本物と偽者と-5-
少女達が収容されている場所は、やはり代官屋敷であった。 「…………あー気絶したフリも案外疲れるもんだな。妙に肩凝ってるぞ」 「姫、大丈夫?」 「余裕。そーゆー伊吹はどうなんだよ」 「僕?もう笑ってよ、関節がボキボキ鳴っちゃうんだから」 「そ、そりゃまた重傷だなぁ、おい」 「やっぱ歳なのかなぁ〜。姫みたいな若さが欲しいよ、切実に」 「『若さ』っつったって、伊吹の実年齢ってせいぜい安曇より三・四歳上くらいだろうが」 苦笑したナルトは大きな伸びをし、そこでようやく自分を取り巻く環境を理解しようと、周 囲に視線を走らせた。 ここは地下なのだろう。 この空間での唯一の出入口である扉と密着している階段を下りた先には広々とした廊下があ り、その廊下を挟んだ両脇に、いまだ製造過程と思われる和室が複数、規則的に並んでいる。 イメージとしては団地だ。 しかし、色町によく潜入するナルトには、そんな先入観を持って見たせいかもしれないが、 そこが遊郭のように思えた。 ナルトと伊吹が放り込まれたのは、複数ある内の比較的広いスペースをとってある一室。 洗面所も電灯も備え付けてあり、そこから出ずとも食事さえ届けられれば生活できるように なっている。 まるで女郎部屋だ。 部屋の隅では、総勢九人の少女達が身を寄せ合ってこちらを見ていた。 先ほど現れた偽金狐に怯えているようだったが、ナルトと伊吹を見る目は厳しいものではな い。 ただ、またしても増えた毛色の違う新入りの扱いに、困っているような印象を受ける。 ナルトは目を細め、威圧感を与えないように少女達を観察した。 いずれも見目良い少女達は軟禁されてはいたが、思ったよりも待遇は悪くはない。 拘束具が付けられている訳ではないから身体の自由はあるし、集団での寝泊りを強いられて いるということ以外は、今のところ不自由はしていないようだ。 衰弱している様子もないし、最悪のことまで考えていたから、とりあえず一安心である。 その中の一人と目が合い、ナルトは明るい声を発する。 「あ、ハルカちゃん発見!」 突然名を呼ばれた少女は驚きのあまり目を丸くし、困惑したように瞳を揺らした。 緑がかった藁色の目。 肩をすぎた辺りまである黒髪の彼女は、間違いなく、要の店で何度か見かけたことのある少 女だった。 ハルカは他のメンバーと同じように白い単を二枚重ねているだけで、身体の線がモロに見え るその姿が妙に艶めかしい。 ナルトは努めて優しく、安心させるように笑い掛けた。 「えっと、俺のことわかるかなー?要さんの知り合いの、木の葉の忍なんだけど」 自分の勤め先の主人の名と『知り合いの忍』という言葉に反応したハルカは、しばらく考え た後、ようやく思い出したとばかりに顔を上げた。 「も、もしかしてうずまき君…………?」 「もしかしなくても。今は変化中なんデス」 ニッと笑うと、とたんにハルカの表情に安堵の色が広がる。 すぐさま部屋の隅の住人の一団から抜け出し、このメンバーの中で唯一の知り合いであるナ ルトの側に寄ってきた。 「え、ど、どうしてうずまき君がこんなところにいるの?」 「要さんの依頼で、ハルカちゃんの捜索をしてたんだ」 「若旦那が私を?やだ、嬉しい。どうしよう…………」 「どうもしなくていいから、さっさとここ出ような?」 『災難だったね。でも、もう大丈夫』と。 労わるように肩を軽く叩いてやると、緊張の糸が切れたのか、ハルカはぼろぼろと涙を零し ながに何度も何度も頷いた。 まさか、自分の生家がある地元で、こんな目に遭うとは思ってもみなかったのだろう。 ハルカの反応は至って普通だ。 「他の人達も大丈夫?体調が悪い人とか、怪我してる人とかいない??」 伊吹の問い掛けで、ようやくナルト達二人が自分達と同じ被害者ではなく救助する側の人間 だと理解した残りの少女達は、ほぉっと安堵の息をついた。 もう警戒されてはいないと判断した伊吹は、先ほどの問い掛けに続き、核心に迫った質問を する。 「それと、無体なことされてない?」 一瞬表情を強張らせた少女達は顔を見合わせ、しかしゆっくりと首を左右に振った。 否定の意だ。 最も年長と思われる少女が、伊吹の問いに代表で答える。 「今はね。でも、このままいけば、私達皆そういうことになってた。何せ私達はそのために 集められた商品なんだからね」 ナルトは無言で片眉を上げる。 被害者である彼女達は、自分達の置かれている状況を正確に把握しているようだ。 これならば話が早い。 「あなた達の身の安全も、当然保障します。ですから、この件に関して知っていることがあ れば全て話して頂けますか?」 長い髪を余裕を持って結わえ、身体の前の方に流した少女が、ナルトの提案に眉を顰めた。 先ほど伊吹の問いに答えてくれた少女だ。 「信用できないね」 ナルトもまた、『なぜ』とは言わずに静かに眉を顰める。 「アンタがその子の知り合いだってのはわかったよ。私達がここに連れてこられた時みたい に、意識を取り戻すまでに時間が掛かっていないから、それを回避する何かしらの方法を心 得ている人間―――――忍だっていうのも認めてもいい。だけど、木の葉の金狐にこんな目 に遭わされている私達に、同郷の忍であるアンタをどうやって信用しろっていうの?」 その台詞に、安堵しかけていた少女達も再び緊張する。 今度は、偽金狐に向けるのと同じような眼差しをナルトと伊吹に向けてきた。 なるほど。 彼女の主張はもっともだ。 「ケイ姉さん、うずまき君はアノ人達とは違うわ」 「ハルカ、あなたはその子を信用できるかもしれない。だけど私達はその子のことを全く知 らないの」 辛辣な意見だが、ナルトは心の内で感心していた。 危機管理能力もしっかりしているし、一般人であるのが悔やまれるほど、頭の良い少女だ。 『年長だから』という理由だけで、拉致されてきた少女達を纏めてきた訳ではないらしい。 伊吹もナルト同様に感心しているようで、小さな声で『うわぁ、すごいなぁ〜』と呟く。 素晴らしい逸材だが、スカウトすることはできないだろう。 「…………その『木の葉の金狐』なんですがね、俺達も迷惑してるんですよ」 「どうして?仲間なんでしょ?」 突き放すような口調だ。 明らかに、敵視している。 「冗談言わないで下さい、アレが仲間な訳ないじゃないですか。アイツ等と俺等は無関係で す。ん〜どうやったら信用してもらえますかねぇ?こちらも信用してもらわないことにはど うにもならないんですよ。下手に騒がれでもしたら、成功する任務も成功しませんし」 ナルトは基本的に女性を大切にする性質だが、それも時と場合によるのだ。 救出すべき人間ならともかく、自分の立場を弁えない足手纏いのお荷物を背負うほど、お人 好しではないのである。 「あ、じゃあこれだけは言わせて下さいね」 ナルトは薄ら寒い笑みを浮かべた。 「これはどこの隠れ里でも同じなんですけどね、普通なら、忍が任務中に一般人に対し売名 するなんてこと、あるはずがないんですよ」 『木の葉の金狐』は確かに万人に知られる忍であり、木の葉がその存在に気付いていようと いなかろうと、里を代表する忍なのだ。 九尾の件を差し引いても、他国の要人にとっては警戒すべき人物であり、他里の忍にとって は警戒すべき商売敵。 一度任務に就けば、どこから情報が洩れたのか知らないが、すぐさま関係者にその名が広が り、任務がやりずらくなるのが常で。 ただでさえそんな状態なのに、果たして、馬鹿みたいに首から名札を下げて歩き回るような 行為を本当にするかどうか、考えてみれば一目瞭然のはず。 「これでもまだ『言い訳にしか聞こえない』って言われたら、それまでですけど」 ケイはしっかりとした意思を持った顔を、心なしか頼りなさげなものに変えた。 そして、確認するかのように呟く。 「…………本当に、仲間じゃないの?」 「もう言ったはずです。その上での判断は、どうぞご自由に」 いまだ釈然としない様子だが、緊張した面持ちをしているケイの中で答はすでに出ていた。 ナルトが言わんとしていることを自ら察し、ぎこちないまでも丁寧に頭を下げる。 「疑ってごめんなさい。私でよければ、知っていることを話すよ」 彼女の話はこうだ。 この地域は、最近になって異国の人間が多く移り住むようになった。 それというのも、この町が火の国有数の商業都市として急成長したのが原因なのだそうだ。 急成長した町には異国の文化と言語が溢れるようになり、豊かになる反面、もともとこの土 地の住人であった人々の結束力は弱まっていった。 何かにつけて集団で作業する機会が多い町人にとって、それは人との縁を切るのと同等。 それではいかんと打ち出された案が、思想管理により人々の団結力を高めるということ。 それには宗教が最も有効だという考えがあり、そこら一帯で昔から指示されていた宗教を、 大々的に信仰するようになった。 しかしそれは、今まで大目に見られていた宗教上の『禁』を復活させることとなり、最も打 撃を受けたのは、宗教的に不浄のものとされている風俗店だった。 上からの圧力で次々と閉店していき、残ったのは欲求不満の男達。 「本当に情けないことだけど、前に一度、暴動まで起きてるの」 「うわ、マジ情けなっ」 「下半身の欲望に忠実なのよ、男って生き 物は」 軽蔑しきった声に、ナルトは同じ男として、やましいことはないはずなのに『ごめんなさい』 と謝りたくなった。 「それでできたのがここ。代官側も、贔屓にしてた店がなくなってすぐに動き出したみたい で、その建設に関しては、越後屋が何から何まで全て取り仕切ってるって話。代官屋敷の地 下だから取り締まりの心配もないし、そもそも調査が入ることもない。かなり高いけど、会 員費と毎回の入館料だけ払えば出入りは自由になるんですって。どうせそのお金は全部、代 官と越後屋の懐に入るの。まったく、フザケてるわ。少なくとも、あと二十人は連れてくる つもりだったんじゃないかしらね?ここみたいな部屋が、あと二つ用意されているから」 陰謀渦巻く政権争いとかお家騒動とか、それならともかく。 非合法の遊郭をやっていくための、人員確保。 そんなことの片棒を、木の葉の金狐が…………? 激しい眩暈を感じ、ナルトは伊吹の縋りついた。 「…………俺、しばらく立ち直れないかもしれない」 「え、ちょ、ちょっと!姫しっかりしてぇっ!この体勢はすっごく嬉しいんだけどね、僕ま だ鴇に殺されたく無いから!!」 「わーったよ…………」 仕方なく身を起こしたナルトは、その気だるげな動作とは正反対の笑顔で礼を述べる。 「ありがとうございます。助かりました」 「こんなんでお役に立てたの?」 「えぇ、ものすごく」 金と性欲に目が眩んだクソ代官と越後屋、そして自分の名をかたる偽金狐は、必ずや 闇に屠らなければならないということを再確認することがで きたから。 「じゃあ、皆さん。今からちょっと始めますんで、けして勝手な行動をしないで、伊吹に従 って脱出して頂けますか?そーゆーことだから、伊吹」 「う、うん、それはいいけど…………姫は?まさか」 「そのま・さ・か☆」 ここで下手な反応を返してしまったたら、当面の敵に向かうはずの静かな激情が、こちらに 向きかねない。 伊吹は一目散に逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪えて、『無茶は姫の専売特許だけど、一人 で無謀なとこしないでよね?すぐ戻るから』と、ナルトに今できる精一杯の声援を送った。 艶然と微笑むナルトの、なんと恐ろしいことか。 「さぁ、おっ始めるぜ。戦争を」 NEXT>>
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