第二の怪、ルリコ泣かせの骨格標本。


問題の骨格標本は、南校舎三階の第一理科室にあった。

今はガラスケースの中に窮屈そうに収まっているが、昔の彼女(女性の骨格標本なので)は、
金属の支え棒に寄り掛かって教室全体を見渡していたものだ。


「いつの間に拘束どころか閉じ込められちゃって…………ホネミさんも可哀想に」

「ホネミさん?」

「あれ、知らなかった?彼女、『理科室のホネミさん』って呼ばれてたんだってば。この理科
室はホネミさんのテリトリーだから、彼女を不快にさせるようなことをしたらアウトなんだ」

「ほ、本当!?」

「嘘、ただの遊び。ほら、子供の間のルールなんだって―――――それにしても、これも七
不思議になってるとはねぇ…………」


しかも、ルリコ泣かせとは。

思い当たる節がありすぎるナルトは、眼球のないホネミさんの黒い眼窩を見詰め、わずかに
目を細めた。

できれば思い出したくもない金切り声が、ナルトの中で蘇る。

記憶力が良すぎる頭は、忘れたいことまで律儀に覚えているものだから考えものだ。


「んで?大体予想はできるけど、二の怪の内容はどんなんだってば?」

「ルリコの授業になると、何もしていないにも関わらず、骨格標本のホネミさんが崩れちゃ
うって聞いた。最近はないみたいだけど、少し前までは頻繁に起こってたって」

「うん、正解。間違いないな」

「…………ナルト兄ちゃん、もしかしてまた何か知ってる?」


ナルトは苦い顔をし、短い言葉でその問いを肯定した。


「何を隠そう、これも俺が原因だってばよ」



「「「え―――――ッ!!?」」」



「いい加減ウザくてさ、うん。そこまで言い張るなら試してやろうと思って」


ついつい、こう、なんて言うか、悪戯心が刺激されて。

これでドス黒い思念が加わったら、そりゃあもうアナタ…………。

それでも、ナルトがアカデミーに残してきた数々の伝説に比べたら、生まれたばかりのヒヨ
コちゃんのように可愛いものだ。

例のごとく、ルリコはナルトのことを忌み嫌っていた。

だから当然、ナルトもルリコのことを想像を絶する勢いで嫌っていた。

その相関図に別段おかしなところはないように思えるが、ルリコは他の生徒からも徹底的に
嫌われていたのだ。

その理由として上げられるのが、思わず耳を塞ぎたくなるような超高音の声。

次に、忍にあるまじきことであるが、嗅覚がどうにかなってしまうのではないかと危惧する
ほどの香水臭さ。

そしてその次に、自分の中途半端なレベルの知識をほぼ毎時間のようにひけらかすことだ。
理科と言うよりは生物よりの内容を教えているルリコは、将来の忍に人体の構造から急所と
いう忍をしていく上での知識を教えるだけでいいはずなのだが、生来の気位の
高さ記録的な底意地の悪さで、アカデミー生ではまだ解けないよう
な無理難題を押し付けてくる。

それが、生徒の間で『骨パズル』と呼ばれるものだった。

あろうことかホネミさんをわざと五体不満足にし、何も見ずに『さぁ、完璧に組み立ててみ
なさい』と言うのだ。

『仮にも忍を志しているのなら、当然できるでしょう?』と。

あの毒々しいまでの赤い口紅をつけた唇が吊り上るのを思い出しただけで、尋常でな
い破壊衝動が生まれる。

もちろん、アカデミー在籍当時、すでに暗部として活動していたナルトは当然できた。

だが、それを学ぶためにアカデミーに通っている子供ができたら、ルリコの存在意義など綺
麗サッパリなくなってしまうから(むしろなくなれ)、できないフリをし続けた。

『し続けた』というのは、その授業で指名される確率が好感度順になっていることから、ナ
ルトがだんとつだったからだ。

次に普通の悪ガキやら態度が悪い奴がくるのだが、『引っ込み思案な日向さんは、自分から進
んでもっと皆の前に出るべきだわ』ともっともらしい理由をつけて、強制的にヒナタを吊る
し上げにした時は、さすがにキタ。

ナルトの中でルリコは、『九尾を憎む里の大人』という認識から『排除すべきゴミ』という認
識に変わったのデシタ。

奴は社会悪、いたいけな子供達(主に自分達)の敵だ!

思い立ったが吉日。

ホネミさんには悪いが、滅ぼさなければならない女のために、一肌脱いでもらおうじゃあり
ませんか。

次の授業で、ナルトは早速行動に移した。

その日は週に一度の小テストが行われる日で、皆手が離せない状態であった。

それを確認した上で、自分の爪の手入れに熱中していたルリコに、鋼糸で操ったホネミさん
を―――――。

まぁ、ここまで言えばわかると思う。

なんの前触れもなくルリコが耳障りな悲鳴を上げたことに、机の上の紙と睨めっこしていた
生徒達がぎょっとして顔を上げた。

そこで生徒達が見たものは、見るも無残な状態になったホネミさんの残骸の中で、ルリコが
半狂乱になっている姿だった。

『だ、誰がこんなことをしたの!!』とか『早く片付けなさい!!』と喚いているが、
問題を解く貴重な時間を削ってまでルリコの元に駆け寄るような
馬鹿はこの中にはおらず、控えめにルリコを指差しながら、くすくす笑うだけだ。

誰の助けも得られないとわかったルリコは、悔しげに唇を噛み締めながら一人でホネミさん
だった物を集め始めて組み立てようとしたが、そうして出来上がったものといえば、とても
人とは呼べないような代物で。

慌てたルリコは再度やり直したが、間違い箇所が変わっただけで、それもまた人間の骨格で
はない。

ありえない場所から生えたありえない骨のせいで、生徒の間でその笑いの波が大きくなって
いき、ルリコは青くなる。

生徒に『あんなこと』を言っている手前、ルリコの立場は最悪も最悪だ。

そこでナルトがさりげなく『当然できるんじゃなかったってばー?』と野次を飛ばしてやる
と、今回ばかりはナルトの敵になりえないクラスメイト達が大爆笑。

怒涛の『もぐり』コールが沸き起こり、手拍子までつく始末だ。

もはや教師としての威厳も何も失ってしまったルリコは、往生際悪くも反論するが、どこの
誰が人の骨格に立派な尻尾を付けてくれた人間の言うことに耳を貸すというのだ
ろう。

その裏には、あらかじめ他の動物の骨を適当に混ぜたナルトのあくどい嫌がらせがあるのだ
が、その骨が多いどころか人間の物ではないと判断できなかったルリコの方が分が悪いとい
うことは、もはや明確で。

それから、ルリコの授業では、毎回必ずホネミさんにご協力頂き、『ルリコ追放運動』なるも
のをちゃくちゃくと進めていったのだ。

その後、ルリコは自ら移動願いを提出し、給食室に俗に言う『給食のオバチ
ャン』として入ったが、ナルトのクラスの味噌汁に雑巾の絞り汁を入れて
いるところを発見され、結局クビを切られたはず。

ナルト達の間では、その偉業をやってのけたのはホネミさんだということになっている。
もちろん、本気でそんなことを考えている人間などいないのだが、長年の圧政的授業から解
放された身としては、ことの真相など大事の前の小事なのだ。

先程ナルトが言っていた『この理科室でホネミさんを不快にさせたらアウトなんだ』とは、
間違いなくこの一件が発端となっていた。


「―――――とまぁ、二の怪に関して言えることはこれくらいだってばね。実演してやりた
いけどホネミさんはこんなだし、俺の種明かしを信じてくれるなら、そーゆーことで頭の中
に入れといてほしいってば」


赤裸々に語られた衝撃の告白は、木の葉丸達が知りたかったことも知りたくなかったことも、
充分すぎるほどの情報を与えてくれた。

『言葉も出ない』とは、まさにこのことである。

三人は互いに目配せをし合うのでもなく、ただ目をまん丸にして、呆然とナルトを見上げていた。
その中で、意外にもいち早く復活したのはウドンだった。


「…………ナルト兄ちゃんって、もしかしてもしかしなくても性格悪い?」

「何言ってんの、そんなことないってば。自分で言うのもアレだけど」

「アレだけど?」


ナルトがニッと笑う。


「悪いなんてもんじゃなく、最悪なんじゃねぇ?」

『えー謙遜もイイトコだよ〜。姫は最高にイイ性格して』

「おーっと、なんかウルサイ虫がいるってば!」




ガガガガガッ!!!




理科室の最も闇が濃い部分に向かってあらん限りの力で複数の苦無を放ったナルトに、せっ
かく我に返りかけたお子様達が、今度は音を立てて石化する。

口元が引き攣っているその顔は、暗がりでも容易くわかるほどの緊張と恐怖を訴えていた。
その横で、ナルト悔しそうに舌打ちする。


「あちゃー本物二匹しか始末できなかったか。こりゃアカデミーでもアース○ッ
ド焚いた方がいいかもなぁー」

「ナ、ナルト兄ちゃん…………」

「何?」

「な、なんか今、変な声が聞こえたんだけど…………」

「あぁ、それ?夏になると特に活性化し、主に夜中の水
周りを徘徊するしか能のない、だけど見た者全て
にとてつもない不快感を与える、尋常でない速
さが売りの、その黒い輝きは永遠に色褪せること
のない生き物だってばよ☆」


素直に『ゴキ○リ』と言えばいいのだが、世間様では遠回しの表現が板についているものだから、
ナルトもその忌まわしい名を口にすることはない。

それは、木の葉丸も同じだったらしい。


「え、で、でも奴等は喋らないぞ、コレ!?」


ナルトは急に真剣な顔をして、木の葉丸に顔を近づけた。


「それが喋るんだよ、最近の奴等は」

「嘘だぁ〜…………」

「ホントだって。身の程を弁えず、状況さえも忘れてベラベラとさっきみたい
にな」

「ふ、ふ〜ん…………?」


最後の台詞は木の葉丸達に向けてのものとは微妙に違ったが、そのわずかな違和感は、三人
の意識を向けるまでには至らなかった。


「手が滑って本命は仕留められなかったけど、普通の小さいのなら雄雌でイチャパラ
中だったから瞬殺できた。なんなら見るか?」


キラキラとした笑顔で『ちょっとだけスゴイことになってるけどな〜♪』との、付けなくて
もいい付け足しに、顔から血の気を引かせた三人は激しく首を左右に振る。

たとえ、ナルトの言動に理解し難い箇所が幾つもあったとしても、それは聞き流さなければ
ならない。

けして、深く考えてはいけないのだ。

八歳児のお子様達は少しばかり頭が悪かったが、人間として生きていく上で、自身に与えら
れた最低限の幸せを守り通すために忘れてはいけないルールは本能で感じ取っていた。
世の中には、知ってはいけないことがある。
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