《昔々あるところに、シンデレラという双黒の少女がいました》

―――――って、もしかしなくてもコレ、俺のこと!?

シンデレラ異聞 ―1―

 
『シンデレラ』といえば、確か、亡父の再婚相手である継母とその連れ子である義姉妹に虐げられても
希望を捨てなかった図々しくも美しい少女が、怪しげな魔法使いの協力があるのをいいことに、
出席したパーティーで持ち前の美貌をフル活用。
『狙った獲物は逃がさない』とでも言うような厚かましさと強欲さで、ピンポイントで王子を誑し込み、
どん底の生活から見事這い上がることに成功。
有り余る富を元手に、ゆくゆくは一国のお妃様として末永く幸せに暮らすという、世紀の玉の輿ストーリー
…………だったはずである。
PTA総会で議題に上がりそうなこの話が、本当に世界規模で『名作』と言えるどうかはこの際置いといて、
現実的な問題はこの後なのである。

腰まである長く艶やかな黒髪に、同色の黒曜石の瞳を持つ少女―――――ユーリは、本人無自覚の『典型的な美少女顔』を不快気に歪め、
ぎゅっと形の良い眉を寄せた。

「俺にそんな悪女のあだ名を付けるなよ」

「やぁねぇ、ゆーちゅんたら夢がないわよ?そういう濁った心の目で物事を捉えてばかりいたら、汚れた大人になっちゃうんだから。
『シンデレラ・ユーリ』、なんて綺麗な響きかしら♪『シンデレラ・ユーリ』、素敵よねぇ。ママうっとりしちゃうわぁ〜」

対するのは、年齢不詳の『ロリ系美少女』美子。
俗世間とは隔絶された場所でフワフワと生きていると見せかけて、実はその辺の男共よりもかなり逞しい彼女は、
こう見えても十六歳以上の子供を二人もこの世に輩出した功労者である。
そんな美子が作った焼き菓子を摘まみ食いしていたユーリは、いつまで経っても『夢見る少女』から卒業していない母親に呆れ返ったが、
実の娘に童話のヒロインのあだ名を付けるという所業を恥ずかしげもなくやり遂げた神経の図太さだけは、賞賛に値すると唸った。
しかし、やはりと言うべきか、それとこれとは話が別なのである。

「どうせならお袋が名乗ればいーじゃん。『シンデレラ・美子』って」

「もう、ゆーちゃんたらわかってないのね!」

トレードマークとしか思えないフリルエプロンを翻し、美子は泡だて器を片手に勢い良く振り返った。
その拍子に飛び散ったのは、甘い芳香を放つ真っ白な半液体。
生クリームの氾濫だ。

「その路線で通すなら、ママは『魔法少女・美子』なのよ!可愛いお洋服で箒に跨って空を飛ぶの。魔法のステッキを一振りすれば、悪者なんてあっという間にやっつけちゃうんだから」

あのマニア受けしそうなゴスロリ系の衣装で、無防備にも箒に跨って空を飛ぶと!
悪者じゃなくたってステッキを振らなくたって、実年齢さえ考えなければ、正常な男ならそれだけでノックダウンだ。
その極端な路線にユーリが絶句していると。

「…………まぁ、お袋だったらその辺りが妥当だろうな」

笑い声を上げるということをせず、咽の奥でクツクツと笑うばかりの青年が、戸口に姿を現した。
渋谷家長男、勝利である。

「あ、兄貴お帰り―」

怜悧な美貌とずば抜けた頭脳が売りの長男は、最愛の妹の出迎えの言葉に、傍目にはわからない程度に相好を崩した。
勝利は森に囲まれた町外れのここから、国王の居城近くの某最高学府に通っていて、将来は人を顎先一つで思い通りに動かす官僚にでもなるのだと豪語している。
もとより彼の頭脳明晰さの方向性が一般的なものからずれていることを承知している渋谷家の人間は、時に熱く(美子)、
時に生温かい眼差しを送り(ユーリ)、勝利を静かに見守っているのだった。
そんな勝利が真昼間に帰宅することは珍しい。

「今日は早いね。何かあった訳?」

「あぁ。実は」

勝利が帰宅時間が常より早いことを説明しようとした、その時。

「やだなぁ、勝利さんたら。そんなところで止まらないで下さいって」

帰宅した長男に引き続き、勝利と同じ大学に通う少年が言外に『邪魔だ』と。
そういうニュアンスを含めた物言いをして、勝利の脇をすり抜けた。
ユーリと同い年である彼の名は、村田健。
どういう経緯があるのかユーリにはわからないが、正真正銘、渋谷家の次男(ただし養子)である。

「村田もお帰り―」

「ただいま、渋谷」

ユーリ限定で邪気のない笑みを送った村田は、『もぉ!二人ともゆーちゃんには挨拶をするのに、ママには無しなの!?』
と可愛らしい顔で憤る美子にも、苦笑しつつ『ただいま帰りました、母さん』と挨拶を返す。
そしてユーリの手の中にある物を見ると、涼やかな顔に少しだけ呆れの色を滲ませた。

「君は母さんが作ったお菓子を、また作った端から片付けてるのかい?」

「イジ汚いとか言うなよ?それはもう何度も言われた」

「渋谷がそう言うなら、別に僕は何も言わないけどね…………あぁ、そうだ。渋谷、僕にも一口貰える?」

「なんだよ。どうせなら俺の食べかけじゃなくて、焼きたて食べれば?」

「一個もいらないよ。それに僕はこれで充分」

ユーリが今まで齧り付いていたマフィンを、村田が一口分齧り取った。
その計算しつくされた行動には、勝利も黙ってはいられない。
『俺の目の前で近親相姦とは良い度胸だ』とばかりに、
ユーリにだけはその意図がバレないようにあくまで自然にさりげなく二人を引き剥がす。
もちろん村田にその意図がわからぬはずがないのだが、村田はすうっと目を細めただけで何も言おうとはしなかった。
愛玩生物であるユーリの目の前で無駄に事を荒立てるのは、賢明な判断とは言えないからだ。
そんな義兄弟の冷戦に終止符を打ったのは、三児の母親である美子。

「あら、しょーちゃん。その手に持っている封筒はなぁに?」

「…………招待状。これを遣いとやらにこれを渡されたから、今日は早く追い返された」

勝利はふいっと村田から視線を外し、美子にその封筒を差し出した。
受け取った美子は、余程気になるのか早速封を切り、中に入っていた書状を読み上げ始めた。

「えーっと、何々…………『拝啓 若葉の候、伯爵、並びにそのご家族の皆様方におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます』?
やぁね、こんな心にもない前置きどうだっていいのよ。肝心なのは用件なの、用件―――――あら、あらあらあらぁ!」

語尾に近付くにつれ、トーンが上がる美子の声。
大きな瞳が、興奮からか星のようにキラキラと輝いている。
そして、はっきりとわかったことといえば。

「素敵!ツェツィ―リエ陛下主催のパーティーですって!!」

「『パーティー』の前に『お見合い』が付くがな」

「ちなみに、今回は三人の王子のためじゃなくて、眞魔国一の美形と名高いフォンクライスト卿のために開くらしいよ」

「何ソレ」

この中で唯一の年頃の女性であるはずのユーリの反応は、かなりドライだった。
その分美子が異様なテンションで盛り上がっているから、つり合いは取れているだろう。

「やぁ〜ん、どうしましょうVvゆーちゃん、ドレスは何がいいかしら!?
ゆーちゃんには青が似合うけど、清楚な白っていう手もありよね♪
でも白は結婚式までとっておきたい気もするし…………そうだ、ここはシックな大人の女に成りきってみて、黒なんてどう!?」

「ちょ、ちょっと待って!なんかその言い方だと、俺がその王佐のお見合いパーティーに出席することが大前提みたいに聞こえるんだけど!?」

美子は瞬きを数回繰り返し、小首を傾げた。

「…………出ないの?」

「出ない。面倒」

実に正直にユーリの心情を表現した一言である。
そんなユーリの決断を、実兄と義兄の2人は褒め称え、賞賛した。
死角で作るのは、小さなガッツポーズだ。

「賢明な判断だな」

「そうだね。渋谷自身が指名された訳じゃないんだし、わざわざ人込みに揉まれに行く必要はないよ。要は、出席簿に家名だけ残して置けば体裁は整うんだから、
領地の視察に行ってる父さんの代わりに僕達が行けばいいだけだ」

頷かずにはいられない、その説得力ときたら。
『どこの馬の骨とも知らぬ男のためのお見合いパーティーに、大切な大切な妹を出席させる訳にはいかない』と、その二対の目が語っている。
ことあるごとに冷戦状態に陥る二人も、こういう時ばかりとてつもないチームワークを発揮するのだ。
それが普段の生活に生かされていないことが、世の中にとってはかなりの痛手となっているということは間違いないだろう。

「ストップよ、ストップストーップ!」

子供達だけの勝手な会話に乱入する母親。

「あなた達だけでそんな大切なこと、勝手に決められちゃ困るわ!ウマ君がいない今、この家のことを任せられてるのはママなんですからね!!」

もっともな言い分である。

「それに、こういう機会でもなきゃゆーちゃんを思いっきり飾れないじゃないっ!!しょーちゃんと村田君は、ゆーちゃんの晴れ姿見たくないのっ!!?」

つまるところ、そっちが本音だったらしい。
勝馬には何か思うところがあるようだが、意外にも村田は冷静だった。
『どんな格好だろうと、渋谷は渋谷だしねぇ…………それに、着飾る必要もない位、いつも美人さんだから』と、
とてつもない口説き文句を平然と吐き、さすがのユーリもそれには頬をうっすらと染める。

「ゆーちゃん、そういう顔はとっても可愛いんだけどねっ、ママはやっぱり女の子らしさに目覚めて欲しいのよ!
マフィンをじかに手掴みして丸齧りとか、西武ライオンズがどうのこうのって、はっきり言ってゆーちゃんはガサツなの!!
せっかくママが可愛く産んであげたのに、そういうのってやっぱりもったいないとママは思いますっ!!!」

それも個性ってことで、大目に見てはもらえないのだろうか。
泣きが入った幾度目なのかもわからない訴えに、ユーリは遠い目をした。

「ゆーちゃんのために、ママはもうこんなドレスまで用意してあるのよ!?」

目前披露されたのは、見るからに気合いの入った露出が多い漆黒のソレ。
どこから取り出したのかというツッコミは、ここでしてはいけない。
ユーリは顔を引き攣らせ、『わぁーカーワーイーイー』とおざなりに感想を述べた。
棒読みだ。
センスの良い美子が押すだけあって、デザイン的にも確かに良いとは思うのだが、実際にそれをユーリが着るとなると、話は違ってくる。
しかも、それ以前に。

「なんか、すっごい生クリーム付いてるんですけど」

興奮しすぎたのか、美子が持っていたボールから、いかにも高そうなドレスの上に生クリームがダイブしていた。
まるっきり正反対の斑模様ができてしまっては、使い物にはならないだろう。
悲鳴を上げる美子をよそに、ユーリはあからさまに安堵の息を吐いた。
これでいいのだ。

「―――――という訳で俺は行かないけど、兄貴も村田も、お土産よろしくな」

ユーリはにこりと笑い、棚からあさってきたタッパーを二人に差し出した。
勝馬は苦虫を潰したような顔をしたが、溺愛している可愛い妹の頼みを引き受けないはずがなく。
村田にしても、それは同じこと。

「…………やっぱお前、イジ汚いわ」

「仕方ないなぁ、渋谷は」

二人の兄は揃って苦笑し、ユーリからタッパ―を受け取った。

『ユーリはパーティーに出席しない』

その事実が、二人にとって何より重要だったのだから。

「いいか、ユーリ。くれぐれも本物のシンデレラにはなってくれるなよ」

 「っつーか、ありえないし」

少なくとも、その時はそう思っていた。
その時までは。
しかし、現実はかくも残酷で、ユーリに牙を剥いたのである。

 

 

 

 
―続く―

 

 

 

†††††後書き†††††

 

 

一万打のリク、『シンデレラユーリ・総受け』です。
とりあえずまず先に謝らせて頂きます。遅くなってすみません、つぐみ様。しかも続きます。終わってません。
マジすみません(土下座)。リクを頂いた時に大体の流れは思いついていたのですが、結局こんな時期になってしまいました。
もうなんと言ってお詫びすればいいのやら…………このサボり癖は末期かもしれません。
病院行かなきゃっ。
え〜今回の話は、ユーリちゃんを先天性のおなごにしてみました。
だから当然女体化だし、普通に女装(ちょっと違う)です。
五月の新刊まで待ちきれず、私なりの勝利お兄様を出してみました。
っつーか、これで実物と掛け離れすぎてたら泣きますケド。
とにかくすっごく遅れましたが、一万打ありがとうございます☆☆☆そして続いて二万打リクに手を出しまぁす。


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