熱いけどイイ奴。
それが、木の葉の青き野獣―――――もとい、珍獣の愛弟子に対して持つ率直且つ素直な見
解であり、ナルト以外の同僚も、彼の人柄をそう捉えている。
術を扱うだけの能力がなくとも、唯一己に残された可能性を信じ、ひたすら努力する様は、
元教育係の弟よりもナルトに好印象を抱かせるのに充分なものだった。
ブッチャケてしまいましょう。
ネジの同班ということもあり、他の人間と比べたら、まったくと言っていい程身構えていな
かった。
だから、つい。

いいってばよ、と。

頷いてしまって。
気付いた時には演習場の中央で二人、向かい合っていた。






謎多き彼
「おはようございまぁー…………す?」 旧家ならではの大きな門扉を潜り、顔馴染の女中や庭師と挨拶を交わしながら日向宗家の敷 地内に足を踏み入れたナルトは、溌剌とした声をいささか間延びしたものへと変え、数度瞬 きをした後小首を傾げた。 眼前に立ちはだかるのは、日向一族の最高権力者。 それはいい。 だが、出迎えてくれたのが女中でも家を取り仕切っているアヤメでもなく、本来ならば奥の 部屋でどーんと構えているはずのヒアシなのは、一体全体どうしたことか。 日向の成人男性の服装として定着している、白色の無地の和服に黒の羽織り姿のヒアシに見 下ろされ、口を『す』の形にしたまま途方に暮れていたナルトは小さく唸った。 「…………お、俺はどういう反応を返したらいいのでしょうか?」 そもそも、頭首自らの出迎えに安っぽい反応なんか望まれているのだろうか。 半場呆然としたナルトの呟きに、ヒアシが肩を竦める。 「たまにはいいだろう。皆、帰還祭の準備で多忙なのだ」 「あぁ、そういえばもうそんな時季なのですね。最近身の回りが慌しくてすっかり忘れてい ました」 『帰還祭』とは八月の中旬―――――世間で言うところの御盆に催される、日向一族特有の 年中行事の一つだ。 開場は、本邸の庭園。 蓮の花が咲く池に灯篭を浮かべ、その幻想的な光の中、迎え火を焚いて先祖の御霊を迎える のだ。 そしてその見せ場が、日向一族の子供による奉納舞である。 昨年、ネジとナルトの二人で対となる舞を披露したのは、記憶に新しい。 本当に、すっかり忘れていた。 まぁ、思い出す暇もなかったのだから仕方ないことなのかもしれないが。 「今年の舞手は誰ですか?」 「ヒナタとハナビだ。ヒナタは二度経験しているが、何分ハナビは今年が初めてだろう?ア ヤメの奴に絞られているよ」 「うわぁ、アヤメ様に?それはまた…………」 アヤメの指導は、普段の彼女からは想像もできない程、そりゃあもう容赦というものが一切 ない。 姿勢はもちろんのこと切り返しのタイミングや目線に至るまで徹底的に教育され、刃物こそ 持ち出さないものの、少しでも間違えれば高そうな扇子で手の甲を叩かれるのだ。 我慢はできるができることなら遠慮願いたい地味な痛さを思い出し、ナルトは自分がそうさ れた時のことを思い出し、そっと手の甲を撫でた。 それでもナルトとネジはまだ才能があった方なのか、その指導を受ける回数は他の人間とで は比べ物にもならなかったとアヤメ付きの側仕えから聞いたのは、それから少し経ってから のことである。 「それでは、当分解放されることはなさそうですね。今日はアヤメ様が好きな羊羹を持って 来たのですが」 「なら私が預かっておこう」 「そうですか?ありがとうございます」 ニコリと笑ったナルトは、願ってもないヒアシの申し出に素直に応えておいた。 ずっしりと重い羊羹は、『一切れ』とかそういう単位ではなく、『何本』の世界だ。 それも、ここに住む人間の数を考えたらけして多すぎるということはない。 「俺はまだ食べてはいませんが、どうやら刻み栗入りらしいですよ?サクトの手紙に誇らし げにそう書いてありました。同封されていた要の手紙には、まだ味に関わってくるような作 業はさせられないけど、栗の皮を剥いたり切るくらいならって、もう作業場に立たせている とも。上手くやっているようで安心しました」 「それは良いことだ。何事も早い内から始めていれば、その分、実を結ぶ時も早いと言うか らな」 「はい、俺もそう思います」 「それはそうと―――――ナルト君、少し痩せたか?」 話題を移されたナルトは、その内容に思い当たることがあったにも関わらず。 「俺、痩せました?自分ではあまり自覚はないんですが」 知らばっくれた。 事実、自分ではあまりそういう実感はないのだが、いつ死ぬかわからない身の上としてはそ の影響を如実に受けていることを否定することはできない。 もともと、どんなに食べても縦にも横にも伸びることがない体質のナルト。 最近は食も細くなってきて、好物さえもあまり咽を通らない。 唯一食べられるのは、どう考えても一時凌ぎにしかならない携帯食で。 これで痩せなかったら、それこそ化け物だ。 「急激に、という訳ではないがな。数日前に砂の里に行っていたと聞いたが、もしやそれが 原因かな?」 「ん〜そうかもしれないし、そうではないかもしれません。特に不都合はありませんので 心配なさらないで下さい」 「それならいいが…………あまり無理をせぬように」 「ありがとうございます。ところで、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「なんだね」 「ネジがこちらに来ませんでしたか?ネジに渡す物があったんですけど、分家の遣いという 名目で、こちらに寄ったとおば様から聞きました」 「ネジ君が?いや、私は知らないが…………」 「あのぉ」 脇から聞こえた控えめな声に、ナルトとヒアシが同時に注意を向ける。 そこには、邪魔になる臙脂色の和服の袖を二の腕の辺りで纏めた女中が、柄の長い竹箒を持 って立っていた。 白いほっかぶりをしたその姿は野暮ったいが、彼女の品の良さと清楚さで全て無効になって いる。 「お話中、申し訳ございません。ネジ様でしたら、先程いらっしゃいましたけれど」 「本当ですか?どこに行ったのかわかります?」 「はい。修行をするのだと仰られて、第三演習場の方に向かわれました」 「―――――だそうだ、ナルト君」 「第三演習場…………わかりました、行ってみます」 ありがとうございました、と。 それだけ言って立ち去ろうとしたナルトを、ヒアシが引き止める。 「ナルト君、もう一つ聞いてもいいだろうか?」 「はい?」 「彼等はどうした」 わざわざ代名詞を使わなくとも、ここならばなんの支障もないというのに。 律儀にも名を呼ぼうとしないヒアシに苦笑し、ナルトは『彼等』にあたる名前を口にした。 「安曇達ですね?ヒアシ様のお察しの通り、誰も連れていません。今日は俺一人です。この 前の砂の里での任務で、極一部―――――と言っても、全員が関与していることは明白なん ですけどね。とにかく、任務に関係のないことで動いていたようでしたので、少しばかり手 を回したんです。別にそれが悪いとかそういうことではないのですが、何をしていたのか尋 ねても黙秘権を行使し続けるのは卑怯だと思いませんか?」 部下の行動の全てが自分に関係しているということは、重々承知の上だ。 だが、自分のことなのにナルトが知らないだなんて馬鹿な話、あってたまるか。 ナルトは、奈津己姫のような守られ方など望んではいないのだ。 「ですから、『言うつもりがないのなら別にいい』と言ってやりましたよ。それと同時に暇も 出してきました」 絶句したのはヒアシの方だ。 「随分と思い切ったことをしたね。よりにもよって暇を出すとは…………」 「そうですか?俺としては、解雇しないだけマシだと思って頂きたいものですが」 「それはそうだろうが…………あの者達がよくぞ大人しく引き下がったものだ」 忠犬ハチ公’Sの行動の理由は、時としてご主人様の命令とはまったく別のところにあった りする。 だからして、『ナルト至上主義』の四人が、最近特に身辺が物騒になったナルトの側を完全に 離れるなど、本来ならばありえない話なのだ。 しかも、すでに決着はついているが栄のような一件もあったから尚更である。 どういう風の吹き回しだ、と。 ヒアシが瞬いたのも無理はない。 ナルトは、最高の笑顔でヒアシの言葉を訂正した。 「全っ然、大人しくありませんでしたよ?」 あの時、真っ先に声を上げたのは伊吹だ。 伊吹は『違うの、姫も知ってるでしょ!?僕は行ってないの!そりゃあそうすること自体は 認めたかもしれないけど、それはあくまで民主主義に則った多数決の結果であって、僕から 進んで言い出した訳じゃないんだよぉっ!!!』と必死で弁解し。 それを聞いて眉を逆ハの字にした安曇が、『伊吹、あなた裏切るつもりですか!』という言葉 を皮切りに口論を始め。 悟りの新境地でも開いたのか、刹那は虚ろな目であらぬ方向を見詰めたまま微動だにしない し(人はそれを放心と言う)。 鴇は自分は関係ないとでも思っていたのか、至って平然としていたから。 『お・ま・え・も・だ!!』とわざわざ一音ずつ区切って発音すると、ナルトにキノコを生 やした背中を向け、部屋の隅で膝を抱えて座り込んでしまった。 「だから、こう言ったんです」 俺と敵対する覚悟があるなら連いて来い。 「一発デシタ」 その時の情景を脳裏に思い浮かべたナルトは、目に危険な光を宿していた。 「いくらアイツ等が可愛くても、やっぱり躾は大切ですものねぇ…………」 「…………ほどほどにな。私から言えることはそれだけだ」 切実な響きを持つヒアシの言葉を受け、ナルトは明快な返事を返した。 もしもネジがこの場にいたら、気付いたかもしれない。 大きな猫を被ったナルトの背後で、黒い尻尾が楽しげに揺れているのを。 ネジがいるはずの第三演習場。 しかし、そこにネジの姿はなく、代わりにあったのはネジの同僚の姿だった。 尊敬する師匠と揃いである緑色の全身タイツが、恐ろしいまでのセンスの悪さをアピールし ていることに気付いていないリーと。 整った顔に年相応の薄化粧を施した、お姉サマ系の少女―――――テンテン。 開いた場所で地味な筋トレに励んでいるリーの様子を、休憩中らしいテンテンが心配そうに 眺めているという光景だった。 少し前までのリーの様子を考えれば、テンテンの杞憂もわからなくはないが。 正直、今はそんなことよりもネジがいないことに対する落胆の方が大きかった。 「なぁんでネジがいない訳…………?」 その呟きが為されたのは、木の上でも茂みの中でも影の中でもなく、陽の光が燦々と注がれ る見通しが利く場所で。 しかも、気配を垂れ流しにしていたものだから、呟きの内容が聞こえなかったとしても、存 在自体はバレバレだということ。 要するに、目立っていた。 ナルトに気付いたリーが腕立て臥せするのを止め、上体を起こした。 キラリと光るのは、汗と白い歯。 「あれ、ナルト君じゃないですか」 「あら、ホント。こんにちは、君も修行?」 話は適当に合わせておくに限る。 「…………そうだってばよ。次こそは中忍試験受かってやるんだってば。そのための修行!」 「じゃあ、私達と同じね。私も今度こそは合格してやるの。この前は砂の子にこてんぱんに やられちゃったし、中忍試験自体中止になっちゃったじゃない?だから、今からこうして。 任務と任務のちょっとした時間だって、私達は無駄にできないものね」 見上げた根性だ。 ナルトは心の中で二人に賞賛の拍手を贈りながら、素早く周囲に視線を走らせた。 ネジはいないが、ここにこの二人がいるということは、修行は班単位でするつもりだったの だろうか。 そうと知っていたらネジを訪ねるという迂闊な行動に移さなかったのだが、今となってはも う手遅れである。 「あ、そうだ。ナルト君、君も修行するつもりで来たのなら、私達と一緒にどうかしら?正 直、ネジを負かした君に興味があるの。私だけじゃないわ。あの試合以来、ネジもナルト君 のこと気に掛けててね、ナルト君が加わってくれればネジもきっと喜ぶわ。知ってた?君っ て結構、里中で噂になってるのよ」 里中で噂? …………さぁて、どんな物騒な噂なのだろうか。 『なんてったって、あのネジを負かしたんだもの。当然だわ。ナルト君、これは充分誇って もいいことよ』 そう言われ、ナルトは軽く目を伏せた。 金色の睫毛が濃い影を落とし、空色の瞳にいっそうの深みを与える。 テンテンは、今自分が何を言っているのかわかっていないのだ。 ナルトを陥れようだとか、そういう他意はない。 だから仕方がない。 彼女は何も知らない、表で生きる人間なのだから。 「ネジは、その噂知ってるってば?」 「えぇ。いつもみたいに仏頂面してたけど、でも、君に対して逆恨みなんてしてないから安 心してちょうだい」 「そうです。でなければ、サスケ君を奪還する時に加担してませんよ。以前はともかくとし て、ネジは今、ナルト君に一目置いてるんですから」 もとより、そんな心配はしていないが。 里中の噂になるような事態になっているのは知らなかった。 「あぁ、だから栄の奴が焦ってあんなあからさまな行動に出た訳だ。なるほどね…………」 徐々に。 本当に徐々にだが、ナルトを取り巻く環境が変わってきている。 真実はどうであれ今まで表向きは膠着状態だったのが、表向きも何もなくなり、九尾排斥の 方向へと。 おそらく、九重の言う『選択の刻』というものが、目に見えるところまで迫ってきたという ことだ。 「『器は強靭であれ、されど無力であれ』ってか?ふざけるにも程があるぜ」 ナルトが目を眇めて吐き捨てた言葉に、首を傾げたのはテンテン。 耳にした台詞がナルトの口から飛び出したことが信じられないとでもいうように聞き返して きた。 「なぁに?それ、何かの引用?」 「まぁ、そんなとこだってばよ。それより、肝心のネジはどこに行ったんだってば?ここに はいないみたいだけど」 「ネジ?ふふっ、ネジはね、買い出しに行ったの。三人分の飲み物をね」 「…………カイダシ?」 なぜ、ネジにそんなことを? そもそも、あのプライドの高いネジがパシリみたいな真似をするはずがないのだが。 それをさせているのが自分ならまだしも目の前の二人なのが、ナルトは意外でならなかった。 この班の力関係の実情は、一体どうなっているのだろうか。 ナルトは『ネジが買い出し…………ネジが』と、自分に言い聞かせるように反芻して、盛大 に顔を顰めた。 「似合わないってば…………」 その正直な感想に、テンテンとリーの二人が同時に噴き出す。 「だって、ネジってばジャンケンが破滅的に弱いんですもの!」 「ジャンケン?」 「テンテン、そんなにはっきり言っては気の毒ですよ。僕も初めて知ったんですけど、ネジ は他のゲームならかなり強いのに、ジャンケンに関しては―――――あぁ、なんて言うべき か、その、えっと…………右に出る者がいないだけなんです」 「弱さの?」 ネジも散々な言われようだ。 ナルトもヒナタやネジとカードや麻雀やら花札やら、そういう類の賭け事をした覚えは多々 あるが、確かにネジは弱くはない。 『伝説のカモ』と呼ばれる綱手に対し、極一部から『伝説の賭博師』とまで言われるナルト と比べてはいけないが、一般人にしてみれば充分『強い』と言えるだろう。 そのネジが、最も簡単な勝負事に弱かったというのは、ナルトも初耳だった。 なぜなら、ナルトの一言で全てが動くのが当たり前になっていて、何かの権利を得るために 『ジャンケン』などという行為をしたことは、かつて一度もなかったからだ。 新事実発覚だ。 面白いことを聞いたとばかりに、ナルトは咽の奥でクッと笑った。 ネジで遊ぶいい材料が手に入った。 「そうなんだってば…………俺も『意外性No.1』とか言われてるけど、ネジの方がよっぽ ど『意外性No.1』だってばね」 「そうでしょ?可笑しいわよね!」 「ですから、テンテン。そんなに言ってはネジが気の毒ですって」 「あ、ごめんなさい。そうよね。少し調子に乗っちゃったわ」 「ネジがいなくて良かったですね」 苦笑したリーが『そうだ』と短く声を上げ、ナルトを見る。 「ナルト君、僕の相手をしてくれませんか?」 ナルトは珍しく素できょとんとし、リーの言う『相手』が何かを頭の中で模索し始めた。 『相手』には様々な意味合いが込められているが、この状況下での場合なら。 「それって」 「はい、組み手のです。ネジが来るまでの間でいいんですが、駄目ですか?」 「いや、駄目っつーか…………」 この自分と、組み手をやりたいのだと。 そういうことらしい。 どうせ仮面を取るつもりはないのだから、別に問題がある訳ではないのだが…………。 ―――――ないと思う。 うん、問題はない。 「いいってばよ。望むところだってば!」 ナルトの返答に、リーは人の良い笑みを浮かべて丁寧に頭を下げた。 「良かった!じゃあ、お願いします」 「おぅっ!あ、でもちょっと待ってってばよ。俺ってば準備運動してないんだって」 だからそれをする時間だけくれ、と。 事前に断ったナルトは、手足の関節や腱を伸ばしながら、四肢に力を制御する簡単な術を掛 ける。 中忍試験本戦の予選でリーが自分自身にハンデを課していたように、ナルトもまた、自分自 身にハンデを課したのだ。 ネジが相手の時は、臨時暗部としてナルトと同行することがあるため軽く意識すればいいだ けだが、リー相手ではそうもいかないだろう。 普段通り演じていれば滅多なことにはならないと思うが、病み上がりのリーの事情を考慮す ると、万が一の可能性をそのまま放置しておく訳にはいかない。 あまりにも自然でさりげない動作は二人に気取られることはなく、順調に作業を終わらせた ナルトは、『お待たせ』と言ってニッと笑った。 「術なしの体術一本勝負でいいってば?どちらかが再起不能―――――えっと、あくまで気 絶程度のダメージを与えるまで」 「いえ。術なしなのは有り難いんですけど、なるべく実践に近づけるように武器も使用しま せんか?」 「ゲジ眉がそれでいいなら」 「じゃあ、私が審判役をするわね。二人共、準備はいい?」 充分距離を取ったテンテンがリーとナルトに確認すると、互いに視線を合わせた二人は、ど ちらからともなく口を開いた。 「俺はいいってばよ」 「僕もです」 タイミングは違えど揃った答に。 満足したように頷いたテンテンは、天に向かって真っ直ぐに上げていた手を振り下ろした。 「始め!」 ここで先に動いたのは、真実はどうであれ表向きは先手必勝タイプのナルトだった。 いつもならばパターンとして、影分身の術で多方面から攻撃するのだが、今回に限り術を使 用することは一切ないから、それもできない。 しかし、『うずまきナルト』の先手必勝・突っ込み重視戦法が変わるはずもなく。 ナルトの本音としては、ここで相手の出方を観察したいところだがそうもいかないだろう。 「いくってばよ、ゲジ眉!!」 威勢の良い宣言をして、強く地を蹴る。 上段からリーに殴り掛かろうとすると、リーは難なくそれを避け、逆に仕掛けてきた。 ナルトの利き腕は右。 故に、拳を繰り出したのも右手であるから、無防備になった右脇腹が即座に攻められる。 一時は再起不能とまで言われていた人間の動きとは、とても思えなかった。 なるほど、完治しているらしい。 しかも、もともとが体術のスペシャリストだ。 これなら遠慮することもないだろう。 ナルトは唇の両端を吊り上げて笑うと、自分の脇腹に入ろうとしている膝を軽く弾いて受け 流した。 その力の方向へと少しだけ力を上乗せすることで、リーのバランスを崩させる。 重心が極端に前に移されてしまったリーは前のめりになり、思わず地面に手を付いてしまう。 そこを見逃す馬鹿などいない。 ナルトはすぐさまリーにお得意の踵落としを喰らわせようとしたのが、リーもなかなかの反 射神経の持ち主だ。 地面と平行方向に転がり、体勢を整えようとする。 その時間稼ぎとばかりに放たれた苦無を身体をわずかにずらしてだけで避けたナルトは、そ のまま放っておけば宙に吸い込まれていくだけの苦無を掴むと、そうはさせまいと、あらか じめ所持していた物と合わせて、逆にリーへとお返しした。 並々ならぬ修行の結果得た速さで回避することに成功したリーは、起き上がると同時に空高 く跳躍し、もはや下忍レベルではない拳を、ナルトの眼前に突き出す。 「おっと!」 間一髪。 屈むことでその攻撃から逃れたナルトは、一瞬ガードがなくなったリーの腕を封じると、ナ ルトの行動を妨げるモノのない腹部に肘を埋め込む。 もちろん、制御の上に制御を重ねて。 何かが詰まったような音を発して、その顔を苦悶の表情にしたリーだったが。 間を空けることのない、畳み掛けるような更なる攻撃の気配を察し、ナルトを突き放して飛 び退いた。 かなり強く押されたため、普通ならば地面に背中を付けるところだ。 だが、地面に付いたのは背中などではなく、オレンジ色のジャケットから突き出た腕二本。 忍よりもむしろ軽業師なのではないかと思うぐらい見事に決められたのは、三連続のバック 転だった。 ナルトの猫のような俊敏さと鳥のような身軽さに、リーは内心で舌を巻く。 『日向ネジを倒したとはいえ、これがあの【うずまきナルト】か』と。 リーが知る『うずまきナルト』とは、あくまで恐い物知らずの世間知らずで、自分とはまた 違った熱血タイプであり、やることなすことがイマイチ結果として出ない、悪ガキの代名詞 のような子供だった。 それが、今はどうだ。 自惚れている訳ではないが、体術一本でここまでやってきた自分と対等に渡り合っている。 ―――――いや、本当に対等なのだろうか。 リーには、ナルトの口元が笑みを刻んでいるように見えてならなかった。 一方、ナルトといえば。 リーの考え通り、この組み手を楽しんでいた。 我愛羅との試合を見て思ったが、やはり今まで周りにいなかったタイプだ。 サスケやシノはイイモノを持っているのだが、いかんせん、最終的には血の力に頼りっきり になってしまう。 キバはそれなりだと思うが、忍犬使いということもあり、犬と引き離されたら致命的。 シカマルは言うまでもなく頭脳派で比較にならず。 サクラやイノも男ばかりの世界でよくやっていると思うが、彼女達はもともと身体を張るタ イプではないし。 巨大な肉団子が転がるようなチョウジのアレも、脅威と言えば脅威だが、ただそれだけ。 ネジやヒナタのように、体術と特殊能力をバランス良く使えている者はいなかった。 彼は特殊能力を持ってはいなかったが、ナルトの目の前には唯一の例外が。 これで心躍らずにいられようか。 「…………面白い。じゃあ、これならどうだってば?」 凶悪に笑ったナルトがおもむろに取り出したのは、裏任務でのナルトの愛用忍具である鋼糸。 その鋼糸の先端部分を歯で挟んで引き伸ばし、強度を確かめるように手首や手の甲に数周分 巻き付けた。 もちろん素手であるから、正気の沙汰ではない。 リーが目を見張る。 「それは鋼糸ですか?」 「当たり☆」 「そんなっ!鋼糸は今現在、あまりの製造技術の高さから、里から認定された職人しか製造 許可が下りていないため数に限りがあると…………しかも、それを扱うに値する人物かどう か見極める特別な試験があるはず―――――失礼ですけど、どちらにしても下忍の君が持て るものではありません」 「そうだってばね。下忍の俺が持てる物じゃないってば」 その言葉の裏に巧妙に隠された別の意味に、リーは気付かない。 「なら、どうして」 「拾った」 そんな物騒な物、そこら辺に気安く落ちている訳がない。 変なことを言わないで下さい、と。 口調を強くしたリーは、何かが掠ったようなかすかな音を耳にした。 音源は自分。 不審に思って自分の身体を見下ろすと、まるで鋭利な刃物で斬り付けられたかのように、緑 色の衣の数本の亀裂が走っていた。 全て、肌を傷付けることなく。 まさかと思いナルトを見ると、やはりナルトは笑ったまま、指先に鋼糸を巻き付けて遊んで いた。 そう。 遊んでいるのだ。 鋼糸を放った気配はないが、もしも、自分に気付かない速さであの紙一重の威嚇をやっての けたのだとしたら。 リーは顔面蒼白になった。 そんな相手に、敵うはずがない。 無意識のうちに、リーの足がじりじりと後退する。 『逃げてはいけない』と忍びとしての己が訴えるのに、『早く逃げろ』と弱肉強食の世界をよ く知っている生き物としての己がそうさせる。 本能を押さえ込む理性の壁など、もはや崩壊寸前だ。 リーが本能的恐怖で満足に動けなかったのは、この場合の対処方としては最も適切であった。 万が一大きく動いていたら、ナルトもまた均衡を崩し、大きく動いていたのだから。 しかし。 そのギリギリの均衡は、そうなる前にあっさりと消滅した。 「おい、一体何をしているんだ」 片手にビニール袋をぶら下げたネジの、何かを押し殺したような低い低い声によって。 我に返ったのは二人。 完全に呑まれていたリーと、思考能力を奪われ固まっていたテンテンだ。 「ネ、ネジ…………」 テンテンはほぅっと息を洩らしたが、ネジの視線は彼女に向けられてはおらず、やたらと派 手な色彩を身に纏った少年にのみ集中していた。 「言え。何をしていたんだ」 当のナルトと言えば。 「あ、ネジだ。お帰りー」 だってばよ、と。 語尾にハートマークを付けて、にこぉっと笑う。 その笑顔は充分可愛らしいのだが、今だけは薄ら寒さしか覚えない。 「何って、模擬戦!見ての通り」 「見ての通りなんだ。リー相手にそんな物を出して、どうするつもりだった」 ナルトは大きな目をリーに向け、そして次にテンテンに向けてから、再びネジを見た。 「どーゆー答がお望み?」 茶化して言うと。 ネジは、ナルトに容赦なく缶ジュースを投げ付けた。 それを片手で受け止めたナルトは、その缶のデザインを見て眉を顰めた。 そしてそれを、ジャカジャカと振る。 「お前の魂胆なんかお見通しだね!」 盛大に振った缶を誰もいない方向に放り、手にしていた鋼糸で一刀両断にする。 内部破裂が起こったかのような勢いで飛び出したのは、大量の白い泡だ。 限定された範囲でのみ振る、炭酸飲料の雨。 「俺は今、烏龍茶な気分なんだよ」 遠慮も何もあったもんじゃない要求に、ネジは頭を押さえる。 「六日振りに会った幼馴染に対して、随分なご挨拶じゃないか」 「六日振りに会った幼馴染に、中身入りの缶を思いっきり投げ付けた奴の台詞?」 「六日振りに会った幼馴染が、同僚の目の前でそんな物をちらつかせていればそうしたくも なる」 『しかし、それもいつものことだ』と。 そんなナルトにすっかり慣らされているネジは無言で歩み寄り、本物の烏龍茶の缶を今度こ そしっかりと手渡した。 そして、リーとテンテンに声を掛ける。 「驚かせたな。もう平気だ」 「なんかその言われよう、まるで俺が猛獣みたいなんだけど」 「似たようなものだろう。何を今更」 「うっわ、もしかして猛獣使い気取り?図々しい、ネジのくせに!お前に俺が操れるとでも 思ってんの?」 「ナ、ナルト君、何か変よ?口調も、その…………性格も」 『途中から』と言われ、ナルトは口を『あ』の形にしたまま、少々間抜けな顔でネジを見返 してしまった。 『ほら、見ろ。言わんこっちゃない』と肩を竦めたネジに、どうやらフォローするつもりは ないらしい。 当然だ。 今回は、調子に乗ってしまった自分が明らかに悪い。 いくら楽しかったからとはいえ、ここまでしてはいけなかったというのに。 長年土培ってきた分厚い面の皮は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。 あくまで表面上ではたいした動揺も見せず、ナルトは声に出さずに『どーしよっかなぁ』と 呟く。 先程まで完璧にナルトに圧倒されていたリーが、ナルト本人ではなく馴染み深いネジに話を 振った。 「それに、二人が幼馴染とはどういうことですか?初耳ですよ」 「ネジ、どういうことなの?」 「…………なぜ俺に聞く。コイツに直接聞いたらどうだ」 「え、だって…………」 テンテンが、ナルトを戸惑いがちに見る。 目が合ったナルトが条件反射で柔らかく微笑むと、なぜかテンテンは居心地が悪そうに俯い てしまった。 心なしか、顔が赤い。 目聡くもそれに気づいてしまったネジが、おそらくその元凶であろうナルトを睨む。 「ナルト、まさかお前また…………?」 「はぁ?またって何だよ。別に俺、そーゆーことしたつもりはないんだけど」 「戯け者。お前の場合、存在自体がすでに凶器なんだ。その証拠に、誰彼構わず愛想を振り 撒いているだろうが」 「む、失礼な!愛想を振り撒く相手くらい選んでるぞ」 「だが、振り撒かれた相手にとってはそれはすでに愛想じゃない。確信犯のくせに無自覚と は、性質が悪いにも程があるぞ」 「ね、ねぇ、二人とも喧嘩は止めてよ!お願いだから」 「えっと、テンテンさん?あ、テンテン姉ちゃん?いや、もう呼び捨てで。テンテン、気に することないって。俺とネジの会話、いつもこんなだし」 だから大丈夫、と。 何が大丈夫なのか、まったくもって意味不明。 それでも、ネジがそれを否定しない辺り、『大丈夫』なのは二人に関することなのだろう。 テンテンの制止で口論する気が失せたネジが、ナルトを横目で見る。 「大体ナルト、お前何をしに来た」 「おっと、忘れるトコだった!」 パンッと両手を合わせたナルトが懐から取り出した紙袋に、ネジがぴくりと反応した。 「お前に前々から頼まれてた本、砂の書店にあったら買ってきたんだ。高かったんだから感 謝しろよ?」 「アレか?」 「そ」 「廃版になって十年は経つ物だぞ?お前に探してほしいと頼んだのも、駄目もとだったの に?」 「そ」 「…………他里の事情は知らんが、その辺に売っているような物ではないという踏まえて、 もう一度初めの台詞を言ってみろ」 「あはは、やっぱ誤魔化せない?でもあったんだもん。金に換算すると、ざっとこれくらい?」 片手の指全部と、それプラス二本。 ついでに0をつけて、と。 ナルトは笑う。 「七十両か―――――まぁ、それぐらいはするだろう。それで、それをどこで」 「神楽のアジト」 ネジはせっかく受け取った本を取り落としそうになった。 「なんだと?」 「ようするに、ふんだくってきんだよ。今回は報酬がない任務だったし、迷惑料って考えれ ば安い安い。あと八十両は取れるんじゃねぇ?」 本来ならばありもしない迷惑料さえも、自分基準。 「お前一人いれば、間違いなく木の葉の財政は安泰だろうな…………。とにかく、これは有 り難く受け取っておく」 「そーして。あ、それとネジの家にいつもんトコのお菓子置いてきたからさ。それも食えよ?」 「わかった」 二人の会話に連いて行けないリーとテンテンは、何がどうなっているのかさっぱりわからな かった。 ナルトに変化が起こったのは、リーと組み手を始めてからだ。 それが白熱していくにつれてナルトの雰囲気が変わってきて、まるで闘神のような強さを発 揮して。 一触即発の場面にネジが現れたと思ったら、二人の世界を構築して入れやしない。 会話の内容も断片的にしか理解することができず、しかも、その限られた情報を結び付けて ることになんとか成功したとしても、現れた事実はあまりにも突飛なとんでもない内容。 二人が幼馴染だというのも、どうやら本当らしいし。 今まで自分達が見てきたナルトが、形ある夢だったとしか思えない。 それ程、自分達の中のナルトと今のナルトは掛け離れていた。 「ナルト君、君は」 尋ねようとして、リーのその声に重なったのは。 頭上を旋回する小鳥の、甲高い鳴き声。 「あ、召集」 「またか?少しは任務を減らしたらどうなんだ。そのままいけば前のように倒れるぞ」 「だぁいじょーぶ。問題なし。じゃ、俺行くわ。任務地決まったら、また報告するから」 「あぁ」 ネジの肩をポンと軽く叩いて立ち去ろうとするナルトに、リーが慌てて声を掛ける。 「ちょ、ちょっと待って下さいナルト君!!」 「何?」 まさか、ナルトがあっさりと自分の言うことを聞いてくれるとは思っていなかったリーは、 いざその時になって何を言っていいのかわからなくなった。 「もしかして決着のこと?それならまた日を改めてってことにしといてくんない?俺今日、 いろんなものに酔っちゃってて駄目みたいだから」 警戒心0。 このままだと、仮面がどこまで剥がれるかわかりません。 するとリーは。 「酔ってたんですか?まさかお酒でも?」 『いけません。未成年じゃないですか』と、なんとも見当外れなことを言われ、ナルトはた だでさえ大きな目を更に大きくした。 「お酒、飲酒ねぇ…………そう。俺ってばそれで酔っちゃって、妙にハイなんだってば。エ ロ仙人とか綱手のばーちゃんに修行つけてもらって、ちょっとは強くなったから試したくな ってさ!でも調子に乗り過ぎちゃったってばね」 頷きかけたリーとテンテンによる、息が合った突っ込みが炸裂する。 「「―――――って、そんな訳ないでし ょう!!!」」 とたん、ナルトは腹を抱えて爆笑した。 もうどうでもよくなった。 目尻に溜まった涙を拭い、オレンジ色のジャケットを脱ぎ捨てた。 宙に放り出されたオレンジ色が、青空に映えて綺麗だと。 そんなとりとめのないことを考えて、リーとテンテンが再びナルトを見ると、華奢ながらも しなやかな若竹のような身体に、木の葉の暗部服を纏った少年が。 太陽の光を弾く金色の髪に、穢れなく澄みきった海を連想させる瞳。 誰かに似た秀麗な容貌に不敵な笑みを乗せ、確固たる意思を秘めた気の強そうな目が、真正 面から二人を見据えていた。 今の今まで二人が知るはずもなかった、本当の『うずまきナルト』。 狐を模した白い暗部面で顔の半分を覆った彼は、悪戯っぽく言った。 「女に限らず、謎だらけの男ってのも、案外魅力的かもしれないぜ?」 二人の口から、『意義あり』の言葉が飛び出すことはなかった。 END †††††後書き††††† あーあ、完成までの期間の長いこと長いこと。難産もいいとこです。―――――っつーこと で、お待たせしました。とうま様。とうまチャン。むしろとうま!(呼び捨てかよ)遅くて すみません。今回は、シリーズの幕間として書いてみました。リクはリーとナルトの戦闘シ ーンということでしたが…………戦闘シーン少なっ!もっと盛大にやってもいいかなと思い ましたが、オイラの能力ではこれが限界でした。申し訳ない。その代わり、長さだけはいつ も通り充実していると思いますので。ゴホゴホッ!(苦し紛れ) とにかく五万打代理リク、ありがとうございました☆
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