本物と偽者と-4-
『相手も一応忍なんで、万が一を考えて影分身を置いていきます』と、いまだに心配がる女 将にそこまで言って。 ようやく解放されたのは、太陽が沈みきり、東方の山際から月がポッカリと姿を現した頃だ った。 広々とした夜道はしんと静まり返り、その通りを挟む家々に明かりは灯っていない。 まだ深夜と呼ぶにはほど遠い時刻なのだが、町人はすでに寝静まっているのか―――――い や、実際には息を潜めているのか、物音一つしないのだ。 行方不明事件が起こっている状況下での女の一人歩きは物騒でしかないが、そこはナルト。 怯えるどころか鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気を纏い、わかる人にしかわからない軽やかな 歩調で歩いていた。 「良い夜だなぁ〜」 人の目もないし、月明かりもない。 まさに、絶好の犯罪日和。 隠形している四人の内、刹那が控えめにナルトに声を掛けた。 『ツケられてんな』 「ん、店を出た辺りから。いくらそう仕組んだからって、奴さんも暇だよなぁー」 『それだけ腹に据えかねたんじゃない?木の葉の金狐の名前の力が全然効かなかった挙句、 あんなことされたんだもの。まぁ、自業自得なんだけど』 『それはそうでしょう、本物相手にその威光は通用しませんよ』 「この場合、アイツがとる行動の動機はなんだろうな?自分が偽者だってことをバラされた くないから、口封じをするために俺を狙ってくる。んでもって腹いせと、何が目的かはっき りとはわからない少女誘拐を同時にできるし…………うんわ、よりどりみどり!俺に手を出 すのって、実はかなり有効だったり?」 『おや、やはり誘拐されてやるんですか』 少しばかり驚いたかのような安曇の言葉に、ナルトは『当然』と力強く頷く。 「だぁって、被害者の女の子をどうにかしなきゃなんないじゃん。だから俺はそのための囮 なの。全員は無理だけど、誰か連いて来る?」 とたんに上がる、四人分の手。 実際に目にしたのではなく、周囲を取り巻く闇の中で彼等がそうするのを気配で感じたナル トは、大笑いしそうになるのを必死に耐えた。 「じゃあ、コンマ二秒早かった伊吹な。俺と待ち合わせしてるのを装って、変化したらアッ チの角で待っててくんない?そしたら一緒に失踪ね」 『坊、俺等はー?なんなら代官一派、一思いに殺っちゃう?』 「勝手に殺すな、馬鹿。お前、血ィ見たさにそんなこと簡単に言うなよ。こっちにだって都 合ってもんがあるんだから」 『そうですよ、刹那。おそらく私達は証拠探しです』 「さっすがー!よくわかってんじゃん。事件に関係してる奴等の連判状とその他諸々ががあ るはずだから、そっちの捜索よろしく」 『三人で?多くねぇか?』 「多かねぇよ。捜査対象は、絞り込んでも代官屋敷と別邸、越後屋の三ヶ所。相手は時代劇 並のオーソドックスな事件の首謀者だ。悪役は昔から悪知恵が働くもんって相場が決まって んの。俺は伊吹と二人で健闘を祈ってるから。なー伊吹?」 『ねー姫?』 『悪趣味ですね。高見の見物ですか』 「何言ってんだよ。誰もそんなこと言ってねぇだろうが。被害妄想強すぎだぜぇ、安曇?」 外見美少女の口から勢い良く飛び出す男らしい口調は、普通なら違和感がありすぎてそれを 聞いた者を絶句させる力を持っているのだが、いっそ小気味良いと言えるそれは、まったく と言っていいほど聞いていて飽きないものだった。 「それに、高見の見物って訳にもいかねぇと思うんだよ。俺等はたぶん代官屋敷辺りに連れ てかれると思うけど、長居するつもりなんか全然ねぇから、女の子達と合流した時点で脱走 するわ。でも…………」 『それって、その子達がちゃぁんと生きてた場合なんだよね〜』 「そうなんだよな〜。生きてればそれに越したことないけどさ…………まぁ、無事であるこ とを前提に動いてる訳デスから?ここであーだこーだ言ったって、実際なんも変わらねぇわ な―――――っと、危なっ。急に声が聞こえる範囲に近付いて来たな。そろそろ仕掛けるつ もりみたいだ」 ナルトは口元に凄艶とした笑みを乗せ、落ち着いた、しかし明瞭とした声で四人に命じた。 「臨機応変に。行け」 『『『『 御意 』』』』 瞬身の術で数秒と待たずに遠ざかっていった四つの気配に満足し、ナルトは肩越しに背後を 返り見た。 街灯だけが唯一の光源である通りの闇は思っていたよりも濃かったが、職業柄慣れ親しんで いるナルトにしてみれば、逆に心地良いものがもしれない。 だが、必ずしもそうとは言えないものが、ナルトの勘に酷く触った。 それもそのはず。 全身をねめ回すような粘着質の、それでいて純粋な怒りと憎悪の念が込もった視線に纏わり 付かれれば、誰だってそう考えずにはいられないだろう。 その視線の正体はわかっている。 壁に寄り添うようにして、脇道から機を窺っている男がいることもわかっている。 不安や恐怖などは微塵も感じないが、なんつーかこう。 里の外に来てまでこんな視線に晒されているというのが、鬱陶しくて面倒で、ツマラナイ。 別にいいけどさ、別に。 そうは言いつつも、いかにも『うんざりしている』といった顔をしたナルトは、苛立ちを滲 ませながら重苦しい溜息をついてしまう。 しかし、十数メートル先の角から、指示通り女に変化した伊吹が出てくると、すぐにスイッ チを切り替えた。 彼だけの独特なモノである髪の配色は、少し変えられて鋼色一色。 小動物のような可愛らしさの中に、少しだけ男性ならではの芯の強さを持った少女が伊吹だ。 慌てて駆け寄ったナルトの横に立っても、まったく遜色のない外見をしている。 「ナルちゃん遅ーい!」 「ごめんごめん、待った?」 「待ったよ、すごく!あんまり遅いから迎えに来たの!!」 「そなの?わぁ、ありがと〜!もうまいったよ、お店の片付けが長引いちゃってさ」 できるだけ、自然に。 じゃれ合う少女達を装って。 けして奴等に不信感を抱かせてはならない。 『ごめんの一言で済まそうだなんて誠意がないよ!』と言った伊吹が、きゃらきゃらと笑い ながら首に腕を絡ませてくるのを黙認する。 だが、ナルトの耳元で囁かれた伊吹の言葉は、険が含まれた真剣なものだった。 『さっきまで姫についてた三人の内の一人、僕の方に回ってきたね。これで二ぃ三だ。そ れにしても大胆だよねぇ、もう真後ろにいるや』 今度はナルトも、声を最小限に抑える。 『一般人だからバレないとでも思ってんだろ?一般人でも勘が良ければわかるってのにな』 『姫はどうくると思う?』 『どうもこうも、ちゃちぃ手使ってくるのはわかりきってることじゃんか』 『あ』 その声を最後に、ナルトと伊吹は引き剥がされた。 やはりここは、か弱い乙女として叫んでおくべきだろうと判断して大きく口を開くと、上体 を羽交い絞めにされ、鼻と口を湿った布か何かで覆われた。 それがクロロホルムだとわかった時、即座に伊吹の状況を確認すると、伊吹も似たような目 に遭っていた。 目が合うと、伊吹がさりげなく親指と人差し指で円を作る。 どうやら余裕らしい。 もともとナルトは薬に身体を慣らしてあるから伊吹と同じことが言えるが、気を失ったフリ をすれば労せずして本拠地の真っ只中に侵入できるのだから、これに便乗しない手はない。 身体の力を抜いていったせいで、崩れ落ちるのを。 皮肉なことに拘束されていた手に支えられ、地面に倒れることは免れた。 この時点ですでにナルトと伊吹は意識を手離して(いることになって)いるのだが、下卑た 会話や勝利に酔いしれている声は丸聞こえだ。 こんなことで幸せになれるとは、コイツ等の人生はなんて単純なのだろう。 ナルトは忍び笑い、不本意ながらも偽金狐の腕に自身の身体を預けた。 同意の上のこととはいえ、もし別件で動いている三人がこの場にいたら。 ブチ切れする光景であることは間違いない。 NEXT>>
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