仮住まいとしてナルトが使用しているアパートではなく、

うずまき家の本邸に足を踏み入れたとたん、彼等は絶句した。

 

「「「「…………」」」」

 

「四人とも、そんなとこで固まってないでさっさと来いよ」

 

戸口に突っ立ったまま動こうとしない来訪者を、

ナルトは行儀悪くも菜箸で呼び寄せた。

ユニセックスなVネックの白いセーターに緑がかったジーパン、

肩紐がない腰巻タイプの黒色のエプロン。

額当てをしていないせいで下りている前髪を、

ナルトは交差させたヘアピンで止めていた。

本来の性別が男であっても、本々中性的な容貌であったから、

見ようによってはスレンダーな美少女に見えなくもない。

適度に露出した鎖骨の辺りには、その昔、

ナルトどっかの誰かさんと揃いで贈られたシルバー指輪が、

細身のチェーンに通されて顔を覗かせている。

任務の時に身に付けることはまずないが、

こういったプライベートな時間にはその指輪は常にナルトとワンセットでそこにいた。

意味深なその指輪の贈り主を、全員が全員とも知っている訳ではない。

現に、安曇や伊吹といった、昔からナルトに就いている古参を除き、

つい最近ナルトの傘下に下った刹那や鴇はまったく知らないのだ。

刹那がそういった話題に移ろうとすると、そのとたん急にナルトが遠い目をしだし、

安曇が目を据わらせ、普段はやたらと騒がしい伊吹が黙り込むものだから、

二人の間で指輪の贈り主に関する話は禁句であった。

今日も変わらず定位置を陣取っている指輪は、

ナルトを飾り立てることを至上の喜びとでも感じているかのように、

誇らしげに白い光を反射させている。

凶悪に可愛らしく、また綺麗な生き物を目の前にして、とりあえず伊吹は。

 

「姫ってばスッゴク美人さんだぁーっ!」

 

ナルトよりも二、三歳年上ぐらいの年齢に変化した姿で、ナルトを抱き込むように体当り。

跳びつかれた側のナルトは大皿と菜箸で両手を塞がれていたため、

それらを落とさないようにするので精一杯。

要するに、伊吹の襲撃に対してはまったくの無防備だ。

過剰とも言えるスキンシップに慣れきってしまっているナルトは

それでも全然構わなかったのだが、あいにく今回はそうもいかない。

ここで料理をぶちまけてしまったら、人間様に食べられるために

尊い犠牲となってくれた生き物達の命が無駄になってしまうから。

 

「はいはい、俺が美人なのは今に始まったことじゃないだろー」

 

何も知らない人間が聞いたら、『お前何様だ?』と詰め寄りたくなる

ような台詞を平然と吐いて、首に巻き付いた伊吹の腕から自分自身を救い出す。

ナルトの言動に突っ込みが入らないのは、それが自惚れでもなんでもなく、

単に周知の事実だからに他ならない。

伊吹はブーイングの声を上げたが、それに付き合おうとしないナルトの態度に諦めたのか、

唇を尖らせながら渋々ナルトから離れた。

熱烈な抱擁からようやく解放されたナルトは大皿に鍋の中身を盛り付け、

一仕事やり遂げた後の、実にさわやかな笑みを浮かべる。

 

「よし、完成だ!」

 

六人掛けのテーブルに並べられた料理の数々は。

今が旬である五目御飯にカレイの煮付け、ほうれん草の胡麻和えと筑前煮、

茶碗蒸の他に白はんぺん入りのお吸い物まで付いた、完璧なる和食だった。

高級料亭に引けを取らないレベルのそれらは一人前ずつ丁寧に盛られ、

その完璧さ故にそこが畳など一枚もない部屋であっても、

まったくと言っていい程違和感を感じない。

ナルトはエプロンを取り、木製の椅子に腰を下ろした。

そして、伊吹以外こちらに来ようとしない三人を認めると軽快に笑う。

弧を描く唇は、赤く艶やかに。

 

「なんだよ、今更遠慮すんなって。やたらデカイのがそこに突っ立ってると、

すっげぇ窮屈に感じんだからさ〜」

 

「そうだよぉ。今日はますます綺麗な姫に見とれてたのはわかるけどさぁ、

いつまでもそのままでいたら、せっかく姫が作ってくれたご飯が冷めちゃうじゃん」

 

その呼び掛けに。

ちょっとだけとてつもない衝撃を受けた他の三人も、各々の低位置に着席した。

こうしてナルトを含めた五人が一同に会するのは、実は久しぶりであった。

『私兵』と言っても任務と呼び出しが無い限りかなりの自由を約束されている四人は、

それぞれ違う顔を持ち、集団生活を強制されることもなく表向き赤の他人として、

ナルトから支給される平暗部の三倍近くに相当する給金で悠々自適に暮らしている。

個人が所有する人材としてはありえない破格の扱いであったが、それに裏がない訳ではない。

それだけ危険な状況に、全身を突っ込んでいるということである。

そんな破格の扱いを享受している実力に比例して個性も強い四人は、普段の遣り取りを見る限り、

『ナルトの私兵』という立場でなければこうして行動を共にすることなどなかったであろう。

ではどうやって、ナルトが協調性というものがまるっきり欠如している人間を四人も抱え、

尚且つ彼等を纏めることができているのか。

答は簡単だ。

ナルトが何か特別なことをしているのではなく、

彼らが勝手に一回り近く年が離れた小さな子供であるナルトに惚れ込んでいるだけ。

促されるままに箸を手にとった安曇は、確認するように再びナルトを見て、しみじみと呟いた。

 

「どうしてまたそのような格好を…………?」

 

顔の美醜はともかくとして、女顔であることを酷く気にしているナルトは、

性別がわからなくなるような服装は一切しないようにしている。

それはナルトに近しい者なら誰でも知っているし、もし例外があるとしても、

日向の女性陣に『お願い☆』された時だけだ。

だが、彼女達がいないこの場でその服装なのはどういった理由なのだろう。

安曇の本心からの疑問に、ナルトは声を上げて笑った。

笑うしかないのだ。

 

「今日デートだったんだ」

 

安曇の思考が完璧に固まってしまった。

今の明瞭簡潔なナルトの返答は、なんの心構えもしていなかっただけに、

想像以上の威力をもって安曇に襲い掛かった。

普段、自分は何事においても冷静な態度を崩さないと自負していたのだから、

その衝撃は計り知れない。

しかし、それが自分一人でないことがせめてもの救いである。

向かいの席に座っている伊吹は、大きな口を開けたり閉めたりと忙しい。

その姿はまるで、酸欠に陥った金魚のようだ。

その伊吹の隣りに座っている鴇は、手から箸を取り落としたのにも気が付かず、

呆然とナルトの顔を見詰めたまま動かない。

安曇の隣りに座ってる刹那など、氷入りのグラスに酒瓶を傾けたまま固まっているせいで、

入手困難な銘酒は食卓の上に人口的な水溜りを作っていた。

せっかくの酒が台無しだが、今はそんなことに気を配っている余裕はない。

事が事なのだ。

安曇は暗部面なしの素顔をわずかに顰め、

どうか今耳にした事実がただの勘違いであってほしいという無駄な希望を抱いて、

もう一度ナルトに問うた。

 

「御子ともあろう方が、どこぞの馬の骨と、なんですって?」

 

「デート」

 

どうやら、聞き間違いでもなんでもないらしい。

それぞれ個性的な反応を披露してくれた三人も、はっと我に返り、

その内の二人が勢い良く乗り出した。

 

「ひ、ひひひひ姫!デ、デートって、デートって本当ぉっ!!?」

 

「坊を誑かすだなんて、随分といい度胸してるじゃねぇか…………どこのどいつだ。

俺が直々に始末してやる!」

 

「相変わらず揃いも揃って五月蝿せぇなー。喚くだけの能しかねぇのかよ」

 

「自分の行動に責任が持てるだけの能力は持っているつもりですが?」

 

満面の笑顔、である。

その安曇の笑顔が心の内と反比例しているということは言うまでもない。

ナルトは呆れ、短く息を吐き出した。

 

「だからって、子供相手にそういきり立つなよ」

 

「…………子供、ですか?」

 

「そ。生意気な四歳児。この前下忍任務の一環で、施設の餓鬼共の相手をしてさ、

そん時に妙に懐かれたんだ。帰り掛けに泣いて離れなくて困ってさ、

『なんでも一つ言うこと聞いてやるから』っつったらこうなった。

ちなみに俺のこと女だと思ってたらしくて、

子供の夢を壊すのもなんだし、そう振る舞ってやったんだ」

 

ナルトの言葉を聞き、伊吹と刹那があからさまにほっとした。

 

「なぁんだ、そういうことだったの〜」

 

「そういうことは早く言えって」

 

「本当ですよ。しかしそれよりも、『誰彼構わず引っ掛けるのは止めて下さい』と、

あれ程しつこく念を押してあったはずですよ?

しかも、今回引っ掛けたのは年端もいかぬ幼子ではないですか」

 

「仕方ねぇだろ。向こうが勝手に引っ掛かるんだから!」

 

そう吐き捨て、ナルトは腹立ちまぎれにコンモリと盛られた五目御飯の中央目掛けて箸を突き立てた。

縁起の悪さからすぐに箸を抜いた安曇は、ナルトの手に再び箸を握らせてから、

『まぁ、何事も起きなかったのならそれはそれで構いませんが』と洩らした。

それというのも、ナルトが男女年齢問わず非常によくもてることが原因だ。

日向の姉妹やその従兄はもとより、山中・奈良といった名家の跡取、

現在里抜け中であるうちは一族出身の元教育係。

最近しつこく纏わり付いてくるようになった銀髪覆面上忍や、

音の長とその忠実な部下であるスパイ。

おまけに砂の三兄弟の内二人は、確実にナルトに興味を持っているようなのだ。

ところが、渦中の人物であるナルトはその状況を正確に理解してはおらず、

日々着々と無自覚にシンパを増やし続けている。

そして、そのフォローは全て自分達に回ってくるのだ。

別にそれが嫌だとかそういう訳ではないが、時折酷く疲れを感じるのは確かである。

そんな安曇の胸中を知ってか知らずか、ナルトはあくまで『自分は悪くない』

という態度を崩さなかった。

 

「―――――ったく、安曇ってばホント口煩いな。

少しは鴇みたいに黙って頷くとかさ、そーゆー謙虚さを持てよ」

 

無論、ナルトの本心ではないのだが。

そんな言葉を聞いてしまえば、安曇も黙ってはいられない。

 

「鴇も黙って頷くしかないのでは?何も話せないのをいいことに、

御子に答を強制されているとか。

そうですよね?そうなんでしょう??そうだと言って下さい」

 

『それはない、絶対ない』

伊吹と刹那が揃って否定。

肝心の鴇はといえば。

 

「だってさ。ど?」

 

ナルトに話を振られ、黙って咀嚼していた料理を飲み込むとおもむろに安曇へと視線を移し。

鼻で、笑った。

言葉を話せなくても、それに込められた意思はあきらかだ。

 

「諦めろって、安曇。命の恩人ってことで、鴇は全てにおいて坊の味方なんだから。

それこそ、本当は白でも坊が『黒』って言えば、鴇にとってもそれは『黒』になるくらい」

 

「そうだよぉ。鴇に僕達と姫を天秤に掛けさせたら、

僕達なんか三人がかりでもあっという間に中に投げ出されちゃうだろうし」

 

「鴇にとって一番大切なモノは坊だかんな」

 

「そうそう。ありえないけど、万が一僕達が姫の敵に回ったら、

なんの迷いもなく向かって来るんじゃないの?」

 

主に仕える上で、それは見事な心意気だとは思うのだが。

それはそれで、同僚として何やらマズイような気がしなくもない。

『個々の協調性を育て、今まで以上に円滑な任務遂行に繋げる』という、

毎月恒例の食事会の目的からしてみれば、鴇は一番掛け離れているのではないだろうか。

 

「安曇、お前の考えてること丸わかりだぞ」

 

顔を上げれば、意地の悪い笑みを浮かべているナルトと目が合った。

 

「大丈夫だって、鴇は。別にお前等のこと嫌ってる訳でもなんでもない。

―――――ってかさ、一度殺し合いってヤツをしてきてるんだから、

もしそうだったらいくら俺が拾い主だろうと始めからこんなとこにいないだろうが。お前等も」

 

ナルトは各々の顔を見て、更に笑う。

 

「鴇がそんな奴だったら、いくら俺が目の前にいようと自然体ではいないだろ?それって、

心のどこかでお互いに認め合ってる証拠だと思うぜ?

いやぁーどっかの変態上忍じゃないけど、つくづく良いチームだと思う。

俺が戦いの中で背中を預けられるのはお前等四人だけなんだから、これからもよろしく頼む」

 

なぜか勝手に話を綺麗に纏めてしまったナルトに、

素知らぬ顔をして箸を動かし続ける鴇以外の三人は肩を落とした。

この一言で、何もかもがどうでも良くなってしまう。

人の心を、相手の意思など関係なく掴む―――――その能力で捕まってしまった人間が、

そんなナルトの言葉で浮上しない訳がない。

 

 

 

「『お前等の主でいられて良かった』って、最近しみじみと思うんだよ。ありがとな」

 

 

 

その時の、自信に溢れた晴れやかな笑顔といったら。

笑顔といったら。

 

 

 

 

 

 

 

その日を境に、ナルトは全ての人間の前から忽然と姿を消すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

突発喪失

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の来訪。

 

「ナルトが消えました」

 

発端は、ナルトの幼馴染である息せき切ったネジの一言だった。

どこで自分の居場所を知ったのかはわからないが、彼は安曇の主の兄弟も同然な存在であるから、

ナルトが緊急時を想定して知らせてあったとしてもおかしくはない。

故に問題はそこではなく。

本当に問題なのは、『ナルトが消えた』というその事実、ただ一つだ。

初めは冗談だと思った。

出来の悪い、三流の冗談だと。

しかしネジの様子を見て、それがどうも冗談ではなく真実らしいということに辿り着く。

安曇は素早く周囲に視線を走らせ、誰の目もないことを確かめると、視線で促してネジをドアの内側に招き入れた。

 

「どういうことです?詳しく話して下さい」

 

お互いに、お茶を飲みながら座敷で話すなどという心境ではない。

アパートよりも広い程度のマンションの玄関で靴も脱ぐこともせず、二人は対峙した。

かなり急いで来たのだろう。

臨時暗部となりナルトの助手として任務に参加したこともあるネジの息は、未だに激しく乱れていた。

それでもネジは構わず、顔の輪郭を伝う汗を拭うこともしないで言葉を紡ぐ。

本当は半端でなく苦しいだろうに。

ナルトに対するネジの思いを垣間見た気がしたが、素直に感動している余裕はなかった。

 

「二日、ナルトの姿を見ていません。その間の連絡も。俺達は初め、

ナルトがいつものように任務にでも行ったのかと思いました。

しかし、今回に限って下忍の任務に影分身を置いていかなかったことを聞いておかしいと思ったんです。

『任務ではない、だったらどうして』と」

 

「確かにこの二日任務はありませんでしたが…………なぜわかったんですか?」

 

「簡単なこと。アイツは任務に行く時、

必ずその日程と任務にかかる予想時間を日向に報告しに来るんです。

もちろん、任務内容は話しませんが…………。それが、今回はありませんでした。

他にアイツが行きそうなところは全て探しましたが」

 

「いなかった、と」

 

「はい」

 

全てを伝え終わったネジは緊張の糸が切れたのか、上体を折って激しく咳き込んだ。

安曇は即座にその場を離れ、玄関に戻って来るとネジに水が入ったコップを差し出す。

声を詰まらせながらも礼を言ってそれを受け取ったネジは、

中身の水を一気に飲み干してようやく落ち着いたようだった。

 

「何か知ってはいないかとあなたを訪ねましたが、どうやらあなたもご存知ではなかったようですね」

 

「初耳ですよ―――――しかし、どうなっているんでしょう。御子はあの通りお強い方ですから、

大事には至っていないと思いますが…………どうも、腑に落ちませんね。

この一件、到底御子の意思とは思えません。何者かの思惑が絡んでいる可能性があります」

 

そう、たとえば九尾とナルトを同一視する輩の。

九尾に遺恨がある者の。

 

「二日前といえば御子のご自宅で夕食をご馳走になった日ですから、

事が起こったのはその後ということですか」

 

あの日、あの後、ナルトと何者かが接触したのだ。

自分達がいない隙を突いて、まんまと。

 

「やってくれる…………っ」

 

無意識の内に、ギリッと拳を握る。

 

「他のお三方にも、あなたのように連絡がいっているはずです。

日向も動くつもりではいますが、

他ならぬあなた方には、一刻も早く伝えるべきだと思いまして」

 

「ありがとうございます。恥ずかしい話ですが、

正直私はその件をまったく知りませんでした。助かりました」

 

「いえ、当然のことをしたまでです。それともう一つ、伝えたいことがあります」

 

『安曇さん達はあまり外に出ないとアイツから聞いていたものですから、

もしすでに知っていたらすみません』

と前置きし、ネジは感情を押し殺した声を発した。

 

「今、里は一つの噂で持ちきりなんです。

アイツを知っている俺達にとっては茶番だとしか言えないような。

けれどソレは今、一つの事実として里中に蔓延しています」

 

「どんな噂なんですか」

 

更に表情を険しくした安曇に、ネジはそれよりも数段厳しい顔をして。

その、汚らわしくも許しがたい偽りの事実を吐き捨てた。

 

「『狐が子供を攫い、そして喰らった。十二年前の再来だ』と」

 

次の瞬間。

怒りが頂点に達した安曇もまた、声を荒げていた。

 

 

 

 

「馬鹿な―――――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、当のナルトといえば。

 

「…………あちらさんも飽きないことで」

 

白い石灰で描かれた方陣の中央に、両手両足を拘束された上に


目隠しまでされた状態で物のように置き捨てられていた。

カビの匂いが鼻につく、冷たく湿った空気。

コンクリートで固められた床は想像以上に固く、長時間同じ体勢を強いられていては、

さすがのナルトも、重い肩凝りに悩む老爺のように溜息を連発してしまう。

食事や水といった生命活動を維持するために必須な物質も、

ここに連行されてからは一口も口にしてはいないのだから余計である。

飢餓や拷問の訓練を半強制的に一通り受けさせられているナルトにしてみれば、

この待遇はむしろ良い方だと思い込むことも可能だが、

あいにくナルトはマゾっ気などこれっぽっちも持っていないのだから、

拘束されていない時の方が良いという結論に達するまでに、そう長い時間はかからなかった。

 

「―――――っつーかさぁ、こんなもんで俺を封じられるとでも思ってんのか?」

 

だとしたら、それはものすごく心外だ。

尻の下の方陣になんの効果があるのかは定かではないが、

チャクラを吸い取るのでもなければ精神を冒されるということもない。

これとよく似た方陣を古い文献で見たことがあるから、大方それの類だろう。

ただし、欠陥品の。

もしこれが正常に作動していたとしても、それでもまだナルトに危機感を抱かせるまでには至らない。

その方陣の創造主が対象者よりも上の実力でなければ、なんの意味も効果も見出せない術なのだから。

同等の力の持ち主はこれから先を期待するとしても、

今の時点でナルトを上回る人間など少なくともこの里にはいないし、

その上九尾の力を自在に操ることができる器など、どうせ後にも先にも自分ただ一人だ。

術の性能も知らずに、ナルトにダメージを与えることができるからと安易に仕掛けてくるとは、

愚か者の極み、奴等の底の浅さを、自ら披露してくれているようではないか。


おまけに剥き出しの手足を縛ってくれちゃっていたりする縄は、

ほんの少し関節を外せばいとも簡単に外せてしまう程度のものでしかなく。

 

「笑うに笑えねぇー」

 

木の葉の忍もついにここまで成り下がったか、と。

『笑えねぇ』と言った割には、口元はしっかり笑みの形にかたどられていた。

とりあえずいい加減視界の自由くらいは確保しようと、ナルトは立てた膝に目隠し布を擦りつけた。

何度目かであっさりと床の上に落ちた布の輪は、皺と緩みで見る影もない。

二日振りに視力を取り戻した目には、皮肉なことに、牢内の暗さがちょうど良かった。

 

「さて、どうしたもんか…………」

 

ここから逃げ出しても良い。

それだけの力の差は明らかだし、ナルトならば難なくやってのけるという自信もある。

しかし、【そうできない】という理由が今もナルトをここに留まらせているのだ。

そもそも、いくら私兵を控えさせていなかったといって、ナルトが簡単に誘拐されるなどありえない。

表向きはただの下忍であるが、ナルトは暗部の小隊長。

直接やりあったことはないが、現役火影である綱手よりも、

総合的に見て忍としての実力はもう一つ二つ分、ランクが上なはずだ。

それがなぜ、こういう事態に陥っているのか。

答は酷く、単純明快。

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

人一人がかろうじて通れる程度のスペースしかない鉄格子の出入り口から、

錠前と鍵を持った男に連れられて、小さな塊がナルトに体当りしてきた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?怪我してない!!?」

 

「平気だよ。酷いことは何もされてないから」

 

今はまだね、と。

子供に聞こえないように付け足し、ナルトは男の顔を見上げた。

下品な笑みを浮かべている男は中肉中背。

醜男ではないが、けして美男でもない。

中忍だと聞いたが、まったく訓練されていない立ち居振る舞いはどう見ても下忍以下で。

忍の地位を金で買ったという、典型的な例だ。

あの親にしてこの子あり。

 

「よぉ、狐さん。機嫌はどうだ?」

 

最低最悪の嫌味には、それに相応しい返答を。

 

「御蔭様ですこぶる悪ぃぜ、七光り野郎」

 

二日前にデートした小さな恋人君が、

アーモンド形の目を固く瞑ってしがみついてくるのを拒みもせずに、

ナルトは顎先で抱き寄せてやった。

 

 

 

ほら、答は酷く単純明快。

ナルトが少しでも抵抗すれば容赦なく殺される。

人質が、いたのだ。

 
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