前門の美青年。

後門の鮫顔男。

先程まで和菓子を食べていたのにも関わらず。

退路を絶たれたナルトは、思いっきり苦虫を噛み潰したかのような顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

実録・若旦那は見た!
その日、ナルトは某有名高級和菓子店に来ていた。 ―――――とは言っても店舗部分ではなく、店舗部分から繋がった住居部分の客室にいた。 向かい合うのは、この店の若旦那。 年の功は二十代後半。 渋い色合いの自然色の着物がよく似合う、なかなかの美形だった。 適度な長さで切り揃えられた、柔らかそうな薄茶色の髪に。 芽吹いたばかりの瑞々しい若葉のような、翡翠の瞳。 一重の目を何か眩しいものでも見詰めるかのように細め、彼は穏やかに微笑する。 「…………どうだい?」 『まぁ、少し待ちなって』と。 手を上げてその意を伝えたナルトは、上品な湯呑みに入った熱い玉露を一口含み、口の中に残った甘みを一掃させた。 ナルトの今の服装は、横文字の白いロゴが入った黒いTシャツに、同色のパンツといった至ってシンプルなものだ。 華奢ながらも『貧弱』とまではいかない程度の筋肉がついたしなやかな身体には、それがよく似合っている。 さり気なく片方の耳にだけ付けられた銀細工のピアスは、派手でもなく地味でもなかった。 控えめながらもしっかりと存在を主張するその様は、ナルトのセンスの良さを無言で物語っていて。 ナルトを溺愛する綱手がこの姿を見たら、問答無用であの豊満な胸にナルトの顔を埋め込むことだろう。(迷惑) それだけならまだしも、遠慮なくぎゅうぎゅうと抱き締められ、全身の骨という骨を複雑骨折にされるかもしれない。(大迷惑) まぁ、とにかく。 それらはナルトによく似合ってはいるが、その格好がこの和室に合うかどうかと問われれば、 必ずしもそうだとは言えないところが何やら哀愁を誘うものがある。 小さな音を立てて湯呑みを置いたナルトは、若旦那に向かって意味ありげな視線をやった。 「全体的に、濃いな」 その一言に、彼は眉を八の字にする。 「あぁ、やっぱり…………」 「まず、桜の塩漬けはもう少し薄い方がいい。風味と香りを前面に出したいのに塩辛さだけが目立って、せっかくの桜が台無しだ。 次に餡だけど、これはこし餡の方がいいんじゃないか?茶会用に売り出すなら、 小豆の皮が歯に挟まったりする可能性とかも頭に入れとけよ。舌触りもそっちの方が断然いいしな。 それに、色的に少し重い感じがする。思い切って中身はうぐいす餡にでもしてみたら? 和菓子ってヤツは例外なく季節感を重視するもんだろ?その点うぐいす餡なら、桜色と緑色でもろ『春』って感じだし。 饅頭の生地は相変わらず美味いな。文句なし」 一息でそこまで感想を述べたナルト。 若旦那は落胆の色を隠せない様子だったが、それでもナルトの言葉に大きく頷く。 「…………そうだね、もう少し試行錯誤してみるよ」 「そーして。あ、できればまたこれでいつもの数、用意してくれるか?世話になってる家に持ってけば、 俺の偏った感想だけじゃなく、もっとたくさんの感想が貰えると思うんだよね」 「あぁ、そういえばナルト君がお世話なっているお宅は、木の葉きっての名家だったね。 なんだか恐いな…………それこそ、舌が肥えてる方ばかりなんだろうね」 「だから参考になるんだろうが。幸い、今まで俺と日向を通して売り出した和菓子は、例外なく好調に売れてるんですから?」 「はいはい、君達には感謝してるよ。ついでにおはぎも付けるから」 「そりゃどーも。アレもなかなかイケるんだよな。特に胡麻餡のヤツなんか」 「わかったよ。胡麻餡のおはぎを多く包めばいいんだね?」 満足気に笑ったナルトは、『頭の良い人間との会話は楽でいいね☆』と小首を傾げて見せた。 一見接点も何もなさそうなナルトと若旦那との出会いは、遡ること数年前。 『諸国漫遊の旅』というやつでお供を連れて街道を歩いていたところを物盗りに襲われた彼を、 そこに任務帰りでちょうど通りかかったナルトが助けたのが、もともとの発端だ。 その縁で半年に一回の周期で顔を合わせるようになって、すでに久しい。 そして顔を合わせる度に手土産―――――主に限定品や、一見さんお断りの『超』がつく高級和菓子を持たせてくれるものだから、 ここを訪問する時のナルトは、実は常にない程機嫌が良かった。 要から少し離れた場所に乱雑に放置されている物を見て、その機嫌の良さはますます増長される。 「ところで、今日はあの人いないの?」 「あの人?」 若旦那の鸚鵡返しに、座卓の上に身を乗り出してナルトは笑った。 その笑みは、表向きのナルトでもよく使用するような、何か悪戯の類いを仕掛けようとする時に浮かべるもの。 「要さんの、愛しい愛しいお姉様☆」 「姉上か…………」 若旦那―――――要はふわりと笑い、そのままの表情で湯呑みの中の茶を回す。 「姉上は今、呉服屋の販売員と二人で自室に篭もってるよ。 君にからかわれることは目に見えてわかっていたから、裏で手を回して、早々に店舗部分から引き上げてもらったんだ。 今頃は、嬉々として生地と睨めっこしてるんじゃないかな」 「なんだ、残念。お姉さんは俺のことかなり気に入ってくれてるみたいだったから、 せっかく要さんの目の前でイチャイチャしてやろうと思ったのに」 とたんに、要が持つ湯呑みがミシリと音を立てて軋んだ。 「…………そんなことしたら、いくら命の恩人といえど生かしちゃおかないよ?」 「やれるもんならやってみろ―――――ってか、ホント要さんはお姉さんのこと好きだよな。 シスコンも程々にしないと嫌われると思うけど」 「僕がそうだと知っているのはナルト君だけだし、そもそもバレるようなヘマはしていないから大丈夫だよ」 「あぁ、それに関しては一般人ながら見事なもんだと関心したね!」 声を上げて笑い、ナルトは残りのお茶を一気に飲み干した。 要は、筋金入りのシスコンである。 それにナルトが気付いたのは、初めてここに訪れた時だ。 姉とすれ違った時の要の顔を見て、安っぽい言葉だが、すぐにピンときたのだ。 巧妙に隠された思いに気付けたのは、ナルトがその筋の専門家だったこともあるが、様々なことがあり、 『偽る』ことに対してかなり過敏になっていた時期であったからだろう。 ひた隠しにする者同士、波長が合ったのかもしれない。 「んで、重度のシスコンの要さんに質問シマス。お姉さんがお嫁入りしてもしつこく思い続けてる要さんのすぐ側に、 なんでそんな物があるんでしょーか?」 全て決まった大きさの、それだけでもかなり値が張りそうな薄い冊子だ。 開かれた表紙。 その中から覗くのは、綺麗に着飾った女性の大きな写真で。 どこからどう見ても、これは。 「よりにもよってお見合い写真だなんて!」 そうなのだ。 畳の上におざなりに放置されているそれらは、まぎれもなくお見合い写真の団体さんで。 『姉上』を至上のものとして考える要とは、どうしても結びつけることが不可能だった。 「何、『生涯独身宣言』は撤回したの?」 「したつもりはないよ。これは全部、両親が僕に気付かれないよう裏工作して掻き集めてきた物なんだ。僕の本意な訳がないだろう?」 良家の子息らしからぬ舌打ちに、ナルトは無邪気に邪気を撒き散らし、笑ってやった。 「じゃあ、その中から未来の女将が生まれるってことか。気苦労が耐えねぇな、ご愁傷様!」 とてもじゃないが、心からの言葉とは思えない慰めの台詞。 その中に巧妙に隠された嫌味に、ナルトに『頭が良い』と判断されている要は憮然とする。 話の流れから察するに、普通だったら『ご愁傷様』と言われるのは、本人の意思とは関係なく縁談を進められている要であるはずだ。 それをそうと素直に受け取ることができないのは、要が『シスコン』であることを大前提として話が進行していたからだろう。 この場合、気苦労が耐えなくて『ご愁傷様』なのは、無理矢理結婚させられそうになっている要ではなく、 ことあるごとに最愛の姉と比較するであろうことが容易に想像できる、要の未来の嫁なのだ。 「誰がなんと言おうと、僕は結婚しないよ」 「―――――っつーか、そもそもできないだろ。基準があの綺麗なお姉さんじゃ」 ナルトでさえも『美人だ』と唸らざるをえないあの器量に太刀打ちできる女性がそんじょそこらに転がっていたら、 それはそれで何やら恐いものがある。 「まぁ真面目な話、要さん自身の問題だからさ。他人の俺がどうこう言う権利なんてないかもだけど? 老舗の店主である以上、どこか適当なところで折り合いをつけなきゃならないんじゃないか?」 いくら親しかろうと『他人』である、と。 自分達の立場を明らかにした上でのナルトの忠告に、要は憮然とした表情を直し、 何かを思いついたかのように短く声を上げた。 「それなら、一人だけ思い当たる子がいるんだけど…………」 なぜか、ちらりとナルトを見た要。 始終顔に浮かべていた笑みを消して首を傾げ、意味ありげな要と数秒間たっぷり見詰め合ってから、 再び湯呑みに口をつけたナルトは端正な顔立ちの男に続きを促した。 「ナルト君、僕のところにお嫁に来ないかい?」 その一言に。 「!?」 ナルトは盛大にお茶を噴き出しかけ、危ういところでそれを食い止めることに成功した。 わずかに濡れた口元を手の甲で拭ったナルトは、低く唸りながら形の良い金色の眉をギュッと寄せる。 それが美しい苦悩の表情にしか見えないのは、ナルトに周りに切羽詰まった悲壮感が漂っていないからだ。 「…………要さん。アンタ、とんでもないことをサラッと言いやがったなっ」 「うん。とんでもないことを言ったってことは、僕もよくわかってるんだけどね。 結婚してもいいって思えるのは、やっぱりいないんだよ。だったら気心知れてる君なんかちょうどいいんじゃないかなって」 「それって、この俺に対するすっげぇ侮辱じゃねぇか?」 「僕もそう思う。ごめんね、言ってみただけだよ」 「―――――ったく、冗談にもなりゃしねぇぞ」 この台詞が某変態覆面上忍やカマ蛇野郎の物だったら、すかさず手刀を繰り出していた。 あくまで『一般人』の枠組みに入っていて、尚且つなんの気兼ねもなしに付き合える人間であったから、要は命拾いしたようなものだ。 実はかなり危ない橋を渡っていたのだと知らない幸せな要は、『あぁ、でもね』と微笑しながら訂正を入れた。 「ナルト君が女の子だったら、それはまた別の話だったよ。基本的に僕は君のことが好きだから、 男でさえなかったら結婚を申し込んでたかもね」 「妥協案として?」 「本気で」 「そりゃ嬉しくないことをどーもありがとーゴザイマス!」 「だから『もしも』の話だってば。そんなに不貞腐れないでくれるかい?綺麗な顔が台無しだよ。それに」 要は一度言葉を切り、自分の爆弾発言のせいで危うい事態に陥ったナルトに、遅まきながらも拭き布を差し出した。 「僕は知ってるから。ナルト君に待ち人がいるってこと」 「…………そんなのいねぇよ」 「隠しても駄目だよ。君は待ってるんだろう?それこそ、僕と初めて会ったあの時よりもずっと前から、ただ一人を」 待ち人。 あの男がナルトにとっての『待ち人』なのかどうかは知らないが、どんなに否定してみても、 ナルトの中の大部分を占める人間であることは確かである。 これだから嫌なのだ。 似た者同士だから、隠し事もある程度のことなら手に取るようにわかってしまう。 「ナルト君はさ、自分を守るために強固な殻を持ってるよね。誰にも破れない、ものすごく頑強な。 でも本当は、その殻は自分を守るためにある訳じゃない。それを完膚なまでに壊して、 その結果たとえどんな状態になったとしても、外の世界に連れ出してくれる人を待ってるんだ。それがその人だろう?」 降参。 ナルトは両手を上げ、口元に淡い笑みを浮かべた。 「確かに、そんな奴はいたことはいたな。俺の中を好き勝手に掻き乱して、さっさと俺を置いて出てった奴」 要が目を見張った。 「ナルト君程の子が捨てられたのかい?」 「捨てた覚えはない」 「あぁ?調子良いことばっか言ってんじゃねぇ―――――って」 今、ナルトと要の他に、落ち着き払ったもう一つの声がしたような気がしなくもない。 感情の起伏に乏しいながらも、不思議な安定感を持った冷たい声。 自分に向けられた時だけその声が柔らかくなるものだから、昔はそれが酷く誇らしくてならなくて。 気配はなかった。 だが、彼ならナルトに気配を悟られずに接近することも可能だ。 ナルトは意識を切り替え、一人の忍として『敵』の気配を探った。 九尾憑きの五感をもってしても、全神経を総動員してかろうじて掴めた気配は 人の形をしておらず漠然としたものだったが、それでもわかる。 研ぎ澄まされた刃のように鋭い気配。 間違いない。 奴だ。 その確信と同時に姿を現したのは。 『暁』の要員だけが身に付けている忍び装束姿の、怜悧な美貌の持ち主だった。 六尺にわずか満たない身の丈。 鴉の濡れ羽のような黒髪と、今は発動していないため髪と同色の瞳。 呆然としているナルトに向けられたソレは、切実さが見え隠れしていたが比較的穏やかだ。 自分の手を振り払って里を抜け、そして今頃になってのこのことナルトを迎えに来た、かつての教育係―――――うちはイタチ。 心臓が大きく脈打ち始め、鈍い痛みを伴ったが、尋常でない自制心でなんとか抑制する。 開け放たれた縁側の板張りの廊下に静かに立つイタチをひたと見据え、ナルトは非常時に備え腰を浮かした。 「…………なんでこんなとこに、最高に最悪なタイミングでイタチ兄がいる訳?」 「この店の菓子が美味いと、仲間が言っていたのを思い出して買いに来たんだ。客だ」 「普通の客がこんなプライベート空間に侵入してくるかよ。鬼鮫さんも」 ナルトを間に挟んでイタチと対峙する位置にいる鬼鮫に、ナルトは早速とばかりに小言を吐いた。 「相方なら、この見境ない男の手綱を離さないでくれ!忍関連の場所ならまだわかるが、ここは忍とはなんの関係もない民家だ!!」 「そう言われましてもねぇ〜…………」 鬼鮫の言いたいことはわかる。 そういう意味でイタチを監視することができるのは、限られた人間しかいない。 その限られた人間であるナルトは、一応相容れぬ立場であるため、手綱を握る人間は鬼鮫しかいないというのに。 しかし、考えてみれば無駄だった。 鬼鮫自身も手綱の必要性を感じる危険人物であるから、その二人が一緒になって暴走しないだけまだマシだということで。 微妙なバランスの上に成り立っている二人の関係は、それなりに上手くいっているということなのだろうが、 ナルトにしてみれば迷惑なことこの上なかった。 何がなんだかよくわからないまま極度の疲労を覚えたナルトは、 緊急時に対応できるように浮かしていた腰を戻し、ジェスチャーで要にお茶のおかわりを申し出る。 澱みない動作で注がれたお茶の熱さが、今はやけに心地良い。 ナルトがらしくなく現実逃避を図っていると、イタチがナルトの側に近付こうと室内に足を踏み入れた。 そこに割って入ったのは、木の葉の暗部服の男。 適度な長さの紺青色の髪に褐色の肌の組み合わせは、この辺りではナルトが生まれ持つ色彩と同じく、めったにお目に掛かれない。 この男の名は鴇。 ナルトの私兵の一人であると同時に、本日の護衛番でもあった。 鴇はナルトを付け狙う『敵』を暗部面越しに睨み付け、優雅にお茶を啜っているナルトを庇うように立っている。 それを当然のことのように受け止めているナルトを覗いて、『暁』の二人組は、鴇の存在そのものに少なからず驚いた。 「…………ナルト、彼は?」 「俺の私兵。長期任務で大陸の端の国まで遠征に行った時に拾った」 まるで、犬猫を拾ってきたような気軽さである。 犬猫はともかくとしても、ナルトが言ったことはそのまま事実だった。 戦闘の最中、本来の仲間であるはずの忍に裏切られ瀕死の重傷を負っていた鴇。 咽笛を掻き切られてはいたものの、生命力の強さでなんとか命を繋いでいたその男を拾って介抱したことは、今でも鮮明に覚えている。 敵の命を救うことに戸惑いがなかった訳ではないが、それはそれ。 鴇は声帯に一生消えない傷をつけられたせいで一生涯話すことは叶わないが、 その他の能力は私兵達に負けずとも劣らずで、あの時は『いいものを拾った』とほくそ笑んだものだ。 どうやら義理堅い性格らしかった鴇は、それからずっと恩人であるナルトの私兵として付き従ってくれている。 「コイツ、わりと強いよ?あんま俺達と接触しないからかな。禁術に近い見たこともない面白い術、結構バンバン使うし」 『相手にしてみる?』と。 ナルトがそっけなく言うと、イタチはその秀麗な顔を不快そうに歪めた。 「私兵だって?」 「そ。イタチ兄がいない間に作ったんだよ。コイツの他にあと三人。手が掛かる奴もいるけど、み〜んな俺のこと大切にしてくれる」 「この間会った時にはいなかったが」 「当然。あの時は木の葉崩し直後で、コイツ等は後始末の方に回してたんだ。 かなり渋ってたけど、なんとか捻じ伏せてな。 俺と行動を共にしてるのは仮にも『伝説の三忍』の自来也だったし、そもそも俺をどうこうできる人間なんていないだろうが」 心の中で『お前の他に』と付け足したことは、口には出さずに。 ナルトが鴇に『下がっていいぞ、問題ない』と声を掛けると、鴇は一瞬戸惑うような仕草を見せたが、すぐに再び隠形した。 それでもさすがに警戒はしているらしく、 『暁』の二人組がナルトに何か仕掛けようものならすぐさま飛び出してくるような緊張感はひしひしと伝わってくる。 「コイツ等や日向がいるから、なんとか俺はやっていけてる。だから」 ナルトは伏せていた目を上げ、恐れを抱くことなく真っ直ぐにイタチを射抜いた。 「もう、俺に構うな」 言外に『あなたは必要ないのだ』と、誰でも読み取れるような香りを漂わせて。 実際に音にしてしまってから、『こんなこと言って良かったのか?』と、ナルトは自問自答。 すぐ側で聞こえた盛大な嘆息に、その方向へと全ての意識が集中してしまう。 「冗談でも、そんなこと言うものじゃない」 彼にしては珍しく、ナルトを見下ろす目が厳しい。 ナルトはこの目を知っている。 こういう目をする時の元教育係は、決まってナルトを叱りつけるのだ。 それこそ、普通の子供にそうするように。 「あの里がナルトを本当の意味で受け入れるような許容ある場所なら、俺は今こんなところにはいない。 君がこのまま里にいることが害にしかならないとわかりきっているからこそ、俺はナルトを迎えに来たんだ。 里の最深部に常に身を置く君が、知らぬはずがないだろう?あの里のおぞましくも浅ましい、醜い実情を」 「そりゃあ…………」 『そうだ』と同意しかけ、ナルトはすぐに口を噤んだ。 「俺は、ナルトが傷付く様を見たくはない。ナルトを擁護していた三代目は死んだ。 新しい火影もまだ里を纏めるのが精一杯で、歴代火影のような権力はまだ望めない。 いくら日向がついているとはいえ、九尾とナルトを同一視する愚かな里人がこのまま黙っているとは思えない。 他の里も怪しい動向を見せているし、ナルトにとってあの里は足枷どころか牢獄だろう。 そんな場所に、いつまでも君を置いてはいられない」 「でも、イタチ兄はそんなところに俺を置いていった」 感極まっているのか。 情けないことに、少しだけ声が震えた。 「俺は『置いていかないで』と言ったのに、イタチ兄はそんな俺の手をいとも簡単に振り払って里を抜けた。 周りは皆敵で、気を抜けばすぐに消されるような世界に一人で放り出されて…………もし日向がいなかったら、 俺は駄目になってたかもしれない。それなのに」 突きつけられた眼光。 その強い意志を宿す青から滲み出るのは、怒りと激しい焦燥感と大きな喪失感。 それと、迷い。 「イタチ兄は俺を置いていった!」 今頃になっての度重なる『勧誘』は、はっきり言って身勝手すぎやしないか。 そんなナルトの思いに気付いたのか、イタチは一瞬表情を消した後、晴々と笑った。 恐い程の美しい笑顔をまともに見てしまった鬼鮫は、ぎょっとして一歩後ずさる。 「なんだ、わだかまりはそれだけという訳か」 「…………は?」 なんとも場違いな発言に、ナルトの思考がストップした。 「俺はまた、ナルトはもっと別の何かが原因で頑なに拒んでいるのかと思っていたが、 ようするに、ただ意地を張っているだけなんだろう?」 その、とんでもない一言に。 ぶちぃっ!!! ナルトの大切な筋が、数本纏めてブチ切れた。 「…………鴇」 顕現した彼を見もせず、ナルトは静かに立ち上がった。 「お前は鬼鮫さんの相手をしてやれ。俺はこの自惚れ男と決着をつける時が来たらしいからな」 「自惚れ男、か…………まぁそれでもいいが、決着とはまた随分と物騒だな」 「イタチ兄と話す時はいつでもハラワタ煮えくり返ってもうどうしてくれよう☆って感じで、 凶悪に物騒な衝動と毎日ドンパチ総力戦やってるから今に始まったことじゃない」 金色の修羅と化したナルトはうっそりと微笑し、流れるような動作で苦無を取り出した。 「とりあえず、その不愉快な両眼くり抜いてやる」 「できるものならやってみるがいい。久々の稽古の時間だな」 『くり抜いてやる』という犯行予告に嬉しそうに外套の合わせを緩めるイタチは、やはりと言うべきか只者ではないのだが。 それでも彼の性格を熟知しきっているナルトは、咽の奥で笑った。 互いに視線を絡ませ、軽く常人の数倍はあろうかという殺気を一気に解き放つ。 「「覚悟っ!!」」 今回も。 和解、不成立。 一人取り残された要は、自分などより複雑怪奇な恋愛をしているナルトの素顔を目の当たりにして、 どこか悟りを開いた境地に陥った。 すごいよ、ナルト君。 僕なんか足下にも及ばない。 君に比べたら僕のこのシスコンなんて可愛いものだ。 要がその様子を記した日記は、後に名前と役職を変えられて日の目を浴びることになり、 発売後わずか一週間で十万部の売上を記録したのだという。 しかし、今この時点ではまだ『高級和菓子店の若旦那』である要は、とりあえず別のことで頭が一杯だった。 「…………ナルト君、おはぎは?」

END

†††††後書き††††† オリキャラ二人追加です。 シスコン若旦那・要(カナメ)と、拾われっ子・鴇(トキ)。 鴇のことは『暗部第零班隊長の実体は』で少しだけ出ました。 さてさて、茉莉様。大変お待たせしました。(待ってなかったらすみません↓↓) 三万打リク第二段、『実録・若旦那は見た!』でございます。 イタナルでとリクを頂いた時、『やった!好き勝手できる!!』と邪笑した花芽です。 ところどころ真面目ですが、あんまり重い話にならないように気をつけました。 全体的にギャグタッチの話になっているかと。 あーなんて言いますか、おそらく想像していたイタナルとはかなり掛け離れていると思います。 でもオイラの中で二人はこんな感じです。 互いに依存し合ってはいるけれど、簡単には一緒になれないという…………まぁ、ここでナルト君の本心が聞けた訳ですから、 とりあえずは一歩前進ですね。頑張って下さい、イタチお兄様。ナルト君に愛されていることは確かですよ。 茉莉様、こんなんでよければどうぞ貰ってやって下さい。 戻る
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