本物と偽者と-1-
賑わいを見せる、真昼の大衆食堂。 安価で美味な物を取り揃えているそこは、町一番の規模を誇る、大型飲食店だ。 食事時ともなると、幅広い年齢層の町人で埋め尽くされる。 不快ではない熱気が店内に充満するようになると、一種のハイ状態になった人間が箍を外し、 騒動の原因を作ったりするのだが、一度どんちゃん騒ぎが始まると簡単に収まることはない それを日常の一部に取り込んでいる人間は、むしろそんなことを楽しんでいたりした。 陽気でおおらかな、昔話にでも出てきそうな善良な町人。 そんな人々に囲まれたナルトは。 「ナルちゃーん、三名様ご案内!お冷やお願いね!!」 「はぁーい!」 「ナルちゃーん、こっちお銚子五本追加ね!!」 「はぁーい!」 「ナルちゃーん、君の笑顔を一つ!!」 「やぁだぁ〜別途料金頂きますよ?」 『美少女給仕ナル』として、大活躍しておりました。 藍染の着物に錦織の赤い帯。 その上にフリルが付いた白いエプロンをし、店内を軽やかな動作で動き回る様は蝶のようだ。 見る者の脳裏に焼き付いて離れない鮮やかな金髪は普段通りツインテールにされていて、ア クセントとして毛先の方だけ軽く巻かれている。 営業スマイルとは思えない笑顔を、惜しげもなく振り撒くナルトは。 町人曰く、『癒される』らしい。 片手に皿を二枚、その反対の手にジョッキを三つ持ったナルトは、それにも関わらずしっか りとした足取りで歩いて来て、巨大な猫を被ったまま愛想良く笑った。 「大変お待たせいたしましたぁ、鶏肉の香草焼きと白身魚の五目餡かけになりまーす。ビー ルはここにまとめて置きますね。ご注文は以上でお揃いですか?」 「なぁ、ナルちゃん。もう一品追加するからさ〜今晩閉店した後、俺に付き合ってよ」 その辺の道端で道路工事でもしていそうな茶髪の若者に、所謂ナンパをされ、ナルトはちょ こんと首を傾げた。 『えーどうしよっかなぁ〜』との、もったいぶった返答に。 何を勘違いしたのか脈ありだと思った若者が、連れの『抜け駆けだ!!』という非難と店中 の大ブーイングを受ける中、ナルトの腰を引き寄せようと手を伸ばす。 だが、その不埒な手はナルトに触れることは叶わず、虚しく空を切った。 その上、いつの間にやらナルトの背後に立っていた男により捻り上げられ、あまりの痛さに、 若者は情けなくも大袈裟な声を上げる。 「いでででででっ!!」 「お客さ〜ん。困りますよ、うちの看板娘に手ぇ出されちゃ」 黒髪短髪の、精悍な顔立ちをした青年だった。 男性用の給仕服である店名のロゴ入りの、深緑のジンベエを着た彼は、有無を言わさない笑 みを浮かべていた。 とたんに上がる笑い声と歓声。 お姫様の窮地を救った勇者に、お姫様は幼子にそうするように『メッ』という顔を作る。 「駄目だろ、刹那。お客さん相手に」 「客だろーがなんだろーが、坊に下心持って触る奴は皆敵」 面白そうに笑い、はっきりきっぱり断言。 店のあちこちから上がるのは、先ほどとは打って変わっての黄色い声。 「きゃ―――――ッ!!刹那君、カッコイイ―――――ッ!!!」 「ども」 刹那が片手を上げて応えると、その黄色い声のトーンが一気に上がった。 そんな刹那の後頭部に、モップの柄の先端が音を立てて当たる。 犯人は、同じくジンベエを着た異国の青年だ。 紺色の髪に褐色の肌の組み合わせは、火の国でも滅多にお目に掛かれない。 鴇だ。 彼の表情からその意図を悟ったナルトは、絶妙なタイミングで通訳してやる。 「調子に乗るな、だってさ」 刹那の表情に険が混ざる。 「それってモテない男の僻みじゃねぇの?」 「そう?鴇って結構モテるけど」 素知らぬ顔の反面、内心で笑いを噛み締めながらのナルトの言葉を肯定するかのように、ま た別の方向からも声が上がった。 「鴇くぅーん!」 鴇は一見無表情だったが、その実、ナルトには困っているように見えた。 彼等の個性的すぎる言動と行動で忘れがちだが、刹那や鴇に限らずナルトの私兵となってい る四人は、女受けする容姿をしているくせに、なぜか身の回りに女性の影がチラつくことが ない。 前に一度『女断ちしてんの?』と聞いたことがあるが、返ってきた答は『別にそういう訳で はない』という、なんとも曖昧な言葉で。 現に、お嬢様方に声を掛けられて調子良く返事をした刹那も、嬉しそうだが特にそれ以上思 うことはないようだ。 ナルトとしては不思議でならない。 だから、つい。 「二人共、可愛い子がいたら抜けてもいいぜ?」 ―――――と、二人にしか聞こえない声で提案すると、二人は一瞬捨てられた仔犬のような 目をして、顔を引き攣らせた。 『いやぁ、それはなんつーか…………なぁ?』と、刹那が鴇に同意を求めると、鴇も無言で 頷く。 何やら、ものすごく悪いことをした気分だ。 「冗談だ。厨房に戻ろ?」 『ナルちゃん、もう行っちまうのかよー』と愚痴る客に適当に返しながら、ナルトは二人を 促して、厨房に続く通路の入口に掛かった暖簾をくぐった。 客席部分とはまた違った熱気がこもった厨房にあるのは、四人の人影。 この店の主人と、その奥さん。 あと、臨時厨房係りとして迎え入れられた安曇と伊吹だ。 ナルトが戻ってきたことに気付いた伊吹が、皿を洗う手を止めて振り返る。 「姫、何かあったのー?」 能天気そうな声。 ナルトとつり合うように十七歳くらいに変化した伊吹が、女々しくはない可愛さを振り撒い てナルトに笑い掛けた。 そんな伊吹に応えるように、ナルトもまた伊吹に笑みを向ける。 「いーや、別に?ただちょっとナンパされただけ。『閉店後付き合って』だってさ」 「だからいつもより騒がしかったんだ?それで、その身の程知らずの始 末はちゃんとしてきたの?」 その問いは、ナルトではなく刹那に向けたものだった。 問われた刹那は、飄々としているナルトを不本意そうに見下ろす。 「吊るし上げくらいはしたかったんだけど、坊に止めら れた」 「仕方ねぇだろー?相手は一般人で、しかも未遂に終わってんだからさ。これ以上は過剰防 衛」 「そうですよ、刹那。そういう輩は少しだけ叩いて捨てておけば、それで いいんです」 「『少しだけ』の基準をはっきりさせてくれないと、俺としてはそれも許可できねぇなぁ」 「アンタ達、随分と物騒な話をしてるじゃないか」 割烹着を着た初老の女性が、なんとも危険な会話にぎょっとして口を挟む。 ナルト達に『女将さん』と呼ばれる女性とそのご主人は、以前、要の店で働いていた従業員 だ。 退職を期に故郷に戻り、夫婦二人でこの食堂を開いたのだと聞いている。 『本物の木の葉の金狐=ナルト』ということを知らせていないが、この町で起こっているこ とを調査する忍として、要の手引きによりこの食堂に潜り込ませてもらっていた。 女将の言葉に、ナルトは鈴が鳴るように笑う。 「こういう会話は毎度のことですって。俺、愛されまくってるもんで」 「そうみたいだねぇ。それで?」 「はい?」 「お前さんの旦那は誰だい?」 他人の恋愛話を聞くのに至上の喜びを覚える『オバチャン』という生き物は、自分の娯楽の ためなら他人様のプライベートに干渉することも厭わないらしい。 見上げた根性だ。 ナルトは、似たり寄ったりな顔をしている四人を素早く見回した。 「俺の旦那さん挙手してー」 もちろん、本心はどうであれ、挙手をするような人間は誰一人としていない。 「―――――という訳です。あくまでコイツ等は俺の部下なんで。それに俺、今はこんな成 りしてるけど男ですよ?」 「知ってるさ、わたしゃ今でも覚えてるよ?今よりもまだ小さかったお前さんが、怪我をし たうちの若旦那に付き添って帰ってきた時のこと。やたらと奇麗な男の子だったからねぇ、 忘れたくても忘れられないよ」 「だったらなんでまたそんな話になるんですか」 呆れ顔のナルトに対して、女将は拳を握って力説した。 「だって愛に性別は関係ないじゃないか!」 なんだって? そこへすかさず好々爺然とした店主が、どこからどう見ても年齢に不相応な情熱を燃やして いる女将の症状について説明してくれた。 「母さんは最近、『ぼぉいずらぶ』というものに夢中でのぅ」 「ぼ、ぼぉいずらぶ?」 「ついこの間、古本屋で買ってきた『風と○の詩』という本にハマりおった。奇妙なことを 口走るじゃろうが、大目に見てやっておくれ」 「はぁ、そういうことなら…………」 何がなんだかわからないが、そっとしておくことにしよう。 『○と木の詩』なる本の内容が気になっても、探し出して読むということも絶対にしないで おこう。 妙なことでナルトが決意を新たにした、その時。 厨房にまで届いていた客席の喧騒が、急に聞こえなくなった。 一般人ではまだ感じ取れないそれに気づいたのは、ナルトを含め『職業・忍』の五人。 口火を切ったのは伊吹だ。 「四人―――――ううん、五人だね」 「変な感じがするな。何がしたいんだ?」 「気配を消しているのか消していないのか、まったくはっきりしませんね」 三人の呟きを聞いたナルトは、その正体不明な気配の持ち主を鼻で笑った。 「消そうとしてんだけど消しきれてねぇんだよ。中途半端ってのは可哀想だよなぁ」 ナルトの言葉に大きく頷いた鴇の横で、聴覚に意識を集中させていた刹那が、見えるはずも ない壁一枚隔てた向こう側に視線を移す。 「なんか落としかけたみたいだな」 「陶器じゃない。硝子だな。きっとコップだ」 ナルトがそう訂正を入れたとたん、今度は店主や女将にも聞こえるような悲鳴が厨房にまで 届いた。 この声には覚えがある。 だけど誰だったかな、と。 ナルトと同じ給仕の子だった気がするが、さして興味もなかったものだから、顔が浮かんで こない。 「店長!女将さん!」 栗色の髪をおさげにした少女が、着物の裾が捲れてしまうのも構わず、息せき切って駆け込 んできた。 「どうしたんだい、アズサ」 「来ました!」 それだけで何が『来た』のかわかった女将は、皮肉気に笑う。 「やれやれ、木の葉の金狐様のお出ましかい」 「そ、そうなんですけどミッちゃんが!」 「ミチが?」 「金狐様のお召し物に水を掛けてしまって、それで…………っ」 その言葉を聞いて真っ先に動いたのはナルトだった。 相手が相手なだけに、こちら側が気配を消す必要はないと思い、ナルトはそのまま通路に出 る。 後に続いた私兵四人もまたナルトに倣い、主が捲った暖簾の隙間から、異常な緊張感で支配 されている店内を見た。 元々そこに座っていた客を押し退けて、中央のテーブルでふんぞり返っているのは。 縦横共に個々の差がある、五人の男。 持ち前の観察眼で、素早くチェックを入れる。 小豆色の髪に同色の瞳の、穏やかと言うよりは神経質なのではないかと思われる糸目の男。 おそらく安曇の扮しているのだろうが、こけた頬が何やら不気味さと陰湿さを醸し出してい て気味が悪い。 次に、鋼色の髪に、前髪ではなくこめかみ部分の一房だけ緑色のメッシュを入れている男。 この男は伊吹に扮しているらしいが、無駄に膨らましたせいではちきれそうな筋肉が雄々し すぎるし、そして何より品性に欠けているように思えた。 次に、紺色の髪に褐色の肌を持つ男。 鴇を模している男は、明らかに『海で一日焼いてきました』とでもいうような即席の色黒に、 男らしさを演出しているのか、適当に無精髭を生やしていた。 その適当さが本当に適当すぎて、逆に汚らしい。 次に、黒髪短髪の男。 刹那としか思えないが、なんて言うかこう―――――同情してしまいそうなほど、身体のあ る一部分が男性の平均と比べて短いようだ。 一言で言えば、短足チビ。 そして、当然のようにそんな四人の中央に座っている金髪碧眼の男。 このメンバーの中では一番まともで顔もそれなりだが、傲慢さを隠しもせず外に垂れ流して いて、それが格好良いと考えているような顔をしていた。 勘違いはなはだしすぎて、見ているだけで不愉快なことこの上ない。 「アレが木の葉の金狐とその仲間達かよ」 総評、いくらなんでも酷すぎる。 もっとこう、やりようがあるだろう。 やりようが。 ナルトは、急降下どころか急落下していく自分の機嫌を自覚した。 四人もまた、自身に扮している偽者の姿に盛大に顔を顰める。 「なんですか、あの頼りなさそうなヒョロ男は。風が吹いたら間違いなく倒れますよ?」 「えーあれが僕?なんかすっごくゴツくない?しかも、なんか汗の臭いがプンプンしそう」 「…………」 「誤魔化しようがあるだけ、まだ毛髪欠乏症の方がマシだった…………」 剣呑さ、最高潮。 ヒソヒソ話していた五人の背後で、女将が訝しげな口調で言う。 「今まで忘れてたけど、なんでまたお前さん達、アイツ等と似たような格好してるんだい?」 あっちが似せただけであって、あくまで自分達はオリジナルだ。 だが、いちいちそれを説明していればキリがないため、適当に『ご利益にあやかりたいんで』 とだけ答えておく。 視線の先では、オリジナルぶっている『木の葉の金狐様』とやらが、給仕の少女に向かって 何やら罵声を浴びせていた。 「この店は客に水をブチ撒けるのがマニュアルに入ってんのかよ!?」 「も、申し訳ありません…………っ!」 可哀想なほど萎縮しきった『ミチ』という名の少女は、ステンレスのトレイが自分を守る盾 だとでも言うように胸の前で掻き抱き、小刻みに肩を震わせていた。 大きな目に涙を溜めて、それでも必死に泣くまいと堪えている様が痛々しい。 目を凝らして偽金狐の衣服を確認してみるが、どこからどう見ても袖にちょっぴり掛かった 程度だ。 その仲間内がニヤニヤ笑っていることからして、大方わざと足を掛けて、因縁をつけるため に少女に水を掛けさせるようにしたのだろう。 なんとまぁ、幼稚で悪質な手口。 「さぁて、じゃあ行きますか」 「お止めよ!お前さんのその容姿じゃ、変に目を付けられるのがオチだよ!?それにその細 腕で何ができるって言うんだい」 「女将さん、目に見えることが全て真実だとは限りませんよ?大丈夫ですって。それに俺は、 手っ取り早く目を付けてほしいんですよね」 そのあまりにも強い眼光に、女将は息を呑む。 ナルトの纏う空気が一変したことを、肌で感じ取ったからだ。 「お前さん、一体…………」 「ご存知でしょう?俺は木の葉の忍です」 アレがあくまで『自分こそ木の葉の金狐だ』と言い張るのなら。 オリジナルとして、適切な処置をしなければならない。 NEXT>>
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