちしているのだから。 「お、お前、なぜ!?地下に放り込んだはず―――――ッ!!」 自分の物よりも遥かに安っぽい色合いの、髪と目。 お山の大将気取りで仲間を背後に連れている偽金狐に、ナルトはついと視線を向けた。 「木の葉の金狐ともあろう男が、随分と遅い到着じゃねぇか。雇い主に不審人物が近づいて るってのに、大音量の口論を聞くまでどうしてわかんないかなぁー。『同じ屋敷』っていう狭 い範囲内にいて、忍のくせに気配で人の行動を把握することもできない訳?」 少しも取り繕うことをせずに曝け出した、侮蔑の態度。 偽金狐は、自分の立場が悪くなる情報を持っているナルトの言葉に顔色をなくし、わずかに 後ずさった。 まずいことになった、と。 偽金狐の目がそう言っている。 この男が『木の葉の金狐』になり代わろうと考えた時点で、すでに半端でなくまずいことに なっていたのだから、今更だ。 よりにもよってこんな時ばかり、代官はナルトの台詞をしっかりと聞いていた。 「こ、これ金狐。この娘の言うことも一理あるぞ。いかがしたのだ。お主、百戦錬磨の忍で あろうっ!?」 慌てふためく代官。 すでに代官の存在などとうの昔に頭から消えていたナルトが、耳障りだとばかりに苦無を放 つ。 雑に投げられたかに見えた苦無は、稲を纏めて刈ったかのような音を立てて代官の髷を落と した。 宙に舞うのは幾多もの毛髪。 落ち武者のようにザンバラになった髪が肩に落ちるまでが、やけにゆっくりに感じる。 「テメェの意見なんざもう聞いてねぇんだよ。 そこの金繋がりのお友達と一緒に、座布団でも被って 部屋の隅で震えてやがれ」 『温度を感じさせない』と言うよりは、絶対零度の瞳の前に晒された代官は、出そうになる 悲鳴を懸命に飲み込んだ。 その一連の出来事を見て。 「お、お前、忍か!」 今頃になって苦無を構えた偽金狐に、ナルトは素で驚いてしまった。 「まさかとは思ってたけど、本当に気付いてなかったのか? 普通の人間が木の葉の金狐に関する情報を持っているはずが ないだろうが。アンタの里は何を教えてたんだ。 本当にわからなかったのか??」 本当にわからなかった偽金狐は苦無を握る手を震わせて、目尻を吊り上げる。 「だ、黙れ!!お前が何者かは知らないが、知った風な口ばかり叩くんじゃない!!俺は木 の葉の金狐だぞ!?」 「まぁたそーやって墓穴掘っちゃって〜…………アンタもつくづく学習能力ってもんがない 男だね。あのさ、どうせ木の葉の金狐を名をかたるなら、最低限上忍並の実力くらいつけと けよ。ちょっと、そこ。他人事みたいな顔してるけど、取り巻きさん達も同じだぜ?」 はっきり言ってアンタ達弱すぎ。 中途半端な実力しかないってのに、そのくせ、『木の葉の金狐』の名を汚すことに関してだけ は『超』が付くほど一流で。 むしろそれは一種の才能かもしれないけれど、本物にとっては迷惑なことこの上ないんです。 「アンタが往生際悪く『木の葉の金狐』だって言い張るのは、俺にとっては『偽者 ですから、どうぞ思う存分殺っちゃって☆』 っつってるのと同じなんだよ」 「うるさい!俺は、俺は木の葉の金狐なんだっ!!」 この男、まだ言うか! 追い詰められた偽金狐が、苦無を振りかざし、ナルトに襲い掛かってきた。 その攻撃を、ナルトは特に焦りも身構えもせずに受ける。 顔面目掛けて突き刺すように繰り出された苦無を、横に一歩動いただけで避けた。 続いて、攻撃していいものか憚られるような隙だらけの手首を左手で掴み、交差した右手で 偽金狐の襟首を掴むと、合気道の要領で一気に地面に引き倒す。 起き上がることができないように首の後ろに膝を乗せて完全に動きを封じ、奴の手首を掴む 手に力を込める。 「ほぉら、こんなに弱い」 ミシッ、と。 通常ならば考えられない、骨が軋むような音がすると。 大袈裟に喚いた偽金狐の手から、苦無が落ちた。 偽金狐に続こうとしていた取り巻きは、完全に出鼻を挫かれてしまった。 それぞれ忍具を手にしてはいるが、偽金狐の現状を目の当たりにし、間抜けな彫刻のように 動けなくなってしまったのだ。 力の限りもがく偽金狐を軽々と押さえつけたまま、ナルトは残りの四人を見てちょこんと首 を傾げた。 「…………やんの?」 ブンブンブンブンブン!!! もとよりナルトは、一糸乱れぬ動作で激しく首を左右に振った四人に興味はない。 そこへ。 「御子、なかなか素晴らしい光景じゃないですか」 いつの間に現れたのか。 ナルトのすぐ側で腰を屈めた安曇が、誰よりも低い位置に頭を置いている偽金狐を見て、そ れはそれは可笑しそうに笑っていた。 当然すぐ近くにいることを知っていたナルトは、たいして驚きもせずにそこにいる安曇の存 在を受け入れかけ、そして頭の中に疑問符を浮かべた。 それは、ナルトだからこそわかる違和感。 「…………なんで機嫌悪いの?こうして俺のトコに現れたってことは、証拠が見付かったん だろ?」 「見付かったには見付かったけどな。もう、まいったまいった。坊の言った通りだ」 刹那の場合は、安曇よりもわかりやすかった。 顔に露骨に出ているのだ。 「俺の言った通り?―――――って刹那、お前まで。じゃあ、鴇も?」 証拠となる連判状を持っていたのは鴇。 四つ折りにした上等な和紙は丸められ、朱色の縒り紐で結ばれていた。 その連判状をナルトに手渡した鴇の表情もまた、厳しい。 「俺の言った通り、俺の言った通り、俺の…………あぁ、もしかして探すのに手間取ったと か?」 「手間取るどころの話じゃ済まねぇんだよ。普通だったら大切な物は文箱の中とか、それで なくても道具入れに入れるだろ?」 「普通はな。でもこの場合は普通じゃないだろ」 「えぇ、確かに普通ではありませんでしたね。ですから私達も『普通ではないところ』を探 したつもりです。しかし、あの場所はあまりにも…………」 「そ、そんな酷な場所だったのか…………?」 恐る恐る聞き返したナルトに、刹那が目を据わらせながら答えた。 「厠だったんだ」 「…………は?」 「厠。トイレ」 「そ、それはわかるけど」 「厠の物置だったんです」 「物置?」 「そこにトイレットペーパーの在庫が山積みされててさ、そりゃもうピラミッドみたいに」 「とにかくすごい量だってことね。それで?」 「その一番下のトイレットペーパーの芯の 内側に、両面テープで貼り付けてあったん です」 「…………」 探したんだ?そんなところまで探したんだ!!? 「か、簡単に見つけられないとは思ってたけど…………」 これはあんまりではないだろうか? 安曇が穏やかに笑う。 「私、少しばかりコレを隠した張本人に八つ当たりをしてやりたいと考えてい るんですが―――――いえいえ、あくまでほんの少しですよ? 座布団を被って臀部を突き出しながら震えている そちらのご老体がそうでしょうか?えぇと」 ナルトは額を押さえて嘆息し、控えめに指差した。 犯人はコイツです! 「右」 「右が代官?小賢しい真似しやがって!おい、顔貸せ、顔!!」 「ひ、ひぃ―――――っ!!!」 「あ、逃げるぞ!鴇、逃がすなよ!?オヤジ狩りだ!!」 「刹那、そんな物騒な言葉にしないで頂けますか?お礼参り辺りにしておきましょ うよ」 「おいおいおい、お前等殺すなよー?この馬鹿共の処分は町の人達がするんだからな」 「ただいま〜って、何、この騒ぎ!」 「伊吹か。実はかくかくしかじかで」 「お、お前等一体なんなんだ!!」 足の下からの切ない叫びに、ナルトはこの場面でようやく偽金狐を拘束し続けていたことを 思い出した。 気分的には、『まだいたの?』。 偽金狐は上擦った声で、もう一度同じ内容を叫ぶ。 「お前等一体なんなんだ!!目的はなんだ!!?何がしたいんだ!!!お前等のせいで、何 もかもがメチャクチャだ!!!」 ナルトはうるさい男の上から膝を退け、この中で『余計な口出しをせずに黙って静観』とい う最も利口な態度を貫き通している偽金狐の仲間達の方へと、偽金狐を乱暴に捨てた。 無様な格好で尻もちをついた偽金狐が反射的に顔を上げると、先ほどまで自分に蛮行の限り を尽くしていた美少女の姿はそこにはなく。 そこにいたのは、まったく同じ鮮やかな色彩を持つ、ようやく十代に突入したような少年。 独特の忍び装束を纏った姿で偽金狐の顔を覗き込むようにしゃがみ、裏返しにした白塗りの 面を口元に添え、艶やかに笑っていた。 その側にいた鋼色の髪の少女も、瞬きする間に男性体をとっていて。 秀麗な顔立ちをした少年と揃いの忍び装束を、当たり前のように身に纏っている。 泡を噴き、白目を剥いて気絶している代官を引き摺っている小豆色の男も。 『お前も同罪だ』とばかりに、越後屋から座布団を奪い取っている黒髪短髪の男も。 『もう何もかもがどうでもいい』とでも言いたげに、酷く冷めた目付きで金色の少年以外を 見る異国の男も。 本当にいつその姿になったのか気付かなかったが、同じ忍び装束に、同じ白塗りの面。 彼等の左腕には炎を象った刺青が彫られていて。 偽金狐の記憶が正しければ、確かそれは、木の葉の暗部の証だったはず―――――。 「…………え?」 「やっと気付いたんだ、偽金狐さん?」 くるり、と。 少年が手の中の面を表に返す。 所々朱が差された白塗りの、狐面。 「「「「「―――――ッ!!!」」」」」 「人様の名を使って、随分と好き勝手やってくれたみたいだなぁ。楽しかった?」 ニコリ☆ 修羅が、修羅がここにいる! オリジナルのボスを目の前にし、顔面蒼白になって硬直してしまった偽者集団は、この世の ものとも思えない、実に美しい光景を目の当たりにした。 一点の曇りもない透き通った青が、最も美しい光を放つ瞬間。 十二歳の少年の目から、戦神の目になった時だ。 「今更謝っても、許してやんないからね?」 ―――――後日。 『木の葉の金狐』に関する悪評は、今まで本物だと思われていた、なぜかズタボロの男達の 自白によって一掃された。 更に、不正を働いていた代官と越後屋、その他関係者を証拠付きで役所に送りつけた謎の人 間こそ『本物の木の葉の金狐』だと判明すると、以前よりも『木の葉の金狐』のファンは急 増化したのだという。 『木の葉の金狐ファンクラブ』なるものが結成され、瞬く間に会員が三桁に上る、その人気 ぶりときたらない。 それを知らないのは、当の本人だけだ。

END

†††††後書き††††† あーれー?なんかまた長いなぁー?気のせいかなぁー??―――――って、気のせいではご ざいません。さて、蒼様。七万打リク、ありがとうございましたぁー(^×^)大変長らく お待たせ致しました(もうすでに忘れているかも)。冒頭で書いた通り、なんか長いです。半 端じゃなく長いです。サイトの方にある『砂漠に降る雪』に匹敵するほど!一度書き始めた ら、書いていくうちにどうも短く纏めることが無理だと思うようになりましたので、纏め書 きさせて頂きました。だからサイトの更新なんてしておりません!!(えばるな)…………読 む時疲れるかもしれませんが、貰って頂けたらもうそれだけで充分。返品不可!(最悪)
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