四の怪、印刷室を這い回る手首。
「キリがないから、先に残りの怪談聞いとくってば。それで、三の怪以降は?」 ようやく精神的ダメージから立ち直った―――――と言っても、いまだに疲労の色が濃いナ ルトに問われ、調査隊お子様三人組は互いに顔を見合わせた。 アカデミーに残されている七不思議のうち、すでに三つはナルトの過去の所業が原因であっ た。 それでは、あと四つは? まさかとは思いつつ、木の葉丸が口を開く。 「四の怪が『印刷室を這い回る手首』で、五の怪が『トイレの鼻子さん』。六の怪が『イチャ パラを音読する二宮金○郎』で、七の怪が『光る四代目の目』だけど…………」 「手首に鼻子さんに二宮金○郎に四代目―――――なるほどねぇ…………」 納得したような、感心したような。 そんな意味ありげなナルトの反応は、三人の疑惑を晴らすには充分すぎるほど。 「やっぱり、残りの話もナルト兄ちゃんの仕業なの?」 モエギの問いに、忌まわしき体育館から移動中のナルトは眉を寄せながらも肯定を返した。 「仕業っつーのがなんか人聞き悪いけど、まー否定はしないってば。どんな風に事実が歪め られてんのか知らねぇけど、キーワード的には一致するようなことした覚えがあるし」 自分の過去の行いがアカデミーを卒業した今も七不思議として語り継がれているのは、何や ら感慨深いものがある。 下忍になって以来そういった行為とはおさらばしているため、許される範囲 内の悪意をしっかりと込めた反撃が酷く懐かしかった。 あの頃は教師やすぐ調子に乗るガキ共は鬱陶しくてならなかったが、間違いなく、ナルトに とっての栄光の時代だったのだ(違)。 「今思えば、あの頃が一番好き勝手できてた時だったのかもな。行動の制限はあったけど、 毎日何かしらの騒ぎがあったから退屈しなかったし、それに何より充実してた」 「念願の忍になったのに、今は充実してないの?」 「いや、(裏表共に満足な睡眠時間を確保できないほ どには)充実してるって。そーゆーんじゃなくてだな、自分の想像力と悪戯に関す る技術に磨きをかけるのに没頭できた時期だったから、充実してたってこと。結構役に立つ んだぜ?いろいろと」 お子様達の心が、今一つに。 いろいろと、一体何!? しかし、ここでもやはり隠し切れない黒い本性がジワジ ワと滲み出ているナルトに、これ以上突っ込んだ質問を投げかけられる ようなチャレンジャーは一人もいなかった。 これでいいのだ。 それこそがこの状況下での生還が可能である、唯一の回答。 自分達が貫くべき、まっとうな忍道なので ある!(ある意味正解) 木の葉丸達は、わずかではあるが処世術を覚えた己に対し、心の内で賞賛の拍手を贈った。 もしもこれから先、ナルトの口から語られる事実がとんでもないことだったとしても、この 手段を用いれば乗り切ることができるかもしれないのだ。 思考の海に頭まで浸かっていた三人を黙って観察していたナルトは、笑い出すのを必死で堪 えるような顔をして言った。 「…………お前等、考えてること全部顔に出てるぞ?」 咎められるとでも思ったのか、子供達の反応は見ているコッチが気の毒に思えてくるほど過 剰だ。 もちろん、そんなことで目くじらを立てたりはしないのだが。 それが余計におかしくて、ナルトは控えめではあるが更に笑ってしまった。 「まぁ、それに関してはお前等の自由意志だから好きにすれば?その方が賢明ではあるけど」 三人がナルトの柔らかな忠告を聞き入れるのは、当然のこと。 そんな会話をしているうちに、一行は印刷室の前に辿り着いた。 見るからに立て付けが悪そうなドアは、一見校舎の壁と統一されたクリーム色だったが明ら かに粗雑な塗り方をされており、ペンキの塗りが甘い箇所は剥げ、所々に木材本来の色が浮 き出ている。 ドアノブに付いている鍵穴は原型がわからないほど歪んでいて、なかなか壮絶な見た目にな っていた。 恐い物見たさから人目を忍んで実行したのであろう生徒諸君の努力に、涙が出そうだ。 そのドアにはめ込まれた曇りガラスにはヒビが入っていて、それは外側から貼り付けたガム テープでお粗末な応急処置を施されていた。 そのまま放置された小窓は体育館同様、これから先も修繕されることはないだろう。 その硝子の向こう側は、もちろん真っ暗だ。 ナルトがドアノブに手を伸ばすと、調査隊の面々は手に汗握る展開を切に望みながら、何が あっても見逃すまいと目を皿のようにした。 誰も知らない開かずの扉の向こう側が、つ いに明らかに…………っ! しかし。 その肝心な時に、ナルトが焦らすようにその手を止めた。 「ナルト兄ちゃん、早く早くっ!」 「なんでそこでもったいつけるんだ、コレ!」 「鍵がなくたって平気なんでしょ!?」 すでにナルトのピッキング技術の高さを目の当たりにしている三人にとっては、手を止める という不可解な行動に出たナルトが理解できないらしい。 まぁそーなんだけど、と。 適当に相槌を打ったナルトは、何かを確認するように足下と天井部分に視線を移した。 天井にぽっかりと空いた穴からは、縒り糸よりも尚細い白い線が、渋々重力ら従っていると いった体で吊る下がっていた。 唸ってしまったのは、納得がいかないからだ。 「おかしい」 「何がおかしいの?」 「トラップが発動しないし、ここしばらくした形跡もない」 「こ、ここにもトラップなんて仕掛けてたのか、コレ!?」 「動揺すんなよ。発動しないって言ってんだろー」 それがかなり不満であるナルトの声は、明るくはなかった。 そもそも、ナルトが『トラップが発動しない』と言うからには、一の怪の幻術でもそうだっ たが、発動するための条件とタイミングというものがある。 四の怪の場合は、トラップそのものは人の出入りを限定するためのもので。 ナルトのチャクラを練りこんである正式な鍵を持たない人間が、印刷室に入ることを目的と してドアに触れた場合、それは発動することになっていた。 ナルト自身なら鍵を持たずともチャクラが通行証代わりになるため問題ないが、ドアノブの 鍵穴があんな状態だというのに、一・二回しか発動した形跡がないのだ。 あれが、一度や二度のチャレンジの産物か? 断じてありえない。 「それならそれでいいじゃん!早く入ろうよ〜」 「トラップが発動しないんじゃ、鍵を紛失したただのドア。お前等でも力任せにやれば充分 開けられっけど…………」 「じゃあ開けちゃうよ!!」 「え、おい。ちょっと待てって」 ナルトの制止の声に耳を貸さず、三人は『せーの』と。 タイミングを揃えて体当りした。 古くなったドアはそれだけで接続部分諸共外れてしまい、三人の身体ごと室内へと倒れ込む。 しかし、その瞬間。 「「「―――――ッ!?」」」 暗い室内ではあったが、それだけはわかってしまった。 頭の上を、サッカーボール大の何かがものすごい 速さで滑空していったのを。 未確認飛行物体の真正面にいたナルトはソレを頭を動かしただけで避け、表彰モノの反射神 経をもって捕獲した。 亀のように首を伸ばして振り返った三人の目に映ったモノ、それは。 「「「ぎゃあ〜!!!デッカイ蜘蛛 ぉ―――――ッ!!!!!」」」 ナルトの手の中でギチギチと足だけ蠢かせる、原色が目に痛い、ちょっぴりグロチックな巨 大蜘蛛だった。 叫ぶだけ叫び、ナルトの脇をすり抜けてさっとさトンズラしようとした子供達に対し。 「逃げるな、ガキ共」 ナルトはクリスマスカラーの蜘蛛を鷲掴みにし たまま、まるで逃げ道を奪うかのように容 赦なく壁を蹴り付けた。 そのあまりにも乱暴な引き止め方に。 逃亡を試みた木の葉丸達は、即座に足の回転を止める。 壁にめり込むほどの脚力を前にして、どうして止まらずにいられようか。 「大丈夫だ。コイツは無害だから」 「む、無害って、そんな毒々しい色の巨大蜘蛛が無害なはずが…………っ」 「じゃなきゃ素手で持つ訳ねぇだろーが。ただちょっと血ぃ吸うだけで」 「「「思いっきり有害じゃ ん!!!」」」 「どこが。この図体で、することってのがソレなんだぜ?ちょっと半端じ ゃない大きさの蚊だと思えば可愛いもんだろ」 「蚊じゃない!明らかに蚊じゃないよ、ソ レ!!」 ナルトの手の中で、八本の足をだらりと下げて大人しくしている従順な蜘蛛が受け入れられ る気配は皆無だ。 逃亡を阻止された木の葉丸達三人は、『信じられるのは互いだけだ』とでも言うようにひしと 抱き合い、恐怖に顔を歪ませた顔を突き合わせ、ガタガタと震え始めた。 かつて、己が内でこれほどまでの恐怖が生まれたことがあっただろうか。 「大袈裟だなぁ、大丈夫だって。コイツは決まった獲物からしか食事を受け付けないから」 「…………き、決まった獲物?」 「お前等じゃねぇから安心しろ。コイツは、二・三日おきに一月ぐらい血を吸い続ければ、 二年は何も口にしなくても平気なほど、恐ろしく燃費が良い蜘蛛なんだ。吸血期間に突入し て最初に吸血した獲物からしか血を吸わない珍しい種類で、結構希少価値があるんだぜー? フランソワはホント手間掛けさせないイイコだったな、うん」 フランソワ…………**。° その外見でその名前かよ、と。 意識が遠くなりかけた木の葉丸に、ナルトは『言っとくけど命名は俺じゃないからな』と断 っておくことは忘れなかった。 「どこでどう手首に変わったのかは知らねぇけど、結論から先に言っちまえば、印刷室を這 い回るっていう手首の正体はフランソワな訳」 正確には、『這い回る』のではなく、今のように『飛びまくる』のだが。 その珍種蜘蛛のフランソワが、アカデミーの印刷室に棲みついている。 それはもちろん、かつてそこが『ナルトVS誰か』の戦場となったという証。 ナルトは埃が積もった室内を無言で見渡した。 今夜ですでに四回目となるが、アカデミー時代の記憶を頭の引き出しから引っ張り出す。 現在では(ナルトのせいで)閉鎖されており、使われることもないが、ナルトがまだアカデ ミーに通っていた頃は、この印刷室は『用務員のオジサンの休憩室』としての役割を立派に果たしていた。 そう。 これでわかると思うが、四の怪の被害者は『用務員のオジサン』なのである。 アカデミーの教師とナルトが相容れぬ仲であるのと同時に、ほぼ生徒と直接接することがな いその男もまた、ナルトを良く思ってはいなかった。 なんでも九尾のせいで家族を失ったらしいのだが、ナルトだってその時に両親を失い、それ どころか人の身に余るモノを押し付けられてしまったのだから、そんなこと知ったことでは ない。 植物や動物を愛する朴訥とした人物だと聞いたが、それらに向けられる愛はナルトを前にす るとどこか彼方へ吹き飛んでしまう。 ナルトとしても、そんな愛を向けられるのは胸糞悪いことでしかないので、それはそれで全 然構わないのだが、だからと言って流血沙汰は遠慮願いところで。 しかし。 ナルトのささやかな望みはことごとく潰される運命にあるらしく、ついに事件は起こった。 窓ガラスを割ったのは血気盛んな子供達だというのに身の覚えのないことで責め立てられ、 『お前がどうにかしろ』とばかりに、バケツ一杯に集められた窓ガラスの破片を、盛大に頭 から掛けられてしまったのだ。 殺意自体があったかどうかは定かではないが、とてつもない悪意があったのは確かだし、『あ わよくば』という考えがあったということは言わずもがな。 ルリコのように粘着質系の嫌がらせでもなければ、ピンク色のオーラを纏う筋肉ダルマのよ うに一度喰らえば即昇天するような暴力ではなかったから、ナルトも『こんなもんか』と妙 な納得をして、その時は終わった。 だが、その一部始終を、よりにもよって小姑そのものであるネジに目撃されていたのだ。 怒り狂ったネジに捕まり、『日向が全て隠蔽するから、思う存分殺ってこい!!』と何時 間にも渡って犯罪教唆され続けた時は、どうしてくれ ようと思ったほど。 向こうが悪いのに、『なぜその時に抵抗しなかった』と責められるのは理不尽すぎやしないか。 実際に痛い思いをしたのはナルトで、危険に晒されても人目があるし毎度のことだからと我 慢していたというのに、『よく耐えた』と労うならまだしも、まるでナルトが一 番悪いとでも言うように叱咤するなんてことが、本当にあっていいものなのか? そんなはずがない。 ―――――という訳で、逆恨みに近いような気がするが、そこでようやくナルトの怒りは本 来の敵に向かったのである。 報復に出た上で重要なポイントとなるのが、用務員が大の蜘蛛嫌いだということ。 ナルトは思った。 死ぬほど嫌いなモノを、そうは思っていて も絶対に求めなければならないという悪循 環な状況に置かれたら、それはそれは愉快 なことに違いない。 そこで大抜擢されたのが、ナルトの企みにもってこいな習性を持つ蜘蛛。 その種の蜘蛛は一つの獲物に固執するという習性の他に、吸血する際には獲物の抵抗を封じ るために麻酔に似た液体を分泌するという習性があった。 その麻酔液には獲物に中毒症状を起こさせる効力があり、一度吸われたら最後、 そうされずにはいられなくなるのだ。 長い付き合いとなる獲物を逃がさないための手段がとてつもなくえげ つない点が、素晴らしくて気に入ったのである。 生まれたばかりの蜘蛛を拾ってきたナルトは、ソイツを用務員のオジサンとやらの休憩室と 化している印刷室へと送り込み、見事大願を果たしたのだ。 自分の報復行動の結果を確認しに行くと、そこでナルトが見たのは。 あまりにも強すぎる恐怖のせいで大量の涙を流しつつ失神してしまったオジサンが、意識な どないはずなのに、それでもどこか嬉しそうに笑いながらソイツの食事に付き合っていると いう姿だった。 しかも、うわ言が『フランソワ』ときたもんだ。 どうやら蜘蛛に名前を付けたらしい。 愛しげに名を呼びながらも魘されているのだから、可哀想すぎて笑ってしまった。 オジサンにとってのせめてもの救いは、一本しかない印刷室の鍵にナルトが細工をし、更に 入口にはトラップを仕掛けてあるため、その不名誉な姿を誰にも見られていないということ だけである。 「―――――とまぁ、四の怪はこの程度の可愛い復讐なんだけど」 どこがだ。 すっかり怯えてしまったモエギは、半分泣いてしまっている。 「…………そ、それ、全然可愛くなんかないよぉ〜!!」 「そうか?可愛いぞー?もし俺が本気出してたら、オジサンに差し向けたのは闘争本 能が極めて強い上級の妖―――――っと、今のはオフレコ。聞かなかったことにしといて」 そんな衝撃発言を聞かなかったことにするのは、到底無理な話である。 キラキラとした光を振り撒くような笑顔を絶やさないナルトは、落ち着きを取り戻したフラ ンソワを覗き込みながら首を傾げた。 「でも、なんでコイツ興奮してたんだ?」 誰に尋ねるでもない疑問。 しかし、その疑問に答えることができる人間はこの場におらず、もしできるとしたら、それ はそもそもの発端である自分自身で。 しばらくの間沈黙していたナルトは、やがてあることを思い出し、片眉を上げた。 トラップを仕掛けた場所から吊る下がっていた白い糸。 あれはフランソワの仕業か。 「確か、そろそろまた吸血期間に入るな。それでか」 「『それでか』って、一人で納得してないでちゃんと話してくれってば、コレ!」 「これぐらいわかれよ。長期間何も口にしていなかった分、飢餓状態にあるフランソワの苦 しみは半端じゃない。だからトラップまで壊して準備万端、待ち構えてたってのに、肝心の 獲物がいっこうに現れない。んで、やっとおいでなすったのが俺達な訳だ。団体様ご案内、 しかも健康体そのものな子供が選り取り見取り。それで興奮しない方がおかしいだろ」 「う〜わかるようなわからないような…………で、でも、つまり俺達は危なかったってこ と?」 「俺がいなきゃな。確実にオジサンの二の舞。そーいやぁ、ソイツってどーなったんだ?」 「ナルト兄ちゃんが卒業してった後、いつの間にかいなくなったって。定年退職みたいだけ ど…………」 「定年退職?人にあんなことしておいて、自分はさっさと逃げ出したのか」 自分が目の前にいて牽制している限り箍を外すことはないであろうフランソワを、とりあえ ず室内へ帰してやったナルトは、見た者を凍りつかせるような物騒な笑みを浮かべた。 「よーし、フランソワ。教員の住所録引っ 張り出して、なるべく早めにアイツん家に 送ってやるからなー☆★」 木の葉丸達三人は、無言で両手を合わせる。 元用務員の彼にとっての悪夢は、 まだ終わらない。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送