三の怪、跳び箱の住人。
調査隊は、体育館にやってきた。 アカデミーの体育館は、最近主流となってきている二階建てタイプのものではなく。 昔ながらの、コート二面取り一階建てタイプのものだ。 老朽化が進んでいるせいで床に小さな穴が空いてしまっているステージは、修復されないま ま放置されているが、怪我に繋がるような欠陥ではないため、業者が入る予定はないのだと いう。 おまけに、遥か上の天井に取り付けられている水銀灯も正常に機能しないものが多々あり、 太陽が出ていない日ともなると、昼間と言えども薄闇の中で体育をやることになるのだ。 ちなみに、アカデミーの教育課程に組み込まれている『体育』の内容は二つに分かれている。 忍としての身のこなしや実技を学ぶ、訓練を目的としたものと。 一般的なスポーツの知識と共に、基礎体力を養うことを目的とした二つだ。 この場合、体育館の使用目的は下記のものになる。 しかし、そこはやはり忍の卵。 普通に歩いていても気を抜けば床が落ちるポイントがある危険な体育館は、生徒達の感や観 察眼を養うための、体の良い修行場となっていた。 その古さが、いろいろな意味で都合が良いのである。 「三の怪は、『跳び箱の住人』だぞ、コレ!み、皆、張り切っていくぞっ」 「「お、おー…………」」 「テンション低いなぁ、お前等。さっきまでの勢いはどこに行ったんだってば?」 先の一件が尾を引いているということを知った上での暴言だが、それに反論できうるだけの 勇気を持った強者は、この場にはいない。 ナルトが『底抜けの明るさを持つ先輩』ではなく、『恐怖の大王』とし か言えない本性を持つ人間だと判明したのだ。 無理もないことだった。 木の葉丸の胸中はとんでもないことになっている。 『前から変だなーって思ってたんだ、コレ!ジジイもナルト兄ちゃんには余計に気を使って たり一目置いてたりして、他の人と話す時は態度が全然違ってたし、縁側で和んでたジジイ とババアが茶ァ啜りながら【ナルトが隠し部屋に戻るようなことにならなくて良かった】み たいなことを、相好を崩して話してたのを聞いたこともあったしっ。それがなんのことかわ かんないけど、絶対ヤバイことに決まってるんだ、コレ!!』 勇者ではなかった木の葉丸が小心者らしく心の中で力説したことは、幸運なことに、ナルト に知られることはなかった。 「何、言い出しっぺのくせに、もう止めるって訳?まーそれならそれで俺はいいんだけどね。 睡眠時間が稼げるから」 「だ、誰も止めるなんて言ってないもん!」 「そ、そうだぞコレ!!」 「なぁんだ、止めないの。んじゃ、これもさっさと終わらせるってばよ。はい、三の怪のエ ピソードいってみよー」 「わ、わかった…………」 昔々―――――と言いたいところだけど、本当は今よりほんの少しだけ前。 筋肉ムッキムキの体育教師が。 「…………ストップ」 「え?」 ナルトの制止に、木の葉丸が首を傾げる。 しかし、ナルトの表情を見てすぐに合点がいった。 木の葉丸に遅れ、モエギとウドンもまた、ナルトが制止の言葉をかけた理由に行き着いた。 「ナルト兄ちゃん、またなんだ?」 「みたいだな、このパターンだと。それって最終的に呪い云々の話になるだろ?」 「そうだぞ、コレ」 「あちゃー決定的?ここまで続くのもなんだかなぁ…………」 ナルトは軽く頭を掻き、十一段まである跳び箱に視線を移した。 そのとたん。 脳内に蓄積されていた記憶の幾つかが、フラッシュバックしてナルトの脳裏に焼き付けられ てしまった。 湿った空気。 荒い息遣い。 上下する厚い胸板。 跳び箱の内壁を押し返す、汗で濡れた全身の筋肉。 異常なまでに熱っぽい視線がナルトに向けられ、そして ―――――。 「き、気持ち悪っ…………」 突然の嘔吐感に、ナルトは即座に口元を押さえた。 汚らしいとしか言えない当時の気色悪い光景をありありと思い出しい、少しだけ涙目になる。 あれは凶器だ。 「ナルト兄ちゃん、何考えてんの?」 「調子悪いの?」 「大丈夫?」 「…………あぁ、ちょっとヤバかったけど、たぶん大丈夫だってば。人類として のプライドにかけて、あんな手段でピンク 色の世界に足を踏み入れたくはないなぁーって思っ ただけ」 「ナルト兄ちゃんが言ってること、今日はあんまりわかんないよ」 「いや、これに関しては絶対知らない方がいい!―――――っつーか、知るな!!」 拳を握って、必死の力説。 わかってしまったら大変だ。 特に木の葉丸がそうなった場合、基本的に甘いが実はかなり厳しい死に損ないのジー様から、 ナルトは猛烈な勢いでどやされてしまう。 「い、一体ここで何があったんだ、コレ…………?」 正確には。 『何があった』のではなく、『何をした』だ。 他動詞と自動詞の使用方法を間違ってはいけない。 その結果ナルトに降りかかってきた悲劇は、ナルトの華々しい悪行三昧の経歴の中の、所謂 『汚点』というヤツだった。 「…………話してやってもいいけど、条件がある」 「え、な、何!?」 ナルトは目を据わらせ、鮮烈なまでに青い眼光をお子様三人に突きつけた。 その口から重々しい口調で語られるのは、必ず守らなければならない重要事項。 「一つ、聞いたらすぐに忘れろ。二つ、誰 にも口外するな。三つ、もしソレに遭遇す るようなことがあっても、見るな構うな近 寄るな。最後に一つ、ソレの前で俺の名を 出すな。いいか?絶対にだ!」 「ナルト兄ちゃんの名前…………?」 「ツベコベ言わずに返事をしや がれっ!!」 「「「わ、わかりました!!!」」」 ナルトは鬼気迫るような表情を崩さぬまま、抑揚のない声で話し出した。 アカデミーの教師とナルトというのは、とにかく相容れぬ仲だ。 唯一の例外はイルカだが、その他の教師はナルトをまともに扱うことなどない。 教師としての役割を果たすことなく、虐待にも似た嫌がらせで恨みを晴らすことに、常に専 念しているのである。 ナルトもナルトで教師相手に期待するものなど何もないものだから、最悪な事 態に陥る前に、自分が犯人だとバレないよ うな方法で抵抗することに、一種の情熱を 燃やしていた。 そんなこんなで、お決まりのごとく。 ナルトとその問題の教師の仲は、いっそ見事なまでに険悪デシタ。 そんなある日、事件は起こってしまったのだ。 それは、バレーボールの授業が終了した直後に起こった。 二面分のポールとネットの後片付けを押し付けられたナルトが体育器具室でボヤきながら作 業をしていると、背後に気配を感じた。 顔を上げると、透明な窓ガラスに映っているのは。 まだ片付けていなかったポールを一本、手にした体育教師。 …………まさか、片付けの手伝いとか? どういう風の吹き回しだ。 天変地異の前触れではなかろうか、と。 ありえない光景に大きな不安を抱えたナルトだったが、やはりそれはありえなかった。 ナルトは見た。 力自慢の体育教師が思い切り両腕を上げ、ナルトの後頭部目掛け てソレを振り下ろそうとしているのを。 ちょっと待って下さいよー、と。 一瞬気が遠くなりかけたナルトは言いたかった。 そんなものをまともに喰らったらどうなるか、答は火を見るよりも明らかだ。 ナルトは迷わなかった。 生命の存続を脅かされるような局面で、尚、ドベの仮面を被り続ける必要などない。 明確な殺意が込められた攻撃を下忍にあるまじき速さでかわし、ナルトは『正当防衛』とい う名目で反撃に出たのだ。 数回に渡る攻防の末、その勝敗は当然のごとくすぐについた。 三代目が何かとうるさいため殺すことはせずに、跳び箱の中に無理矢 理ジャストフィットさせられているという 恥ずかしい体勢のまま放置した上で、記憶を隠蔽。 晒し者になり、屈辱に震える拳を向けるべ き人間が誰かわからないまま、カスミ草の ように慎ましくひっそりと余生を送りまし たとさ。 めでたし、めでたし。 ―――――というのが、当初ナルトの脳内にあった筋書きだった。 ところが、ソイツはなぜかそうはならなかったのだ。 完璧に隠蔽されたはずの記憶は、どういういった訳か極一部だけ残されていたらしい。 後日、その体育教師は授業後なんの前触れもなくナルトを呼び出し、何事かと身構えたナル トに、デカイ図体を恋する乙女のようにもじも じさながら、こうのたまいやがった。 『うずまき、実は折り入って頼みがある。そ、その…………詰めてくれないか?』 『…………は?』 『お前に詰められた時の、あのカンジが忘 れられないんだ!』 まさに、衝撃の告白。 『せ、先生。俺ってばなんのことだかサッパリ』 『知らばっくれないでくれ!お前は詰めて くれたじゃないか!!あの狭い場所に、身 体を小さくした俺を踏みつけて、押し込ん で!!ギュウギュウに!!!』 血走った目を真正面から見てしまったナルトは、咽を引き攣らせ、一歩後退した。 しかし、体育教師が詰め寄ってくるとそれも無意味でしかない。 『なぜそんなことになっていたかは覚えていないが、今となってはどうだっていい!!う ずまき、頼むから俺をもう一度詰めてく れ!!あの奇跡のような技を、もう一度俺 に―――――ッ!!!』 誰か助けてください!! ナルトの心からの叫びは、誰にも届かなかった。 結局、自分を守るのは自分しかいないのだ。 別世界の住人となってしまった体育教師の要求に本物の恐怖を駆り立てられたナルトは、形 振り構わず、脱兎のごとく駆け出した。 逃走に成功したことで、本来ならばその一件はもう終わりにしてしまいたいところだったが、 悪夢は更に続くのである。 一度詰められることの悦びを知ってしまったソイツは、職権を乱用して、それ以降の授業内 容を全て跳び箱にしてしまうという荒業をやってのけ、体育の時間ともなると、誰よりも早 く体育館にやって来てナルト達のクラス―――――正確にはナルトを、上半身を 跳び箱からひょっこりと出した状態で、丁重に迎え るのだ。 その目は『詰めてくれろ』とばかりに鈍くも怪しく光っていて、ナルトではなく、真実を知 らないはずの生徒であっても精神的ダメージは避けられない。 生徒のうちの何人かは、突如変貌してしまった体育教師のその奇行に耐え切れず、親に泣き ついたとか。 そこからすぐに、厄介な組織であるPTAへと話は広がり、その奇行は非常に大きな反響を 呼ぶこととなった。 人生の中で最も多感な時期の子供に与えられる悪影響が危惧され、体育教師は長期任務に就 かされたが、定期報告で里に帰って来ると、己が内にある願望を抑えることができず、夜な 夜なアカデミーに忍び込んで中途半端に詰まってみては、『違う、こんな んじゃない』と落胆するのだという(イルカ目撃談)。 いまだに顔色が冴えないナルトは、おぞましくて不愉快で仕方がない話をこれで終わりにし てしまおうと、淡々とした口調で言った。 「―――――っつーのが、三の怪の真相」 「「「…………」」」 お子様三人はなんとも言えない顔をして、ナルトを見返してきた。 「つ、詰まってるの?」 「そ」 「その中に?」 「そ」 「…………なんで?」 「おめでとう、それがわからないならお前等は普通の人間だ。いつまでもそのままでいてく れ」 ナルトは三人の将来を歪めずに済んでほっとし、さっさと体育倉庫を出てしまった。 体育館の分厚い鉄の扉を後ろ手に閉じ、そのままの体勢で子供達を見下ろす。 「よし、話したぞ。話したからな?もう俺に何も聞いてくれるなよ」 「ナルト兄ちゃん、そんなに…………」 嫌だったのか、と。 今頃になって理解したらしい木の葉丸に、ナルトは青い顔に儚げな黒い笑 みを浮かべ、一度だけ大きく頷いた。 後ろ手に握っていた扉の取っ手が、ギチリという大きな悲鳴を上げる。 もう二度と自分とアイツが顔を合わせるようなことになりませんように、と。 ナルトは切に願った。
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