「ナルト兄ちゃん、ちょっと付き合ってほしいんだ、コレ!」


自分を兄と慕う三代目火影のお孫様とその仲間達に急かされてやってきたのは。

卒業して以来疎遠になっていた、真夜中のアカデミー。

何をするんだ、と。

当然の権利を振りかざして木の葉丸の口を割らせれば。

返ってきたのは、『噂の真偽を確かめたい』との答。

あまりの面倒臭さに、『三人一緒なのに俺がいなきゃまだ恐いってんなら、始めからそんなこ
としなけりゃいいのに』と漏らすと。

三方からいっせいに、あまり痛くはない蹴りを入れられた。





世の中ってヤツは、どうしてこんなにも理不尽なのだろう。











アカデミー七不思議調査隊
アカデミーは忍術を学ぶための場所であるが、一般的な学校と比べても、学内の組織図に大 差はない。 アカデミー生全員を統率する役目を担うのが、教育課程の大詰めを迎えようとしている高学 年の生徒で構成される児童会―――――別名、運営委員会。 その下には生徒の学校生活に直接関わってくる各種委員会があり、更にその下には、全ての 基盤とも言える低学年の一般児童の存在がある。 彼等はある一定の規則を守りつつ、児童会の運営を円滑に進めるため日々努力 しているのだ。 お子様軍団は問答無用でそれに属している訳だが、建前はどうであれ、実際にやることなど たかが知れている。 その中でも全児童に義務付けられているのは、週一のペースで発行される新聞に必ず目を通 すことだった。 木の葉丸の手の中にあるのは、ナルトも当時よく見かけていた(ということは、つまり真面 目に読んでいなかった)アカデミー新聞なるもので。 ちらりとしか見えなかった紙面も、ナルトの並外れた視力では労せず判別することができる。 一面にあったのは、安っぽい大きな見出し。 『消えたアカデミーの怪!!真実はどこに!?』 …………アカデミーの怪ってなんだ? 聞いたことねぇぞ、と。 口の中でぼやいたナルトは、嫌な思い出ばかりの場所でも全て知り尽くしているつもりでい たから、少しだけショックを受けていた。 「―――――ちゃん、ナルト兄ちゃん!!」 愛らしい少女の声に、ナルトの意識が浮上する。 「あ?あぁ、なんだってば?」 「ちゃんと聞いてよ!もう更年期障害が始まっちゃったなんて、笑い話にしかなら ないんだからね!!」 「…………言ってくれるじゃねぇか。更年期障害が始まったっていう年寄 りは、別に帰ったって全然構わないんだぜ?」 「それは駄目ぇっ!!!」 「―――――っつってもさぁ、人に物事を頼むにはそれなりの態度ってもんがあると、俺は 思うんだってばよ。最低基準さえも満たしてないお前等に付き合ってやってるのは、俺の心 の広さのおかげ。悔しかったら少しは殊勝な態度をとってみろってば」 「だってぇ〜」 「だってもヘチマもあるか。言う気がないなら、せめて不適切な行動と言動を控えろよな」 「こ、木の葉丸ちゃぁ〜ん!なんかいつものナルト兄ちゃんじゃないよぉっ!?」 当然だろう。 丑三つ時に叩き起こされて、機嫌が悪くならない人間なんていない。 大体、普通に考えて変じゃありませんか? 騒がれている怪奇現象の多くが本当に人外のモノが原因であることを知っている身であるか ら、『そんなものは誰かの悪戯かトリックだ』と頭から否定はしないが、自分達の都合の良い ように面白おかしく騒ぎ立てるその根性が。 放っておいてやればいいだろう。 そいつらはそいつらなりに幸せに暮らしてるんだから。 ―――――というのがナルトの正直な気持ちであるのに、結局付き合ってやっているのだか ら、一つや二つや三つや四つの小言ぐらい、許されてしかるべきなのだ。 それに、木の葉丸達の来襲は、はっきり言ってナルトにとっては脅しのようなものだった。 三人が夜のアカデミーに繰り出して万が一にでも怪我を負えば、『知っていたのにも関わらず 止めなかった』という理由で、なんらかの処罰が下されかねない。 九尾の器として(ある意味)鍛えられてきた十二年で大抵のことでは動じなくなったが、や はり気分が悪くなる事柄には進んで近付きたくはない。 珍しく裏任務がない夜に日頃の疲れを取ろうとしていたのに、そんなこんなで拒否すること ができなかった鬱憤は相当なものだ。 人の迷惑を顧みずに抗議の声を上げるばかりの八歳児達に悟られぬよう、ナルトは小さく舌 打ちした。 「うるさい、いい加減にしろってば。さっさとナイトツアー終わらせて帰るぞ」 吐き捨てるかのように言ってから、ナルトは後ろの三人が連いて来るのを確認せずに一人で さっさと歩き出す。 向かう先にある正面玄関には、今は頼りない電灯がついているだけだ。 もちろん、人気も人影もない。 置いていかれてなるものかと早足で連いて来たお子様達は、近すぎず遠すぎずという絶妙な 距離を保ちながら、ナルトの後に続く。 「そこから入るのか?コレ」 「お前等のことだからどうせ侵入経路を確保したつもりだろうけど、たぶん放課後の見回り で発見されてると思うんだ。あんまり時間とりたくないし、正面から堂々と入ってやる」 「え、でも玄関には鍵が」 『かかってるはずだよ』とウドンが言う前に、ナルトは袖口の裏から千本よりもまだ細い針 のような器具を取り出し、ほんの数秒でいとも簡単に鍵を開けてしまった。 そして、両開きの扉を乱暴に蹴り破る。 口を開けて唖然とする三人を、肩越しに振り返ったナルトは尊大に笑った。 「鍵が、なんだって?」 第一の怪、消える階段。 「ま、どこにでもあるような話だよな…………」 「ナルト兄ちゃん、もっと真面目になってよ!」 「大真面目だってばよ?何回数えても何回往復しても階段は十二段。はい、次行ってみよー」 慌てた木の葉丸が、両手で上着の裾を引っ張る。 止めてくれ。 服が伸びるんだ、服が。 「な、なんだって今日はそんなに淡白なんだ、コレ!?」 「答は簡単。興味ないからです」 そして、早く帰って眠りたいから。 そのためなら、こんな面倒なこと早く終わらせなければ。 「ほら、行くぞ」 「もう一回、もう一回だけ!!お願いだから!!!」 「ナルト兄ちゃん、私からもお願い!」 ウドンとモエギも、木の葉丸に倣うようにナルトの上着に手を掛けた。 繊維質が切れる時特有の音が立つと、さすがのナルトも足を止めざるをえない。 裏任務でかなり稼いでいるとはいえ、ソレはソレ。 上着が使い物にならなくなったら、弁償してくれるんですか? 後先考えずに突っ走るその行動は、一体誰に似たのだろう。 考えなくてもあっけなく出てしまう答に、軽い自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。 そんなの、ドベ時のナルトを崇拝する彼等のこと。 自分に決まっているではないか。 ナルトは小さな手による拘束から逃れると、酷く疲れた顔をして、将来が不安でしかない三 人に向き直った。 「その一回で何かが変わるって確信があるならやれば?―――――って、随分早いな、おい」 その時にはすでに、お子様達は二階へと駆け上っていた。 確信なんてないだろうに。 見上げた先では、横一列に並んだ三人が今まさに降りようとしているところだった。 この階段は二階にある職員室から最も近く、また、昇降口からも最も違う場所にある。 南校舎の一階には低学年の、二階には高学年のクラスが学年ごとに並び、くの一クラスがあ る北校舎とは、唯一の渡り廊下で繋がっていた。 両校舎とも三階には特別教室があるが、授業以外での使用目的はあまりなく、普段からどこ か人を寄せ付けない雰囲気を漂わせているのだ。 校内の図が脳裏をよぎったナルトが、感慨深げに目を細める。 思い出すのは、落ちこぼれ街道を爆進していた当時の悪行の数々。 この階段には、いろいろな意味でお世話になりました。 ホントにお世話になりましたとも。 お世話に。 「―――――あれ?」 何やら噛み合わぬものを感じたナルトは、アカデミー在籍中の記憶の糸を手繰り寄せた。 そして改めて、木の葉丸達が言っていた『一の怪』とやらを思い返してみる。 数ある階段の中、ここだけが段数が変わることで七不思議の一つとされているという事実を 踏まえて、頭の中でその件に関する引き出しを探す。 ここは、確か。 「おーい、三人ともストップ!まだ降りるな!!」 すでに数段降りていた三人が、さして高くもない仕切りから揃って顔を覗かせる。 「え〜なんでぇ〜?」 「一の怪、実体験したくない?」 答は、聞くまでもなく是。 満足そうに頷いたナルトは、早速指示を飛ばした。 木の葉丸とウドンをその場に残し、モエギだけを自分の側に呼ぶ。 ろくな説明もなしに振り分けられた木の葉丸は不機嫌そうな顔をしたが、しかしすぐに気を とり直したように表情を引き締め、ナルトにお伺いを立てる。 「ナルト兄ちゃん、これからどうするんだ?」 ナルトは笑った。 「鬼ごっこ」 「「「…………は?」」」 「だから、鬼ごっこ。スキップでも競歩でも全力疾走でもいいから、 とりあえずその階段でやってみろ」 「ご、ごめんナルト兄ちゃん。寝起きで頭がイッちゃってるなら早く 元に戻って欲しいなぁ〜なんて…………。次はなるべく気を付けるから」 「やれ」 「「「はいぃっ!!!」」」 結局、鬼は木の葉丸に決まり、スタートの合図を出すと二人は同時に走り出した。 できることなら、『仮にも忍の卵ならもう少し身のこなしに気を配れ』と言いたいところだが、 やはりそれも今の状況を考えると欲でしかないのだろう。 二人分の軽快な足音は、少しも乱れることはない。 だが、ナルトの見立てではまもなく片方に災難が降りかかるはずだ。 鬼の木の葉丸に。 折り返し地点を過ぎてウドンが、続いて木の葉丸が姿を現した。 言われたことに忠実に、ウドンを捕まえるべく手を伸ばした木の葉丸が、突如としてバラン スを崩す。 木の葉丸の驚愕に見開かれた目がナルトを見たが、それだけで何かを話すまでには至らない。 「木の葉丸ちゃん!!」 モエギの悲鳴じみた声を横に、ナルトは特に焦りもしなかった。 あらかじめ予想できていたことだし、できていなかったとしてもどうにでもなる。 子供一人分の衝撃をわずかによろけながら受け止めたナルトは、腕の中で硬直している木の 葉丸に笑いかけた。 「な?」 「…………う、うんっ」 二人にしかわからない会話。 木の葉丸が無事だとわかった子分達はとたんに息を吐き出し、木の葉丸に駆け寄る。 「もう、木の葉丸ちゃんたら驚かさないでよぉ!大丈夫??」 「平気だ、コレッ。それよりナルト兄ちゃん、あれが一の怪なのか?」 「たぶんなぁー」 「すっげぇー!なぁなぁ、あれって何?幻術??」 「お、よくわかったな。さすが木の葉丸」 『さすが三代目の孫』と言わなかったことで、木の葉丸が嬉しそうに胸を張る。 「もつと言ってもいいぞ、コレ」 「はい、そこで自惚れんなよーっと。あ、事情がわかってないのが二人いるな」 つまり、と。 ナルトは説明してやった。 あの階段には特殊な幻術が掛けられているということ。 その幻術はある一定の条件で発動するということ。 その条件というのが鬼ごっこ―――――追う者と追われる者の立場がはっきりと分かれてい なければならないということ。 明らかになった真実に目を輝かせた三人だったが、そこでナルトの異常なまでの博識ぶりを 疑問に思わずにはいられなかった。 誰も知らないからこそ七不思議のうちの一つに数えられているというのに、なぜそれをナル トが知っているのだろうかと。 「ナルト兄ちゃん、どうしてそんなに詳しいのー?」 「や、だってこれ、俺が掛けたから」 アカデミー生の頭では、到底すぐには理解できないことをあまりにもあっさりと言う。 その証拠に、何気なしに尋ねてきたモエギは、ナルトの言葉が何を意味するのか、まったく と言っていいほどわかっていなかった。 「え、何を?」 「だから幻術を」 「誰が?」 「俺に決まってんだろ」 「…………ごめんなさい、よくわかんない」 許容範囲を超えたか。 まぁ、普通の八歳児のオツムはこんなものだろう。 ナルトは苦笑し、モエギの頭を手の平で軽く叩いた。 「この階段さ、どこへ行くにも都合が良いように作られてるから、職員室から目と鼻の先に あることを差し引いても、充分な価値があるんだってば。当時のサボリ仲間に『ここで捕ま らずに先公を足止めできるような方法ねぇかな』って言われて、俺が人肌脱いだんだ」 ただし、始めはトラップの予定だった。 それが実現しなかったのは、この階段の見晴らしの良さのせいだ。 森の中じゃあるまいし、トラップそのものを隠せるような物などなく。 また、トラップの場所を覚えられでもしたらまったく意味がなくなってしまうということで、 それはなかったことになった。 その代わりに掛けたのが、この幻術だ。 この階段で誰かが追われていると、追う側の人間に対して術が発動し、ありもしない階段が 見えたり、あのはずの階段が見えなかったりする。 サボリ仲間だったキバやシカマルから『どうやったんだよ』と問い詰められたが、ソレはソ レ。 これで懲りずに被害に遭う教師は、毎度見事な逃走劇を披露する自分達を止められないこと で冷静さを失っているため、幻術に掛かったという自覚はない。 まさに、心理状態と元々怪我をしやすい場所という地の利を、有効に活用した作戦だろう。 ちなみに、イルカとはまた別口で、決まってエスケープ組を追いかけてきたその教師は。 ナルトに向けてだけ本気で攻撃を加えようとするので、表立って動けないナルトも、その幻 術の効果を半永久的に設定することで、日頃の鬱憤を発散させてもらった。 忍のくせに階段から無様に転がり落ちる姿は、それはそれは愉快なものだったから。 「じゃあ、一の怪はナルト兄ちゃんが作ったんだぁ…………」 「ナルト兄ちゃんって昔からすごかったんだねぇ…………」 ほぉと熱っぽい溜息をつくお子様三人に見上げられたナルトは、また笑った。 お子様が憧れるヒーローは、いつも爽やかに笑っていなければ。
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